第356話 弓月の刻、勇者と対談する

 セーラとラインハルトさんがナナシキに訪れた三日目。

 僕の予想では今日でどうなるかは決まる。

 そんな予感を持ちながら行われる事になった対談なのですが。


 「えっと、セーラさんは来ないのですか?」

 「すまない。セーラは昨日の事で心が折れてしまったようだ。そんな状態で連れて来ても邪魔だから私一人で来たよ」


 驚くことに初日にスノーさんに代表者としての覚悟を問われ、僕に聖女なのに力が大してない事を指摘され、シアさんに聖女という立場で偉そうな態度をとっていて事を咎めれられた結果、相当へこんでしまったみたいで、僕達との対談に来たのはラインハルトさんだけでした。


 「何か申し訳ないです」

 「問題ない。むしろ伸びた鼻をへし折ってくれて感謝してるよ。セーラもこれで自分の身の振る舞いを考えてくれるだろう」

 「でも、それをアーレン教会の上層部に報告して僕達の事を悪くいったりはしないですかね?」

 「まぁ、するかもね。だけど、その時は私が口添えして君たちの立場が不利にならないように努めさせてもらうよ」


 それはありがたいですね。

 それが本当ならですけどね。

 

 「疑う気持ちはわかる。だけど、私はアーレン教会に所属している訳でも、信者でもないからね」

 「そうなのですか?」

 「そうだ。ただ、今は利害が一致……という訳ではないけど、私の目的がアーレン教会にあるから協力しているだけに過ぎない」

 

 なのでアーレン教会とは協力関係であるだけで、味方ではないと言い切りました。

 

 「でラインハルトさんの目的というのは何なのですか?」

 「それは……」

 「やっぱり言えませんよね」


 当然ですね。

 目的というのは色々とあります。

 僕達で言えば自分の家を持ち、平和にのんびりと暮らすのを目的に頑張ってきました。

 これは誰に言っても問題ない目的です。

 ですが、目的とはそれだけではありません。

 中には自分の私利私欲の為に他者を陥れ、時には犯罪に手を伸ばしたり、貴族、王族などに反逆をしたりと、人に言えない目的みたいなものだって存在します。


 「いや、そんな事はない。ただ、君たちがそれを聞いてどうするのかというのが問題だ」

 「僕達が聞いてですか?」

 「あぁ。もし、それを聞いて君たちが協力をしてくれるのであれば迷いなく話す事は出来る。逆に君たちが邪魔となるのならば話す事は出来ない。私は君たちと敵対するつもりはないからね」


 むむむ……それは聞いてみない事には判断できない話ですね。


 「それはナナシキに関わる事?」

 「恐らくは関係ないだろうね。あくまで私の個人的な問題だ」

 「ラインハルト殿の家門名と関係しているとかかな?」

 「その通りだ」


 どうしようか悩みますね。

 正直な所、聞いても聞かなくてもいい話だとは思います。

 今の所はアーレン教会とは関りを持たない方がいいというのが僕達みんなの判断です。

 ただでさえ僕たちは色々と厄介ごとに巻き込まれやすいみたいですからね。

 まぁ、みんなは僕が厄介ごとを引き寄せていると思っているみたいですけどね。

 あながち間違いではありませんけど、必ずしも僕が原因ではないですよ。

 影狼族はシアさんですし、帝都はシノさんが原因です。

 僕はどちらかというと手助けする立場の事が多い筈です。

 ただいつの間にか中心人物になってしまっているだけです。


 「どうしますか?」

 「んー……聞くのはやめた方がいいかもね」

 「そうだね。聞いた所で私達が何か出来るとは限りませんし、ラインハルト様が話すのを迷っているようでしたら無理に聞く必要もないと思います」

 「それでいい。私達は私達の生活を送るべき」


 みんなはそういう判断ですね。

 まぁ、トラブルに巻き込まれる事になるのならばそう判断するのは当然ですね。

 

 「えっ……今の話の流れだと、私の話を聞く流れじゃないのか?」


 それなのに、ラインハルトさんは驚いた顔をしてしまいました。


 「どうしてですか?」

 「いや、君たちは私の目的が気になるよね?」

 「気にはなりますよ? ですが、トラブルに巻き込まれそうなのは嫌だという結果になりました」

 「えー……そこは聞いてくれる所じゃないの?」

 「いえ、ラインハルトさんが話したくないのなら僕たちは聞きませんよ? それとも、ラインハルトさんは目的を話したいのですか?」

 「いや、そういう訳ではないけど……」

 「ならそれでいいじゃないですか」


 話したいなら話せばいいですし、迷うならやめればいい。

 ただそれだけの話です。

 僕達だって自分たちの生活がありますからね。

 そんな時でした、部屋の扉が叩かれ、シエンさんの声が応接室に響いたのでした。


 「スノー様、少しよろしいですか?」

 「どうした?」

 「スノー様に客人がお見えになられております」

 「客人?」


 スノーさんが首を傾げました。

 あの感じですと、どうやら前もって連絡を受けていた訳ではなく、突然の訪問みたいですね。


 「誰が来ているのかわかるか?」

 「はい、ユージンさんとルカさんです」

 「ユージン……ルカ……?」


 訪問者は火龍の翼の二人でした。

 珍しいですね。

 そして、ユージンさんとルカさんの名前を聞いたラインハルトさんは何かを思い出すように顎に手をあて、目を伏せました。


 「私が聞いてきますね」

 「うん、お願い」


 キアラちゃんがユージンさん達から用件を聞くために部屋から出ていきました。


 「話を中断させてしまってすまない」

 「いえ……お忙しい中、時間を割いて頂いているのはこちらですのでお構いなく」


 それにしてもユージンさん達が領主の館に来るのは珍しいですね。

 むしろ、僕達が呼んだ時以外ですと初めてだと思います。

 そんな事を考えていると、キアラちゃんはすぐに戻ってきました。

 

 「何だって?」

 「ラインハルト様にお会いしたいとの事みたいです」

 「私に……? やはり、そうか」

 

 後半の言葉はとても小さく呟いたので僕とシアさん以外には聞こえていないと思いますが、確かにラインハルトさんはそう呟きました。


 「どうしますか?」

 「はい。通して頂けますか? 私の勘違いでなければ恐らくは知り合いですので」

 「わかりました……キアラ、連れて来てもらえる?」

 「わかりました」


 再びキアラちゃんは応接室を離れ、今度はユージンさん達を連れて戻ってきました。


 「やっぱりお前だったか」

 「久しぶりね」

 「あぁ、こんな所で再会する事になるとは思っていなかったよ」

 「俺もだ」

 

 知り合いと言ったのは嘘ではないみたいですね。

 ですが、とても再会を喜ぶといった雰囲気ではなく、むしろユージンさんもルカさんもピリピリとした雰囲気を放っています。


 「えっと、三人は知り合いなのですか?」

 「見た通りだ。決していい関係だとは言えないがな」

 

 まぁ、見ればわかりますけどね。

 それでも知り合い同士なのに、こんな険悪な状態なのは気になりますね。


 「それで、何の目的で此処へ来た?」

 「返答次第では容赦しないわよ?」

 「安心してくれ、私は君たちが此処に居るのは知らなかった。決して君たちを連れ戻す為ではない」

 

 連れ戻す?

 何の話をしているのでしょうか?

 

 「ユージンさん?」

 「あぁ……すまん」

 「大丈夫ですよ。もしあれなら、別の部屋を用意して貰いましょうか?」


 ユージンさん達の目的はどうやらラインハルトさんにあるみたいですからね。

 僕達が居たら邪魔になりそうです。


 「いや、構わない。ライが俺達に用があるかどうかを確かめに来ただけだからな」

 「私達に用がないのならそれで十分よ。邪魔して悪かったわ」


 本当にそれだけを確かめに来ただけのようで、ユージンさん達は僕達に頭を下げ、部屋から出ていこうとします。


 「待ってくれ。どうせなら最後まで話を聞いていってくれ」


 しかし、それをラインハルトさんがとめると、ユージンさん達は足を止め、顔をしかめながら振り向きました。


 「どうしてだ?」

 「君たちに協力を願いたい」

 「いやよ。私達に用がないと言ったばかりじゃない」

 「そうかもしれないが、話だけでもせめて聞いてくれないか?」

 「断る。俺とルカはアーレン教会とはもう関わるつもりはないからな」

 「違う! これは友人としての頼みだ」


 友人?

 知り合いだとはわかりましたが、友人だとは思いませんでした……あっ!


 「シアさんシアさん?」

 「なに?」

 「聞きましたか?」

 「うん。聞いてた」

 「ラインハルトさんとユージンさん達はユウジンらしいですよ?」

 「うん? 聞いたからわかる」

 「ユージンさんとユウジンらしいですよ?」

 「ユージンと……ププッ!」


 シアさんが吹きだして笑い始めました!

 えへへっ、気づいた僕を褒めてあげたいくらいですね!


 「ユアン……時と場合を選んでくれる?」

 「そうですよ。今は緊迫した場面ですからね」

 「そうですけど、険悪な状態で話しをした所で売り言葉に買い言葉になりますからね」


 その証拠にユージンさん達は僕を見てあきれ顔をしています。

 きっと、シアさんの癒し効果で毒気を抜かれたのですね。


 「違うけど、まぁ嬢ちゃんだからな」

 「本当にそうね」

 「すみません。空気が読めなくて」

 「狙ってやったのなら大したものだ」

 

 ユージンさんが肩を竦めました。

 もちろん狙い通りでしたよ?

 決してシアさんを笑わせる為にだけやった訳ではないですからね。


 「それで、ユージンさん達とラインハルトさんは友人って事でいいのですか?」

 「あぁ……そうだが、友人とは呼ばない方がいい」

 「どうしてですか?」

 「隣のお嫁さんの為にもよ」

 

 蹲って必死に笑うのを堪えているシアさんをユージンさん達が見ています。


 「シアさん、話が進まないので少し我慢してくださいね」

 「ユアンが、悪い」

 「それは申し訳ないですけど、今は大事な話ですからね?」

 「ユアンが虐める……」


 別に虐めている訳ではないので心外です。

 でも可愛いシアさんの姿が見れましたね!

 っとそうではありませんでした。


 「それで、ユージンさん達とラインハルトさんの関係なのですが……」

 「それは私から話そう。こうなったらユアン殿達にも聞いて貰った方がいいだろうからね……私とユージンとルカは……」


 結局、ラインハルトさんは目的を話し始めてしまいました。

 まぁ、協力するかどうかは話を聞いてから決める事ですので聞いた所でって感じですけどね。

 ユージンさん達も仕方ないと言った感じで、ラインハルトさんの話を黙って聞いていました。

 その夜、僕達はユージンさん達も含め、今度について話し合いをしました。

 ユージンさん達が火龍の翼となる前、冒険者になる前の昔話を含めて。

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