第361話 弓月の刻、教皇と会話する
「お待ちしておりました。どうぞそちらにおかけください。よろしければ皆さまも」
教皇と呼ばれているアーレン教会でも偉い人の場所へと案内され、その中へと入るとソファーに腰を掛けたおじさんが座っていました。
ただし、おじさんといっても只のおじさんではなく、額から二本の角を生やした魔族のおじさんです。
となると、年齢も見た目相応ではない可能性が高そうですね。
「どうしたのですか?」
「あ、すみません。僕の想像とかけ離れていたので驚いただけです」
「黒天狐様は素直ですね。ちなみにですが、どのような姿を想像していたのでしょうか?」
「そうですね。失礼ですが、もっとお爺さんを想像していました」
僕のイメージですと、真っ白な髭を蓄えそれを伸ばしたような人を予想していましたね。
「それは申し訳ない。ですが、紛れもなく私がアーレン教会の教皇ですよ」
優しい笑顔の人ですね。
笑い皺というやつでしょうか? にっこりと笑うとそれが浮き出てきて、不思議と安心するような気持になります。
笑顔だけいえば、オルフェさんのような雰囲気がするのです。
他人の為に身を捧げ、辛い時も笑って見せるそんな感じな人だと第一印象を持ちました。
そのせいで、とても悪い人には見えませんね。
もしかしたら教皇というのは嘘?
と思いましたが嘘をつく理由も多分なさそうですし、人が簡単に入れそうにない場所にいるくらいですし本物の可能性が高そうですね。
例え偽物だとしても僕には関係ありませんしね。
「では、失礼しますね」
「私も失礼する」
僕が教皇の対面のソファーへと腰かけると、僕の隣にスノーさんが座ってくれました。
「他の皆様もよければおかけください」
「私はいい。立っている方が気が楽」
「私も遠慮致します。スノー様のお付き人ですので」
「私もこのままでいいー」
シアさんは護衛として、キアラちゃんはスノーさんの秘書みたいな感じで座るのを拒みました。
サンドラちゃんは……マジマジと見られるのを避けた感じですかね?
「わかりました。では、改めまして私がアーレン教会教皇のダビドです」
「僕はユアンです。ユアン・ヤオヨロズと申します」
「私はスノー・クオーネ。アルティカ共和国ではスノー・ヤオヨロズ・ナナシキと名乗っている。以後、お見知りおきを」
スノーさんが頭を軽く下げたので、僕も見習って頭を下げました。
「話は少しですが伺っています。遠路からはるばるサンケまで来ていただいた事に感謝致します」
ダビドさんが感謝の言葉と共に頭を下げてきました。
んー……少しやりにくいですね。
もっと高圧的にくるかと思いましたが、凄く丁寧で物腰が柔らかいです。
あ、ちなみにですがヤオヨロズというのは僕達の家門名です!
つい最近でしたけどようやく決まった名前です。
少し言いにくいですけどね。
それでもヤオヨロズという言葉には沢山という意味があるみたいですので、沢山の繋がりを大事にしたいという僕達の願いが叶うような気がするので気に入ってます!
それに、ヤオヨロズは倭の国の言葉らしく、ナナシキは数字のナナ、ヤオヨロズは数字のハチが含まれているみたいで、そことの繋がりも意識した感じですね。
っと、僕達の話をしている場合ではありませんでしたね。
「それで、早速ですけど僕を呼んだ理由を聞かせて頂いてもいいですか?」
「セーラの方から伺っていませんか?」
「聞いています。ですが、それが本当かどうかを教皇様からお聞きしたいと思ったまでです」
話の食い違いがあったら面倒ですからね。
セーラは僕に街の人の病気を治してもらうか、街の人の病気を治すための魔法を教えて欲しいと言ってきました。
しかし、実際はそのような話はなかったとなると僕が勝手にやった事にされる可能性もあります。
それを避けるためにも、一番偉い人に確認しておいた方が確実です。
まぁ、この話もなかった事にされたらそれまでですけどね。
それでも、少しは保険になるかもしれません。
「ユアン様にお願いしたい事は一つ。流行り病にかかった街の者達を癒して頂きたい。ただそれだけです」
「そうなのですね」
大丈夫そうですね。
セーラは僕にお願いしてきた内容とほぼ同じです。
「はい。ご協力頂けますでしょうか?」
「はい、それは構いませんよ。ただし、条件はありますよ?」
「ユアン様の立場の保証ですね?」
「はい。それと僕の仲間もです」
「ご安心ください。その辺りはきっちりと私が責任を持ち対処させて頂きます」
「ありがとうございます。ですが、それは本当ですか?」
「と、いいますと?」
とぼけても無駄です。
「僕の保証をしてくれるのはありがたいですけど、このやり方はないと思いますよ?」
壁の一点を僕はジッと見つめます。
僕だけではありません。
みんながある一点に視線を集めます。
「これは失礼致しました……見ての通りです、ユアン様が気を悪くする前に一度やめて頂けますか?」
ダビドさんの視線も僕達が見ている場所で止まり、窘めるような口調で壁に向かって声をかけました。
うん、大丈夫ですね。
この部屋に入ってからずっと感じていた視線が消えましたね。
「ありがとうございます。ですが、盗み聞きされるのも嫌ですので、対策させて頂きますね?」
壁から感じていた視線は恐らくですがナナシキの領主の館にもある
それがこの部屋を覗いていたのです。
そして、その
もし、問題があるようなら直ぐに誰かしらが来ると思います…………が、誰も近寄ってくる気配はありませんね。
探知魔法を展開しましたが、この部屋に近づいてくる人はいないのがわかります。
もしかしたら、遠い場所から覗いていて時間が掛かっているだけかもしれませんけどね。
「こんな真似をして申し訳ありません」
「いえ、構いません。むしろ、ここまでして頂きまして、本当にありがとうございます」
ダビドさんが深々と僕たちに向かって頭を下げました。
「どうして教皇様がお礼を言うのですか?」
「一時ではありますが、監視の目を欺くことができるからです」
どういう事でしょうか?
「もしかして、今の視線は私達ではなく、ダビド殿の事を見ていた、という事ですかな?」
「その通りでございます」
むむむ?
よくわからない事になってきましたよ。
「今なら説明できます。細かい話までは時間が足りないためお話しできませんが、聞いて頂けますか?」
今まで落ち着いて話していたダビドさんでしたが、一転してまるで人が変わったように早口で話し始めました。
僕は黙って頷き、話を聞くという意志を伝えます。
「ありがとうございます。恥ずかしながら、アーレン教会ははっきりいって乗っ取られています」
「乗っ取られているのですか? ですが、教皇様が最高責任者なのですよね?」
「はい。形式上はそうなっております。しかし、実際の所は私には権力は皆無で、表舞台の式典などは任されますが、それ以外……それこそ裏で起きている事などは私の手には負えない状態になっているのです」
嘘……ではなさそうですね。
そんな事をわざわざ言う理由が僕には思いつきません。
思いつくとしたら僕達を油断させ、僕達の協力者みたいなポジションに潜り込もうとしているくらいでしょうか?
これは探りを入れる必要がありそうですね。
スノーさんが。
「裏で起きている事と言いましたね? その辺りの事を聞いてもよろしいかな?」
「はい。ユアン様達に一縷の望みかけてお話させて頂きます」
ダビドさんの話では、アーレン教会が慈善宗教団体だったというのは本当で、人々が幸せな暮らしを送るために様々な活動をしていたみたいです。
「しかし、それはとうの昔の話です。今は、人々からなけなしのお金をむしり取る悪徳宗教団体となってしまいました」
「えっと、昔ってどれくらい昔の話ですか?」
「ユアン様のお母さまがご活躍していた時代よりも前の話です」
「お母さん達の事は知っているのですか?」
「はい。私はその頃から教皇の地位にいましたから」
やはり見た目通りの年齢ではないという事なのですね。
「でも、その頃から教皇様の地位にいるのなら、どうにか出来なかったのですか?」
「そればかりは私の考えが甘かったとしかいいようがございません」
ダビド様の考えは、聖魔法は女神様から授かった特別な力で、その力を授かれるのは人々に慈愛を伝える事のできる者のみ。
その力を授かった者は女神様に感謝の心を持ち、その力をむやみやたらに振るったりはしない。
自分の為ではなく、人の不幸を取り除く為に振るわれる力だと信じてやまなかったようです。
「ですが、気付けば私の周りにはそうでない人ばかりが集まっていたのです」
ダビド様がこの街を離れ、各地で人々を救っている間に、邪な考えの者達がアーレン教会に入り、権力を手にし、気づけば乗っ取られていたらしいです。
「それなのに教皇様の地位は奪われなかったのですね」
「えぇ……アーレン教会の信者は各地にいますので、仮に私が居なくなったとなれば、騒ぐ人たちが現れるでしょう」
教皇様を始末するのは簡単ですが、その反動を危惧したといった所ですかね?
下手すれば暴動が起きる可能性もあると乗っ取った人達は考えたのかもしれません。
まぁ、そうですよね。
ダビド様に命救われた人は数え切れないほどいるみたいですからね。
それなのにダビド様が暗殺されたとなれば、その犯人を探し出そうという動きがあってもおかしくないはずです。
「教皇様はみんなに慕われているのですね」
「それはどうでしょう。中には私の見た目から差別する人もいましたから」
確かに、角を生やした人を見たら驚く人は多いかもしれませんね。
実際に僕も魔族に対していいイメージは持っていませんでした。
姑息で自分勝手で暴力的なイメージを勝手に持っていたのです。シアさんを除いてですけどね。
けど、実際は違いました。
当たり前ですけど、人族にも獣人にも悪い人はいっぱいいます。
人が良さそうな見た目をしていても、裏では酷い事をしている人だっていっぱいいるのです。
結局は育った環境でも変わってきます。
見た目は怖くても優しい人だって沢山いるのを僕は知っています。
「僕、誤解していたみたいですね」
「いえ、疑いを持つ事は大事です。私もそれで失敗して今に至る訳ですから」
「それでもです。教皇様は僕にお願いがあるのですよね? もしかして、街の人の病気を治して欲しいってお願いでしたけど、他にもあったりしますか?」
「はい。できれば、アーレン教会の女神様を解放して頂きたい」
「女神様をですか?」
「申し訳ございません。これは比喩表現でございます。私の願いはこの腐れ切ったアーレン教会を一度潰して欲しい。ただそれだけでございます」
とんでもないお願いをされてしまいました。
「ユアン様たちのご負担になるのは重々承知です。ですが、このままでは被害が増える一方でございますので……」
「被害? それはどういう事か詳しく教えて貰える?」
「それはですね…………どうやら、時間のようです」
ダビドさんが首を横に振りました。
その理由はダビドさんの様子からもわかるように、誰かがここに近づいて来ているのが原因でした。
探知魔法では六人の人を捉えています。
「すみません。僕が余計な事ばかり聞いてしまったせいで」
「構いません。最後に一つだけ……今回の狙いはユアン様です。どうかお気をつけて……」
「僕ですね? わかりました。気をつけておきます」
ダビドさんが姿勢を正し、笑顔になりました。
それと同時に……。
「教皇様、突然の入室失礼致します……異変があったの事ですがご無事ですか?」
勢いよく扉が開かれ、兵士がなだれ込んできました。
「御心配は無用です。それよりもお客様がお見えです。失礼ですよ」
「ご無事なら何よりです。客人殿、申し訳ないが教皇様はこの後、大事な用がありますので、そろそろよろしいかな?」
どうやら音声が途絶えたので慌ててきたみたいですね。
それで余分な事を話されないうちに話を中断しにきたといった感じですかね?
「はい。僕たちもご挨拶が済みましたので……教皇様、僕達の為にお時間を頂きましてありがとうございます」
「こちらこそ。ユアン殿達の話はとても面白く、楽しませて頂きました。特に砂漠での出来事は年甲斐もなくはしゃいでしまいそうでしたよ」
「そ、そうですか?」
えっと、何の話でしょうか?
「しかし、ユアン殿達でも失敗をする事はあるのですね」
「はい。僕達だって完璧ではないですからね?」
「そうですね。それに冒険は危険はつきものと聞きますし、今度は捕まらないように気をつけてくださいね?」
「はい、気をつけます?」
あ、わかりました!
何の話をしていたのかを悟られないようにしているのですね。
ちょっと気付くのが遅れてしまいましたが、やっと気づきましたよ!
「では、またいつかお会いする日を楽しみにしています」
「はい! また面白い話が出来ましたら遊びに来させて頂きます」
「えぇ、首を長くして、待っていますよ」
最後ににっこりと笑いダビドさんが軽く手を振ってくれました。
「では、どうぞこちらに」
兵士達が僕達を急かすように部屋の外へと連れ出そうとしてきます。
そんな事をしなくても出ろと言われたら出ますけどね。
まぁ、流石にそんな事は言ったりしてきませんけどね。ただ、そういう空気は伝わってきます。
「今日はお疲れでしょう。よければ一晩休まれては如何でしょうか?」
「ですが、街の人が病気で苦しんでいるのですよね?」
「そうですが、今から全員を癒す事は厳しいでしょうし、何よりも私達の準備も整っていませんので……」
準備って何の準備でしょうかね?
ですが、どうしても一晩開けたい様子で僕たちを教会の外に出そうとしているような気がします。
ここで無理して留まるのは得策ではなさそうですね。
下手にごねてアーレン教会に警戒させるとユージンさん達が行動する時に面倒になりそうです。
「わかりました。宿屋はラインハルトさんが案内してくれるという事なので、そちらに向かわせて頂きます」
「わかりました。では、また明日お待ちしております」
少しだけ兵士の頬が上がったのがわかりました。
計画通りって感じですね。
まぁ、僕達としてもダビドさんの話について会議する必要がありますので助かりますけどね。
とりあえず、サンケ初日はダビドさんと少しだけ会話して終わりました。
その後は街の中を探りつつ……というよりもラインハルトさんの地図がわかりくかったせいで迷いつつ街を少しだけ歩く事になり、どうにかラインハルトさんと合流する事が出来ました。
地図って改めて大事だとわかりましたね。
そうじゃないとこんな目立つ場所にあるお店を中々見つけられないなんて事はあり得ないと思いますからね。
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