第357話 弓月の刻、サンケの街を知る
「ユージンさんとルカさんの出身がサンケだったのですね」
「そうよ。いい思い出は一つもないけどね」
ラインハルトさんとはその頃の友人らしく、昔は仲は悪くなかったみたいですね。
「ですが、どうしてそんなに険悪な関係になってしまったのですか?」
「俺達がアーレン教会を抜けだした事と関係している」
「ライもその時に一緒にアーレン教会から抜け出す計画をしていたのよ。それなのに、ライはアーレン教会に残ったの。それが原因ね」
その頃の二人はアーレン教会専属の兵士みたいなものをしていたみたいです。
ユージンさんもルカさんも僕と同じ孤児で、アーレン教会が経営をする孤児院で育ったみたいで、小さなころからユージンさんは剣の才能を、ルカさんは魔法の才能を見出され、成人した時にそのままアーレン教会の兵士へと就職を果たしたみたいです。
「でも、教会に兵士は必要なのですか?」
「必要だ。特にアーレン教会は表向きは慈善宗教団体を名乗っているが裏では表舞台に顔を出さない連中との繋がりがあるからな」
「それだけ敵対する組織も多く、恨まれているのがアーレン教会なのよ」
ますますアーレン教会が嫌いになっていきますね。
それで、そんな事をしているのを間近で見てきたユージンさんとルカさんはアーレン教会に嫌気をさし、アーレン教会から抜け出したみたいですね。
「よくアーレン教会がそれを許してくれましたね」
「いや、許されなかったよ」
「アーレン教会の裏を知った私達を始末する為に何度も刺客を送られたわね」
「そ、そうなのですね」
「まぁ、全て返り討ちにしたけどな」
「そしたらある時を境にその刺客もピタリとやむようになったわね」
ユージンさんとルカさんを殺すには戦力不足と判断したのかもしれないですね。
二人が抜ける頃にはそれぞれ近接と魔法の隊長クラスまで昇りつめていたようですので、そんな人達を相手するのならそれなりの戦力を集めなければ確実とは言えませんからね。
「まぁ、後は俺達がエルとロイと出会った事も大きかっただろうな」
「エルフとドワーフを敵に回すのは得策じゃないと考えたのかもしれないわね」
その頃はまだパーティーを組んでいなかったみたいで、冒険者ですらなかったみたいです。
そして偶然……いえ、まるで運命のようにとある街でロイさんとエルさんと出会い、パーティーを組む事になったようです。
「エルさんとロイさんは二人の昔の事を知っているのですか?」
「もちろんだ。それを踏まえて上で共に行動をしてくれている」
「それぞれ事情を抱えているからちょうど良かったと言ってくれいるわ」
ロイさんもエルさんも色々とありなのですね。
んー……エルさんも訳ありという事は、もしかしたらキアラちゃんも何か事情を抱えていたりするのでしょうか?
そう思いキアラちゃんの方をみると、静かに首を振りました。
どうやらキアラちゃんは大丈夫みたいですね。
となると、エルさんは個人的な事情があるのかもしれません。
「俺達の事はもういいだろう? それよりも、今はライの事をどうするかだ」
「そうでしたね」
あまり昔の事を語りたくないようで、話はラインハルトさんへと戻りました。
「ですが、目的が目的ですよね……」
「うん。王族の証を取り戻す為。私達が協力する理由がない」
ラインハルトさんの目的はシアさんが言ったように、代々受け継がれているアルファード王国の紋章をアーレン教会から取り戻す事が目的のようです。
「ユージンさん達はどうするのですか?」
「俺達か? 出来る事なら協力はしてやりたいが……」
「サンケには行きたくないわね」
「でも、ラインハルトさんが裏切ったというのは誤解だったのですよね?」
「まぁ、そうだな。だからこそ協力はしてやりたいとは思っている」
和解は済んではいませんが、今ならば前の関係を築きなおすチャンスでもあります。
何故なら、ラインハルトさんが裏切っていたというのが本当に誤解だったからです。
「でも、その王族の紋章ってそんなに大事なものなのですか?」
それが誇りだからと言われてしまえばそれまでですけど、僕からしたらそんなものの為に人生を左右されたくはないと思いますね。
「あれは形見みたいなものだからな」
「形見ですか?」
「えぇ、ライには年の離れた姉がいるの。元の所有者はその姉で、その紋章は唯一の身内との繋がりとも呼べる代物なのよ」
ラインハルトさんがアーレン教会を離れられなかった理由はそこにありました。
その大事な形見をアーレン教会に奪われてしまっていたみたいなのです。
「そのお姉さんは、どうなったのですか?」
ユージンさんもルカさんも僕の質問に答えず、黙ってしまいました。
その様子からわかりますね。
少なくとも無事では済まなかったという事がわかります。
でもそういう事情があるのならば、ラインハルトさんがその紋章に拘る理由もわかりますね。
「それで、どうしますか?」
「私はユアンに任せる」
「私もどっちでもいいよ。ユアンが行くというのなら一緒に行くよ」
「私もです。みんなが居る場所が私の居場所ですからね」
「私もだぞー」
「ありがとうございます。だけど、サンドラちゃんは今回はお留守番ですからね?」
「なー……やっぱりそうかー……」
まだどうするのかは決められませんが、流石にサンドラちゃんは連れていけません。
何せアーレン教会は女神と呼んでいる存在を崇拝していますからね。
そんな場所に五龍神を崇拝する龍人族のサンドラちゃんを連れていくのは危険な予感がします。
「まぁ、僕も今回はユージンさん達にお任せしますよ」
「俺達にか?」
「はい。僕達だけですと行く理由はありませんからね。ですが、普段からお世話になっているユージンさん達が行くと決めたなら、今回は僕達がお手伝いをしようと思います」
「ズルいわね……」
「そうかもしれませんね」
僕も話をしていて思いました。
ある意味、ユージンさん達に責任を押し付けている形になりますからね。
「別に気にしなくていい。ここでラインハルトを見捨てようがサンケがどうなろうかユージン達に責任はない」
「そうは言ってもなぁ……あの街の事だ。後がうるさいぞ?」
「別に構わないよ。そうなったらそうなったらで私はナナシキを護るために戦うし、その責任は私が持つからね」
「ユージンさん達もこの街の住人です。お姉ちゃんもお世話になっていますので、私達がどうにかしますので、安心してください」
「そうですよ。だから、ナナシキを出ようだなんて考えないでくださいね?」
僕達の言葉にユージンさんもルカさんも困った顔をしました。
「嬢ちゃん達にそんな事を言われたら、勝手に離れる事は出来ないな」
「あ、やっぱりそう考えていましたか?」
「えぇ、アーレン教会に私達の居場所を知られた以上はこの街に留まると迷惑をかける可能性が少なからずあったからね」
ラインハルトさんに、連れ戻しに来たのかと聞いたくらいだったので、そんな予感がしたのですよね。
「わかった。俺達も直ぐに決める事はできないから、一度エルとロイに相談してみる」
「わかりました」
「二人の事だから面倒な事は終わらせろと言うだろうから、サンケに行く準備だけはしておいて貰える?」
「任せてください」
ユージンさん達の中ではサンケに行く事に決めているみたいですね。
アーレン教会とは関わりたくないと思っているのは本当みたいですけど、ラインハルトさんの事、過去の清算を済ます為にも、行くと決めているような感じがします。
例えエルさんとロイさんが行かなくても、二人だけでもこの様子なら行きそうですね。
「急に話に割り込んで悪かったな」
「そんな事ありませんよ。ユージンさん達のお陰で何となくですが今後の行動をどうするかの方針は決まりましたからね」
「そう言って貰えると助かるわ」
明日どうするかを伝えに来ると残し、ユージンさんとルカさんが僕たちの家を後にします。
ようやく今日も一日が終わった。
そう言いたい所ですけど、まだ話は終わりではありません。
僕達の方針も先に決めておかなければなりませんからね
「後はラインハルトさんですよね」
「そうだね。ラインハルトの計画がどうなっているのかが問題だね」
そもそもこういう話合いになったのはラインハルトさんがアーレン教会はラインハルトさんが責任をもって抑えると言ったのが始まりでした。
僕がサンケに行かない理由は簡単です。
僕のお母さん達のように、人を癒した結果、アーレン教会が僕の悪口を言いふらし、陥れる可能性が高いからです。
それをラインハルトさんが必ず抑えると言ったのですよね。
「それでも安全面は保証はされてない」
「裏の組織と繋がりがあると言っていましたからね」
「でも、今なら無暗な行動はしないんじゃない?」
「サンケも公国を目指していると聞きました。そんな時に下手な行動はしないと思うよね」
そればかりはアーレン教会がどう動くかで変わってきますね。
「でも、魔族が関わってくるのですよ? アーレン教会がという前にそっちでも問題が起きそうな気がします」
「まさか、魔族が普通に住む街だとは思わなかったよね」
ラインハルトさんとユージンさん達から改めてサンケについて尋ねると驚くべき事実を知る事になりました。
サンケが元々魔族領に近い街だとは聞いていましたが、住民の半分が魔族で、流行り病に掛かっている人のほとんどが魔族の人みたいです。
「魔族が掛かりやすい病気って事ですかね?」
「そうなるとシアも危険かな?」
「そんな事ない。私は今まで一度も病気になったことないから平気」
「それは偶然の可能性もありますよ。無茶はしない方がいいと思うの」
「僕もそう思います。もし、シアさんの体に異変があるようでしたら、シアさんはお家に帰って貰いますからね?」
「むぅ……大丈夫なのに」
そんなにしょぼくれてもダメなものはダメです。
「シアさん、約束ですからね?」
「わかった。なら今からイル姉の所に行ってくる」
「イルミナさんの所にですか?」
「うん。もしかしたらそういった魔法道具があるかもしれない」
「そんな物があるのですか?」
「わからない。けど、イル姉なら持ってるかもしれないから行ってくる」
「あっ、シアさん!」
「行っちゃいましたね」
「まぁ、一人だけ行けないのは嫌なんだろうね」
「シアの気持ちはわかるぞー? 私も行きたいからなー」
出来る事なら一緒に連れていってあげたいですけどね。
ですが、そればかりは……あっ!
「ユアンさんどうしたの?」
「いえ、すっかり忘れていましたが……サンドラちゃんこれ着てもらえます?」
「ユアンの服だぞー?」
「はい、確かこれには……」
シアさんがイルミナさんの名前を出したお陰で思い出しました。
「帽子も被るのかー?」
「はい、それで……魔力を流せば……」
うん、ばっちりですね!
「なー?」
「これならサンドラちゃんも一緒に行けるかもしれませんね」
「そうだね。まさかユアンが着ている服にこんな効果があるとは思わなかったよ」
「耳と尻尾を隠す事が出来るんだね」
「はい。僕もすっかり忘れていましたが、イルミナさんにそう説明されましたね」
タンザでイルミナさんに頂いた服には隠蔽の魔法効果が付与されていました。
髪の色を変える事ができるので僕はそればかりを使用していたので完全に忘れていましたね。
そもそも外を歩く時はローブを着る事が多いのでそれも原因の一つですけどね。
「なー? でも、戦闘向きの服ではないなー」
「別に戦闘に行くわけではないので大丈夫だと思いますよ。仮にそうなっても僕が防御魔法で護りますからね」
まぁ、ここまで準備してもユージンさん達が行かないと判断したのなら無意味になりますけどね。
それでも今後何処かに行くにしても、サンドラちゃんも一緒にお出かけする事は可能になりました。
「サンドラちゃん良かったですね」
「なー! これで一緒に居られるなー!」
サンドラちゃんも喜んでくれていますね。
「ただいま」
「お帰りなさい……ってどうしたのですか?」
「イル姉に貰った。似合う?」
「似合うと聞かれても……顔が半分隠れてますよ?」
「仕方ない。だけど、これで私も一緒にいける」
さっき出かけたばかりなのに、直ぐに帰ってきたシアさんは顔を半分布で隠した状態で帰ってきました。
「シア、それは何なの?」
「
「どういう効果があるのですか?」
「よくわからない。だけど、ユアンに
「
「うん。これで新鮮な空気を吸えるって言ってた。毒の霧に突っ込んでも大丈夫」
あぁ、そういう効果があるのですね。
あの布を通し、空気を浄化し、身体に害のない綺麗な空気を吸う事が出来る
「問題は効果がちゃんとあるかですね」
「うん。後で試してみる」
「どうやってですか?」
「煙でも吸ってみる?」
それでも効果はありそうですね。
火事とかで煙を吸い込むと気を失うといいますし、それで試してみるのもいいかもしれませんね。
「わかりました。危険かもしれないので後で一緒に試してみましょう」
「うん!」
シアさんが嬉しそうですね。
「えっとさ? それが可能なら防御魔法に
「あ……」
「出来るんだね」
「多分できますね」
そういう考えは僕にありませんでした。
防御魔法はあくまで遮断するという考えでしたからね。
「平気。これ、気に入った」
「まぁ、シアさんが気に入ったみたいなのでそれに
それにですよ?
防御魔法は時間経過で消えますからね。
それに比べ
安全を考慮すれば持っていて損はない筈です。
まぁ、これで僕たちの準備は整いましたね。
後はユージンさん達がどうするかを待つばかりです。
その結果は次の日に伝えられる事になりました。
何か一つ忘れているような気がしますけど、きっと気のせいですよね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます