第375話 魔眼の力

 「ユアンさん?」


 セーラさんの目が一瞬だけ紅く光り、その光が治まると、ユアンさんがボーっとしたように立ち尽くしていました。

 私が声をかけるも反応はありません。

 もしかして……。


 「魔眼に魅了されてしまったの?」

 「うそ……ユアンが?」


 私も冗談だと思いたい。

 ユアンさんは色んな事に耐性があるみたいで、毒も麻痺も効かないですし、前にイルミナさんの魔眼の効果を無効化したとも聞いた事があった。

 それなのに今のユアンさんはどうみてもおかしい。

 そして、ユアンさんはセーラさんを真っすぐにみつめ、覚束ない足取りで一歩一歩セーラさんに近づいていく。

 

 「セーラ、褒めて差し上げますよ。さぁ、あの小娘を早くこっちへと呼ぶのです」

 「はい……ユアン殿、そのままこっちに。私に触れたいですよね? 沢山甘えさせてあげますよ」

 

 両腕を広げ、セーラさんがユアンさんを迎え入れようとしています。

 あれが、魅了チャームの効果なのかな?

 ユアンさんが誘われる様に、セーラさんへと手を伸ばし歩いて行きます。

 けど、まだ距離はある……早く止めないと!


 「ゆあ……」

 「ユアン!」


 私がもう一度声をかけようとした時でした。

 シアさんが大きな声でユアンさんの名前を呼びました。

 そして、ゆっくりとユアンさんが振り向き、シアさんと見つめあいました。


 「そっちじゃない。こっち、だよ?」


 シアさんがセーラさんと同じように両腕を広げました。

 そうです。ユアンさんの場所はセーラさんではないです! ユアンさんの場所は……。

 ユアンさんがハッとした表情になり、さっきまでの覚束ない足取りが嘘のように駆けだしました。

 そして、抱き着くようにして広げられた両腕の中に飛び込んだのです。

 当然、シアさんの腕の中に。


 「えへへっ、シアさんだー。シアさんの匂いですよ」

 「うん。私は此処に居る。あっちに行っちゃダメ」

 「行かないですよー」


 シアさんに頭を擦りつけ、甘えるような声をユアンさんが出しています。

 ちょっと、羨ましいな。

 私だって、ああやって甘えて貰えたいと思うの。

 もちろん、立場的には私が妹ですよ?

 でも、今のユアンさんはとっても可愛いく見えるの。



 「な、なんで……?」


 当然セーラさんは困惑しています。

 途中まではセーラさんの方へと向かっていたのに、シアさんを見た途端にユアンさんはシアさんの方へと駆け出しました。

 

 「当たり前。ユアンと私は相思相愛。魅了チャーム如きで……」

 「シアさんシアさん!」

 「……何?」

 「もっとぎゅーってしてください」

 「う、うん」

 「えへへ~」

 

 セーラさんとシアさんの会話に無理やり割り込んだせいで、流石のシアさんも困惑しています。

 やっぱり、いつもとは違うみたい。

 あの様子だと魅了チャームの効力は残っているのかも……。


 「けど、ユアン殿は魅了チャームに掛かっていた筈です。それなのに、術者の私じゃなくて……」

 「ねぇシアさん! ちゅーはしないのですか?」

 「…………話しくらいさせなさいよ」


 ゆ、ユアンさん……まだセーラさんが話していますよ。

 けど、ユアンさんはそれを気にした様子は一切ありません。もしかして、シアさんの事しか目に入っていないのかも。


 「うん。後でいっぱいする」

 「えー……今しましょうよ」

 「今は我慢。みんな見てる」

 「みんなですか? ちょうどいいじゃないですか。僕たちが仲良しって所を証明できるチャンスですよ!」


 ユアンさんの発言だとは思えない言葉が飛び出ました!

 普段のユアンさんならあんな事は絶対に言わない筈の言葉。

 だって私達の前だってするのを躊躇っているくらいなのに、見られても平気だなんて、むしろみんなに証明する為にキスをしようだなんて言うのはユアンさんらしくないと思うの。

 やっぱりユアンさんはまだ……。


 「わかった。一回だけする」

 「むー……一回だけですか?」

 「うん。その代わり後でいっぱいする。終わったら、ね?」

 「わかりました……シアさん、ダメですよ。油断しては」

 「え…………ゆ、あん?」


 シアさんの首へと腕を回したユアンさんがシアさんに顔を近づけ、キスを交わすと思った時でした。

 シアさんが膝から崩れ落ちるようにして、地面へと倒れこみました。

 一瞬の出来事で何が起きたか理解できず、その様子を眺める事しかできません。


 「シア!」


 そんな中で、いち早く動き出したのはスノーさんでした。

 倒れたシアさんの元へと走り出そうとしたのです。

 ですが、ほんの一瞬、倒れたシアさんに気をとられたほんの一瞬が隙だったみたい。


 「ダメですよ。スノーさん達も大人しくしていてください……闇の拘束」

 「なっ!」


 スノーさんが駆けだそうとした時、スノーさんの影から腕が伸び、スノーさんの足が掴まれるのが見えました。

 

 「ユアン、何をしているのかわかってるの!?」

 「わかっていますよ。セーラ、様のご命令に従ったまでです」

 「私達は仲間だよね?」

 「はい。ですが、セーラ、様のご命令ですからね。時が来るまで大人しくして頂けますか?」

 「くっ……キアラ!」

 「ごめんなさい。私も捕まってしまいました」

 「私もだなー」


 スノーさんが掴まれると同時に、私の足も影から伸びた手に、足が掴まれました。

 

 「ちっ、影だから切っても直ぐに再生する」

 「これから逃げるのは無理そうだよ……」

 「なー! うっとうしいなー!」

 「無駄ですよ。僕の、闇魔法からは簡単には逃げきれませんからね? 僕が魔力を注いでいる間は無理だと思ってください」


 ユアンさんが私達をみてにっこりと微笑みました。

 そして、そのままセーラさんの方へと歩いて行き、セーラさんの前で跪いて頭を下げました。


 「無事にご命令を果たす事ができました」

 「あ、はい。よくやってくれました?」

 「僕の演技もなかなかではなかったですか?」

 「はい。私も見事に騙されてしまいました?」

 

 私達もユアンさんの演技に見事に騙されてしまいました。

 まさか、あの場でユアンさんがあんな行動をとるとは思わなかったの。

 でも、何か変な感じがするのは気のせい?


 「……これで、ダビド様と修道女を解放してくれますよね?」

 「まだです。それは全てが終わってからです……さぁ、生贄の準備を進めなさい。やり方は身をもってわかっているでしょう?」

 「はい……まずは動けないリンシア殿から生贄に捧げましょう。ユアン殿、手伝って頂けますか?」

 「お任せください」


 違和感を覚えつつある間に、セーラさん達が動きだしてしまった。

 けど、まだ出来る事は残っている筈です!

 

 「キアラ、弓は?」

 「腕は動けます」


 拘束されたのは足。

 これなら、セーラさん達の動きを……。


 「きゃっ!」

 「キアラっ!」


 弓矢を番えようとした時、私の腕が掴まれました。


 「キアラだめだよ。セーラの邪魔したらね。だから、腕も拘束させて貰ったよ」


 ユアンさんが再び闇魔法を使ったみたいで、今度は私の腕に闇の腕が絡みついいる。


 「大丈夫かー?」

 「大丈夫、です」


 スノーさんとサンドラちゃんが心配そうに私を見てくる。

 だけど、本当に大丈夫。

 ユアンさんが私の腕を拘束してくれたお陰で違和感に気付くことができたから。


 「だから、今は大人しく待ちましょう。すぐに私達の出番があると思うの」

 「でも……シアが」

 「シアさんなら大丈夫だよ」


 スノーさんはまだ気付いていないみたい。

 思い返せば色々な違和感が存在したのが今ならわかるの。


 「ユアン殿、運ぶのを手伝って頂けますか?」

 「いいよ。ダンテとセーラは触らないで、私が闇魔法で運ぶから」

 「ダンテ様です。いいでしょう、そのまま祭壇へと運ぶのです」

 「わかってるよ、ほら、動きなさい……もういいよね? ごめんね」


 ユアンさんが何らかの闇魔法を使用すると、シアさんがゆっくりと立ちあがりました。

 けど、その闇魔法はシアさんにではなく、地面に溶け込むように消えていったのがわかる。


 「うん。もう十分」

 「そうですか?」

 「ユアンの指示は完璧」

 「それは良かったです」


 シアさんが立ちあがると、服に着いた埃を払うような動作をしました。


 「なんの話です? それよりも早く……」


 イライラとした様子でダンテがユアンさんを急かしているけど、まだ気付いていないみたい。


 「えっと、キアラ?」

 「スノーさんもなの?」

 「えっ、何が?」

 「何がじゃないよ! もぉ……」


 スノーさんが凄く間抜けな顔をしている。

 そんな表情もいいと思うけど、流石に今の状況じゃダメだと思うの。

 だって……。


 「早く、ですよね? わかりました……それじゃ、終わりにしましょうか」

 「うん」


 シアさんが剣を抜くと同時に、床に何かが転がりました。


 「は? あ……あぁぁぁぁぁぁ!」


 それと同時にダンテの悲鳴が広場に響き渡りました。


 「腕が……俺の腕がぁぁぁぁぁ」

 

 それと同時にユアンさん達も動き出しました。


 「ダンテを拘束しました! 一度下がりますよ!」

 「うん。セーラ、あっち」

 「あっ、はい?」

 「もぉ! こっちですよ」


 シアさんが私達の方にダンテの腕を蹴飛ばし、ユアンさんがセーラさんの腕を引っ張りながら私達の方へと走ってきました。


 「スノーさんはセーラを守ってください! キアラちゃんは通路から出てくる兵士をお願いします!」

 「あ、うん。セーラこっちだよー」

 「スノーさんしっかりして!」

 「私はー?」

 「はい、サンドラちゃんも敵が見えたら魔法を使っていいですよ。だけど、控えめにですからね?」

 「わかったー」


 サンドラちゃんが私の横で魔法の準備に取り掛かる。

 一方スノーさんはまだユアンさんとシアさんを見ながら首を傾げていました。

 これじゃユアンさんがオドオドしている時と変わらないよ……まだセーラさんを守る動きだけをしているだけマシかもしれないけど。


 「っと、これさえ手に入れば大丈夫ですね」

 

 ユアンさんが顔をしかめつつも、転がったダンテの腕から何かを拾い上げました。


 「ユアンさん、それは何なの?」

 「これは修道女たちにつけられた首輪を操る為の魔法道具マジックアイテムですね」

 「それを回収したかったのですね」

 「はい。流石に離れた所にいる人まではどうにもできませんからね」

 「けど、どうしてダンテがそれを持っているとわかったの?」

 「んー……何となくです。けど、セーラを鎖繋いでひっぱたりしている間もずっと大事そうに握りしめてました。だから、大事な何かがあると思ったのです。気づいたのは偶然でしたけどね」


 ユアンさんがそこまで気付いて行動しているとは思わなかった。

 というよりも完全に途中まで騙されてしまいました。


 「っと、兵士が来ますよ……数は」

 「いっぱい。影狼で探ってきたけど数までは数え切れなかった」

 「だそうです。まぁ、数は大した問題じゃないですし、先制攻撃させて貰いましょうか。キアラちゃん、サンドラちゃんお願いします!」

 「はい! サンドラちゃんは右側の通路をお願いするね。左側は私が頑張ります!」

 「わかったぞー! いくなー?」

 「えっと、私は何してればいい?」

 「スノーさんは大人しくしていてください!」

 「う、うん。わかった……」


 ようやくスノーさんも状況を呑み込めてきたみたいだけど、スノーさんがやれる事はないと思うの。

 それに、本当に今更すぎるよ……。

 これは帰ったらお仕置きが必要だね。

 ふふっ、それにしてもドキドキしちゃった。

 不謹慎かもしれないけど、みんなとこうして戦ったりしていると、冒険者で良かったと思えるの。

 これも一つの思い出になりそう。

 それを後でみんなで語り合う為には……まずは目の前の相手を倒さないとですね。


 「精霊さん、力を貸して!」

 「火の玉飛んでけー」


 私の弓矢とサンドラちゃんの火の玉が通路へと飛んでいきます。

 私達の戦いが始まりました。

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