第385話 勇者と魔族
「姉上……?」
ラインハルトさんを詰所へと案内し、一緒に地下に降りると、オメガさんを見たラインハルトさんは駆け寄るようにして近づき、ガラス越しに声をかけました。
「ハルちゃん……?」
ラインハルトさんが近づくと、オメガさんは目を大きく見開き、同じようにラインハルトさんの近くへと近づき、ガラス越しに手を合わせ、お互いを確かめるように見つめあい、静かに涙を零しました。
「本当に、ハルちゃんなの?」
「はい。この目を忘れたとは言いませんよね?」
「うん。その目は忘れはしないわ……無事に生き残っていたのね」
「姉上のお陰です。姉上が居なかったら今頃は……」
どうやら、僕の予想は当たったみたいです。
ラインハルトさんからお姉さんの特徴を聞いてピンと来たのですよね。
見た目は魔族で、胸が凄く大きくて、いつもそれを強調したような格好をしていたと聞いて真っ先に思いついたのがオメガさんでした。
まぁ、その特徴の人は世界を探せば幾らでもいると思いますけどね。
ですが、ラインハルトさんの生まれた育った場所は既にないと聞き、姉はその事で酷く世界を恨んでいるだろうと聞いたのが決め手でしたね。
「ユアン殿……姉を丁重に扱ってくださっている事に感謝致します」
「感謝されても困りますよ。オメガさんの自由を奪ってしまっていますからね」
部屋こそ綺麗かもしれませんが、ここは牢屋です。
オメガさんはここから出る事は出来ず、行動を制限させて貰ってます。
「オメガ?」
「どうしたのですか?」
「いえ……姉上の事をそう呼んだので、気になりまして」
気になる?
ラインハルトさんがそう言うって事は、オメガさんはオメガさんではないのでしょうか?
「という事は、他に名前があるという事ですか?」
「……そうよ。私の本当の名は、フレイヤ。フレイヤ・エクス・アルファード。これが、私の本当の名前」
「そうだったのですね」
まさか偽名だとは思いませんでした!
オメガさんはフレイヤさんだったのですね!
「それで、フレイヤさんは……」
「その名前はもう捨てたわ。今は、オメガ。そう呼んで貰えるかしら?」
「わかりました。オメガさんはどうしてオメガと名乗っていたのですか?」
名前を変えるというのは意味があると思います。
ただ単に名乗りたくなかっただけかもしれませんが、名前を捨てる程です。何かしらの理由があるのかもしれません。
「与えられたのよ」
「誰にですか?」
「魔力至上主義が寄越した使い魔に」
「そうだったのですね。でも、どうして名前を捨ててしまったのですか?」
「資格がないからよ。国も家族も……妹ですら護れなかった私が、エクスを……アルファードを名乗る資格があるわけないでしょ」
エクスは勇者の家門名で、アルファードは国の名前でしたね。
「という事は、オメガさんが住んでいた街というのは、もしかして」
「そうよ。私はアルファード王国の女王だったわ。遥か昔になるけどね」
アルファード王国が残っていた頃となると、本当に昔の事になりますね。
それでもまだこの若さを保っているとは、本当に魔族が長命な種族だとわかります。
「あれ、となると……ラインハルトさんの年齢って……」
「ひ、秘密だ!」
「でも、アルファード王国が残っていた時代から考えると……」
「考えなくてもいい! それよりもだ、姉上から魔力至上主義について聞くのだろう?」
「そうでしたね」
どうやら年齢は知られたくないみたいです。
「前にも言ったけど、答えられる事はないわよ」
「姉上、どうしてです?」
「何も知らないからよ。私達は個人主義。誰の手も借りずに一人で活動していたのだから」
「そうなのか……」
妹の前にしても前と同じ答えが返ってきたとなると、オメガさんは本当に何も知らないみたいですね。
でも、少しだけ違和感があります。
アーレン教会での出来事は、どうしても個人的な行動だとは思わないのですよね。
たった一人であそこまでの行動を出来るとは思えないのです。
だってですよ?
アーレン教会との繋がりを考えると、鼬族とリアビラも関わっているのです。
たった一人でその繋がりを見るのは難しいような気がします。
転移魔法が使えて、相当なやり手ならわかりませんけどね。
「まぁ、魔力至上主義についてわからなくとも、ラインハルトさんの目的はこれで達成されたみたいなので良かったですね」
「そうだな……」
「後はこれからどうしたいのか、よく考えてください。出来るならばふたりでじっくりと」
「だが、姉上は……」
「それを踏まえてです。シアさん、行きましょ?」
「うん」
ここで僕達が残っていたら、積もる話もあるでしょうし邪魔になってしまいますからね。
なので、僕達は二人を残し詰所を後にする事にしました。
「ユアン」
「はい?」
「いいの? ラインハルトが逃がすかもしれない」
「ラインハルトさんならあのガラスくらいなら簡単に壊せてしまうかもしれませんね」
「うん」
「ですが、オメガさんだって同じですよ」
やろうと思えば、オメガさんならあそこから脱出するのは簡単にはいきませんが、出来ると思います。
「だから、ラインハルトさんが手引きして逃げ出しても仕方ないかなと思うのです」
「ユアンがそう判断するのなら従う」
「ありがとうございます。ですが、二人なら大丈夫ですよ」
「どうして?」
「オメガさんに足りなかった何かがアレで埋まったような気がしたからです」
オメガさんがどうしても悪い人だと思えませんでした。
もちろんやってきた事を考えればいい人ではなかったのかもしれません。
ですが、世界を憎んでいるといいつつも、やっている事が中途半端で、悪い人になり切れておらず、そこに生き別れとなっていた妹のラインハルトさんと再会を果たす事ができ、何かが変わる、そんな気がしたのです。
「それに、ラインハルトさんとオメガさんが協力して悪さをしようとした所で、シアさんが居れば大丈夫ですよね?」
「うん。オメガは私が抑えられる。ラインハルトと戦っても負けない。私一人で十分」
「はい。だから、心配はいりませんよ」
何よりも、あの場で僕達が邪魔してしまう方が悪い方向に進む気がしますからね。
「なので、今はラインハルトさんとオメガさんが今後どうしたいかを聞いてから色々と決めましょう」
「ラインハルトがメイドをやりたいと言ったらどうする?」
「それは却下です。ラインハルトさんにはやって貰いたい事がありますからね」
ナナシキには色んな種族の人が集まり、凄い人が沢山います。
そこで一つの案を僕は思いついたのです。
「ユアン、この後はどうする?」
「そうですね……久しぶりにゆっくりしたいです」
「私も。お家に帰ろ? お昼寝でもする」
「いいですね! 暖かくなってきましたし、たまにはお庭でお昼寝するのも悪くないですね」
「むぅー……庭じゃイチャイチャ出来ない」
どうやら、お庭でお昼寝は却下みたいですね。
でも、シアさんのイチャイチャって……まぁ、シアさんがしたいなら仕方ないですよね。
「とりあえず、帰ってから考えましょうか。スノーさん達に説明もしないといけませんからね」
「わかった」
とりあえず、アーレン教会の件はこれにて一件落着ですかね?
まだ、やることは色々と残っていますけどね。
それでも、大きな問題になるような事は終わったと思います。
「あ、ユアンちゃんお帰り~」
スノーさん達にラインハルトさんの事を伝え、家に帰ると珍しくリコさんがお出迎えをしてくれました。
「ただいまです。リコさんがお出迎えをしてくれるのは珍しいですね」
「そうだね~。ま、新人さんが頑張ってくれてるからね~。私の仕事が減っちゃったんだよ」
「そういう時はゆっくりと休んでくださいね」
「うんうん。そうさせて貰うよ。それとさ……夢を見たんだけど、聞いてくれるかい?」
困ったような表情でリコさんがしています。
リコさんの夢、それは予知夢。
トラブルが終わったと思いましたが、またどうやらトラブルが起きそうですね。
リコさんの話を聞くためにも、僕達は本館のリビングへと向かうのでした。
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