第377話 弓月の刻、兵士を迎え撃つ
「それにしても、キアラちゃんの弓は本当に正確ですね」
「うん」
キアラちゃんとサンドラちゃんが通路に向かって攻撃を仕掛けてくれているお陰で、僕たちの出番は今の所はありません。
何せ、サンドラちゃんの攻撃した通路からは兵士が出てきていませんし、キアラちゃんの攻撃を仕掛けた通路からは兵士は出てくるものの、みんな足に矢が刺さり、足を引きずりながら出てくるのです。
「どうやったらあんなことができるのですかね?」
「勘?」
サンドラちゃんはまだわかります。
通路にファイアボールを打ち込み、それが破裂する時に起こる爆発で兵士を無力化しているので、兵士が出てくるタイミングを見計らって魔法を打ち込み、押し戻すように攻撃しているのがわかります。
それに比べキアラちゃんの方は……。
「ああやって通路に矢が消えていくのですよね」
「うん。敵の姿を見る前に攻撃してる」
それにも関わらず、しっかりと矢が命中しているのですよね。
不思議なものです。
「精霊さんの力を借りているからだよ」
「あ、聞こえていたのですね」
あまり大きな声でシアさんと話していた訳ではないのですが、後方からキアラちゃんがどうしてそんな芸当が出来るのかを教えてくれました。
「うん。精霊さんが色んなことを教えてくれるの。通路の先にいる敵の様子やユアンさんの話す会話とかを届けてくれたりね」
「それは便利ですね」
「大変ですけどね」
大変に決まってますよね。
実際にどんな会話をしているのかはわかりませんが、通路の様子を精霊さんが教えてくれるからといって、実際の自分の目で見て矢を放っている訳ではないのです。
「僕には無理そうですね」
「そんな事ないですよ、ユアンさんとシアさんがやっているのと同じ感じだと思うの」
「僕とシアさんですか?」
「ユアンさんがシアさんに抱えられて、アンデット系の魔物を倒した時みたいな感じだよ」
アンデット系の魔物?
あー……ダンジョンの時の話ですね。
みんなが嫌がって僕に押し付けた事を思い出しました。
もうあんな思いはしたくないです。
っと、そうではありませんね。
「あれと同じような事をキアラちゃんはやっているという事ですか?」
「感覚的には同じだと思うの。精霊さんがこの辺だよって教えてくれますので」
その辺りは難しい感覚ですね。
僕の場合は、腕を後ろに向けて真っすぐに伸ばし、僕を抱えたシアさんが向きを調整して魔法が当たる位置を調整しているのですが、キアラちゃんの場合は精霊さんの情報を頼りに感覚で矢を放っているのです。
簡単そうに言って、簡単にやっているように見えますが、かなり高度な芸当だと思います。
屋内や洞窟など、風を行き届かせられる場所でしか出来ないと言いますが、それでも十分凄いと思います。
「けど、本当に僕たちの出番はありませんね」
「うん。みんな辿り着く前に終わってる。私の
それでも、全ての敵をキアラちゃんとサンドラちゃんで抑えるのは無理みたいで、シアさんの分身が通路で補佐してくれているみたいです。
となると、何もしていないのは僕とスノーさんだけになりますね。
「気にする事ない。まだ出番はある」
「そうですかね?」
この様子ですと、僕の出番はなさそうです。
一応はダンテの様子を気にしてはいますが、腕を失ったからか、部屋の隅に逃げてしまっています。
どうやら、転移魔法とかは使えないみたいですね。
明らかな不利な状況とわかっていても逃げないのが良い証拠です。
それでもまだ、優位に立っていると思っているのでしょうか?
それとも別の意図が?
何にせよ、ダンテは動く様子がありません。
と、その時でした。
「なー! 抜けられたー!」
サンドラちゃんが担当している通路から兵士が無傷で飛び出してきました。
それを見て、サンドラちゃんが凄く悔しそうにしています。
「シアさん」
「うん。強い」
一目見てわかりました。
通路から出てきた人達は明らかに格が違うのだと。
それと同時に安心もしました。
「けど……あれで変装しているつもりですかね?」
「他はいい。一人ダメだと思う」
通路から出てきた人たちは、アーレン教会の兵士が着ている甲冑を身に纏っていました。
しかし、一人だけ明らかにサイズが合っていない格好で、兜なんかは被っているというよりも、乗せていると言った方が正しいような格好をしているのです。
「待たせたな」
「ユージンさん達も無事にここまでこれたのですね」
「あぁ、魔法には驚いたけどな」
一目見て強いと思うはずです。
通路から出てきたのは火龍の翼の皆さんとラインハルトさんでした。
通路から出てきたユージンさん達は、僕たちの元へと真っすぐに向かってきました。
「けど、どうしてそんな格好をしているのですか?」
「ライの手引きでこっそり忍び込むつもりだったのよ」
「でも無理だったのですね」
「見ての通りだ」
ユージンさんが肩を竦め、親指で後ろを見てくれと指さしたのは、僕も気になっていたロイさんでした。
ロイさん以外は違和感がないのに、ロイさんだけは違和感しかありませんからね。
「嬢ちゃん、どうだ俺の変装は!」
「えっと……似合ってると思います?」
「がははははっ! なっ? だから言っただろ、俺の変装は完璧だってな!」
「ユアンちゃん、別にロイを庇わなくていい。変なのはみんな気付いてるわよ」
「そうですよね」
どうやら、みんなが変装するので、ロイさんも変装がしたかったみたいですね。
ですが、ロイさんは背が凄く高く、体型も筋肉でガッチリしていますので、サイズの合う物がなかったみたいですね。
そんな会話をしていると、ラインハルトさんが呆然とした様子で僕を見ているのに気づきました。
「ラインハルトさんどうしたのですか?」
まぁ、理由はわかります。
戦闘が続いている中、僕たちが会話をするほどの余裕を見せているのです。
驚くのも無理はないかもしれません。
「ユアン殿……その、髪はどうしたんだ?」
「髪? あ……忘れてました」
どうやらラインハルトさんもこっち側の人間だったみたいで、戦闘中にも関わらず、短くなった僕の髪を見て、驚いていたみたいです。
「もしかして、失恋でもしたのか?」
「失礼な! 僕とシアさんは仲良しですよ!」
「うん。ずっと一緒」
「そうか……私にもチャンスはあると思ったが、まだ先のようだな」
先にも後にもチャンスはありませんよ?
