第378話 勇者と魔王
「くくくっ……これで、私を追い詰めたつもりか? ぐっ!」
腕から流れる血が地面を赤く染める中、ダンテが苦しみながらも笑い声をあげました。
「やはり様子が変ですね」
窮地に立っている事はダンテ本人が一番理解している筈です。
それにも関わらずダンテは一人で笑っています。
「アーレン教会はもう終わりだ。それと、人質を盾に私から奪った例の物を返して貰うよ」
「断ったらどうなさいますか?」
「我が聖剣の錆となるだろう」
へぇ……聖剣でも錆びるのですね。
というよりもそれって手入れをちゃんとしていないからですよね?
シアさんもスノーさんもずっと同じ剣を使っていますが、錆どころか刃こぼれ一つもしていません。
僕だって刀を使った日にはちゃんと綺麗にしてあげますので、今も刀身は綺麗です。
「ユアン。あれは例え」
「別に何も言っていませんよ」
「いつも通り。顔見ればわかる」
僕の考えている事を読まれるのはいつもの事なので気にしないですけどね。
たまに言ってみようと思っただけです。
「それが可能だと思っているのですか?」
「どういう意味だ?」
「貴女に私が斬れるのかと聞いているのですよ。私を斬れば貴女が知りたがっている姉の手掛かりが消えてしまうのですよ?」
ラインハルトさんがダンテに協力していたのは人質を取られ、紋章もとられ、姉の情報を餌にされていたのですね。
「何というか……」
「間抜け」
「シアさん、それは言い過ぎですよ」
「そんな事ない。ユアンも同じこと思った」
まぁ、否定はできませんけどね。
だって、姉の情報を得る為に姉の形見を渡してしまって言う事を聞かざるを得ない状態になっているのです。
ダンテの事を信用しすぎたのですね。
「それだけ姉の情報を得たかったからよ」
「そこは俺も攻めれないな、子供の頃の話だ」
ユージンさん達がラインハルトさんを庇っていますね。
それだけの事情があったという事であれば仕方ないのかもしれません。
それに、どうやら紋章を預けてしまったのは子供の頃みたいですし、そこまで考えは及ばないと思いますので。
「姉の情報か……それならもう手に入れたよ」
「ほぉ……その情報が真実だと思っているのですか?」
「あぁ。私にダビド殿を合わせないように仕組んでいた理由がよく分かったよ」
「ふん……本当に役に立たない男ですね」
あの会話からするとラインハルトさんのお姉さんの情報はダビドさんが握っていたという事でしょうか?
「けど、教える事は出来なかったのですかね?」
「昔からだけど、ダビド様には監視の目が常に光っていたのよ。手紙を送るにしても一つ一つ確認されるほどにね」
ダビドさんと対談をした部屋を思い出しましたが、一切の自由を奪われたような部屋でしたね。
常に監視の置かれた状況に身を置いていたのです。
当然ながら誰かと対談するにしても監視の目がつき、都合の悪い相手とは対談を拒否していたのかもしれません。
「そうやって仕組んでいたのがダンテだったのですね」
「そういう事ね。全ての実権はあいつが握っていたのよ」
「けど、ダンテさんと凄く似ていますけど、どういう関係なのですか?」
「ダンテはダビド様の弟だ」
「弟ですか?」
「えぇ、それも噂によると双子のね」
どうりで似ている訳ですね。
角があるかどうかという決定的な差はありますけど、それ以外は本当にそっくりです。
「でも、弟のなのにどうしてあんなことをしているのですか?」
「嫉妬じゃない?」
「嫉妬ですか……」
「優れた兄に劣った弟。世間の目からはそう映っている。少なくともサンケではな」
その辺は理解できませんね。
僕にもシノさんという凄い兄がいますけど、別に嫉妬なんかはしたりしません。
まぁ、優秀な兄なので自分が劣っているなとは思ったりもしますけど、シノさんはシノさんで僕は僕ですからね。
「でも、何に嫉妬しているのですかね?」
「見た目じゃないかしら?」
「角って事ですか?」
「そうだろうな。あの二人は魔族と人族の間に生まれたらしい」
「それでダンテには角がなくて人族みたいなのですね」
見た目だけを見れば、ダンテが人族だと言われても納得できます。
「という事は、ダンテは角が欲しかったという事ですか?」
「ちょっと違うわね。サンケはルード帝国の領地であるのは知っているわね」
「そうですね」
「それなのに、魔族の見た目をしているダビド様の方が支持を集めているのが気に食わないのだろう」
それが嫉妬なのですね。
けど、結局はやってきた過程が大事じゃないのでしょうか?
