第372話 弓月の刻、ゴーレムを倒す

 「か、かわいい」


 魔法陣に足を踏み入れたゴーレムが倒れると、その代わりに違う物体が動き出しました。

 

 「これって……」

 「はい、キアラちゃんが前にお祭りで貰った狐のぬいぐるみです」


 すっかり忘れていましたね。

 キアラちゃんがお祭りでとった景品ですね。


 「ね、ねぇ……触っても大丈夫なの?」

 「いや、流石に辞めた方がいいと思いますよ?」

 「ど、どうして!?」

 「ゴーレムは僕たちを狙っていました。その理由がわからないので攻撃してくる可能性があります」


 といっても、動いているのは狐のぬいぐるみです。

 攻撃手段がありませんけどね。

 そんな狐のぬいぐるみは魔法陣の上で立ち上がると、自分の体を確認するようにその場でくるくると回っています。

 そして、コテンと倒れました。


 「どうやらまだ体に慣れていないようですね」

 

 直ぐにまた立ち上がるも、また転び、その都度立ち上がりを繰り返しています。


 「頑張れ頑張れ!」

 「もうちょっとですよ!」


 キアラちゃんとスノーさんがぬいぐるみを応援しています。

 

 「ユアンは応援しないの?」

 「僕ですか? 可愛いとは思いますけど、ぬいぐるみが動くって怖くないですか?」


 自分でやっといてアレですけど、目の前で生き物じゃない物が動いているのって何だか不気味です。

 なので、僕はスノーさん達が応援しているのをそっと見守る事に決めました。


 「もう我慢できない!」

 「あー! スノーさんずるいよ!」

 「ふふっ、本物じゃないけど、本物みたい」


 我慢できなかったみたいですね。

 スノーさんが何度も転倒を繰り返す狐のぬいぐるみを抱き上げました。

 

 「ふふっ、凄く噛んでくるけど、全く痛くない」

 「まぁ、ぬいぐるみですからね」


 それに防御魔法もありますので、噛まれたところで何ともない筈です。

 それにしてもやっぱり攻撃的ですね。

 スノーさんの腕から逃れようとガジガジと腕に噛みついています。

 

 「次、私にも抱っこさせてください!」

 「うん。ほら、逃がさないようにね」

 「うん……ほら、怖くないですよー」


 それにしても楽しそうですね。

 スノーさんの腕からキアラちゃんの腕に移ったぬいぐるみは今度はキアラちゃんの腕に噛みつき必死に逃げようとしています。


 「ユアン。反応はどうなった?」

 「反応? あぁ、そうでしたね」


 無事にゴーレムからぬいぐるみに身体を移す事に成功し、すっかりその後の事を忘れていました。


 「えっと……あれ?」

 「どうしたの?」

 「青い点が一つになっちゃいました」


 さっきまで五つあった反応が一つになってしまったのです。

 当然、ゴーレムの方にも反応はありません。

 どういう事でしょうか?


 「なーなー。私も触りたいぞー」

 「うん。はい、どうぞ」

 「なー」

 

 何が起きているのか考えているうちに、今度はキアラちゃんからサンドラちゃんへとぬいぐるみが渡されました。


 『おい、助けてくれ!』

 「んー? シアさん、今何か言いましたか?」

 「言ってない」

 「そうですか?」


 気のせいですかね?


 『おい! こっちだこっち!』

 「んー? シアさん」

 「なに?」


 やっぱり聞こえた気がします。

 けど、シアさんには聞こえていないみたいで、こてんと首を傾げました。


 「いえ、声が聞こえたようなー……」

 『聞こえているなら助けてくれ! こっちだよこっち!』


 やはり気のせいではないみたいです。

 声は頭の中に直接聞こえるようで、声の方向はわかりませんが、誰かが僕に話しかけているのがわかります。

 念話みたいな感じですね。

 

 「えっと、もしかして?」

 『そうだ! 俺だよ俺』


 サンドラちゃんに尻尾を掴まれ逆さまになったぬいぐるみと目が合うと、バタバタと手足を動かしていました。

 

 「声の主はぬいぐるみさんですか?」

 『そうだよっ! どうにかしてくれ!』


 どうやら声の主はぬいぐるみさんだったみたいです。


 「サンドラちゃん、そんな風に持ったらぬいぐるみさんが可哀想ですよ」

 「なー? そうなのかー?」

 「はい、サンドラちゃんも尻尾を持たれたら嫌ですよね」

 「確かになー」

 

 サンドラちゃんがぬいぐるみをポイっと地面に置くと、ぬいぐるみは逃げるようにして僕の元へとよろけながら歩いてきます。


 「大丈夫ですか?」

 『大丈夫じゃねぇよ! どうなってんだ?

』 

 「こっちが聞きたいですよ。あの場所で何をしていたのですか?」

 『わからねぇ。気づいたら、体が石の人形になっていた。そう思ったら、次はこの体だった』

 「そうなのですね。けど、どうして僕たちを襲ったのですか?」

 『知るか! 体が勝手に動いたんだよ。お前たちを壊したい。そんな思考に支配されてな』

 「今はどうですか?」

 『今は平気だ。だが、あの女たちは危険だ。離れた方がいい』


 スノーさん達は潜在意識で危険と感じたみたいですね。

 何となくわかります。

 特にスノーさんなんかは、可愛い生き物、特に耳と尻尾がある生き物に対する思いが強いです。

 僕も獣化して怖い気持ちになったのでよくわかります。


 「ユアン、誰と話してる?」

 「ぬいぐるみさんとですよ」

 「え、言葉がわかるの?」

 「言葉というよりも念話ですね。頭に直接話しかけてきます」

 「ユアンさんにだけ?」

 「そうですね。多分、僕が魔法陣を作ったので契約者みたいな感じになっているのでしょうか?」


 本当の所はわかりません。

 魔法陣にそのような効果をもたせたつもりはありません。

 

 「それで、ぬいぐるみは何て言ってるの?」

 「スノーさんとキアラちゃんが怖いと言っていますよ」

 「私達が? どうしてですか?」

 「んー……構いすぎって感じですかね?」

 「スノーの悪い癖。仕方ない」

 「えー……怖くないのになぁ」


 そう思うのなら、手をワキワキしながら近づかないで欲しいですよね。

 っとそれよりもです。

 

 「ぬいぐるみさんは一人なのですか?」

 『一人? どういう意味だ?』

 「さっきまで……ゴーレムの時だったぬいぐるみさんには五つの反応があったのですよ」


 それが今は一つになっています。


 『そう言われると変な感じがするな』

 「どう変なのですか?」

 『俺の中に別の誰かがいる。そんな感じがする。それに、今までの自分にはない力を感じるような気がするな』

 「もしかして、一つになったという事ですかね?」

 『そうかもな』


 そうだとすると……もしかして僕が原因で他の人が?


 『おいおい、気にすんなって』

 「気にするなと言われても……」

 『あのままだったら、俺達はずっとあの体でこの場所に存在する事になった。しかも、誰かの操り人形となって殺戮だけを生き甲斐に生きる事になったかもしれねぇ。けどな、こうやってお前のお陰で、自分の意志を取り戻す事が出来た。他の奴だって、俺の中にいる。お前が俺達を解放してくれたんだよ。だからな、気に病む事は一つもねぇよ。ありがとうな』


 そう言って頂けると、救われた気分になりますね。

 

 「ユアン大丈夫?」

 「はい、大丈夫ですよ」

 

 ぬいぐるみさんの話はみんなには聞こえていないようですが、僕が話していた事と僕の表情から、僕がちょっと沈んでいる事を感じ取ってくれたようで、シアさんが僕の頭を撫でて励ましてくれます。

 

 「それで、このゴーレムはどうしよっか?」

 「そうですね。何かの手掛かりになるかもしれませんので持って帰りましょうか」


 誰がこれを作ったのか、何のために作ったのかがもしかしたらわかるかもしれません。

 僕は無理ですけどね。

 けど、ナナシキへと戻れば魔法道具マジックアイテムを作るのが得意なイルミナさんが居ますので、何かわかるかもしれません。


 「それで、ぬいぐるみさんはどうしましょうか?」

 「んー……可愛いし持って帰らない?」

 「そうですよ! こんなに可愛いのに置いて行くのは可哀想です!」

 

 スノーさんとキアラちゃんはかなり気に入ったみたいですね。

 ですが、僕は正直ちょっと……と思う部分があります。


 「けど、どうやら中身はおじさんみたいですよ?」

 「「え……」」


 念話の声が低い男性の声でしたからね。

 それに話し方からしても男性だという事が何となくわかります。

 ぬいぐるみの姿なので性別はもう関係ないかもしれませんが、それでもちょと気になっちゃいますよね。


 「やっぱりいらないかも……」

 「うん。私も遠慮します……」

 『おいおい、そりゃねーよ!』


 まぁ、ぬいぐるみさんがそう思うのも無理はありませんね。


 「なら私が可愛がる」

 「シアさんは平気なのですか?」

 「うん。気にしない。ラディだって魔鼠だって男の子。大して変わらない。おっさんだろうが見た目が可愛ければ問題ない」


 確かにそうですね。

 

 『こいついい奴だな……よし、決めたぜ! 俺がお前らを守ってやるよ』

 「む? なんかイラっとした。ユアン、何ていった?」

 「えっと、シアさんの事を守ってやるって言っていましたよ」

 「それは要らぬお世話。偉そうにしたら燃やす」

 

 可愛くてもそれとこれは別みたいですね。


 「だそうですよ? ぬいぐるみさんは大人しくしていた方がいいと思います」

 『お、おう……肝に銘じておくぜ』


 まぁ、ともあれゴーレムは無事に片付きましたね。

 そして、あまり嬉しくはありませんけど、一応仲間みたいなのも増えました。

 戦力的には……未知数ですけどね。

 でももしかしたら、別の体を用意してあげれば頑張ってくれるかもしれませんし、今後に期待ですね!


 「っと、色々と他にも聞きたい事があるのですがいいですか?」

 『あぁ、俺に応えられる事ならな。ただ、全てを理解している訳じゃねえからな?」

 「はい、それで十分ですよ」


 当事者しかわからない事もあるでしょうからね。

 少ない情報でも少しずつ集まればそれは立派な情報になります。


 「では、ぬいぐるみさんはどうしてこんな場所でゴーレムになっていたのですか? それとぬいぐるみさんと一緒に居た人もです」

 『それはな……』


 ぬいぐるみさんが色々と此処で起きていた事を話してくれました。

 その内容もまたアーレン教会の裏部分の情報で、僕たちはその内容にまた怒りを覚える事になりました。

 そして、この先にアーレン教会の重要な場所があるという事もありました。

 ゴーレムはここの門番的な存在でもあったみたいですね。

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