第359話 弓月の刻、明日に備える

 「充実した生活だね。ナナシキは」

 「そうですか?」

 「うん。街の人達にも笑顔が溢れ、生きる事に絶望している人が一人も見当たらない。仕事もあり、色んな種族の人が共存をしている。とてもいい街だよ」

 「サンケは違うのですか?」

 「恥ずかしながらね。生きる為にはそれなりの工夫をしなければ生き残れない。サンケはそういう街さ」


 ラインハルトさんとちょっとした旅を終え、帰宅した僕たちはラインハルトさんを含め、みんなで食事をしています。

 それなので、いい機会と思い、明日には行く事になるサンケについてどんな街なのかを尋ねると、そんな答えが返ってきました。


 「けど、サンケには魔族と人族が共存しているのですよね? それならこの街と大して変わらないのではないですか?」

 「それが大違いさ。人族と魔族は共存しているようでそうではない。人族と魔族とで格差が生じているからね」

 「貴族と市民ではなくて、種族で格差が生じているのですね」


 珍しい街ですね。

 まぁ、サンケはルード帝国の領土にあるので、人族が権力を握っているのは当然といえば当然なのかもしれませんが、それでも目に見える形で種族間に格差が生まれているのは珍しいですね。


 「けど、どうしてそんな事になっているのですか?」

 「アーレン教会が原因だ」

 「やっぱりそうでしたか」


 何となくそんな気がしていましたが、本当にそうだとは思いませんでしたね。


 「でも、魔族の人もよくそんな街に住もうと思いましたね。むしろ、他の街に行こうと考えないのですか?」


 魔族領に近い街だと聞きましたし、行こうと思えば国境を越えて魔族を中心に暮らす街へと移住する事だって可能ですよね?


 「冒険者ならそうするだろうね。しかし、サンケに住む魔族はただの市民だ。人族に比べ魔力が高いと言っても、ただの市民が魔族領に向かうのは命を捨てに行くようなものだからね」


 ルードやアルティカ共和国にも魔物は出現しますが、魔族領はそれよりも魔物が多く生息し、こちらに現れる魔物よりも強い個体が出没するらしく、同じゴブリンでも強さが若干違うみたいです。


 「魔族領は魔素が濃いみたいですので、その影響があるのかもしれませんね」

 「そうだろうね。だから、市民が無事に魔族領の街へとたどり着くのは難しいという事さ」


 安全に別の街に行くためには護衛の冒険者を雇ったりしなければ行けないですし、その冒険者を雇う為にはそれなりのお金を支払わなければなりません。

 しかし、そのお金を稼ぐのも難しいというのがサンケという街のようです。


 「ラインハルトさんの前で言うべきことではないと思いますが、サンケという街は酷い街なのですね」

 「私もそう思うよ。人ありきの街や国なのに、その保証がされていないからね」


 サンケにも仕事は色々とあるみたいですが、賃金がとても低く、ギリギリの生活を保つのが精一杯で、稼いだお金もアーレン教会が寄付金という名目でどんどんと搾り取ってしまうみたいなので、お金を溜める事が出来ないというのが現状のようですね。


 「かといって、ルード帝国の他の街に住む訳にもいかないのですよね?」

 「住むのは可能だろうけど、魔族が暮らしていくのには大変かもしれないね」

 「魔素が少ない場所では生きるのが大変みたいですからね」


 まぁ、オメガさんが持っていた魔法道具マジックアイテムがあれば可能かもしれませんが、それを買うのにもお金が必要ですからね。


 「魔族領側からの援助はないのですか? それがあれば生活が少しは楽になると思うのですけど」

 「あるよ。だけど、その援助も全てアーレン教会の懐へと入ってしまっているからね。市民にお金が届くことはないよ」


 むむむ……アーレン教会は凄く酷い集団にという事がわかってきましたね。

 ですが、矛盾もありますね。


 「でも、魔族の病気を治すためにこうやって聖女が行動をしていますよね?」

 「そうだね。アーレン教会が見捨てたとなれば、アーレン教会の立場が悪くなるだろうからさ。だけど、セーラはそれほど焦っていないだろう?」

 「そうなのですか? 割と急いで僕を連れていこうとしていた気がしますけど」

 「あぁ……あれはセーラが早く自分の街に帰りたいからだよ」


 本当かどうかは本人にしかわかりませんが、それが本当ならあの人は最低な人ですね!


 「それで、ラインハルトさんはどっち側の立場なのですか?」

 「私はどちら側の立場でもない。サンケに住んでいるとはいえ、アーレン教会のやっている事は間違っていると思うし、かといって市民の味方にもなれない。どちらかというと中立的な立場かな」

 「市民の味方として立ち上がらないのですか?」

 「私一人の力では難しい。流石に私一人でアーレン教会に立ち向かうのは無謀だからね」


 ユージンさんとルカさんがアーレン教会の兵士みたいな事をしていたと聞きましたが、今もアーレン教会には兵士が沢山いるみたいですね。

 しかも、冒険者ランクでいえばDランク、強い人でいえばBランク相応の強さを持つ兵士がゴロゴロと存在しているみたいなのです。


 「そんなに戦力を揃えてどうするつもりですかね?」

 「アーレン教会は敵も多いからだろうね。兵士を集める事で手を出す気にさせないのが目的だろう。特に市民にね」


 防衛手段という事ですか。

 まぁ、その兵士を使って何処かに攻め込もうとしないだけマシだとは思いますけどね。

 そんな事をしたらルード帝国から兵士が送られて潰される事になると思いますけど。


 「んー……どうにか出来ませんかね?」

 「どうにかって?」

 「僕達が考える事ではないかもしれませんが、これから病気の人達を治す事になるかもしれませんよね? でも、病気が治った所でまたそんな生活になるのなら根本的な解決が出来ないかなと思いまして」

 「それならアーレン教会を潰すしかないんじゃない?」

 「そうなったら後が大変そうですけどね。あ、でもアーレン教会のトップが変われば方針は変わるかもしれませんね」


 アーレン教会の仕組みがどうなっているのかわかりませんが、方針を決めている人がいる筈です。

 ルード帝国も前の帝王は酷い人で、他国に戦争を仕掛けたりして大変だった時期がありました。

 それがクジャ様へと代わり、エメリア様が中心となってアルティカ共和国と友誼を結ぶように頑張ってくれています。

 そんな感じでアーレン教会の方針が変わってくれるかもしれませんよね?


 「それも難しいだろう。何せ、アーレン教会自体が腐ってしまっているからね。そもそもアーレン教会という組織はいつでも尻尾切りの出来るお金を集める為だけの組織でしかない」

 「という事は、アーレン教会が集めたお金は別の所に流れているという事ですか?」

 「そう言う事だ。噂ではリアビラに流れているという噂だね。本当かどうかはアーレン教会の上層部しかわからないけど」


 ここに来てリアビラとの繋がりがあるのですね。


 「ラインハルトさんは今後どうするつもりなのですか?」

 「私は姉を探すつもりだよ。アーレン教会から紋章を取り返したらね」

 「でも、お姉さんは……」


 その話はユージンさん達から聞きました。

 ですが、どうなったかまでは聞いていません。

 何せ、どうなったか聞いたら二人とも黙ってしまいましたからね。


 「平気。きっとどこかで生きているよ」

 「そうなのですね。ちなみにですが、どんな女性なのですか?」


 もしかしたら、冒険者をしてきた僕達なら会った事があるかもしれません。

 この広い世界でその確率はかなり低いかもしれませんが、意外な繋がりがあったりもします。

 不思議な事に僕にはそんな縁があったりしますからね。


 「そうだなぁ……と思ったけどやめておくよ。今は目の前の事に集中したいからね」

 「わかりました。もし、落ち着いたら相談してくださいね。協力出来る事があれば協力しますので」

 「ありがとう。なら、私と結婚してくれるかい? 私は第二夫人で構わないからさ」

 「それはダメですよ。僕にはシアさんが居ますからね!」


 というか、まだ諦めていなかったのですね。

 まぁ、笑っていますし……本気ではないと思いますけどね。


 「それで、ここがお風呂になります」

 「へぇ……家にお風呂まであるんだ」


 普段ならばお風呂を済まし、食事という順番になるのですが、今日は逆の順番となってしまったので、食事を終えた僕達はラインハルトさんにお風呂を案内致しました。

 

 「一応ですけど、右側が男性用で左側が女性用になってます。ですが、今日は女性用の方にしかお湯を張っていないので、先に入っていいですよ」

 

 今日はというよりもいつもですけどね。

 何せリコさんとジーアさんを含めても僕達は女性しかいませんからね。


 「私が先に? それは悪いよ」

 「構いませんよ。むしろそっちの方が気が楽ですからね」


 ラインハルトさんが嫌という訳ではありませんが、僕達が入った後に入られると何となくですが嫌ですよね?


 「それなら折角だし一緒に入らないか?」

 「え? 嫌ですよ。男女一緒に入るのは色々とよくない気がしますからね」

 「男女? えっと、何か勘違いしていないかな?」

 「何がですか?」

 「私はこれでも女性なんだけど?」

 「変な冗談はやめて貰えますか? どうみても……男性、ですよね?」


 同意を求めるように一緒に案内に来てくれていたみんなを見るも、一人も頷いてくれませんでした。


 「え、どうしたのですか?」

 「いや、ユアン本当に気付いてなかったのか?」

 「何にですか?」

 「ラインハルト様が女性って事にですよ?」

 「じ、冗談ですよね?」

 「冗談じゃない。ラインハルトはどう見ても女性」

 

 みんなして真顔でそう答えてきます。


 「で、でも……ラインハルトさんはぺったんこですよ? 女性ならもっと出るとこ出てるはずです!」

 「わ、悪かったな! そうだよ、私はどうせ貧乳だ。でも、それを言ったらユアン殿だって……」

 「僕はこの身長ですからね。仕方ないです。でもラインハルトさんは背がシアさんよりも高いですし……」

 「背は関係ない。まぁ、勘違いされる事には慣れてるから気にはしないけどな」


 なんか申し訳ない事をした気がします。

 ですが勇者が女性とは思いませんよね?

 それに、ラインハルトさんは僕に求婚してきましたし、普通なら男性と考えますよね?

 結果的にラインハルトさんと一緒にお風呂に入る事になりましたが、まぁ本当に女性でしたね。

 やっぱりぺったんこでしたけど、ちゃんと女性でした。

 

 「でも、どうしてみんなは女性だとわかったのですか?」

 「私はセーラと共に行動をしていたからそうだろうなと思っていたよ」

 「私もです。恋人同士ならまだしも、そうでないなら男女二人きりで旅はしないと思うの。冒険者でないなら尚更そう思うよ」


 確かにそうかもしれませんけど、必ずしもそうとは限りませんよね?

 ラインハルトさんが勇者で実力が伴っているのなら安全面を優先する可能性だってありえます。


 「シアさんはどうしてわかったのですか?」

 「雰囲気。男ならすぐわかる」

 「そ、そうですか」


 僕にはわからない感覚ですね。

 ともあれ、ラインハルトさんが女性とわかったのなら少し気が楽になりましたね。

 

 「でも、ラインハルトさんはどうして女性の僕に求婚をしたのですか?」

 「好きに性別は関係ないよ。好きなものは好き。それで十分じゃないか?」

 「まぁ、確かにそうですね」

 「だから……」

 「それはダメですからね? もちろん下僕も却下です」


 だからといって、全てが許される訳ではありませんからね。

 再び言いそうなことを先に口にし釘を刺しておきます。

 その結果、口元までお湯に浸かりいじけてしまいましたけど、僕にだって譲れない事がありますからね。

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