第369話 弓月の刻、捕まっていた人達を助ける
「扉……か」
先頭を歩くスノーさんから嫌そうな声が聞こえました。
「大丈夫ですよ。反応は人の反応ですし、それに……変な匂いもしません」
「そうかもしれないけど、ね?」
わかっていても嫌な事ってありますよね。
もしかしたら、さっき見てしまった光景が一種のトラウマになってしまっているのかもしれません。
「嫌なら私が開ける。スノーは後ろを頼む」
「いや、これは私の役目だし、ちゃんとやるから大丈夫だよ……よし!」
ふぅ、と短く息を吐きスノーさんが扉に手をかけました。
「鍵が掛かってるね」
「当り前。スノー、少し落ち着く」
まぁ、捕まった人が捕らわれているのなら逃げられないようにしてあるのは当然ですよね。
「落ち着いてるよ。ただ、必ずしも捕まった人がいるとは限らないし、それを確かめただけだもん」
「わかった。そう言う事にしとく」
スノーさんの言葉の真意はわかりません。
ですが、もし敵を警戒していたのなら剣を予め抜き、いつでも対応できる状態で扉を開けると思いますけどね。
「んー……どうする? 壊しちゃってもいいかな?」
「いいと思いますよ。僕たちが気を使う必要もないと思いますし、壊した事を責められる筋合いはないですからね」
「そうだよね。それじゃ……やっちゃおうか」
そう言って、スノーさんは剣を構え、扉についているドアノブに狙いを定めます。
でも、それはちょっとまずいですよ。
「スノーさん、一度中の様子を先に確かめた方がいいと思うの」
「どうして?」
「近くに人がいたら危険だからですよ」
僕たちの声が中に聞こえていて、やりとりを聞くために扉の近くまで来ていたら危ないですからね。
まぁ、探知魔法の様子から近くにはいない事は僕にはわかりましたので、問題ありませんけどね。
「やっぱりスノー、さっきの事で動揺してる」
「まぁ、否定はしないよ。逆にあの光景を見て、落ち着いてられるシアの方が凄いと思うかな」
「それは人それぞれ。怖いのが苦手な人もいれば、平気な人もいる。それと同じ」
苦手なものって人それぞれですからね。
そう考えるとシアさんが苦手なものって何でしょうね?
今まで何かに怯えるといった事は見た事ない気がします。
「それで? 中はどうなの?」
「はい、壊してしまっても大丈夫です。ですが、一つ別の方法を思いつきました」
「別の方法?」
「はい。これって鍵があれば開ける事が出来ますよね?」
「そうだね。だけど、肝心の鍵が何処にあるのかわからないし、開けるのは無理じゃない?」
恐らくはアーレン教会の誰かが持っているでしょうね。
ですが、鍵がないのなら作ってしまえばいいだけです。
「どうやって作るの?」
「スノーさんの精霊さんなら作る事が出来ませんかね?」
「あー……どうだろう。ちょっと試してみようか……精霊よ!」
僕の予想が正しければ、多分開けれるのではないかと思いました。
水魔法と精霊魔法は性質が違います。
水を自分で操るのが水魔法に対し、精霊魔法は精霊さんがスノーさんの指示や意志を汲み取り、水を操ってくれます。
そして、水というのは自由自在に形を変える事ができるので、鍵の形に水を変化させ、水の強度を変える事が出来れば……。
「……本当に開いた」
カチャンという音が聞こえました。
どうやら予想が当たったみたいですね。
「スノーさん凄いですね!」
「ありがとう。でも、やったのは精霊だけどね」
「それでもですよ。スノーさんのイメージがちゃんとしていたらから上手くいったのだと思います」
「そうかな? 私はただ鍵を開けれるか聞いただけなんだけど?」
だとしてもです。
それだけで、精霊さんが動いてくれるというのはお互いの信頼関係が上手く築けている証拠だと思います。
もし、信頼関係が築けていないのなら、スノーさんの指示をちゃんと聞いてくれないかもしれないですからね。
まぁ、フルールさんの話では上位の精霊さんらしいので優秀なのは間違いないですけどね。
「それじゃ、開けるよ?」
「援護は任せて!」
「私も魔法の準備しとくなー」
ドアノブに手をかけたスノーさんの後ろでキアラちゃんとサンドラちゃんが弓と魔法の準備をしています。
これなら中に敵が待ち構えていたとしても、すぐに対応出来ますね。
そして、ゆっくりとスノーさんが扉を開けます。
「大丈夫そうだね」
扉を開けた瞬間に襲われるといった事はありませんでした。
「けど、人もいないね」
「ユアンの勘違いかー?」
扉の先はまた通路になっていました。
「いえ、人はいますよ」
扉の位置から見ると薄暗いのでわかりにくいですが、壁が壁ではなく、僕が捕まっていたような鉄格子になっていました。
「という事は、ここは牢屋みたいな場所なんだね」
「牢屋と扉を突破しないと脱出できないようになっている仕組みかな?」
念には念をという事ですかね?
