第388話 補助魔法使いと影狼族

 「あれから一か月経ちますが……至って平和ですね」

 「うむー。今日も平和だなー」

 「なー」


 リコさんから予知夢の話を聞いてから早一か月経ちますが、今の所はその前兆すらありませんからね。

 ここまで来ると気のせいだと思ってしまう程です。


 「そうだったらいいですけどね」

 「ユアンは戦争が嫌なのかー?」

 「当然ですよ。人の命や生活を奪う事になりますからね。逆にチヨリさんは戦争をしたいのですか?」

 「戦争は嫌だなー。だけど、ユアン様の為に戦うのなら歓迎だぞー?」

 「やっぱり僕達が戦争に行くとなったら、チヨリさん達も来るのですか?」

 「当然だなー」

 

 そうなっちゃいますよね。

 チヨリさん達は僕の親衛隊のつもりのようです。

 流石に冒険にまではついてきませんが、戦争となれば絶対に一緒に来ると思いました。

 んー……そうなったら相手が不憫に思えてきますね。

 まぁ、鼬族の戦力がどの程度かはわかりませんが、チヨリさん達を簡単に止めれるかといえば、止めれないと思います。

 当然、僕も補助しますしね。

 防御魔法に包まれたアラン様とチヨリさんの部隊が突撃してきたら……僕だって怖いです。


 「なーなー?」

 「はい、どうしましたか?」

 「戦争になったら私も行っていいのかー?」

 「それはダメですよ」

 「やっぱりかー」

 「当然ですよ。わかってて言ってますよね?」

 

 もし戦争になったとしても、サンドラちゃんを参加させる訳にはいかないのは当然です。

 サンドラちゃんに悲惨な光景を見せたくないという意味もありますが、もっと重要な意味があります。


 「サンドラちゃんが参加したら、他の龍人族も参加してきそうですからね」

 「来るだろうなー。相手に居ればだけどなー」


 クジャ様が軍を率いて戦わない理由を以前に教えて頂きました。

 龍人族は強大な力を持っています。

 その龍人族が戦いに参加してしまえば一方的な戦いになり兼ねません。

 そうなると、相手の龍人族が止める為に出てくる事になるのですが、龍人族と龍人族が戦う事になり、結末は……。

 とても人が暮らせる場所が残るとは思えませんよね。


 「だから、サンドラちゃんは参加しちゃダメですよ」

 「仕方ないなー」

 

 まぁ、もし先に相手側の龍人族が出てきたら変わってくるでしょうけどね。

 けど、そうなった時は色んな覚悟を決めなければならない事になると思います。


 「それにしても、本当に平和ですねー」

 「そうだなー。今日も店じまいにするかー」

 

 午前中はそれなりに忙しいのですが、やはり午後になると暇になりますね。

 という事で、例の如くお片付けですね。


 「サンドラちゃんはいつも通りポーションの類を棚に戻してください」

 「わかったー」

 「僕は机を片付けちゃいますね」

 「いつも悪いなー」


 サンドラちゃんも慣れたもので、一応は指示を出しますが、今では自分で何をすればいいのかわかっているみたいで、進んでお片付けもしてくれます。

 なので、今はサンドラちゃんと僕で片づけをしても直ぐに終わってしまいますね。

 流石に雇い主であるチヨリさんにそんな事をさせる訳にはもういきませんので。


 「すみません……今日は、もう、終わりですか?」

 「あ、まだ大丈夫ですよ?」

 「良かった、です」


 サンドラちゃんと片づけを終えた頃でした。

 僕達の元へと珍しいお客さんがやってきました。


 「今日は一人なのですね」

 「はい。お休みを、頂きました」

 「そうなのですね。休みは大事ですからね」

 「そう、なのですね。よく、わかりません」

 

 それにしても本当に珍しいですね。

 というよりも、初めてですね。

 こうして影狼族の方が一人でチヨリさんのお店にやってくるのは。


 「それで、ティロさんは何が欲しいのですか?」


 僕も名前と顔はちゃんと覚えましたよ。

 この方は影狼族のティロさんといって、警備隊として街を守ってくれている方です。


 「花が、欲しいです」

 「お花ですか?」

 「はい」


 んー……申し訳ないですけど、チヨリさんのお店ではお花は取り扱っていないのですよね。

 ですが、ティロさんはジッとチヨリさんの家の横にある花壇を見つめています。

 どうやらあのお花が欲しいみたいですね。

 

 「お花が好きなのですか?」

 「わかりません。ですが、見ていると、不思議な気持ちになる、気がします」

 

