第382話 補助魔法使い、密談をする

 「すみません。押し付けたままにして」

 「大丈夫。僕は何もしていないから。それよりも、いつまでもこのままって訳にもいかないと思うので、よろしくお願いします」


 地下の出来事は終わり、僕たちはスノーさんと別行動で街の人の容態を見て周りました。

 結果はやっぱり流行り病とは名ばかりの、魔力酔いみたいな状態になっている人達ばかりでした。

 それも魔族限定でです。

 どうしてそんな事になっているのかをセーラに問い詰めると、どうやらこの状態になっていたのは僕をおびき出すのと同時に、病の人を癒す為として、堂々と攫う為の手段だったみたいですね。

 それを知っていたセーラに怒りが込み上げました。

 ですが、実際の所はセーラも被害者の一部で、セーラが言う事を聞かないと修道女やダビド様も同じ目に合わせるとずっと脅されていたみたいです。

 当然ながら逃げれば、結果は同じになり、セーラは身動きが取れないようにされていたみたいです。

 それなら仕方ないのかもしれないですね。

 組織相手に一人で出来る事なんて限られていますし、セーラは自分と仲間を助けるために行動をしていただけなのですから。

 っと、その話は今は関係ありませんね。

 今は別の問題を先に解決しなければいけません。


 「それで、ゴーレムに魂を移された人達はどんな様子ですか?」

 「戸惑ってるよ。それと、絶望もしている。ずっとこの体で生きなければいけないのかって」


 当然ですよね。

 僕だって今の体を失い、自分の意志通りに動けない体になってしまったとしたら、どうすればいいのかわからないと思います。

 好きな人を抱きしめた温もりも感じる事も出来ず、匂いや手を握りしめた感触も味わう事ができない。

 考えただけで怖いです。

 

 「けど、それをどうにかするために僕とサンドラちゃんを呼んだのですよね?」

 「うん。二人なら……多分どうにか出来ると思って。僕の考えが上手くいけばだけど」

 

 僕たちが向かったのは龍人族の街に存在していたダンジョンの最深部です。

 誰の目にもつかず、安全な場所といったらここしか思い浮かばないので、ゴーレムさんを一度この場所に送りました。

 もしかしたらお母さん達からいい案を貰える期待もありましたけどね。

 ですが、残念ながら今日は居ないみたいです。


 「とりあえず、ラディくんの考えを教えて貰えますか?」


 そして、僕に頼みごとをしてきたのは何とラディくんでした。

 ダンジョンの最深部にゴーレムさん達を送った時に様子を見ていてもらうように頼んだので知っているのは当然ですが、まさかラディくんからゴーレムさん達の事で頼みごとをしてくるとは思わなかったのです。

 しかもですよ?

 主であるキアラちゃんではなく、僕とサンドラちゃん二人だけをこの場所に呼んだのです。

 しかもキアラちゃんには内密で。

 驚くのは当然ですよね。


 「まずは、これを見て欲しい」

 「えっと、誰ですかその人達は?」


 ラディくんがダンジョンの核に触れると、そこには四人の人が現れました。

 しかし、四人とも地面を見るようにうつむき、身動き一つとりません。

 そもそも生気を全く感じない人達が現れたのです。


 「この人……まだ人とは呼べないと思うけど、この人達はダンジョンの核から生まれた存在だよ」

 「ダンジョンの核から生まれた、ですか?」

 「うん。ダンジョンの内部に魔物が存在してるよね。それと同じように、この人達を造ったんだ。僕にはその権限が与えられているから」


 そういえばラディくんは仮ではありますが、ダンジョンマスターの代理でしたね。

 

 「それで、もしかしてゴーレムさんの魂をこっちの人に移そうって事ですか?」

 「うん。そうすればこの人達も再び人のような暮らしが出来ると思った。実際には人ではないけど……出来ますか?」


 ダンジョンに存在する魔物の特性をうまく利用した形ですね。

 ダンジョンの魔物を倒しても素材を手に入れる事は出来ず、体が消滅した後に魔石だけが残ります。

 ですが、魔石というのが重要ですね。

 これが生身の人間だったら無理でしたが、魔石にならばゴーレムさんの魂を移す事が多分ですが可能だと思います。

 

 「出来ると思います。原理は今ゴーレムさん達が動いているのとほとんど変わりませんからね」

 

 ゴーレムの場合は核から伸びた魔力回路を全身に流し、その魔力を使って身体を動かします。

 もちろん、関節がないところは動かないですし、その関節に不備があれば曲げる事も伸ばす事もできません。

 それが出来るこのゴーレムはその辺も計算されているのがよく分かります。

 ですが、体が石と金属で出来ている為、重いのでその分動きに負担が大きく、ちょっとしたことで損傷したりしてしまいます。

 けど、目の前の人は人間とは違い、心臓が魔石になっていますが、造り自体は人と全く変わりがないように思えます。

 もちろん、ラディくんが創ったので実際に違うカ所があるかもしれませんがゴーレムよりもスムーズに動くことが可能に思えます。

 

 「良かった。それならこの人達も不便な生活を送らずに済みそうです」

 「そうですね! 凄いアイデアだと思います!」


 この発想は僕にはありませんでした。

 まぁ、こうやってダンジョンの核を使わない限り思いつかない方法なので当然といえば当然ですけどね。

 これで、とりあえずはゴーレムさん達もどうにか出来ると、内心僕はホッとしました。

 ですが、僕の横で静かに話を聞いていたサンドラちゃんは浮かない顔をしているのに気づきました。


 「サンドラちゃん、どうしたのですか?」

 「なー……これって生命に対する冒とくだなー……」

 「冒とくですか?」

 「うん。僕もそう思った。だからユアンさんとサンドラさんだけを呼んだ。人に限らず、生き物はいずれかは死という終わりを迎える。だけど、この方法なら一生尽きる事のない生命を造る事が出来てしまう。もちろん、魔石が壊れればその時点で終わりだけど」


 ですが、その魔石が壊れない限り、魂を移し替える事が出来る限りはこの人達は死ぬことがないという事なのですね。


 「そう言われると、確かに問題ですね」


 不老不死を夢見る人は少なくないかもしれません。

 ですが、それって本当にその人にとって幸せなのかと考えると、幸せとは断言できません。

 親しかった人が死んでいく中、自分だけが生き残る。

 それはとても辛い事だと思います。


 「だけど、それを言ったら、僕もサンドラさんも同じような存在だから否定もできない」

 「そうだなー。私は一度死んだ。ダンジョンとユアン達のお陰でこうして新たな体を手に入れて生き返る事が出来たけど、本質は変わらないからなー」


 サンドラちゃんの場合はダンジョンマスターの力を借りましたが、核の代わりに龍の心臓を使い、生き返りました。

 けど、結局のところは新しい体に魂を移し替えたのと変わらないのですよね。


 「だから、私は賛成も反対もできないなー」

 「そうですね。ですが、そこは本人たちの意志じゃないでしょうか?」


 永遠に近い命を手に入れる代わりに、様々な困難や制限のかかる生活を強いられる事を選ぶか、この場で核を壊しそれを拒むか。

 そればかりは本人たちの意志に任せるしかないと思います。

 サンドラちゃんはあの時に、生きる事を諦めていましたが、やっぱり生きる事を選びました。

 これが世界の理に対する冒とくであったとしても、そうなってしまった以上は仕方ないと思います。

 

 「だけどなー、問題はそれだけじゃないんだよなー」

 「他にも問題があるのですか?」

 「あります。この方法を使えば……無限に兵士を生み出す事も可能になってしまうかもしれない」

 「確かに……ダンジョンの核を使い、同じように人を造ればそうなるかもしれませんね」


 もちろん、別の条件も加わりますけどね。

 まずは、人の魂を核に移さないといけませんね。

 ですが、その方法を詳しくは知りません。

 一応は、生贄で出来るかもしれない……という事はわかりましたけど、僕は絶対にそんな事をしたくはありません。

 それに、例え出来たとしても、ダンジョンで生まれた魔物はダンジョンの中でしか移動が出来ないみたいですので、外へ送り出したくてもそれは今の所できないのですよね。

 ですが、それも今の所はだそうです。


 「方法があるって事ですか?」

 「ありますよ。ダンジョンが広がれば、それだけ移動できる範囲が増えると思う。地下にしかダンジョンが存在しないというのはおかしいから」


 確かにそうですね。

 僕のダンジョンのイメージは洞窟の奥に続く地下というイメージですが、必ずしも地下にあるとは限りませんよね。


 「なー……ラディは相当賢いなー」

 「そんな事ないよ」

 「あるぞー。かつて龍人族が考えた事を誰にも教わらずに至ってしまったのだからなー」

 「龍人族の人も同じことを考えたのですね」

 「うんー。だけど、それは失敗だったなー」

 「どうしてですか?」

 「それに依存してしまったからだぞー。だから、龍人族の街が滅びたなー」


 ダンジョンの外には龍人族が住んでいた街があります。

 昔はその場所もダンジョンの一部だったようで、かつてのダンジョンマスターはラディくんが考えた方法で人を造り、その人達に様々な仕事を任せていたそうです。

 ですが、その結果……堕落した生活に陥り、自分たちでは何もできない無気力な人ばかりが増えてしまったそうです。

 そして、ダンジョンマスターが何らかの理由で居なくなった時、その人達は自分たちで生活ができなくなってしまったようです。

 

 「それが、各地にかつて龍人族の街が残っている理由だなー」

 「だから街並みは綺麗なのですね」


 僕が知っている龍人族の街は二つとも外見は綺麗でした。

 まぁ、魔の森の方はガロさんが荒らしてしまった為に、中は大変な事になっていましたが、外見だけは綺麗だったのです。

 今でも人が暮らしていてもおかしくないと思えるほどに。

 仮に争いがあの場で起きていたとすれば、あのような形で残る筈がありませんからね。


 「ですがそれって、龍人族の人達も同じように人の魂を移していたって事になりますよね」

 「違うぞー。あくまでそれはダンジョンマスターが創った存在だなー。人の魂を移したわけではないぞー」

 「ダンジョンマスターが命令を与えるとその通りに動く存在といえばいいかな」


 そんな事も出来るのですね。

 となると、今回の件はまた違ってきますね。


 「それで、どうしましょうか?」

 「なー……困るなー」

 「僕は二人にお任せします。僕が決めていい事ではないと思うから」


 かといって、僕が決める訳にもいきませんよね。


 「やっぱりみんなに相談しないといけないと思います」

 「そうだなー」

 「そうなりますか……」

 「何か問題でもあるのですか?」

 「いえ、そういう訳じゃないけど……」


 みんなに相談する方針にすると、ラディくんが難しい顔をしました。

 どうみて僕の考えに前向きではないような感じがしますね。


 「なー! はっきりしろー!」

 「まぁまぁ。でも、心配になりそうな事があるならば、先に話しておいた方がいいと思いますよ」

 「心配という訳ではないのですけど……この事がもし何処かから広まると、ナナシキは狙われるのかなと思っただけ」

 「ナナシキが?」

 「うん。世界にダンジョンが幾つ存在するかわかりませんけど、これだけ自由に使えるダンジョンは沢山はないと思う。もし、アーレン教会がやっていた生贄とダンジョンマスターの力が合わされば、さっきも言った通り、無限に兵士が創れてしまうと思う」

 「けど、生贄には人が必要なのですよね? 結局は人を生み出した所で同じじゃないですか?」 

 「違うよ。ダンジョンマスターの力を使えば強力な魔物を生み出せるように、強力な人も生み出せる事になる。ゴーレムとは性能が全然違うんだ」


 単純に戦闘能力を一般市民を生贄にし、強力な兵士へと生まれ変わらせてしまう事が出来てしまうって事ですか……。


 「でも、ダンジョンから出られないのならそこまで問題はありませんよね?」

 「うん。だけど、護りはその人達に任せ、残りは全員攻めに回る事ができる。後ろを気にせず戦えるのは大きいと思う」


 後方の憂いがないってやつですか。

 確かに、それは厄介ですね。

 影狼族の問題が発生した時、僕たちがナナシキから離れて鼬族の領に向かいました。

 その時に、魔力至上主義の行動が読めないのでパーティーを二つに分けた事があります。

 ナナシキの防衛組と影狼族に向かう組とです。

 ですが、もしナナシキに強力な兵士がいたのであれば、ナナシキの事は心配せずにみんなで行動が出来たのです。

 