僕はシアさんとしか特別な関係になるつもりはありませんからね。
「けど、どうしたの? ユアンちゃんの髪、とっても綺麗なのに」
「ルカに同意。綺麗なのに切るのは勿体ない。長いのは大変なのはわかるけど」
「あー……それはですね」
僕が事情を説明しようと振り向くと、みんなから露骨に顔を逸らされました。
「影狼の操作で忙しい」
「せ、精霊さん! 次はどこを狙えばいいかな?」
「なー! 忙しいなー」
「セーラ、無事? そう、無事なら良かったよ」
おかしいです。
ユージンさん達が登場した時に、戦いの手を止めていたはずなのに、また戦いに戻りましたよ!
「辛い事を聞いてしまったみたいだな……しかし、気に病むような事では……」
「えっと、どうしたのですか?」
髪が短くなった事を慰めようとしたのか、ラインハルトさんが近づいてきたのですが、僕の目の前で足が止まりました。
「ユアン殿……そんなに辛かったのだな」
「何がですか?」
別に辛くはなかったです。
まぁ、急に短くなり驚きはしましたけどね。
「ユアンちゃん……」
「可哀想……」
「えっ? エルさんとルカさんまでどうしたのですか?」
「嬢ちゃん、気付いていないのか?」
「何がですか?」
むー!
みんなして僕をみて心配してきます!
髪が短くなったくらいで、そこまで気にしていないので大丈夫なのに、みんなして凄い心配してくるのです!
「がはははっ! 見事に銅貨ハゲだなっ!」
「ロイっ! ユアンちゃんが可哀想でしょ!」
「銅貨ハゲ?」
「嬢ちゃん、尻尾をみるんだ」
尻尾ですか?
「あ……あっーーーーー!」
ユージンさんに指摘され尻尾を確認すると、尻尾の毛が無くなっていました!
尻尾の一部がなくなり、肌が見え、そこだけ赤くなっていたのです!
「嬢ちゃん、気にする事はない。長く冒険者をやっていればストレスも溜まるものだ」
「脱毛はストレスが影響していると聞くわ。この戦いが終わったらゆっくりと休んで気分転嫁すればきっと治るわ」
「ち、違いますよ! これは……」
きっとサンドラちゃんが僕の毛を毟った影響がこんな場所に出ていると説明しようと思いましたが、それを証明する為には再び獣化しなければいけません!
そうなると、また毛を刈られた姿になる訳で……。
その姿を見られるのはもっと嫌です!
「と、とにかくこれは忘れてください!」
うー……仕方ないです。
尻尾をローブの中に隠します。
ちょっと動きにくいですけど、あんなものを見られるよりはずっとマシです!
「それよりも、まだ敵は居ますからどうにかしてください!」
「あぁ、そうだったな」
そう言いながら、僕の事を憐みの目で見ないで貰いたいです。
けど、まさかあんな状態になっているとは思いませんでした。
絶対にみんなは気付いていたと思うのに、教えてくれないなんてひどいです!
「ユアン殿、私に任せてくれ。ユアン殿の痛みは私が必ず返すと誓おう!」
「誓わなくていいです!」
とりあえず、目の前の敵に集中して欲しいですよね!
暫くは僕の事はそっとして欲しいものです!
それにきっと大丈夫です。
いつもの通りなら一週間もすれば髪も戻りますし、きっと尻尾も治りますからね……。
何よりも、折角ダンテを追い詰めたのです。
この好機を無駄にする訳にはいきません。
けど、僕は少し下がらせて貰いますよ?
みんなに心配させて戦いの邪魔をする訳にはいきませんからね。
それに、ラインハルトさんの目的が何となくダンテにあるような気がしましたし、譲ってあげないといけないような気もします。
だって、僕たちがこんなやりとりをしている間、ダンテからずっと嫌な感じがしていたのです。
片腕を失い、部下の兵士も無力化したにも関わらず、ダンテはずっと苦悶の表情を浮かべながらも、うっすらと笑っていたのですから。
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