 それは大事ですね。

 ティロさんは影狼族ですが、虚ろ人と呼ばれていた方で、感情も薄く無気力だった方です。

 けど、それも変わりつつあるという事がわかります。

 だって、以前ならシアさんやラディくんなどの指示がなければ一人で何もできなかった人が、こうやって一人で僕達の所にやってきて、買い物をしようとしているのです。

 立派な成長と言えますよね。

 なので、出来る事なら協力をしてあげたいのですが……。


 「いいぞー。あれは売り物じゃないから好きなのを持ってけー」

 「だそうですよ」

 「ありがとう、ございます」

 「あ、お金はいらないですよ!」

 「どうして、ですか? 買い物をしたら、お金を払うと教わりました」

 「好意ってやつですよ」

 「こうい?」

 「はい。あれは売り物ではないので売る事は出来ません。ですが、ティロさんが欲しがっているみたいなので、チヨリさんがあげると言っているのです」

 「なんでくれるの、ですか?」


 まだ、その辺の感情はわからないみたいですね。


 「ティロさんはナナシキの一員だからですよ。大事な仲間にたまにはプレゼントしたいと思うのです」

 「私が、仲間ですか?」

 「はい! いつも頑張ってくれていますからね。そのご褒美です!」

 「わかりました?」


 首を傾げているあたり、まだちゃんと理解しているのかはわかりませんが、とりあえずはお金をしまってくれました。


 「どのお花がいいのですか?」

 「これ。白くて、小さくて、かわいい」

 「他のじゃなくていいのですか?」

 「はい。他もかわいいけど、これが一番かわいい」


 花の名前や種類は僕にはわかりませんが、ティロさんは赤色や紫などの大きな花びらがついた花ではなく、隠れるようにひっそりと咲いた、白い小さな花が気に入ったみたいですね。


 「ありがとう。大事にする」

 「お礼ならチヨリさんに言ってくださいね」

 「はい。チヨリ様、ありがとう、ございます」

 「うむー。またいつでも見に来てなー」

 「はい。明日も、仕事が終わったら、また見に来ます」

 「ちゃんとコップや花瓶に水を張って差してあげてくださいね」

 「はい。ありがとう、ございました」

 

 ティロさんが微かに笑った気がします。

 一瞬なので気のせいかもしれませんが、大事に花を胸に抱えている辺り、嬉しいのはわかります。

 ですが、ティロさんに渡した花はいずれは枯れてしまいます。

 何せ、チヨリさんが茎の部分を切って渡してあげましたからね。

 きっと花が枯れた時、ティロさんは悲しいという気持ちが芽生えると思います。

 ですが、それも一つの勉強です。

 そうやって命というものを少しずつ知って貰いたいと僕は思います。

 お花には悪い気もしますけどね。


 「そんなことないぞー。あのままだったら、あの花は人目に触れず、ひっそりと生涯を終わっていたかもしれないからなー」

 「確かにそうですね」

 

 それが、ティロさんに見つけて貰い、短い間かもしれませんが、大事に愛でられると考えれば、あの場所に咲いていた意味もあるかもしれません。


 「それになー。あの花は特別な花だぞー」

 「そうなのですか?」

 「うむー。私も植えた事をすっかり忘れていたけどなー。何せ、植えたのはここに住んで直ぐだったからなー」

 「えっ、そんなに前なのですか!?」

 「うむー」


 僕が生まれる前に植えられた種がようやく咲いたという事になりますよね?


 「良かったのですか? そんなに珍し花をあげてしまって」

 「構わないぞー。それも運命だろうしなー」


 巡り合わせって事ですね。

 ティロさんとあのお花は出会うべくして出会ったという事ですね。


 「ちなみにあの花はどんな花なのですか?」

 「不死草と言ってなー、一度咲いたらどんな事があっても枯れないと言われているぞー」

 「あ、僕も聞いた事があります。万病薬にもなるって花ですよね」

 「そうだなー」


 とても珍しい花としても有名です。

 まぁ、枯れないだけで、燃やせば燃えてしまいますし、ずっと水もあげずに放置すればいずれかは朽ちてしまうらしいですけどね。

 

 「だから切って渡したのですね」

 「うむー。茎から切ればまた生えてくるからなー」


 なんだか、いい話が台無しになってしまった気がしますが、ティロさんが喜んでくれたのならいいのですかね?


 「それにしても、街だけではなく人も豊かになっていると思えるのはいい事ですね」

 「そうだなー」

 

 やっぱり平和が一番ですね。

 穏やかな時間の中に新しい発見が出来る。ただこれだけで幸せな気分に浸れるのです。


 「出来る事なら本当にこの時間が続けばいいのですけどね」

 「そうだなー」

 「なー…………お昼寝したいなー」

 「サンドラちゃんは眠くなっちゃったのですね」

 「なー……」


 道理で静かだった訳です。


 「それじゃ、かえって一緒にお昼寝でもしましょうか」

 「するー」

 「たまには私もするかなー」

 「それじゃ、僕達のお家のお庭でお昼寝しましょうか」


 えへへっ、こうやって三人で手を繋いで歩いていると、親子みたいに感じますね。

 もちろん、サンドラちゃんとチヨリさんが子供ですよ?

 まぁ、二人とも僕よりも遥かに年上ですけどね。

 それでも気分だけはそう思えます。

 その後、僕達は予定通りお庭でお昼寝を堪能しました。

 気づけばコボルトさん達が一緒にお昼寝してたりと色んな人や召喚獣の魔物が集まったりしていましたが、それもまた幸せだと思います。

 ですが、それも長くは続かないのですね。

 翌日、また面倒な事件が起きてしまったのですからね。

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