第362話 弓月の刻、宿屋に向かう

 「ラインハルトさんから見て、教皇ダビドさんってどんな人ですか?」

 「教皇か……何とも言えないね。私はあまり話したことはないから」


 ダビドさんとの話を終え、迷いながらも見つけたラインハルトさんが待っていたお店で食事をしながらダビドさんについて聞いてみたのですが、僕達が求めるような答えは得られませんでした。


 「ただ一つ言えるのは悪い人ではないというくらいかな」

 「やっぱり悪い人ではないのですね」

 「そうだね。だけど、かといっていい人でもないというのが私の印象かな」

 「どうしてそう思うのですか?」

 「教皇という立場でありながら、アーレン教会の今の状態を改善できないからさ」


 常に監視されているので仕方ないとは思いますけどね。

 けど、ラインハルトさんの言っている事も間違っているとは思いません。

 行動をしようと思えばできる立場でもある筈です。

 あの状態で協力してくれる人がいるのであればですけどね。

 

 「だけど、私達に注意を促してくれましたね。そう考えると味方とは限らないけど、敵だとは思えないの」

 「え、いつですか?」

 「兵士が来たときにだよ。ユアンは気付かなかった?」

 

 気付かなかったと言われても、思い当たる節は僕にはありません。


 「ちゃんと思いだす。話の流れが不自然だった」

 「そうでしたっけ?」

 「ほら、いきなり砂漠の話とかされたでしょ?」

 「そういえばされましたね」


 僕も突然そんな話をされて変だなとは思いました。

 だけど、あれって何の話をしていたのかを悟られないようにしただけではないのでしょうか?


 「違う。あれには意味がある」

 「どんな意味があるのですか?」

 「多分だけど、砂漠はリアビラとの関係を示唆していたと思うの」

 

 あっ! 確か、リアビラとの繋がりがこの街にはあると聞いた事がありますね。

 

 「だから、今度は捕まらないように気をつけろって言っていたのですね」

 「うん。アーレン教会の狙いはユアン」


 それはダビドさんに言われましたね。

 何に気をつけろとまでは言われませんでしたが、そこで教えてくれていたのですね。


 「けど、どうやって僕を捕まえるつもりでいるのでしょうね?」

 「それは最後の首を長くして、じゃないかな?」

 「首に? ということは……」

 「多分ですけど、契約の首輪の事、じゃないですか?」


 キアラちゃんが少しだけ顔をしかめました。

 やっぱりあの時……キアラちゃんと出会った時の事はトラウマになっているみたいですね。

 

 「そういうメッセージがあの会話の中に含まれていたのですね」

 

 僕は狙われている。

 だから、捕まらないように気をつけてと教えてくれていたみたいです。

 

 「まぁ、多分大丈夫だとは思いますけどね」

 「油断はダメ」

 「そうだよ。ユアンさんの情報はある程度伝わっていると思うの」

 「色んな手を使ってくる可能性があるだろうね」

 

 そうですけどね。

 

 「けど、それってある意味チャンスでもありますよね?」


 捕まらずに色々と調べる事ができればそれが一番ですけど。

 わざと捕まる事で行けなかった場所に行けるいい機会にもなると思います。

 何よりも仕掛けてきたのはアーレン教会ですので、僕達が遠慮する必要がなくなるのです。

 やられたらやり返すのは大事ですからね!


 「でも、ユアンさん一人じゃ危険だよ」

 「大丈夫ですよ。シアさんならいつでも僕の所に来れますからね」

 「頑張る!」


 ほら、シアさんがこんなに張り切っていますし、何も問題ありません。

 

 「それでもだよ。心配だから出来る限りは捕まらないように気をつけてくださいね?」

 「はい。一応はその方針でいますよ」


 かといって自ら危険に飛び込む必要もありませんからね。

 出来る事なら安全な方法はとりたいと思います。


 「まぁ、こんな話をしていたらユアンは捕まると思うけどね」

 「どうしてですか?」

 「ユアンがユアンだからだよ」

 「確かにそうですね。ユアンさん捕まりそうな気がしてきたよ」

 「し、失礼ですよ! そんな事ないですよね?」

 「大丈夫。捕まっても直ぐに助ける。だから安心して捕まるといい」

 「ユアンー。気をつけてなー?」


 ひ、酷いです。

 みんなして僕が捕まる前提で話を進めるようになってしまいました!

 僕が言いだした事ではありますけど、流石に酷いと思います!


 「わかりました。こうなったら意地でも捕まりませんからね!」


 決めました。

 僕は絶対に捕まりません!

 後で、捕まりませんでしたとみんなに言うと決めました!


