第368話 弓月の刻、小部屋を見つける
「ユアン元気出す」
「大丈夫ですよ。僕は元気です」
えぇ……僕は元気です。
髪の毛がかなり短くなってしまいましたが、元はと言えば僕の油断でアーレン教会に捕まってしまったのが原因です。
髪の毛は短くなってしまいましたが、これはみんなが僕を探しに来てくれた中で起きてしまった事故みたいなものです。
髪の毛が短くて首元が涼しく感じますが、前の経験からすると一週間もすれば元の長さに戻ると思いますので気にする事もありません。
「はぁ……」
それでも、自分で短くするのと、切られてしまうのでは意味が違います。
まぁ、僕はずっと自分の髪が嫌いでしたけどね。
それでもやっぱり自分の体の一部が変わってしまうと変な感じがします。
「ユアン、元気出してほしい」
「大丈夫ですよ。何度も心配しなくても僕は気にしていませんからね」
「本当?」
「本当ですよ。本音を言うと、少しだけ……ショックでしたけど、それでもシアさんに可愛いと言ってもらえましたからね」
「うん。短い髪も似合ってる。何よりもユアンのうなじを見ているとムラムラする」
「そ、そうですか? でも、今は我慢してくださいね」
「うん。後でいっぱい堪能する」
スノーさんを先頭にキアラちゃん、サンドラちゃん、僕と続き、最後尾にシアさんが続く陣形で歩いているのですが、いつも以上にシアさんから見られていると思いましたが、そういった理由があったのですね。
「次はどっちにいけばいいかな?」
「えっと、僕が来たのはあっちでしたのでそっち方面に向かえば僕が侵入した方に行けると思いますよ」
それにしても無駄に広い地下通路ですね。
元々は逃走用に作られ、追手を撒く通路だと思うので構造が複雑な理由はわかりますが、それでも無駄に広いです。
「ならそっちに行ってみようか。ユアンが捕まっていた場所があるくらいだし、その近辺に何かあるかもしれないし」
「捕まっていた訳ではないですけどね」
という訳で、僕が捕まった場所へととりあえず向かう事になりました。
もちろん道は覚えていますよ。
ちゃんと目印を残しつつ移動をしましたからね。
「そこは右ですね」
「このひっかき傷を追って行けばいいんだね」
鉄格子を壊した時に気付きましたが、獣化すると爪が鋭くなるみたいなので、分かれ道があった際には壁に傷をつけて、来た道を目印にしておきました。
「この先ですね。もしかしたら、僕が脱出したことに気付いて敵がいるかもしれないので気をつけてくださいね」
時間はまだありますが、夕方に食事を運んでくると言っていましたし、僕の様子を確かめに見回りに来た人がいるかもしれません。
今の所は探知魔法でも、キアラちゃんの風魔法でもそれらしき人はいませんが、警戒しておくに越したことはありません。
「うわー……ユアンも派手にやったね」
「こんな事になるとは思いませんでしたからね」
目印を辿り進んでいると、金属の棒が散らばった場所へとやってきました。
僕が捕まって閉じ込められていた場所ですね。
「ユアンさんこんな所に連れてこられてたんだ……」
「酷い場所」
酷いのは仕方ないですね。
捕まえた人を入れておくだけの場所になりますし、そんな場所にお金をかけるとは思えません。
ナナシキの牢屋を知っていると酷い場所に感じるかもしれませんが、普通の牢屋はこんな感じだと思います。
「これ、何?」
「あ、それは拘束器具ですね」
シアさんが二つに割れた首輪と手につけられていた輪っかを拾いました。
「ユアン、これをつけられた?」
「はい。だから獣化したのですよね。そうじゃないとそれがとれなかったので」
「そう……どうだった?」
「身動きが制限されて大変でしたよ。まぁ、動きを制限されただけで、
もし、あれで魔法が使えなかったりしたら今もこの部屋から抜け出す事が出来なかった可能性が高いですね。
「ずるい」
「何がですか?」
「私もやりたい」
「えっ、シアさんもですか? 決して良いものではないですよ?」
「知ってる。だけど、面白そう」
シアさんがにやにやしています。
そんなに面白そうなのですかね?
まさかシアさんにそんな趣味があるとは思いませんでしたが、人の趣味は人それぞれなので否定はしませんけど、意外に思えます。
「わかる。キアラもこういうの好きそうだよね?」
「そ、そんな事ないですよ! まぁ、スノーさんがしたいというのなら協力しますけど……」
「なー? 何の話だー?」
「サンドラは気にしなくていい……ユアン、今度これつけて?」
「え、僕がつけるのですか?」
「うん。面白そう」
シアさんが僕を見てにやーっと笑いました。
「えっと、シアさんがつけたいのじゃないですか?」
「違う。ユアンにつけたいの……だめ?」
「ダメじゃないですけど……何の為にですか?」
「お楽しみ」
どうやらシアさんが輪っかを見てにやにやしていたのは、自分につけたい訳ではなくて、僕につけさせたいみたいでしたね。
理由はわかりませんけど、まぁ安全ですぐに外す事が出来るのならいいですかね?
シアさんがやってみたいというのなら協力してあげたいと思います。
「っと、この部屋は特に探る事もありませんし、先に進みましょうか」
「そうだね。ここに牢屋があるくらいだし、近くにも似たような場所があるかもしれないね」
「今の所は人の反応はないですけどね」
しかし、暫く進むと異臭が漂ってくるのがわかりました。
「なんか酷い匂いがしますね……」
歩みを進める度にその匂いはどんどんと濃くなっていきます。
「私が見てくる。ユアン達は此処で待ってる」
「私も行くよ。キアラとサンドラは待ってて」
「何があるかわからないので、僕も行きますよ」
「私も行きます」
「なー! みんな行くのなら私も行くぞー!」
シアさんとスノーさんに待っているように言われましたけど、匂いの元へと全員で進む事になりました。
「扉がありますね」
「うん。匂いの元もここから」
「んー……嫌な予感しかしないね」
「腐敗臭が酷いです」
「とりあえず、臭いがきついので遮断しますね」
匂いが服に残ってしまったら嫌ですので、防御魔法に効果を乗せ、一度みんなを
「う……」
扉を開けたスノーさんが直ぐに扉を閉めました。
「見ない方がいいかも」
「何があったの?」
「亡骸。しかも人だけじゃなくて、色々な亡骸があった」
僕も一瞬ですが見えてしまいました。
打ち捨てられ、山となった亡骸が積まれているのを見てしまったのです。
しかも女性と思われる姿ばかりの亡骸や犬などの亡骸が一か所に集められていたのです。
臭いから何となく想像はしていましたので精神的なダメージは低い物の、あまりにも酷い光景に言葉を失いました。
「先に進もうか」
「うん。見なかった事にする」
スノーさんとシアさんが先に進む事を提案します。
ですが、そのままって訳にもいきませんよね。
「みんなはここで待っていてください。僕が対処してきます」
「どうやって?」
「
あまり使う機会のない魔法ですね。
というよりも使う機会は無い方がいい魔法です。
人が亡くなった時、死者を送り出すという意味でお葬式というのがあります。
関係者が集まり、生前の事を思い出し、最後は亡骸を焼いて、死後の世界へと送って上げる式ですね。
ですが、
これを使う時は亡骸をそのままに出来ない時に使う時に魔法です。
冒険者というのは、魔物に襲われたりし、その場で命を落とす事が多い職業です。
そして、魔物に殺されると食い散らかされ、五体満足で残っているケースはないために、身元がわからない死体が残っているケースがほとんどです。
そうなるとお葬式もあげることもできないですし、そもそも死体を持ち帰る事も厳しいです。
なので、せめて死後の世界へと送り出してあげようと作られたの
「それじゃ、やってきます」
「ユアンさんは平気なの?」
「平気ではありませんよ。ですが、誰かがやってあげないと魂はあの場に残ります。そして、この中でそれが出来るのは僕だけですから僕がやるべきです」
一般的に魂というのが存在しているとは言われていますが、実際の所はわかりません。
ですが、それが本当ならばどうにかしてあげたいという気持ちがあります。
もし、自分があの立場だったらと考えると、きっと誰かに助けを求めると思いますから。
それにしても皮肉なものですよね。
教会というのは本来ならばその役目があるはずなのに、その教会の地下でこんな事になっているのですから。
「ユアン。私がユアンの目になる。ユアンは目を瞑って魔法を使うといい」
「けど、シアさんが……」
「私は平気。ユアンだけに辛い思いをさせたくない」
「わかりました。一緒にお願いします」
スノーさん達には部屋の外で待っていて貰い、僕はシアさんと手を繋ぎ、先ほどの部屋の中へと入ります。
「ユアン、ちょうど正面」
「わかりました」
シアさんが僕の手をぎゅっと握ってきます。
シアさんは平気といいましたが、やっぱり嫌な光景は嫌なのですね。
「どうか安らかに……
瞼越しに青い光が映ります。
「どうですか?」
「うん。もう大丈夫」
シアさんの言葉を信じ、瞼を開けると目の前には何もありませんでした。
無事に終わらせることができたみたいです。
「何も残っていないという事は、身ぐるみを全て剥されてここに捨てられたという事ですね……」
「うん」
「僕、アーレン教会が本格的に許せなくなりました」
「私も同じ気持ち」
聖職者を名乗りながらこんな事をしているのなんて許せません。
「ユアン、お疲れ様」
「すみません。任せてしまって……」
「役立たずでごめんなー」
「大丈夫ですよ。それより、先に進みましょう。この先に人の反応があります」
一定の間隔で、動かない青い点があるのを探知魔法で捉えました。
もしかしたら、僕と同じようにアーレン教会に捕まった人達かもしれません。
その人達に話を聞くことができれば、もしかしたらあの亡骸の原因もわかるかもしれません。
「なので進みましょう。そして、こんな事をした黒幕を捕まえましょう」
それが、亡骸となった人達への手向けにきっと繋がると思います。
『ありがとう』
通路を先へと進んでいると、そんな声が聞こえた気がしました。
しかし、後ろを振り返るも暗い通路が続くばかりで誰もいませんでした。
「どうしたの?」
「いえ、何でもありません」
気のせいかもしれません。
ですが、僕は心の中で伝えます。
貴方たちの仇はきっととってあげますと。
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