第374話 弓月の刻、最深部へとたどり着く

 「酷い匂い……ですね」

 「うん。血の匂い」


 アーレン教会の最深部と思われる場所へと進んだ僕たちは、あまりにも濃い血の匂いに、顔をしかめる事になりました。

 こんな事なら、あのまま匂いを遮断しておけばよかったと後悔するほどの匂いです。

 罠を警戒しつつ通路を進み、広場へと進むとそこは祭壇になっていました。

 祭壇といっても、僕たちが結婚式を挙げたような華やかな祭壇ではなく、段差を登った先に、人が寝れるほどの四角い台座が置かれただけの飾り気が全くない、儀式を行う為だけに作られた祭壇があったのです。

 

 「あれは……」

 「ダビドさん?」


 その祭壇には二つの人影がありました。

 一人は鎖に繋がれ、動きを制限されたセーラの姿と、その鎖を左手に握ったアーレン教会の教皇であるダビドさんです。


 「お待ちしておりましたよ。侵入者の皆さん。よくぞここまで辿り着きましたね」

 

 僕たちの姿を確認したダビドさんがにたりと笑いました。

 しかし、様子が少し変ですね。


 「特に障害はなかったですからね。普通にここまで来れましたよ。それよりも、貴方はダビドさんなのですか?」

 「違いますよ。あんな無能と同じにされるのは心外です」


 やっぱり別人でしたか。

 見た目が凄く似ているので間違えそうになりましたが、やっぱり別人だったみたいです。

 何せ、ダビドさんには魔族らしい角がありましたけど、目の前の人物にはその角がありませんでしたから。


 「では、貴方は誰ですか?」

 「私ですか? 私はダンテと申します。以後お見知りおきを」

 「ダンテですね? 覚える必要はありませんが、名乗ってくれてありがとうございます」

 「ダンテ様と呼びなさい。劣等種が」

 

 何か急に口調が荒くなりましたね。

 そんなに呼び捨てされるのが嫌なのでしょうか?

 何だか変にプライドが高くて面倒そうな人ですね。

 まぁ、そこはどうでもいいですね。


 「それで、こんな場所で何をしているのですか?」

 「見ての通りです。今からこの者を生贄に捧げるのです」


 手に握った鎖を引き寄せ、セーラを引き寄せたダンテが笑みを零しています。


 「セーラをですか?」

 「はい。裏切り者には制裁を。これはアーレン教会の掟ですから」

 「裏切りですか?」

 「はい。この女は地下通路に侵入者を手引きした疑いがかかっていますので」

 「疑いですよね? 勘違いじゃないですか?」

 「えぇ、それなら良かったのですけどね……現にあなた方がここに現れてしまった。これが証拠になるでしょう」

 「僕は兵士に連れられて地下に行きましたよ?」

 「そうですね。しかし、残りの者はどうやって地下に侵入したのでしょうか?」

 「僕が呼んだのかもしれませんよ」

 「それは不可能です。この場所にはそれを妨害する処置が施されております。誰かが手引きする以外にはあり得ないのですよ」


 実際にセーラがシアさん達を地下へと案内したので間違いではないですので、誤魔化すのは無理ですね。

 となると、僕たちのせいでセーラが捕まってしまった事になってしまいます。


 「ユアン殿……私の事は気にせず、どうか引き返して、ください。今なら……ぐっ」

 「ダメですよ。生贄が喋っては。儀式の邪魔になります。それに、ここに辿り着いてしまった以上、このまま帰す訳にはいきません」

 

 鎖は手足以外にも首にも繋がっていたようで、鎖を強く引いたせいでセーラが苦しそうな声をあげました。

 ちょっと、意外ですね。

 あんな状態にも関わらず、セーラは僕たちの身を案じてくれたのです。

 これは益々見捨てる訳にはいかなくなりました。

 ですが、正直な所、難しい判断です。

 もし、セーラが演技をしているのであれば、僕たちがセーラを残して逃げられなくする為の行動とも考えられますし、逆にあれが本心であるのならば、助けてあげなきゃいけないと思ってしまいます。

