第383話 弓月の刻、ナナシキへと戻る
「ここがナナシキですよ」
「申し訳ありません。私達の為にここまでして頂くことになりまして」
アーレン教会での出来事から三日後、僕たちはようやくナナシキへと帰って来る事が出来ました。
まぁ、ゴーレムさん達の事もあったので、時間があれば戻ってきたりはしましたけどね。
「しかし、不思議な場所ですね。アルティカ共和国は魔素の薄い場所と聞いていましたが、ここならば魔族も普通に暮らせそうです」
しかも、ダビドさんを筆頭にアーレン教会の修道女さんや、街の人も連れて全員でお引越しをする事になったのです。
スノーさん達からその話を聞いた時は驚きました。
僕たちがゴーレムさん達の事について話している間に、スノーさんたちはダビドさんに今後の事について話合っていて、話の流れでナナシキへと移り済むことになったようです。
「でも、本当にサンケの街は良かったのですか?」
「はい。修道女のみなさんと話合い、決めましたので問題ありません。それに、あの土地に居ましたら、心の傷は癒える事はないでしょうから」
結局の所、アーレン教会は潰れる事になりました。
もちろんサンケの街のアーレン教会はですけどね。
「でも、勝手に連れて来てしまいましたけど、エメリア様が怒ったりしませんかね?」
「そこは問題ないと思うよ。むしろ、サンケを公国と認めたくなかったみたいで、衰退する事が決まって手間が省けたから助かったって言っていたよ」
「それなら良かったです」
ですが、今後のサンケの状態を考えると大変でしょうね。
アーレン教会も潰れ、移住を希望した魔族の人達も連れて来てしまいましたしので、人口が一気に半分くらいになってしまったみたいです。
まぁ、自業自得ですけどね。
魔族に農業などを押しつけ、人族の人達は楽な生活をしていたみたいですから。
「しかしながら、ユアン様達は本当に良かったのでしょうか?」
「何がですか?」
「アルティカ共和国は龍神様を祀る国だと聞いております。それなのに、違う神を信仰する私達を受け入れると後々に問題が起きるのではないのかと思いまして……」
「問題ありませんよ。ヤオヨロズですからね」
ヤオヨロズは僕たちの家門名です。その意味は沢山という意味があると聞きました。
その中で、興味深いのはヤオヨロズの神という言葉です。
これは、沢山の神様が世界には存在しているという意味らしく、一つの神様を信仰するのではなく、全ての神様に感謝するという意味があるみたいですね。
ちょっと都合がいいかもしれませんが、僕はその考えの方が好きです。
実際に神様が居るのかはわかりませんが、もし神様が居るのであれば、力の大小はあるにしろ、それだけで偉大だと思うのです。
そこに優劣をつけるのはおかしいですからね。
なので、僕達の考えでは好きな神様を信仰すればいいという考えです。
まぁ、サンドラちゃんからするとちょっと考える所はあるみたいですが、龍神様の教えとして、種族の間にわだかまりなく、手を取り合い暮らして欲しいというのがある。
それを体現できるのではないかと説得すると納得してくれました。
「では、みなさんの住む場所を案内しますね」
「ありがとうございます」
この三日間、一番大変だったのはスノーさんとキアラちゃんでした。
移住の話を進めるにあたり、やはり問題となったのは住む場所でしたからね。
その調整でナナシキとサンケを行き来し、オルフェさんと細かな調整を行いつつ、街の人に事の経緯を伝え、魔族の人達が住む事を伝える事になったのです。
街の人の反応も悪くもなかったので、今の所は問題なさそうですね。
「まだ教会はないですが、今後建てていく事になると思いますので、それまでは我慢してくださいね」
「何から何まで申し訳ありません」
「大丈夫ですよ。今日からダビドさん達もナナシキの一員となるのですから、遠慮はいりませんよ。それがナナシキの発展へと繋がると信じていますからね」
「ありがとうございます」
移住をしてきた魔族の人達の住む区域は商業区の東側に決まりました。
西側には孤児院などがあり、今は影狼族の人達がそこに住んでいるので、領主の館を挟んで分けるようにした感じですね。
「では、これを渡しておきますのでみんなで話合ってお家は決めてください」
「この紙に記入をすればいいのですね。わかりました」
今回の移住者は数が多い為、ダビドさんが代表者となり、生活が落ち着くまではダビドさんが魔族を管理して頂くことになりました。
もちろん、お家はあげた訳ではありませんよ。
当面の間は免除となりますが、生活が落ち着き、収入が得られるようになった頃に賃貸として街にお金を納めて貰う事になっています。
その為にも仕事の手配などもしなければいけなくなるので、スノーさん達はまた大変になりそうですけどね。
「ユアン、お疲れ」
「ありがとうございます。街を管理するって本当に大変なのですね」
ダビドさんに後は任せ、僕たちはようやく領主の館へと戻って来る事が出来ました。
「大変だよ。だけど、忙しいのはここからかな」
「住民の登録とかしなきゃいけないですし、新しく建てる建物の費用とかも計算しなければいけませんので……」
「まぁ、そこはダビドさんから貰っているから問題ないけどね。問題は教会を建てる人の手配かな」
魔族の人達に家を貸す事が出来るのには実は理由がありました。
前金としてダビドさんから結構なお金を頂いてしまったのです。
そう考えるとアーレン教会って結構稼いでいたのかもしれませんね。
まぁ、この中にどれだけ不正で稼いだお金があるのかはわかりませんけどね。
何せ、ダンテが貯めこんでいたお金も含まれていますので。
なので、僕たちはこれを受け取るべきが悩みました。
もし、アーレン教会が裏で行っていた人身売買のお金が含まれていると考えるといい気分はしませんからね。
