第386話 鼬族の野望
「それで? アーレン教会も役に立たなくなってこれからどうするつもりなのかな?」
「こればかりは申し訳ないとしか言いようがありません」
「謝罪はいらないよ。あーあ、これじゃ僕の計画まで全て水の泡だよ」
国境での出来事から始まり、ルード帝国の侵略も失敗、終いには奴隷の売買をする為の施設もダメになった。
その前にも失敗があったね。
ま、それは僕には直接関係な事だから忘れたけど。
「それで?」
「それで、とは?」
「わからないのかい? これだけ投資したにも関わらず、何も成果は得られませんでしたじゃ済むわけないじゃないか。賠償だよ、賠償」
「成果ならございましたが、お気に召さないと?」
「成果があった? ふん、笑えもしないね」
投資した金額はそれなりの金額だった。
小さな城くらいなら軽く買える程の金額だったんだ。
それにも関わらず、この骨と皮だけの男は笑みすら浮かべている。
「鼬族の王よ、貴方様の目的は我らも理解しております」
「だから?」
「貴方様の目的を成すためには、いずれは戦争を起こす必要がある。違いますか?」
「当然だ。武力を示し、誰が本当の王に相応しいのか見せつける必要があるからね」
「そうでしょう」
だからこそ、他国の戦力を少しでも落とすために、魔力至上主義とやらに投資をし、各国に被害を与えるつもりだったのに、それをこいつらはしくじった。
それだけならまだしも、アーレン教会が潰された事により、奴隷の売買による収入も大きく減った。
そのせいで、リアビラを敵に回す恐れも出てきてしまった。。
リアビラには定期的に奴隷を送る契約を交わしている。それにも関わらず、それを滞ったとなれば奴らも黙ってはいないだろう。
前金として受け取った金を返せば許してくれる。そういう相手ではない。
口封じのために僕を消しに来る可能性も十分に考えられる。
それだけの秘密を共有してしまっているのだから。
しかし、それは目の前の男も同じ。
「リアビラは君がどうにかして」
「わかりました。必ずやリアビラが動かぬようにしてみせましょう」
信用できないな。
かといって、流石に二面作戦で兵を裂く訳にはいかない。
「それと、君が手に入れた邪魔者の情報を僕に寄越せ。それで、今までの失態は今は不問としよう」
「おぉ、流石は鼬族の王、いやアルティカの王よ。貴方様の器の大きさに敬服致します」
「世辞はいい。これは借りだ。なしにはしないよ」
「それでも助かりますよ」
天を仰ぐようにローブの袖で顔を覆い、大袈裟なまでに僕を
それをわかっていてやっているだけに腹が立つ。
それにしても、この男の成果がたったこれだけの情報とは、つくづくに笑えない。
こんな事なら、魔力至上主義に頼らず、自ら動いた方が余程成果は得られただろうね。
「本当にそうお思いですか?」
「何が?」
「鼬王が我らの協力なしで行動をし、最善の結果を得られたかと聞いているのです」
「当然だよ。僕は王になるために生まれてきたんだ。この程度の障害、何ともないよ」
王は民衆から選ばれる者ではない。
天に選ばれし者がなるべくしてなる。
そして、僕は天に選ばれれし者。
僕の進む道こそが正道であり、それが理。
「では、国境での戦いは鼬王もご覧になられた筈ですが、鼬王一人でその障害を取り除けたとお思いで?」
「ふん、あれは君らが意図して起こした事だろう。僕には関係ないね」
「確かにそうです。では、あの魔物を討伐した者がこの先の障害となるというのならば、鼬王はどうなさるつもりで?」
「何? どういう事だ」
「先ほどお渡しした資料にどうか目をお通しください」
この男の言う事に従うのは癪だけど、仕方ない。
「オルスティア……ルード帝国の第一皇子の名前だね。それなら僕も知っているよ。白天狐だろう?」
あいつの魔法は僕も見たからわかる。
かなり強力な魔法だったね。
「では、その続きを……」
「へぇ……今はフォクシアに身を寄せているんだ」
「その通りでございます。貴方様がこれから戦争を仕掛けるというのならば、必ずこの者が障害になるでしょう」
「確かにね」
僕の兵士は数は多いが、魔法には弱い。
まぁ、対策は幾らでも出来るだろうけど、簡単にはいかない相手だろう。
「しかしながら、彼にも弱点はあります」
「ふぅ~ん。なるほどね」
資料には白天狐の弱点も乗っていた。
帝都での戦いでは、あと一歩の所まで追い詰めたんだね。
妹の邪魔が入ったみたいだけど。
「それで、この妹はどうなんだい?」
「名前はユアン。フォクシアでは黒天狐と呼ばれ親しまれております」
「強いの?」
「戦闘力はそれほどではありません。ただし、扱う魔法が少々面倒ではあります」
回復魔法をはじめとする、補助魔法が得意か。
これだけ見れば、大したことはなさそうにみえるね。
「油断は禁物ですよ。私達は白天狐よりも脅威と捉えていますから」
「どうしてだい?」
「帝都での戦いでは、白天狐をもう一歩の所まで追い詰めましたが、黒天狐に邪魔されました。その戦いで黒天狐は白天狐だけでなく、帝都に住む住民を一瞬で癒し、白天狐も防げなかった攻撃を容易く防いでみせたのです」
資料によれば、呪いの類も除去する力を持っているか。
「例の角は?」
「恐らくは消す事が可能でしょう」
「だけど、トレンティアでは癒せなかったと書いてあるけど?」
「はい。一番の懸念される点がそこにあります。黒天狐は驚くべき速度で魔法の扱いを成長させているのです。現に、影狼族も黒天狐の手落ちました」
「あー、何だっけ? オメガだっけ?」
何か、魔族領沿いにある砦を貸してほしいと言ってきた事があったね。
その時の魔族が影狼族を従えていたと聞いた覚えが薄っすらと残っている。
「はい。今の黒天狐はオメガすらも凌駕していると見るべきでしょう」
「そうなんだ。ちなみに、オメガは強かったの?」
「まさか。魔力至上主義の中でも取るに足らない小物です。何せ、アルファ、ガンマと並ぶ、ナンバー隊ですので」
「何それ?」
「用は使い捨ての駒という訳です。魔力至上主義の本質を伝えず、好き勝手に好きな場所で暴れさせるだけの存在ですよ。全く持って役に立ちませんでしたけどね」
まぁ、敵に駒を渡しただけだし、確かに無能と言えるだろうね。
「ふぅ~ん。ま、とりあえずは用心しておくよ」
「他にも名前と特徴を記してありますので、一度じっくりと確認しておく事をお勧め致しますよ」
「気が向いたらね」
他にもずらりと名前が書いてある。
しかし、僕から見たら興味も沸かないような存在ばかりだ。
特に冒険者なんて戦争には関係ない。
国境での戦いでは少しは役に立っていたみたいだけど、本当の戦争になれば冒険者なんて役には立たないのは歴史を遡れば良くわかる。
人は魔物のようにはいかない。
「それで、これからどうなさるつもりで?」
「近々、アルティカの王が集まる機会がある。その時に、宣戦布告をフォクシアに対しするつもりだよ」
「いきなり攻め込まないのですか?」
「それじゃつまらない。昔からあの狐王は気に食わなかった。だから、少し恥をかかせてやろうと思ってね」
「それは面白い案ですね」
本当に愉快さ。
僕の兵士は軽く十万は越す。
それに比べ、フォクシアの兵は一万にも満たないだろう。
戦は数がモノを言わす。
今から狐王の慌てふためく姿が見れると思うと笑いが止まらないね。
「まぁ、泣いて媚びるのであれば、一握りの領地くらいは残してあげようかな」
「なんと慈悲深い……流石はアルティカの王となられるお方だ」
「当然。何せ、僕はこの日の為に兵を揃えてきた。数だけならば、他の四カ国を集めても負けないよ」
それに加え、別の手段も用意してある。
その時は魔力至上主義の力を借りる事になるだろうけど、今までの貸しを返して貰うと考えれば安いものだね。
「では、鼬王のご武運を祈っておりますよ」
「必要ないよ。勝つべくして勝つ。それだけだからね。それよりも、リアビラの件は任せたよ。僕の懸念はそこだけだから」
「お任せください。何せ、リアビラは魔力至上主義の手足も同然ですので……では、失礼致します」
「…………ふん、本当に気味の悪い奴だな」
骨男が深々とお辞儀をすると、徐々に体が薄くなり、そして消えた。
「それにしても、白天狐と黒天狐か」
ハッキリと言って、脅威となり得そうなのはこの二人か。
この二人を抑える事が出来れば、僕の勝利は揺るぎないはず。
何かいい方法があるかな?
「ま、考えても無駄か。どうせ、僕が戦わなくとも戦に勝つ事になるだろうし」
そもそも、戦いとは一つの手段でしかない。
自らの手を使わなくとも勝つ方法は幾らでもあるのだからね。
要は頭の使い方。
如何に人を使うかが重要になってくる。
それが出来る僕はまさしく王の器といえるだろう。
自らが先陣を切り、己の強さを見せつけるのが他国の王のやり方で、古くからの伝統ではあるみたいだけど、僕からすれば滑稽にしか映らない。
そのような馬鹿が僕と同じ王を名乗っているだなんて許せはしないね。
だから、馬鹿な王は僕に従えばいい。
そうすれば、今まで以上に身を挺にして働くことが出来るだろう。
「後少しだ。後少しで全てが僕のモノになる」
中央の玉座に座る気分はどれだけ気持ちいいだろうか。
今すぐにでもその椅子を手に入れたい。
しかし、焦る必要はない。
あの椅子に座るのは僕なのだと、天がそう告げているのだから。
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