第370話 弓月の刻、トーリ達から話を聞く

 「本当に、酷い話ですね」

 

 トーリさん達から事情を聞いた僕たちは怒りに身を震わせる事になりました。


 「あの亡骸は生贄に捧げられた人達だったなんて……」

 「もし、ユアンさん達が助けに来てくれなかったらいつか私達もああなっていたでしょう」


 顔を伏せ、声を震わせながらトーリさんがそう呟きました。

 間に合ってよかった。

 ですが、もっと早くアーレン教会のしていた事に気付くことができればもっと救えた人が……。


 「ユアン」

 「はい、わかっています。気づけなかった以上、今更悔やんでも仕方ないのはわかっています」

 

 仕方ないのです。

 仕方ないとわかっていても……やっぱりそう考えられずにはいられません。


 「でも、どうしてトーリさん達は無事だったの?」

 「それは、単に順番待ちだったからだと思う」

 「順番? どういった順番があるんだろう」

 「それはわかりません。ですが、優先的に連れていかれていたのは魔族の女性ばかりでした」


 キアラちゃんの質問にトーリさんが答え、それに対する疑問をスノーさんが口にするとサニャさんがそう教えてくれました。


 「魔族の女性が優先的にですか……でも、同族を優先的に生贄に捧げる理由がわかりませんね」

 「それは血が関係しているかもしれない。私達を捕らた奴が私達を見て薄いと言っていたから」

 「魔力ではないのですね?」

 「その可能性もある。だが、最初に捕まった時にされたのは血を採取された事だった。そう考えると、血が関係しているのだと私は思う」


 何とも言えませんね。

 血には魔力が溶け込んでいます。

 なので、血を採取する事により、どれだけの魔力を保有しているかもわかります。

 そうなると、血を見ていたのか、血の中に含まれる魔力を見ていたのかがわからなくなります。

 ですが、それは終わってしまった事なので考えてもあまり意味はありませんね。

 僕たちが知らなければいけない事は他にあります。


 「それで、トーリさん達は誰に捕まったのですか?」

 

 確か、解放者レジスタンスはタンザから逃げた後に北へと向かったはずです。

 となると、魔族に捕まったか、北で待ち構えていた人族に捕まった可能性が高い。

 僕はそう考えましたが、予想外の答えが返ってきました。


 「獣人だ」

 「獣人……ですか」

 

 予想外の答えに僕は耳を疑い、再度確認しますが、トーリさんは静かに頷きました。


 「あぁ、私達は鼠の獣人に囲まれ捕まったんだ」

 「どの辺りでですか?」

 「ルード帝国の領土から魔族領へと抜けた辺りだったかな?」


 むむむ?

 よくわからない事になっていますね。

 まさか、この一連の流れの中に、人族、魔族、獣人が関わっているとは思いませんでした。


 「ユアン。魔族主義が必ずしも魔族だけとは限らない」

 「確かにそうかもしれませんね。ですが、そこに獣人が……鼠族が協力する意味は何でしょうか?」

 「それは簡単かな。アリア様から気をつけるように言われていたから私達は知っているけど、鼠族、というよりもいたち族の王は人身売買でお金を稼いでいるみたい」

 「つまりは奴隷って事ですかね?」

 「そうだと私も思っていたけど、トーリ達の状況をみると違うみたいだね」


 トーリさん達の話とスノーさんがアリア様に聞いた話をすり合わしていくと徐々に話が見えてきました。

 どうやら、ここに捕まった人はトーリさん達以外にも沢山いたようで、半分は生贄に捧げられ、残りの半分は奴隷として別の場所に連れていかれたようです。


 「もしかして、オーグが連れていた奴隷というのもここからだったりするのですかね?」

 「十分にありえるだろうね」

 

 エメリア様の頑張りのお陰で、タンザの南にある国境の検問は厳しくなりました。

 簡単に奴隷をリアビラへと運ぶことができなくなったみたいです。

 なので、別の方法としてタンザから北へと向かい、アーレン教会に一度捕まえた人を預け、その中で人を選定して、奴隷となった人は魔族領からアルティカ共和国へと渡り、遠回りではありますが、リアビラへと運んでいた可能性がありますね


 「それで採算はとれるのですかね?」

 「どうだろうね。でも、その方法をとっているのなら採算は合ったんじゃないかな?」

 

 でなければ危険を冒してまでそんな事はしませんよね。


 「それが囮の可能性もある」

 「囮ですか?」

 「うん。ラインハルトは転移魔法を使えた。もしかしたら、他の人も使える可能性もある」

 「あえて奴隷を運んでいる所を見せて、それしか方法がないと思わせるという事ですね」


 その方法も十分にありえますね。

 ですが、現段階で問題になるのはその事についてではありません。


 「それで、トーリさん達はこれからどうするつもりですか?」

 「私達か……出来る事ならば今すぐにでもここから出たい」

 「僕たちと一緒にアーレン教会と戦うというのは?」

 「申し訳ないが……無理だ」

 「怖いです」

 「嫌なの」

 「ごめんなさい。無理です」


 完全に心が折れてしまっていますね。

 それも仕方ないと思います。

 タンザで捕まり、やっとの思いで脱出できたと思ったら次はもっと危ない場所に連れてこられたのです。

 もしかしたら明日には命がなかった可能性もありえます。


 「わかりました。それなら、ナグサさんの事もありますし、先に脱出してください」

 「脱出? だが、どうやって……」


 トーリさん達は知りませんでしたね。

 