 「君たち、流石に声が大きいよ……ここが個室だからいいけどさ」

 「あ……だ、大丈夫です! ちゃんと対策はしていますからね」


 外に声が漏れないように防音の対策はしっかりとしています。

 この事からわかるように、僕は用意周到ですからね。

 気をつけてさえいれば、油断なんかしない筈です。


 「何か、この街はやりにくいですね」

 「うん。凄く注目されてた」

 「まぁ、見慣れない人が街を歩いていたら気になるのは仕方ないかな」

 「でも、魔族の人は本当にいませんでしたね」

 「人族ばかりだったなー」


 食事を終えた僕たちはラインハルトさんに案内して頂いた宿屋で今日の所は休む事になりました。

 本当は街を見て歩きたいという気持ちもありましたけど、開いているお店も少ないですし、何よりも病気が流行しているみたいなので無暗に歩く訳にもいきませんからね。


 「それで、皆さんの体調はどうですか? もし、少しでも体に異変があるようでしたら教えてください」

 「いつも通り。問題ない」

 「私もだよ。ただ、空気が悪そうだなとは思ったけどね」

 「うん。ユアンさんの防御魔法がなかったら体調を崩していたかも」

 「そうだなー」


 防御魔法に浄化魔法クリーンウォッシュを組み込むのは正解だったみたいですね。

 

 「そうですか。けど、どうして魔族の人ばかり重い病気にかかっているのでしょうね?」

 

 少しだけですけど、僕はそこに疑問を持ちました。

 人族が平気で魔族が駄目という病気なんて聞いた事がありません。

 それに、魔族の体は人族や獣人に比べて体の造りが頑丈だという話は聞いた事があります。

 まぁ、魔力が高い恩恵だと思いますけどね。

 後は人によるかもしれませんが、魔族の人は再生持ちの人だっていますし、僕のように麻痺や毒などに耐性を持っている人もいるくらいです。

 それなのに、この街で流行っている病気は魔族の人ばかりがかかっているというのは何処か不自然に感じます。

 ですが、僕の質問に答えられる人はいませんでした。

 

 「けど、調べる事は出来ると思うの」

 「魔鼠さん達ですか?」

 「うん。何か原因があるかもしれないから」

 「でも、大丈夫ですかね?」

 「心配はいらないと思うの。魔鼠さん達は色んな事に耐性があるから」


 魔鼠さん達はどんなものでも食べて、どんな環境でも繁殖するくらいですし、心配はいらないとキアラちゃんはいいます。

 

 「お願いね。少しでもこの街でおかしなところがあったら教えてね」

 「「「ヂュッ!」」」


 キアラちゃんの召喚の腕が上がっているのがよくわかりますね。

 以前ならラディくんを召喚して、ラディくんが魔鼠さん達を召喚するという流れでしたが、今ではラディくんを召喚しなくても魔鼠さん達を召喚できるようになっています。

 ただし、ラディくんの配下という事が条件になるみたいですけどね。

 といっても、この街に住んでいる魔鼠もラディくんの配下に加わるのは時間の問題かもしれませんけど。


 「それじゃ、今日の所は早めに休みましょうか」

 「そうする」

 「部屋はどうしようか? 一応、二部屋借りる事が出来たけど」

 「私はどっちでもいいぞー」

 「出来る事なら一緒に過ごした方がいいと思いますよ」

 

 そうですね。

 もしかしたらアーレン教会が何か仕掛けてくる可能性もゼロとは言えません。

 直ぐに行動できる状態の方がいいと思いますが……。


 「流石に何かしてくる可能性は低いでしょうし、しっかりと休みましょうか。今から寝ても朝までは防御魔法の効果はありますからね」

 

 これが大きなベッドだったら問題ありませんけどね。

 しかし、僕達が止まる宿屋はシングルサイズのベッドで二人で眠るには少し狭すぎます。

 僕とサンドラちゃんくらいなら問題はありませんけど、そこにシアさんが加わったら寝返りすらうてない狭さです。

 まぁ、一つの部屋にベッドは二つありますのでくっ付ければ三人でも寝れますけどね。

 流石に五人は厳しいですけど。


 「では、おやすみなさいです。また明日も頑張りましょうね!」

 「うん。何かあったらすぐに呼んでね?」

 「スノー達もそうする」

 「はい。ではおやすみなさい」

 「おやすみなー」


 部屋割りは僕とシアさんサンドラちゃん、スノーさんとキアラちゃんに分かれる事になりました。

 

 「何もなさそうですね」

 「うん。心配はいらなさそう」

 「なー……」


 ベッドをくっ付け、先に眠るサンドラちゃんを挟み、暫く様子をみましたが、何も起きる気配はありませんね。


 「何かあるとしたら朝方ですかね?」

 「うん。人が一番油断する時。それまではしっかりと休む」

 「はい。それじゃシアさんおやすみなさい」

 「おやすみ」


 結局の所、この日は何も起きる事はありませんでした。

 僕達の心配は杞憂で終わっただけでしたね。

 といっても、僕は寝ちゃったので気付かなかっただけかもしれませんけど、シアさんも何もなかったというので多分大丈夫だと思います。

 そして、翌朝。

 朝食を終えた僕たちの元にアーレン教会の人が訪ねてきたのでした。

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