第373話 弓月の刻、最深部へと向かう
「ぬいぐるみさんが生贄に捧げられた人達だったのですね……」
『そうだな。微かだが、その記憶は残っている。いや、俺達が一つになり戻ったのかもしれないな』
記憶が戻った事がいいのかはわかりません。
ですが、戻った記憶はそれだけらしく、生きていた頃に何をしていたのかはわからないみたいです。
しかし、辛い記憶だけが戻ってしまいましたね。
生贄に捧げられる時に随分な目に遭ったみたいですからね。
『でも、記憶は戻って良かったと思うぞ』
「そうなのですか?」
『そりゃな。あのままの状態で何もわからずに人が来るまで佇んでいるのも苦痛だっただろうからな』
魂と呼べばいいのでしょうか?
ゴーレムに魂を宿していた時は、自分が何処に居て、何をしているのかすらわからなかったみたいです。
ただ、自分に近い存在が近くに居て、真っ黒な感情に支配されていた気がすると言っています。
「けど、生贄に捧げられた時は辛く無かったですか?」
『辛かったぜ? 多分な』
「多分ですか?」
『あぁ、途中で正気を失っていただろうからな。ただ、声にならない声で叫んでいた気がする』
亡骸が放置されていた部屋を思い出しました。
あの部屋に放置された亡骸はどれも状態が悪く、部位の欠損が当たり前でしたね。
腐敗が進んでいるせいでわかりにくいですが、そういった亡骸が混ざっていたのを一瞬ですが見た記憶があります。
あまり思い出したくない光景ですけどね。
『けど、今はこうして新たな体……まぁ、不自由な体ではあるが動けている。今の俺はそれで十分だ。腹も空かないし、喉も乾いたりしないだろうからな』
それはそれ生きる楽しみが減っているような気がしますけどね。
ただ、現状はどうしようもないのですね。
「それで、ぬいぐるみさんは……」
『俺は……いや、もう違うな』
「どうしたのですか?」
『いや、いつまでもぬいぐるみと呼ばれるのも変だと思ってな。だから前の名前を名乗ろうと思ったが、それも違うような気がしてな』
確かに、ちゃんと意志を持った人……ではありませんが、意志のある生物にぬいぐるみは失礼でしたね。
ですが、前の名前も名乗るのを躊躇いました。
「なら、呼びやすい名前でもつけましょうか?」
『いいのか?』
「はい。といっても、僕は名前をつけるのは苦手ですけどね」
『構わない。何とでも呼んでくれ』
許可は頂けました。
んー……なんて呼びましょうか?
「なになに? ぬいぐるみに名前をつけるの?」
「はい。いつまでもぬいぐるみさんだと失礼ですし、呼びにくいですからね」
「また名前を考えなければいけないのですね」
「毎回考えるの大変」
そうなのですよね。
出来る事ならちゃんと名前をつけてあげたい所ですが、僕たちの家門名ですら考えるのに時間が掛かったのに、他の人の名前を考えるだなんてもっと大変です。
「なーなー?」
「はい、どうしましたか?」
「こはくがいいー」」
「コハクですか?」
「うんー。私も宝石から名前つけてもらったからなー。こいつは私の弟みたいな存在だけど、ダメかー?」
サンドラちゃんの名前の由来はアレキサンドライトという赤い宝石からとらせて貰いましたね。それに、太陽の龍という意味も込めた感じです。
得意なのは火の魔法ですけど。
それはさておき、コハクって確か、黄色の宝石でしたね。
狐のぬいぐるみの色も黄色ですし、何よりもサンドラちゃんが名付けたならいいかもしれません。
「サンドラちゃんがそう言っていますが、どうですか?」
『コハクか……いいぜ。ただ、俺が弟分というのは納得いかないけどな』
「そうですか?」
『そりゃそうだろ? だって、こんなチビの弟だなんて流石に変だろ』
こう見えてサンドラちゃんが一番年上ですけどね。
まぁ、生まれ変わったばかりで、小さいので僕たちは年下として接していますけどね。
それに、その感覚でいえば、コハクさん? コハクくん? も生まれたばかりの子供みたいなものです。
ともあれ、今後はぬいぐるみさんの事をコハクと呼ぶことになりました。
『それで、さっき何かを聞きたそうにしていたみたいだが、何を聞こうとしていたんだ?』
「さっき……? そうでしたね」
名前を考える事ですっかり忘れていましたね。
「えっと、言いにくかったらいいのですが、コハクさんは生贄に捧げらたのですよね」
『そうだ』
「けど、生贄に捧げられたのはコハクさんだけではないのに、数が少なすぎませんか?」
ゴーレムの反応は五つありました。
ですが、それ以上に亡骸は存在していましたね。
『それに関してはよくわからねぇが……生贄には適正があったみたいだな』
「適正ですか?」
『あぁ。俺達みたいな大した力も持っていない奴はゴーレムの動力源として使われ、力の強い奴らは、女神だかを復活させるだか目覚めさせるためと言っていた気がするな』
あくまであの場にいたゴーレムはこの地下を守るために置かれた存在みたいで、他にもゴーレムは沢山存在していたらしいです。
他のゴーレムが何処に連れていかれたまではわかりませんが、あれが数を揃えて侵攻してくるとなるとちょっと面倒ですね。
動きは遅くても力と頑丈さだけなら厄介な存在でしたので。
それよりも気になるのがもう一つの生贄についてですね。
「女神の復活って何ですか?」
『流石にそこまではわからないな』
「まぁ、そうですよね」
知っていたらラッキーくらいで聞いてみましたが、コハクさんは知らないようでしたね。
「もしかして、邪神教と関係しているのかな?」
「それは十分にあり得ますね」
「ユアンさん達がクジャ様に聞いた話だと、魔族の人達は女神と呼ばれる存在を崇拝しているのですよね?」
「全員が全員ではないみたいですが、そうみたいですね」
その女神の事をクジャ様は邪神と呼んでいました。
そして、生贄を捧げるという事が共通している訳ですね。
「そうなると、アーレン教会と邪神教は繋がっている可能性が高いって事になるのかな?」
「そう考えておく方がいい」
「となると、鼬族も繋がっている可能性もありますね」
「トーリさん達を捕まえたのは鼠族と言っていましたし、十分にあり得るね」
しかも魔族領で活動をしていた事を考えれば、余計に繋がりがあるように思えてきます。
「先ずは目先の問題」
「そうでしたね。コハクさんの記憶が確かなら、この先に祭壇みたいな場所があるみたいですからね」
地上にある祭壇とは違い、その場所は攫った人達を生贄に捧げる場所のようです。
アーレン教会からしたら一番秘密にしたい場所な筈です。
その証拠に、この先に人の反応が多数あるのがわかります。
「その人達は敵って事でいいのかな?」
「そうですね。人が集まっている理由によるかもしれませんが、基本的には敵だと思って行動した方がいいと思います」
もしかしたら、生贄を捧げる儀式をやっているから人が集まっている可能性もあります。
「その場合はどうするの?」
「妨害する」
「出来たら首謀者を捕まえられたらいいですけど……」
「抵抗されるようでしたら、倒すしかないですけどね」
「燃やせばいいんだなー?」
「状況次第ですけどね」
そればかりは臨機応変に対応するしかありません。
「魔鼠さんが使えたら良かったのですけどね」
「やっぱり呼ぶことは出来ない?」
「うん。妨害されて無理みたい。一応は外から侵入した魔鼠さんがいるけど、まだ情報は掴めていないかな」
シアさんの念話が僕に届かなかったように、外部からの力は遮断されているみたいですね。
そう考えると、僕が捕まった時に転移魔法で外に出なくて正解だった訳ですね。
「とりあえずは進みましょう」
「うん。面倒な事は終わらせる」
「仕事と同じだね」
「違うよ? 仕事は仕事、面倒でもちゃんと考えなきゃだよ」
「なー……眠くなる前に帰りたいなー」
『おいおい、こんな感じで大丈夫なのかよ?』
「大丈夫ですよ。いつも通りなので」
コハクさんが僕たちのやり取りをみて心配していますが、問題はありません。
逆にこれくらいの方が僕たちはちょうどいいのだと思います。
「ですが、油断だけはしないでくださいね?」
「うん。私は平気」
「ユアンみたく捕まったりしないよ」
「私もです」
「ユアンが一番心配だなー」
「もぉー! すぐそうやって僕ばかり弄って……後で失敗したらやり返しますからね!」
確かに大丈夫と言いきって捕まった僕が悪いですけど、ここに来てまで引き合いに出すのは酷いですよね!
ともあれ、ついにアーレン教会の最深部と思われる場所に向かう事になりました。
この先に待ち構えている人達がきっと黒幕なのだと思います。
生贄に捧げられた人の無念を晴らすためにも僕たちは奥へと進むのでした。
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