第354話 ユアンVSセーラ
「そろそろ来ますよね?」
「そうだね。シエンさんが迎えに行っている筈だから聖女達の準備が整っていたら直ぐにでも来ると思うよ」
「ユアンさんもしかして緊張してる?」
「いえ、そういう訳ではありませんよ」
聖女が僕に会いたい理由はわかりましたけど、だからといって僕に何を求めているのか、僕に何をさせようとしているのかは不明です。
「大丈夫。私が傍に居る」
「ありがとうございます。ですが、本当に心配はいりませんよ? 昨夜シアさんから勇気を貰いましたからね」
「私達が眠る横でね」
「いきなりイチャイチャし始めたのでびっくりしましたよ」
「え、スノーさん達起きてたのですか!?」
「普通に起きてたよ?」
うー……てっきり静かだったので寝たと思っていました。
けど、何をしていたかまではわかりませんよね?
「別に隠す必要もない事。気にする必要もない」
「そうですよ。私とスノーさんだって普通にしますしね」
そうでしたね。
結婚式の時にだって見られていましたし、今更でしたね。
「ま、ユアンの緊張もほぐれた頃だろうし、緩み過ぎないように挑もうか」
「はい。頑張りますね」
頑張るといっても何を頑張ればいいかわかりませんけどね。
ただ、そういった意気込みはきっと大事な筈です。
「失礼致します。聖女殿と勇者殿をご案内致しました」
僕が気合をいれて暫くすると、シエンさんに案内され、セーラとラインハルトさんが到着したみたいで、応接室の扉をノックする音が響きました。
「通してくれ」
「はっ!」
ゆっくりと扉が開き、シエンさんの姿が見えました。
そして、その後ろにはセーラとラインハルトさんの姿も見えます。
そんな時でした。
「き、君は!」
ラインハルトさんと目が合い、応接室に入って来るなり、驚いた大きな声を出しました。
「な、なんですか?」
「君があの噂の黒天狐殿だったのですね」
「えっと、いきなりどうしたのですか?」
あれ?
何だかこの様子ですと、昨日会った事をバレているような感じがしますよ?
で、でも……流石に気のせいですよね?
「申し訳ない。まさか、昨日出会った君とこんなに早く再会できるとは思わなくて、つい取り乱してしまった」
「き、昨日ですか? 僕たちは初対面……」
「そんな訳がない。髪の色が変わったくらいで、気付かない訳がありませんよ。君から溢れ出る高貴なオーラ、初めて君を見た時と同じものですから」
あれ……気のせいではなくて、本当にバレているみたいですね。
「ラインハルト殿? 一度、落ち着いて頂けるかな?」
「おっと、申し訳ない」
「いえいえ、私も仲間を褒められるのは嬉しいですのでお構いなく。それよりも立ったままでは話も出来ない。どうか、かけてくれ」
スノーさんが僕たちが座る対面のソファーに掌を向けました。
指さすのは失礼って事ですね。まるで指図しているみたいなので。
「えぇ、失礼致します」
こういう所はしっかりしていますね。
スノーさんが座るように声をかけるまで、セーラはソファーの横で待っていて、声を掛けれてようやく席に着きました。
まぁ、普通な事ですけどね。
ですが、貴族などのやりとりですと、敢えて無礼な態度をとって相手に失言させたり、俺の方が格が上だと示すために当たり前のように我が物顔でいきなりソファーに座ったりする人もいるみたいです。
そういう人は大体は小物で、逆にその無礼な態度を指摘する事が出来るみたいですけど、口が達者ですとそれすらも武器にしてくるみたいなので、本当に貴族の世界は面倒くさそうです。
っとそうではありませんでした。
今はセーラとラインハルトさんとの会話ですね。
まぁ、予想通りというか、僕の前にラインハルトさんが座り、その隣、スノーさんとの対面にセーラが座りました。
「初めまして。僕はユアンと申します」
「やはり貴女が黒天狐殿でしたか。改めまして、私はアーレン教会聖女のセーラと申します。この度はお忙しい中、お時間を割いて頂き誠にありがとうございます」
セーラが挨拶と同時に頭を下げました。
僕はそれに驚きましたね。
セーラの事は別室で観察していたのですが、スノーさんの握手を拒み、頭も下げていませんでした。
それなのに、僕に頭を下げたのです。
「私はラインハルトだ。再び君に出会えたことを嬉しく思う」
あー……改めて思いましたが、僕ちょっとこの人が苦手かもしれません。
昨日出会った時は衝撃的な出会いだったせいで意識はしていませんでしたが、改めて間近でみると色々と見えてきます。
一番特徴的なのはオッドアイと呼ばれる左右違う色の目の色ですが、髪の色は銀色ですし、僕見てにこっと笑うと白い歯がキラッと光ったように見えてくる眩しいばかりのカッコいい人特有の笑顔です。
僕は何も感じませんが、普通の女性でしたらあの笑顔だけで虜にされてしまいそうですね。
あ、先に言っておきますけど僕も普通の女性ですよ?