ですが、その真実はわかりませんし、ダビドさん達の生活の保障をする為にもお金はどうしても必要になってくるので、考えた末に受け取ったのです。
もちろん使い道は街の発展に使います。
僕たちが受け取ったのは街の資金としてですからね。
「人の手配ですか……ダンジョンの機能を使ったらダメですかね?」
「流石にね。いきなり教会が立ってたらみんなびっくりするだろうし」
「それに、ダンジョンの機能は出来るだけ使わないって決めましたよね」
「うん。秘密がバレる事は出来るだけしない方がいい」
「バレたら大変だからなー」
みんなと話合った結果、ナナシキの街はダンジョン化する事に決めました。
なので、今のナナシキはダンジョンの中……外にありますけどダンジョンなのです。
魔族の人達を受け入れる事が出来たのもナナシキがダンジョンだからという理由があります。ダンジョンならば魔素がありますからね。
まぁ、他にも受け入れる事になった理由はありますけどね。
「それで、ゴーレムさん達の様子はどうなの?」
「もうゴーレムさんではないですけどね。リコさんとジーアさんと一緒に頑張ってくれていますよ」
ナナシキがダンジョンになった事により、ゴーレムだった人も体を移し替え、ナナシキ限定ですが暮らせるようになりました。
そして、僕たちのお家でリコさん達と一緒に働いて貰う事になったのです。
「けど、よく思いついたね。移住してきた魔族の人達をカモフラージュに使うなんて」
「ラディくんの案ですよ」
魔族の人達を受け入れる事になったもう一つの理由がこれですね。
ゴーレムさんから体を移し替えた人の見た目は魔族で、この人達は何処から来たのか尋ねられる事があった時に、説明に困らないように魔族の人達を受け入れる事になったのです。
もし、聞かれてもサンケから一緒に移住してきた人と説明できますからね。
「まぁ、その話は置いておいて、問題は仕事だよね」
「仕事は山ほどありますけど、どう手配するかですね」
「その前に街の人と仲良くなって貰わないといけませんけどね」
魔族と獣人が仲が悪いという訳ではありません。昔は対立していたかもしれませんが、それはあくまで国と国での出来事です。
ですが、文化が違いますとそこで対立が生まれてしまうかもしれません。
そうなると同じ街に住んでいても喧嘩が起きてしまう可能性もあります。
「それは避けなければいけませんね」
「となると、交流する為の機会が必要になってくるね」
「お祭りでも開きますか?」
「歓迎会でもいい」
「楽しいのがいいなー」
歓迎会は確かにいいですね。
先に住んでいた人達に受け入れられるというのは気持ちの面で大きいと思います。
「わかった。オルフェさんとアラン様に相談してみるよ」
「お願いします」
街の人もゴーレムさん達もこれで大丈夫そうですね。
残りは……。
「ラインハルトさんですね」
「うん。結局どうするって?」
「姉を探すとは言っていますけど……」
「手がかりはないんだよね」
ラインハルトさんの目的はあの日達成されました。
探しているお姉さんとの繋がりを取り戻す事ができたのです。
「けど、本人は迷っているみたいだよ」
「そうなのですよね」
ですが、手に入れる事のできた手掛かりは、お姉さんは生きているとわかったくらいでした。
なので、何処に向かえばいいのかがわかっていないようなのです。
当然ですよね、世界は広いです。
「ユアンが相談に乗ってあげたらどう?」
「僕ですか?」
「だって、ラインハルトはユアンの事が好きなんでしょ?」
「気のせいですよ。例え、そうであっても僕にはシアさんが居ますのでその気持ちに応える事はできませんし」
まぁ、気のせいではなく、ラインハルトさんは真剣だという事はわかります。
「なら下僕にする?」
「ダメですよ。ラインハルトさんの人権の問題になってしまいますからね」
下僕というのは奴隷と変わらない気がします。
実際には違うかもしれませんが、僕の言う事を何でも聞いてくれるというのは変わらない気がするのです。
「まぁ、とりあえずは話はしてみますよ。ナナシキの今後を考えれば、居てくれるだけで心強いですからね」
話合った結果、ナナシキを離れてお姉さんを探しにいくのなら止めはしません。
ですが、ユージンさん達のようにナナシキに拠点を置き、ここを足場に各地を探すという選択もあります。
何せ、ラインハルトさんは自力で転移魔法が使える人ですからね。
「それじゃ、ちょっと先に話してきますね。シアさんも一緒に来ますか?」
「いく」
良かったです。
ラインハルトさんと二人きりというのはどうしてか落ち着かないのですよね。
悪い意味ではないですよ?
けど、正面から好意を伝えられたせいか、何となくそう思ってしまうのです。
「それじゃ、ちょっと行ってきますね」
「うん。どうなったかは後で教えてね」
「わかりました」
「ユアン、いこ?」
「はい」
シアさんが手を差し出してきたので、僕はその手を握り返します。
何だかこれも久しぶりなような気がしますね。
何だかんだセーラとラインハルトさんが訪ねてきてから忙しくて、シアさんとゆっくり過ごす時はあまりありませんでしたからね。
夜はいつも通り一緒に寝ていましたけどね。
「そういえば、ラインハルトさんは何処にいるのですか?」
「私達の家にいる」
「僕たちのですか?」
「うん。ラインハルトはまだ問題を抱えている」
「そうなのですね」
それも踏まえて話を聞く必要がありますね。
直ぐ近くですが、シアさんと手を繋ぎ、僕たちはラインハルトさんの元へと向かいました。
ですが、お家に着いた時、僕は驚くべき光景を目にする事になったのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます