第380話 弓月の刻とその仲間たち、街の人達に包囲される

 「な、何事でしょうか……」

 「乗り込みにきた、とかかな?」


 アーレン教会の外は街の人が教会の入り口を取り囲むようにして待っていました。

 その目は復讐心に燃えるように鋭く、今にも一斉に武器を構えて襲い掛かってきそうな程の気迫が感じられます。

 もしかして、僕たちに合わせてアーレン教会のやり方に納得がいっていない人が集まり、謀反を起こそうとでもしたのですかね?

 そうだとしたら、もう大丈夫だと伝えないといけませんね。

 

 「あの……」


 黒幕はもう倒しました。

 なので、武器を降ろしてください。

 僕がそう伝えようとした時でした。


 「あいつらは逆賊だ! 決して逃がしてはならない!」

 「ダンテ様の仇をここで果たすのだ!」

 「ふぇ!? 僕たちが逆賊ですか!?」


 兵士の一人が僕たちを指さし怒声をあげると、それに呼応するように他の兵士も僕たちを指さし、街の人を扇動しています。

 

 「ダンテ様の仇を!」

 「「「仇を!!!」」」

 「女神様の名の下に逆賊には天罰を!」

 「「「天罰を!!!」」」



 兵士のあげた声を復唱するように、街の人が一つになり、僕たちを威嚇しています。

 このままだといつ襲い掛かって来るのかわかりませんね。

 防御魔法が張っているので攻撃をされても問題はありませんが、相手に兵士が混ざっていても、大半はただの市民で、冒険者ですらありません。

 そうなると、正当防衛だといって、攻撃する訳にもいきませんね……どうしたらいいのでしょうか?


 「はぁ……やっぱりこうなったか」

 「やっぱりって……こうなる事を予想していたのですか?」

 「そうよ。だから言ったじゃない……昔のままだったらってね」

 

 地上へと向かう際に確かにそう言っていましたね。

 

 「けど、これってどういう事なのですか?」

 「あいつらはアーレン教会の狂信者だ」

 「教信者はみんなこうなのですね」

 「違うわよ。狂ったという意で狂信者。所謂、アーレン教会に深く洗脳を施された質の悪い連中ね」


 同じ発音でも意味が違うのですね。

 確かに狂ったという意味なら良くわかります。

 操られている訳ではなさそうなのに、目が血走り、怒りからか全員が肩を震わせ、手にしたくわや鉈など、農作業などに使う道具を地面に叩きつけたりしています。

 

 「怖いです……」

 「そうですね。魔物よりも今のこの人達の方がよっぽど怖く感じますね」


 冒険者として生きてきたので、魔物と戦う機会は沢山ありました。

 どれも互いの命をかけた戦いです。

 それはある意味、自分が生き残るため、街や村を守るためなど、意味のある戦いだと思えました。

 向こうも同じです。

 厳しい魔物社会で生き残るために、出来る事をやっているに過ぎません。

 ですが、目の前の人達は、ただ僕たちが憎く、恨めしくて殺そうと武器を手にしているそんな感じがするのです。

 魔物よりもよっぽど魔物に見えます。

 けど、中にはそういう魔物もいるのですよね。

 

 「オーガやゴブリンみたいに感じる」

 「わかります。何というか、邪気……それを感じるような気がします」


 実の所は、まだ魔物の生態というのはわかっていない事が多く、どういった経緯で生まれたかなどは詳しくは知らなかったりします。

 ですが、オルフェさんに教えて貰った事があります。

 ゴブリンやオーガなどは邪気から生まれた魔物で、それを浄化すると消滅すると。

 正確に邪気というのが何かはわかりませんが、目の前の人達はオーガやゴブリンなどの雰囲気を纏っているような気がするのです。


 「となると、ユアンの魔法でどうにかできるのかな?」

 「それは無理ですよ。僕の育った村の近くに浄化の森があったのを覚えていますよね? あれは魔法ではなく、オルフェさんが施した何かですから」


 もしかしたら、僕が感じ取れない精霊魔法の一種かもしれません。

 でも、一つ言えるのは魔法でもそうでなくとも僕にはゴブリンを浄化する術はないという事です。

 同じ浄化でも浄化魔法クリーンウォッシュは別の系統の魔法ですからね。


 「ラインハルトさん、どうにか出来ませんか?」

 「残念だが無理かな。私はアーレン教会に協力はしていたが、あくまで外部の人間だ。それにダンテを殺したのは私だしね」


 そうでしたね。

 となると、街の人の目的はラインハルトさんにあるという事ですかね?


 「かといって、ラインハルトさんを差し出すのはありえません」

 「庇ってくれるのかい?」

 「当然ですよ。ラインハルトさんが間違った事をしていたとは思いません」


 ダンテにも言い分があったかもしれませんが、やっていた事はとても酷い事でした。

 あれを認める訳にはいきません。

 

 「でも、この場を丸く収める為には私が犠牲になるのが一番手っ取り早いだろう」

 「そんな事ないですよ。例え、ラインハルトさんが犠牲になったとしても、あの人達は僕たち全員を敵と見ています。ラインハルトさんが犠牲になった所で、収まるとは思えません」


 だからラインハルトさんの案は却下です。


 「それじゃ、どうするつもりだい?」

 「えっと……転移魔法で逃げるというのはダメですか?」

 「それだと後が面倒な事になる気がすると思うの」

 

 そうなっちゃいますよね。

 僕も一つの案として出しただけです。

 この状態を放置しても、いずれかは大きな問題に繋がる事になると思います。

 下手すれば、この人達がナナシキまで追ってくるような気までするのです。


 「大丈夫よ。どうせすぐに静かになるから」

 「どうしてそう思うのですか?」

 「それがあいつらの手口だからさ」


 ルカさんとユージンさんはこんな状況にも関わらず、凄く落ち着いています。

 というよりも呆れていますね。

 やっぱり、この街の出身だけなことはあって、狂信者の事をよく理解しているのかもしれません。

 ですが、その手口っていったい何なのでしょうか?」


 「見てればわかるわよ……来たわよ」

 

 ルカさんの視線が鋭くなり、その視線の先を辿ると、集まった人達の中から杖を突いた老人が人を掻き分け一人前に出てきました。


 「皆の衆、静まらぬか! 女神様の御前であるぞ!」


 老人とは思えぬ張りのある声が響くと、今まで騒いでいたのが嘘のように静まり返りました。

 あの様子からすると、偉い人みたいですね。


 「お騒がせして申し訳ない」


 杖を突きながら、その老人は僕たちの直ぐ近くまで寄ってきました。

 

 「儂はこの者達の代表者をしている者じゃ。名は名乗るほどではないのでご勘弁を」


 代表者という割に随分と落ち着いて静かに喋りますね。

 普通、代表者ならみんなの言葉や気持ちを代弁するはずなのに、今の所はそんな感じはしませんね。

 もしかして、まともな人なのでしょうか……まぁ、そんな訳ないですね。

 にこやかにしているのに、目だけは笑っていないのが直ぐにわかりました。

 あれは、何か悪い事を考えている目に違いありません!


 「そんなに警戒しないでくだされ、儂は皆様に提案があるだけじゃからな」

 「提案?」


 どうやらスノーさんが対応してくれるみたいですね。

 こういう時のスノーさんは頼りになる事が多いので凄く助かります。

 

 「えぇ……ダンテ様は儂らの導き手じゃった。それと同時に儂らの生活も支え、この街の為に尽くしてくれていたお方じゃったのだ」


 何だか、僕の想像するダンテとは全然違いますね。


 「うそだから信じなくていいわよ」

 「やっぱりそうなのですね」


 ルカさんがこっそりと僕に耳打ちして嘘だと教えてくれます。

 ですが、どうしてそんな嘘をつくのでしょうか?」


 「そうでしたか。ですが、私はルード帝国第二皇女エメリア様の護衛騎士団副隊長をしていましてね。実際にダンテの起こした行動を見てきましたが、とても許せる内容ではなかったな」

 「なんと……エメリア様の護衛騎士団の方でしたか……何とも失礼な真似を……」

 「構わない。それで、提案とは何だ。聞くだけ聞いてやろう」

 「不躾ながら……」


 驚いた様子も演技ですね。

 スノーさんの正体を知っていたのかはわかりませんが、取り乱した様子は微塵も感じられません。

 それどころか、スノーさん相手にとんでもない要求をしてきましたね。


 「ダンテから保証されていた生活を肩代わりしろ、だと?」

 「はい。そうでないと儂らの生活は困ります。それさえ保証して頂けるのなら皆の怒りも静まりましょう……如何ですかな?」

 「考える余地もない」

 「それでは……」

 「あぁ、この事はエメリア様に報告をし、然るべき措置をとらせて頂こう。当然、アーレン教会の内部にも細かな調査が入る事になる。その時に、あなた方の関係も調べさせて頂く事になる」


 当然ですね。

 そんな要求を呑む事は出来ないに決まっています。

 そして、ルカさんの言っていた手口がこのやりとりでわかりました。

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