ただ、シアさんという最高のお嫁さんがいるので心が動かないだけですからね。
まぁ、まずは何事もなく互いの自己紹介を終える事が出来ました。
「それで、僕に会いに来たと聞きましたが、どんな用件でしょうか?」
「スノー殿には軽く理由を話しましたが、改めて同じ話をさせて頂いてもよろしいですか?」
「えぇ、構いませんよ。もう一度話を聞くことで気付く事もあるかもしれませんからね」
「…………感謝致します」
変な間がありましたね。
まぁ、スノーさんの発言の意図からすると、私は貴女の話を疑っているともとれる、ある意味挑発するような発言でもありますからね。
なので、セーラは一瞬だけ眉をひそめましたが、反論することなく昨日と同じ話をし始めました。
「流行り病ですか……それは大変ですね」
「はい。街の者達が病に苦しむ姿に私も心が痛みます」
「ですが、どうして僕を頼るのですか? 僕がその人達を治せる保証はありませんよ」
「その心配ならいりません。まだ記憶にも新しい帝都の事件の時、ユアン殿は回復魔法を使用しました。あの時、私は帝都にいたのです」
どうやその頃から流行り病が蔓延し始めたようで、聖女はそれを治すために帝都を訪れ、流行り病に効く薬などを探していたようです。
僕たちの予想が当たった訳ですね。
まぁ、僕の魔法を体験したのがまさかセーラ本人だとは思いませんでしたけどね。
「その時、私も流行り病の初期症状を感じ、騒動が起きる中、宿屋の一室で身を潜めていました」
そんな中、僕が帝都全体に回復魔法を使い、セーラの流行り病を治したみたいですね。
「なので、黒天狐殿の聖魔法は流行り病に必ず効きます。私がそれを保証いたしますのでご安心ください」
「そうなのですね」
安心してくださいと言われてもって感じですけどね。
安心できるかどうかは別の問題です。
「それで、僕に何をさせたいのですか?」
「一番は黒天狐殿にサンケの街へと来ていただき、街の者達の病を癒して頂きたいと思っています」
「でも、それだとアーレン教会の立場がマズくないですか?」
「そこは……問題ありません」
「ありますよ。僕のお母さんの事はセーラ、さんも知っていますよね?」
「それは……聞いてはおります」
「なら、あの時と同じことが起きる可能性も十分にありえますよね?」
危なかったです。
危うくセーラの事をこの場で呼び捨てにする所でした。
一瞬名前を呼ぶときに詰まってしまいましたが、セーラは気にした様子もなく、僕からの質問に答えます
「十分にありえます。ですが、それは私が責任を持て抑えます」
「どうやってですか?」
「それは……」
口籠りましたね。
これでは明確な方法がないというのがわかりました。
「答えられないのですね。それなら僕はサンケの街に行く事は出来ません。後でアーレン教会に恨まれるのは嫌ですからね」
「決して恨んだりなどは致しません。これはアーレン教会上層部で話合った結果ですから」
「話し合ったのは、僕を連れて来て、街の人の病気を治す事、ですよね? 僕はその後の事を知りたいのですよ」
僕が治した結果、街の人がアーレン教会を支持しなくなった時の事を聞いているのに、尤もな理由ぽく、上層部で話合っているから大丈夫と言われても困りますよね。
冒険者でいえば、敵に苦戦しているパーティーの助けに入り、助ける前に手を出していいかを聞いて了承を得られたのに、助けてくれてとは言ったけど、敵を倒してくれとは言っていない。
だから、魔物の素材は俺達が貰う。
そんな事を言われている感じがします。
「まだ、具体的な対策はありません。申し訳ありませんが、アーレン教会にその余裕はありませんので……」
「そうですか。それでしたら、僕の方も申し訳ありませんが、サンケの街に行くのは難しいですね。ただでさえ、この髪の色ですからね」
「それこそ初めてお会いした時のように髪の色を変えて頂ければ問題はありません」
「ですが、セーラさんは僕の正体を知ってしまっていますよね? 後でそれを突っつかれると面倒ですよ」
「街の人を助けて頂いたのにも関わらず、そんな無礼な真似は致しません」
まぁ、それはどうでもいいですけどね。
「どちらにしても、僕はサンケの街にいくつもりはありませんよ」
「そうですか……それなら、街の人を癒すために、ユアン殿の魔法を伝授して頂けませんか?」
そう来ましたか……。
むしろこっちが本題のような気もしますね。
あたかも街の人を助けて貰う事を前提に話をし、それが無理ならばせめて魔法を教えてくれ。
疑いすぎかもしれませんが、僕にはそう聞こえてしまいました。
ですが、それくらいなら問題ありませんよ。
できれば、ですけどね。
「わかりました。今ここで、その準備の為に魔法を使用してもいいですか?」
「はい。是非ともお願いします」
「わかりました……まずは、その魔法を使えるかどうかの適性をみますね?」
まぁ、多分無理だと思うけどね。
シノ程純粋な闇魔法ではないけれど、私は闇魔法の素となる魔力を造り上げる。
「危険じゃないから安心していいわよ。それで、この闇魔法の素を光に変換するのだけど、できる?」
実際の所は、これをしなくても病を治すくらいなら他の魔法でも十分に事足りるだろうけどね。
聖女だってそれが可能な筈なのよね。
実際に治す事は出来ると言っていたし、だけど、私と協力したいと言ったのはそこに意味があるのだと思う。
間近で私の魔法を見る為にね。
「こんな感じだけど、どう?」
闇魔法の素を再びセーラに見せつけるも、セーラは小さく首を振った。
「私には厳しいと思います」
「そうですか。まぁ、変換しなくても自らの力でこれと同様の魔力の素を造り上げられるのなら問題ないですけど、そっちはどうですか?」
「それも厳しいと思います」
「それでしたら、教える以前の問題ですね」
使える可能性はゼロではありませんが、効果が著しく落ちてしまいます。
そうなると労力の割に成果が見合わなくなってしまいますね。
それなら他の回復魔法を使った方が余程マシだと思います。
ですが、それで諦めるセーラではありませんでした。
「ですが、私は無理でしても、私よりも腕の高い癒し手は存在致します。その者ならば恐らくは……」
「それなら、その人に教えますので連れて来て頂けますか?」
「残念ながらその者も流行り病にかかり、今はとても動ける状態ではないのです」
「それですと、どうしようもないですね」
「そう言わず、一度サンケに来て頂き、まずはその者を癒して頂くことは出来ませんか?」
「セーラさんでは治せないのですか?」
「…………私では無理です。聖女と呼ばれていますが実際の所、私の力はそれ程ではありませんので」
やっぱりでしたか。
実はそう思っていたのですよね。
セーラにはちょっとした罠を仕掛けました。
闇魔法から光魔法へと変換する前に実は変換せずにセーラに見せたのです。
そうする事で、魔法の変化がした事に気付けるかどうか、魔力の流れを理解しているかを確認したのですよね。
結果、セーラは闇魔法の素が闇魔法の素のままで何も変化していない事に気付いていませんでした。
もちろん魔法の素の色は変えましたよ?
漆黒の黒い球体から光輝く球体へと変えたのです。
ですが、それは表面上を光魔法で覆っただけで本質は闇魔法の素。
セーラはそれに気付かずに、闇魔法の素が光魔法の素へと変化したと思いこんだのです。
魔法の扱いに長けているのならば、何が起きたかはわからなくとも、何が起きたか……いえ、この場合は何も変わっていない事に気付けたはずなのです。
まぁ、それはいいですね。
セーラ自身、自分に力不足を認めましたからね。
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