 「これで、僕たちの家に行く事が出来ます。みなさんは先に戻って、休んでください」

 「ユアンさん達の家に?」

 「はい。これは転移魔法陣です。これなら安全に脱出できますよ」

 「本当なのか……?」

 「はい。まぁ、信じられないのも無理はありませんけどね」


 転移魔法なんて普通に生きていたら目にする機会は少ないと思います。

 むしろ無いと思います。

 それに、トーリさん達は色々と不幸な目に遭ってきました。人の事を信じる事が出来なくなっている可能性もありますね。

 ですが、その心配はなかったみたいです。


 「私は信じる。ユアンさん達が来てくれなかったら落していた命だ。ユアンさん達と出会えたのは奇跡といっていいだろう」

 「そう考えれば、ユアンさんが転移魔法を使える方がよほど現実味がある気がします」


 まぁ、どちらにしても現実ですけどね。


 「信じてくれてありがとうございます。けど、内緒ですからね?」

 「わかっている。二度も助けて頂いた恩を仇で返すような真似はしない」

 

 トーリさんの言葉に他の人達も頷いてくれました。

 大丈夫そうですね。

 まぁ、ナナシキの人達は僕が転移魔法を使えるのを知っているので、秘密をバラされても困りませんけどね。

 

 「では、これに乗ってください」

 「移動した後はどうすればいい?」

 「魔鼠さんに状況を伝えて貰いますので、後は僕たちの家に居る人に従ってくれれば大丈夫ですよ」


 リコさん達はびっくりするかもしれませんね。

 後で謝らなければいけませんね。


 「わかった。重ね重ね感謝する」

 「はい。ゆっくり休んでください……では」


 トーリさん達の姿が消えました。

 

 「ユアンさん無事に着いたそうですよ」

 「良かったです」


 もしかしたら、何らかの力で妨害される可能性もありましたが、問題なかったみたいですね。

 もちろん実験台に使った訳ではありませんからね?

 トーリさん達が移動する前に魔鼠さんが先に試してくれましたからね。

 移動出来る事はわかっていました。

 ですが、万が一があります。

 それが少し不安だっただけです。


 「ユアン。トーリ達を信じてるの?」

 「はい。疑う理由はあまりありませんからね」

 「けど、トーリさん達がアーレン教会の手の者だった可能性もありますよ」

 「その時はその時です。トーリさん達が悪さできるとは思えませんし」


 人格的にではなく、実力的に無理という話です。

 トーリさん達がナナシキで何かをしようとした所でナナシキには凄い人達が沢山います。

 悪さをしようとした所で、直ぐに鎮圧されて終わりになるでしょうね。

 リコさん達に手を出そうとしても、魔鼠さん達が傍にいますしね。


 「それに、トーリさん達は解放者レジスタンスとして人の為に頑張ろうとしていました。僕はそれを信じたいですし、頑張っていた人は応援したいですからね」


 自分の利益ではなく、人の為に頑張れるというのは中々出来ない事だと思います。

 もちろん報酬はあったかもしれません。

 ですが、解放者レジスタンスは寄せ集めの人達です。

 資金が沢山あったとは思えないのですよね。

 それなのに解放者レジスタンスとして活動していたのです。労働と報酬が釣り合わない中で頑張っていた人達を疑いたくはありません。


 「ま、ユアンらしいね」

 「ダメですか?」

 「ダメじゃない。それがユアンのいい所」

 「だけど、それが災いとなって今回は捕まっちゃいましたけどね」

 「むー……あれはわざとですよ!」

 「ユアンも強情だなー」


 やっぱり信じて貰えていませんね。

 まぁ、実際には油断して捕まったので強くは言い返せませんけどね。

 となると……。


 「それよりもです。これから僕たちがどうするかですよ」


 そんな時は話題を変える。

 これが一番です!


 「とりあえずはこの辺りを探ってみるのがいいかな?」

 「うん。ここに人が集まってた。他に捕まった人がいるかもしれない」

 「捕まった人がいたら邪魔だなー。助けた方がいいと思うー」

 「それに人が集められていたという事は、重要な場所も近くにあるかもしれないですね」

 

 みんなは先に進む事しか考えていないみたいですね。

 僕的には選択肢として、ここで僕たちも脱出する事も考えていました。

 まぁ、その選択を選ぶつもりはありませんでしたけどね。


 「わかりました。探知魔法で人を探しつつ、気になる場所を探ってみましょう」


 もしかしたら、重要な場所を見つける事が出来るかもしれませんしね。

 特に、生贄という言葉がトーリさんから聞くことができました。

 それが何を意味するのかが気になります。

 

 「では、気をつけて進みますよ!」

 「何処に?」

 「えっと、とりあえず人の反応は近くにないので、順番に部屋を見てみるとかですかね?」

 「結局は無計画なのですね」

 「仕方ないじゃないですか。知ってる場所ならともかく、知らない場所ですからね」

 「いつもの事」

 「そうなのかー?」

 「そうだね。なるようになる。これが私達の冒険かな」

 「勉強になるなー」

 「もぉ、サンドラちゃんに変な事を教えないでくださいよ!」


 事実だから仕方ないですけど、先輩冒険者としての威厳に関わります!

 そもそも威厳があるかどうかはわかりませんけど、しっかりした所も見せないとサンドラちゃんの教育にもよくありません!


 「とりあえず進みますからね?」

 

 締まらない感じになってしまいましたが、まぁ緊張し過ぎるよりはマシですよね?

 という訳で僕たちは探索を再開するのでした。

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