 「だから、これを広めるのはマズいと思ったんだ。主たちを信用していないって訳ではないけど」

 「それはわかってますよ。ラディくんなりの気遣いですね」

 「なー。それじゃ、私達で決めるのかー?」

 

 とても難しい判断です。

 広めるのは当然ながら危険だとわかりますが、この事を後でスノーさん達が知った時にどう思うかと考えると伝えた方がいいと思います。

 きっと、驚きますし、信用されていないと思うでしょうからね。

 僕だったら絶対に嫌です。

 なので……。


 「やっぱりここはみんなに相談しましょう」

 「問題はどこまでの人に話すかだなー」

 「そうですね。少なくともシアさんとスノーさんに話すとして、後はシノさんやアリア様にも話すかですね」


 オルフェさんやアカネさんにも話すべきかと思いますが、余計な心配をかけたくないという気持ちもあります。

 出来る事ならば、そういった争いごとの種になりそうなことには巻き込みたくないですからね。


 「けど、僕に相談する理由はわかりましたけど、サンドラちゃんを呼んだ理由は何ですか?」


 僕に相談する理由は簡単です。

 ゴーレムの魂を移し替える為です。

 ですが、その作業にサンドラちゃんは必要ない筈です。


 「一つはさっきの事についてです。サンドラさんも新しい体で生きているので、参考になるかなと思った」

 「一つはって事は他にも理由があるのですか?」

 「うん。本題はこっち。僕は仮のダンジョンマスターだから、出来る事が限られています。だけど、サンドラさんなら……」

 「ダンジョンを広げるかどうか、だなー」

 「はい。でないと、ゴーレムから体を移した所で活動できるのがダンジョンの中になってしまう」

 「それはそれで可哀想ですね」


 まだ決まった訳ではありませんが、このダンジョンの中でしか暮らせないというのは不自由ですよね。

 森や砂漠などがあって色々な事を経験する事ができるかもしれないですけど、魔物に襲われる可能性は十分にあります。

 ダンジョンの核が勝手に生み出した魔物は普通の魔物と変わらない行動をとるみたいなので、魔物同士で争う事は日常茶飯事みたいですので。


 「そう言う事でしたか。なら、その辺りも踏まえてまずは弓月の刻で話合いましょう」

 

 そこからどうするのか、もしラディくんの案を採用するならば誰にまで話しておくかを決めればいいと思います。


 「内緒話なので、一度ここに来てもらった方がいいですね」

 「そうだなー。外だと何処で話を聞かれているかわからないからなー」

 「ユアンさんの補助魔法があれば大丈夫だと思うけど、念には念を入れた方がいいかもですね」

 「わかりました」


 そうと決まれば、まずはスノーさん達に時間があるか確認しないといけませんね。

 スノーさん達はスノーさん達でまだ色々と話合ったりする事が山ほどあるみたいですからね。

 アーレン教会とサンケをそのままという訳にもいきませんので。


 「では、ちょっと待っていてください。ゴーレムさん達も話は聞いていましたね? どうしたいのかよく考えておいてください」


 僕はゴーレムさん達の意志を尊重する事に決めました。

 もし、死にたいというのならそれも仕方ないと思います。

 その時は一応説得しますけどね。

 ですが、終わらせることはいつでも出来ますのが、生きるのは今しか出来ない事です。

 それを考えて貰いたいと思います。

 それにしても、大変な話になってしまいましたね。

 まさか、アーレン教会での出来事がここまで大きな話に膨れるとは思いもしませんでした。

 ですが、それもナナシキの発展に繋がる可能性もありますし、前向きに考えないとですね。

 では、シアさんとスノーさんを迎えに行きましょう。

 話が終わってくれているといですけどね……まぁ、終わっていなかったらその時はその時です。

 僕は二人を迎えに再びサンケへと戻るのでした。

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