ダビド様は人の為に頑張ってきたからみんなから慕われているだけであって、見た目は関係ないのだと思います。
「それがわからないのよ。あの馬鹿は」
「なんだか、可哀想ですね」
同情ではありませんよ?
ただ、そんな生き方をしてつまらなくないのかなと思っただけです。
兄の作った教会を乗っ取り、そこであくどい方法でお金を稼いで暮らしているのです。
本当の意味で自分で手に入れた者は一つもないように感じられます。
「けど、よくダビドさんはその状態で我慢できますよね」
「昔言っていたわよ。どうあろうとダンテは弟だから、本人が自分の過ちに気付き、心を入れ替えてくれるのを待つってね」
「無理じゃないですか?」
「無理だろうな。だから、ラインハルトがダンテと対峙している」
「という事はもしかして……」
「えぇ。ライはお願いされたのよ。ダビド様にダンテをね」
ラインハルトさんは色んな思いを胸にダンテと向き合っているのですね。
「助けてあげた方がいいですか?」
「その必要はないわ。ライなら大丈夫よ」
「ああ見えて、俺より強いからな」
ユージンさんがそう言う程なのですね。その表情は悔しさが少しだけ滲み出ています。
それなら、僕も今は見守る方がいいですね。
しかし、未だにダンテの表情には笑みが浮かんでいます。
あの余裕は流石におかしいですね。
ですが、その余裕の正体はすぐに判明する事になりました。
「仕方ありません。まだ完璧ではありませんが……あの力を使う時が来てしまったようです」
ダンテが懐から何かを取り出しました。
「何ですか、あれ……」
どうして気付かなかったの不思議です。
ダンテが懐から掌サイズの正方形の箱を取り出し、それを開くと悪寒が走りました。
「あれが、ライが取り返そうとしていたものよ」
「あの箱がそうなのですね」
「正確にはあの中身だな」
箱の中にはペンダントだと思われるものが入っていました。
ダンテはそれを首にかけ、にたりといやらしい笑みを浮かべました。
「私を追い詰めたつもりでしょうが……本当に追い詰められているのはどちらか教えて差し上げましょう……」
ダンテから魔力が溢れだしました。
「え……再生持ち、ですか?」
「違う。体が変化してる」
切られた筈の腕が、ボコボコとしたかと思うと、そこから腕が生えてきました。
しかも、その腕はまるで熊のように太く、指先には鋭い爪があります。
それだけではありません。
シアさんが体が変化していると言った通り、腕だけではなく、体が少しずつですが大きくなっていっているのです。
「あれは、一体何なのですか?」
「ライが言うには、あのペンダントには魔族の力、正確には魔族が魔物だった頃の記憶、本能を引き出す力があると言っていたわね」
「獣人でいう獣化石みたいなものですかね?」
でも、どうしてそんなものが……。
「簡単だ。ライは魔族の王……魔王の末裔だ」
「えっ! ラインハルトさんって魔族だったのですか!」
それは気付きませんでした。
「で、でもですよ? ラインハルトさんって勇者の末裔って聞きましたよ?」
ラインハルト・エクス・アルフォード
これがラインハルトさんの本名で、エクスは勇者の家門名とアリア様から教わりました。
「それに、アルフォード王国はルード帝国が名前をとったくらいです。人族が治める国じゃないのですか?」
「それはライに聞いてくれ。俺達だってライの全てを知っている訳ではない」
「ただ一つ言えるのは、ライは魔王の末裔でもあり、勇者の末裔でもあるって事よ」
「当時の魔王が勇者だった……という事ですか」
「違うわよ。魔王と勇者の間に子供が生まれたのがライの一族だったのよ」
「何か、不思議な話ですね」