まぁ、ナナシキも同じような造りなのでその意図はわかります。
ないとは思いますがついうっかり牢屋の鍵を閉め忘れたとしても、扉の鍵が掛かっていたら脱出は難しくなります。
冒険者なら時間をかけて扉を開ける事が出来るかもしれませんけどね。
それでも、武器も何もない状態で、手かせをつけられ自由を奪われていたら簡単にはいきませんよね。
「それで、助けちゃっていいのかな?」
「いいと思いますけど……話は聞かないとですかね?」
もしかしたら、極悪人が捕まっている可能性もあります。
本来なら牢屋というのはそういった人を拘束するために使う場所です。
それなのに、勝手にその人を出してしまう訳にはいきません。
という訳で、順番に牢屋の中の人に声をかけてみる事に、一番近くの牢屋の前に行ってみると、怯えた様子の女性が蹲っていました。
むむむ?
ですが、何だか見覚えがあるような気がしますよ?
「あの、大丈夫ですか?」
女性が蹲った状態で体をびくっとさせました。
声をかけて反応があったので会話は出来そうですね。
「あ、あれ? もしかして……」
「あ……、ユアン、さんですよね?」
恐る恐ると言った感じで顔をあげた女性が僕の顔をみて、目を大きく見開きました。
そして、その顔には覚えがあります。
会話はほとんどしたことはありませんでしたが、前に会った事はある人です。
「えっと、カバイさんの娘さんですよね? どうしてこんな場所に……」
「恥ずかしながら……また捕まってしまいました……」
それは知っています。
オーグがナナシキに訪れた時にカバイさんが一緒に居て、その時に聞きました。
ですが、カバイさんの話ですと、リアビラの街に連れていかれたという話だったはずです。
「それが、私もよくわからないのです。ただ、私を捕まえた人達によるとリアビラへと続く国境の警備が厳しくなり、奴隷を送る事が出来なくなったという会話を耳にしました」
「あー……エメリア様が動いてくれたからかな?」
「タンザでの出来事が影響しているかもしれませんね」
タンザでエメリア様と初めてお会いした時にあの領主がやっていた事は忘れもしません。
というよりも、カバイさんの娘さん……ナグサさんを見て思い出しました。
あの時も領主の館の地下で捕まっていましたからね。
「もしかして、お父さんも一緒ですか?」
「いえ、カバイさんはリアビラに忍び込んでいますよ」
「そうでしたか……」
「とりあえず、外に出ましょうか」
捕まったままなのは可哀想ですからね。
「あ……あの、ユアンさん達は……アーレン教会の手の者、ではないのですか?」
「はい。色々と訳があってここにいますけど、アーレン教会の味方ではないですよ」
というよりも敵と認識しました。
「そうですか……信じても良い大丈夫ですか?」
「ナグサさんが信じてくれるのなら信じてください。ただ、無理は言いませんよ」
「いえ、信じます。確かめるような事を言ってすみません。助けてくれようとしているのに……」
「こんな状況ですし仕方ないですよ」
んー……。
何かに酷く怯えているみたいですね。
これは何か事情を知っていそうな気がします。
「では、少し離れていてください」
えへへっ。
ちょっとカッコつけちゃいますね!
スノーさんにさっきみたく任せてもいいですが、精霊魔法はスノーさんの体力を使いますので、今は体力を温存して頂きます。
代わりにここは僕がどうにかします!
「ていっ!」
収納から刀を取り出し、魔力を流し、鉄格子を斬りつけると、鉄格子がバラバラになりました。
「凄い……」
「ジッとしてくださいね?」
ナグサさんの首にはまた奴隷の首輪がつけられていました。
前と同じものみたいですね。
これなら簡単です。
「はい、とれましたよ」
「ありがとうございます」
外された首輪を見て、ようやく怯えた表情が消え、ナグサさんが安堵のため息を吐きだしました。
「それで、ここで一体何が……」
とナグサさんに状況を聞こうとした時でした。
「おーい。こっちもお願いできるか?」
声の方を向くと、鉄格子の間から手が伸びているのが見えました。
探知魔法で一定間隔に青い点がありましたが、そういう事だったのですね。
「ナグサさん、少し待っていて頂けますか?」
「はい。ユアンさん達が居なくては私にはどうしようもありませんので……」
それもそうですね。
牢屋から抜け出せても、この先一人で脱出するのは無理です。
それが出来るのなら最初から捕まったりしていませんよね。
「では、先にここに捕まった人達を解放しちゃいましょうか」
「うん。そっちの方がいいと思う」
という事で、手を伸ばし、僕たちに助けを求めた人達の元に向かったのですが……。
むむむ?
この人も見覚えがありますね……確か。
「サニャさんでしたっけ?」
「トーリだ」
「サニャは私です」
あれ、間違えてしまいました。
トーリさんの横の牢屋から声が聞こえました。どうやら、そっちに僕が間違えたサニャさんが居たみたいですね。
けど、覚えがあるのは確かだったようです。
「度々すまないな」
「いえ、無事みたいで良かったです」
「私達まで助けていただき、本当にありがとうございます」
「助かったの」
「ごめんなさい」
「別に謝る事ではないですよ」
それにしても……。
見事にあの時のメンバーが揃っていますね。
この部屋に捕らわれていたのは、あの時に一緒に戦ったメンバーでした。
領主の館の地下にいた
その他にも捕まっていた人達はいましたけど、その人達は初対面の人達ですね。
総勢15人もの人が捕まっていました。
「それで、ここで何があったのか聞いてもよろしいですか?」
「詳しい事情は私達にもわからないが……」
そう前置きをし、トーリさんが代表となり知っている事を話してくれることになりました。
んー……思った以上にアーレン教会は深い闇に包まれていそうですね。
トーリさんの話を聞いて僕はそう感じるのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます