第365話 欠けた弓月の刻、地下で謎の生物と遭遇する
「スノーさん、そこを右です」
「右ね」
「そしたら、そのまま暫く真っすぐですね」
「了解。それにしても……本当に迷路になっているとは思わなかったよ」
龍人族の街にあったダンジョンを思い出すね。
あの時も色々と迷いながら進んだっけ。
「あの時に比べれば、マシ」
「そうだけどさー」
街の広さから考えれば、ダンジョンの迷宮よりも狭い事はわかる。
それでも無駄に歩かされるのは面倒なんだよね。
「いい運動になるじゃないですか」
「私は運動するのなら歩くよりも剣を振ったりして鍛える方がいいかな」
そっちの方が剣を振るう感覚を養えるし、一瞬一瞬の筋力の瞬発力も鍛えられる。
「スノーさん、この先に生物の反応があります」
「魔物かな。任せて」
まぁ、時々こうして弱い魔物が出てくるからただ歩くだけではないからいいんだけどね。
だけど、どうせならもう少し強い魔物が出てくれても……と思ったけど、そんな凶悪な魔物が街の地下にいる訳がないか。
街の領主の目線からするとそんな生物がいたら大問題だしね。
「ふっ!」
「おみごと」
「スライムを倒したくらいで褒められても嬉しくなのだけど」
「そんな事ない。前はスライムに気付かなくて転びそうになってた」
「あー……そんな事あったね」
ふふっ。
タンザの地下での事を思い出す。
ユアンとシアと初めて冒険したのがあの場所で、キアラと出会ったのもあそこだった。
今思えば不思議な出会いだったけど、それも今となっては大事な思い出だね。
まぁ、色々と大変だったけど、あの時の事があって良かったと思う。
そう考えると、みんな色々と変わったと思う。
特にシア。
あの時は私に対して壁があったように思えたけど、今ではそれがない。
最初のイメージは無口で無愛想って感じだったけど、さっきのセーラとのやり取りでもわかるように、人と話すようになった。
前だったら私やスノーに任せ、静かに聞いているだけだったのにね。
まぁ、ユアンに関する事だから積極的に行動しているだけかもしれないけど、それでも前だったら考えずに一人でユアンを探しに乗り込んでいただろうから、それだけでも変わったと思うよね。
「スノーさん! 止まってください!」
「ん? どうしたの? 罠でも見つけた?」
そんな少し昔の事を考えつつ歩いていると、キアラが突然大きな声を出し、止まるように言われた。
「違います! この先に大きな生物の反応があります!」
「人かな?」
「いえ、馬よりも大きな反応です!」
馬よりも?
となると、人ではなく魔物の類かな?
けど、こんなに狭い通路にそんな生物が生息してるってどういう事だろう?
「引き返す?」
「危険を避けるのならそうした方がいいかも」
仕方ないか。
私達の目的は魔物を倒す事ではなく、ユアンを助ける事だし、無駄に戦闘をするのは得策ではない。
もしかしたら、この地下を守るために用意したアーレン教会の番人的な存在の可能性もある。
そうなれば、アーレン教会の奴らに私達の事が伝わる可能性もあるし、この先にいる魔物が恐ろしく強い可能性も……。
「スノー、構える」
「え?」
「気付かれた」
「うそー……ま、仕方ないか」
キアラの話だとまだまだ先にいるみたいで、曲がり角をいくつも曲がった先だというから気付かれる事はないと思ったけど、相手の感覚も結構するどいみたいだね。
「けど、シアはよくわかったね」
「最初はキアラに言われるまでわからなかった。だけど、相手が動き出したからわかった。足音が近づいてくる」
しかも、走ってこっちに近づいているみたいだね。
まだ、私にはわからないけど、シアにしか聞こえない音があるのかもしれない。
「速い」
「枝分かれした道があるのに真っすぐこっちに向かって来てるかも……」
「なー? 戦闘かー?」
「そうなるかな。キアラとサンドラは少し下がって援護して貰える? シアは私と一緒にお願い」
「任せる」
ユアンの防御魔法は……うん、まだ大丈夫そうだね。
出会った頃だったらとっくに効果は切れていただろうけど、まだ残っているとなるとユアンの腕も上がっているという事かな。
ただでさえ、有能な魔法だったのにそこから成長していると考えると恐ろしいけどね。
だけど、味方だったら本当に頼もしい。
ま、それを宛にして戦う事はしないけどね。ユアンに剣を教える時に見栄をはってそう言ってしまったからには実践しないとね。
実際に今までもそうしてきたから。
「スノーさん、来ますよ!」
「わかった……ってちょっと、シア! 勝手に前に出ないで」
私達が待ち構える通路は一直線な道になっていて、そこでシアと二人で並び相手を待ち構えていたのだけど、シアが一人で前に歩き始めた。
「シアっ!」
「大丈夫。私に任せる」
「任せるって……あぁもう!」
シアが歩みを止める気配はない。
しかもまだ剣すら抜いていない。
流石にシアといえど、あれじゃ危険だと思う。
そして、思った以上に相手の足は速いみたいで、ついに私の目にも近づいてきた相手の正体を目にする事が出来た。
「あれは……」
影?
いや、違う。四足歩行で移動する、真っ黒な毛並みの生き物が走って来ていた。
それを目の前にしてもシアはまだ剣を抜かない。
もしかして、素手で相手をするつもりなのかな?
両手を広げ、シアは迫ってくる生物を待ち構えている。
そして、ついにその生物はシアの目と鼻の先までやってきて、シアへと飛び掛かかり……。
「おかえり。ユアン、心配した」
「こやぁ~」
飛び掛かった生物はシアに頭を擦りつけるように甘えだした。
「えっと……何が起きたの?」
「それに、シアさん今……ユアンさんって?」
急な展開に何が起きているのか理解が追い付かなかった。
「見ての通り。ユアン」
「こやっ!」
あれがユアン?
「あ、あぁ! もしかして、獣化したの?」
「こやっ!」
「大きくなったからわからなかったです……」
「立派な獣化だなー」
小さい姿の獣化を一度見た事あるだけだったから全く気付かなかったよ。
けど、そう言われてみればあの毛並みには覚えがある。
前にお風呂でブラッシングさせて貰ったからね。
「それにしても、どうしてユアンが獣化してるの?」
「こややー? こやっ、こややーん!」
「何を言っているのか全然わからないんだけど……」
ユアンが何かを伝えようとしているけど、何を喋っているのか理解できない。だけど、必死に何かを伝えようとしているのはわかる。
「ユアンさん、まだ喋れないの?」
「こややー……」
キアラの質問に耳を伏せ尻尾を垂らした。
何あれ……めっちゃ可愛いんだけど!
「ユアンは捕まった。けど、獣化して逃げてきたみたい」
「こやっ!」
「ごめん。脱出してきたみたい」
「同じ意味だよね?」
「こやっ! こやや?」
「違うって。掴まったのはわざと。アーレン教会の内部に侵入するために捕まったって」
「こやっ!」
あぁ……あのどうですか! みたいな表情がまた可愛い!
絶対に違うと思うけど、あの自信満々の表情がたまらない……。
何にせよ、無事にユアンと合流できたのは良かった。
まさか獣化しているとは思わなかったけどね。
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