 せめて、初めてあった時と同じような態度をとって貰えれば、やりやすかったのですけどね……まぁ、とりあえずは様子見ですね。

 相手の出方を窺う為にも、僕は会話を続けることにしました。


 「よく言いますね。最初から帰す気はないですよね?」

 「さぁ、何の事でしょうか?」


 白々しいです。

 思い返せば、ここまで不自然なほどに何も妨害がありませんでした。

 もし、僕たちをここの場所に来させようにするのならば、それなりに対策はあった筈です。

 ここに来るまでに見つけた罠やゴーレムだけでなく兵士を配置する方法だってあった筈です。


 「まぁ、僕たちはここで帰るつもりはなかったのでいいですけどね」

 「そうでしたか。おもてなしでも致しましょうか?」

 「結構ですよ。ちゃっちゃと終わらせて帰らせて頂きますので」


 出来る事ならばこんな場所に長くは居たくありませんからね。

 

 「なので、面倒な事になる前に大人しく捕まって頂けますか? 今なら手荒な事はしませんよ」

 「何と慈悲深い……ですが、それはこちらの台詞です。大人しくその身を捧げて頂けるのならば、優しくあなた方も生贄の糧にして差し上げます」


 それが目的でしたか。

 どうやら僕たちを誘い込んだのは生贄に捧げる為のようでしたね。


 「それこそお断りしますよ」

 「交渉決裂ですね」

 「そうですね」


 僕としては交渉のつもりはありませんでしたけどね。

 謂わば、単なる時間稼ぎに過ぎません。

 お陰でこの広場の様子はわかりました。

 

 「では、そちらの準備も整ったようなので、よろしいですかな?」

 「わかっていて時間をくれたのですか?」

 「えぇ。ただ生贄に捧げても退屈ですし、あなた方が絶望してくださる方が我々の主もお喜びになられますので」


 随分と趣味の悪い考えですね。

 それが、アーレン教会が崇拝する女神……いえ、邪神の教えなのでしょうか?

 まぁ、どちらでも構いません。

 やることは決まっていますから。


 「では、身柄を拘束して、知っている事を喋ってもらいますね。もちろん、抵抗するのならそれなりに痛い目にあって頂きますよ!」

 「私としては暴力は反対ですが……自身の身を護るためとなれば致し方ありませんね」


 ダンテが指をパチンと鳴らしました。

 

 「またゴーレムですか?」

 「えぇ。ですが、先ほどのようにはいきませんよ?」


 ズシンズシンという音が枝分かれした奥の通路から響いたかと思うと、その通路から四体のゴーレムが現れました。

 あれが複数あった反応の正体だったのですね。


 『嬢ちゃん気をつけな。ダンテの言う通り、あのゴーレムは俺が宿っていたゴーレムとは性能が違うみたいだ』

 『わかりますよ。動きが全然違いますからね』


 二足歩行なのは変わりませんが、その歩みがしっかりしているのがわかります。

 そして、歩く速度も段違いです。


 「さぁ、やりなさい! 殺さずに生け捕るのです!」


 ダビドの言葉に反応したゴーレムが一斉に僕たちの元へと歩きだしました。


 「ユアン、どうする?」

 「どうしましょうか?」

 「壊しても大丈夫だよね?」

 「それは大丈夫ですよ。ただし、核があるのでそれは壊さないでくださいね?」

 「となると、私だと大変かも……」

 「足とかなら壊しても平気だと思いますよ」

 「燃やすのはー?」

 「とりあえず、それは様子見ですかね?」


 迫りくるゴーレムを前にみんなが僕にどうすればいいのか聞いてきました。


 「そんなに余裕を持っていていいのですか? ゴーレムはもう目の前ですよ?」

 「そうですね」


 ダンテの言う通り、ゴーレムは僕たちに迫ってきています。

 迫ってきているのですけど……。


 「歩いてきてるから怖くないよね」

 「うん。さっきより性能が上がっていると言っても、歩きですしね」

 「遅い」

 「のろまだなー」


 しまいには僕の張った防御魔法に引っかかり、その場で止まってしまいました。

 力があって硬いかもしれませんが、動きが遅くて一点に集中して攻撃できるわけでもないので、僕たちに何かしようとしても無駄なのですよね。


 「何をしているのです! 早く捕まえるのです!」


 それに、ダンテはダンテで何が起きているのか理解できていないみたいですね。

 どうやら僕たちの事を調べていた訳ではないようで、自分の優位を疑っていなかったように思えます。


 「えっと、シアさんとキアラちゃんがゴーレムの手と足を壊して、スノーさんは動けなくなったゴーレムを魔法陣まで運んで貰えますか?」

 「任せる」

 「頑張ります!」

 「私だけ力仕事なんだね」 

 「私は役割ないぞー……」

 「役割分担ですからね」


 サンドラちゃんには悪いですけど、燃やすのは却下です。

 火の魔法が得意といっても、扱いが完璧ではないのは知っています。

 今のサンドラちゃんですと石を溶かし尽くしてしまう可能性だってありますし、捕まっているセーラにも被害が及ぶ可能性もあります。

 かといって、力仕事を任せるのは可哀想ですからね。


 「では、反撃開始です!」

 「まだ攻撃されてない」

 「そこは気分ですよ!」

 「わかった」

 「シアさん援護しますね!」

 「頼んだ」


 防御魔法に阻まれたゴーレムへとシアさんが突っ込んでいきます。

 それに合わせてキアラちゃんが弓を番えました。


 「シアさん手は任せてください!」

 「うん。腕は任せる」


 それに合わせて、僕も付与魔法エンチャウトをそれぞれに付与します。

 シアさんには切れ味が上がる【斬】を。

 キアラちゃんには貫通力が上がる【突】ですね。


 「スノーさん今です!」

 「うん。わかったよ」

 「スノー、やる気出す」

 「出せっても言われてもさー……」

 「スノー頑張れー!」

 「わかったよ! ほら、こっちだよ!」


 スノーさんが挑発な言葉と共に走り出し、手足を失ったゴーレムを掴むと引きずるようにして僕が設置した魔法陣へとゴーレムを運んでいきます。

 もちろん、その時はゴーレムが通れるように防御魔法を弄りましたよ?

 

 「これでいい!?」

 「はい! スノーさんありがとうございます!」

 「スノーさん凄いです!」

 「頑張ったなー」

 「だけど、挑発は意味ない」

 「わかってるよ! なんか、凄い損な役な気がするんだけど!」


 けど、スノーさんが一番力がありますからね。

 身体能力向上ブーストの効果と相まって、楽々とゴーレムを運ぶことができました。

 

 「後はゴーレムの権限を僕に変えてっと……もう大丈夫ですよ」


 無事にゴーレムを鎮圧出来ましたね。


 「ねぇ、今更だけどこれってどうなってるの?」

 「そういえばコハクさんの事で説明がまだでしたね」


 ゴーレムは命令に従って動いているという事が魔法陣を解析してわかりました。

 なので、それを元にして僕が新しい魔法陣を作り、僕の命令に従うように書き換えたのです。

 まぁ、命令というよりも自立するようにですね。

 その結果、魂といえばいいのですかね? それが一つになってしまいましたけど、自分の意志を取り戻す事に成功しました。


 「なので、今のゴーレムさんはコハクさんみたいな状態ですね」

 「そういう事なんだね」

 「で、中身はどうなの?」

 「中身はですね……はい、まともな人みたいですね」


 念話で話しかけると、解放してくれた事の感謝が帰ってきました。

 詳しい話は後で聞くとして、とりあえずは敵対の意志はないみたいです。


 「な、なにが起きているのだ……」


 そんな中、震えた声が僕たちの耳に届きました。

 

 「見ての通りですよ? ゴーレムさんは頂きました」

 「馬鹿な! そんな事が……それは、魔族の造った魔法だぞ!」

 「そうなのですね」


 てっきり魔族の文字ではなく普通の魔法文字で書かれていたので、人族が創った魔法陣かと思いました。

 となると、魔族に教わり、それを元に魔法陣を造ったという事ですかね。

 どおりで魔法理論などが滅茶苦茶な訳です。


 「それで、もう降参してくれますか?」

 「馬鹿にするな……この程度で終わる俺ではない!」


 相当焦っているみたいですね。

 先ほどまでの口調が嘘のように取り乱しています。


 「セーラ! 最後のチャンスをやる」

 「ぐっ、私は貴方のいいなりになんて………」

 「ダビドと修道女がどうなってもいいのか? お前が言う事聞かないと、どうなるのかわかっているだろうな」

 「っ! わかり、ました……ユアン殿、申し訳ございません」


 セーラが目を閉じて、僕に謝ってきました。

 どうやら、セーラはダビドさんと修道女を人質にとられて従っていたのかもしれませんね。

 

 「ユアン殿……」

 「何ですか?」


 セーラが呟くように僕の名前を呼びました。


 「私の、目を……」

 「セーラの目を?」

 「私の目を見て、虜になりなさい!」

 「ユアン! 見ちゃダメ!」


 開かれたセーラの目は紅く光輝いていましま。

 あれは……魔眼……。


 「あ……」


 吸い込まれるような瞳に目を奪われました。

忘れていました……魔眼とは人を魅了する力があるのだと。

 僕はセーラの目を真っすぐに見てしまったのです。

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