やっぱりおとぎ話はおとぎ話でしかなかったという事ですね。
どの話も魔王は世界を征服する為に悪事を働き、勇者はその魔王を倒すために世界各国を周る。
話の内容は違えど、僕の読んだ本はどれもそんな感じの話ばかりでした。
「ユアンが読んだ本はデインから貰った本。デインの趣味だから偏っているだけ」
「あ、確かにそうかもしれませんね」
「うん。色んな本を読めば認識は変わる」
もしかしたら、本の著者が魔族を良く思っていないので、魔王を悪として描いていた可能性だってありますね。
現に今の魔族の王が悪い事をしているとは聞いた事がありません。
魔族至上主義に王がいたら別かもしれませんけど、少なくともルード帝国と繋がりがある魔族の国の王が何かをしたという話は聞いた事がないですね。
っと、そうではありませんでした。
ラインハルトさんが勇者の末裔であっても、魔王の末裔であっても関係はありません。
今はこの戦いが無事に終わるかが肝心です。
「力が溢れだしてくる……くくっ、今なら何でも出来るような気がしますよ」
自分の体を確かめるようにダンテが再生した腕を眺めています。
もう、人の面影がありませんね。
完全に見た目は魔物のようになってしまっています。
まるで、アーレン教会入口に飾られていたガーゴイルのような見た目になってしまっているのです。
「どれ、ひとつ私の力を見せて差し上げましょう」
頼んでもいないのに、ダンテが自分の力見せつけようと、手に魔力を集め始めました。
「これが私の力です」
手に集まった魔力を壁に放ちました。
「へぇ……中々やりますね」
「うん。威力はそれなりにある」
自分の力を誇示するように放たれた魔力の弾は壁に衝突すると、壁を抉り取りました。
「さぁ、恐れなさい。そして、自分たちの愚かさを悔やみなさい。私をもっと早く殺していればよかったものを」
随分と楽しそうですね。
しかし、先ほどの力は中々でしたね。
「ラインハルトさん、手伝いましょうか?」
「いや、大丈夫だ。ここは私一人に任せてくれ」
「わかりました。ですが、危なくなったら手助けしますよ」
「助かる」
安心しました。
ダンテの力を見てもラインハルトさんは表情一つ変えず、そして落ち着いています。
取り乱してたら無理やりにでも割って入ろうかと思っていましたがその心配はいらなさそうですね。
「ユアン。ラインハルトも中々やる。勉強するといい」
「わかりました」
実際に戦った所をみた訳でもないのにシアさんがそう言う程なのですね。
それに、僕も興味があります。
勇者と魔王の末裔の力がどれだけあるのか、どんな戦いをするのか楽しみです。
おとぎ話とは違いますが、おとぎ話になるような存在の人が目の前で剣を抜き、戦おうとしているのです。
「では、私の力も教えてあげよう」
今度は見せつけるように、ゆっくりとラインハルトさんが聖剣を抜きました。
あれが聖剣なのですね。
鞘から引き抜かれた刀身は幾重の魔力を帯びているのがわかりました。
勇者は色んな魔法が使えると言われていますが、あの剣を使えば確かに色んな魔法を使えるというのがわかります。
「己の罪を懺悔するといい」
「私の進む道こそが正義です。さぁ、私を楽しませるのです。大丈夫、今は殺しはしません。貴女も生贄となるのですから」
最初からわかっていましたが、やはり話し合いでの解決はやはり無理でしたね。
「では、いくぞ」
ラインハルトさんが剣を構え、ダンテと向き合いました。
ダンテとラインハルトさんの一騎打ちが今始まったのでした。
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