第350話 補助魔法使い、勇者に求婚される

 「君、私と結婚してくれないか!?」


 一瞬ですが、何を言っているのか理解できませんでした。

 しかし、目の前で僕の事をジッと見つめる勇者は僕の返事を待つように、ごくりと喉を鳴らすのを見て、これが現実だという事に気付きました。


 「す、すみません。私は既婚者ですので、貴方の希望に応える事は出来ません」


 準備しておいて良かったです。

 流石にこの事態を想定した訳ではありませんが、もし話しかけてきたときの為に髪の色を狐族に多い金髪に変え、出来る限り女性らしい言葉使いを使おうと決めていたのです。

 そして、これは準備ではありませんが、左手につけた既婚者である証の指輪を勇者に見せつけます。


 「……やはり君ほど美しい女性であれば、他の男が黙ってはいないか」


 まぁ、男ではなく僕の相方は女性ですけどね。

 ですが、それを伝える意味もないので、僕は沈黙を貫きます。

 下手に喋ってボロが出るのは嫌ですからね。

 しかし、いきなり求婚とは大胆な人ですよね。色んな意味でドキドキしました。

 勇者さんとは初対面ですが、王族の家系だからなのか、容姿が整い世間一般的にカッコいいと呼ばれるタイプの人に美しいだなんて言われれば、好きな人でなくてもドキドキしちゃいますよね。

 まぁ、心は全く動きませんけどね。

 僕には大好きなお嫁さんのシアさんが居ますからね!

 だってですよ?

 シアさんは勇者以上にカッコいいですし、可愛さも備えていて、戦闘もきっと勇者よりも強くて、それでいて優しい最強の相方ですからね。

 そんな人が僕のお嫁さんで、旦那さんなのです。

 心移りする訳がありません!


 「仕方ない……では、私を貴女の下僕にしてくれっ!」

 「な、なんでそうなるのですか!?」


 仕方ないと言ったので、諦めてくれたと思ったら今度は僕の前に跪いて深く頭を下げてきました!

 

 「君の傍に居られるのなら下僕でも構わない。それほどの覚悟がある」

 「困ります! 私は貴方の事を何も知りません。それなのに、貴方を下僕にするなんて事はぼく……私には出来ません」


 予想外の展開に用意した設定が崩れてしまいそうです。

 僕はこの人が勇者だとは知っていますが、今は何も知らないただの一般市民を演じています。

 もしかして、勇者さんはその事に気付いて僕の本当の姿を引き出そうとしているのでしょうか?

 そうだとしたらかなりの策士かもしれませんね。

 これは油断できなさそうです。


 「私の事を知らないのであれば、これから共に歩み、少しずつ私の事を理解してくれませんか?」

 「いえ、私には伴侶が居ますので、それは出来ません」

 「下僕でも、ダメですか?」

 「申し訳ありませんが、私では貴方の想いには応える事が出来ませんので諦めてください」


 そもそも勇者さんは僕に求婚する為にナナシキに来た訳ではありませんよね?

 まぁ、僕を探しているというので、ある意味目的は合っているのかもしれませんが、今の僕は別人ですからね。

 こんな所で油を売っていないで領主の館に向かって欲しいですよね。


 「それに、貴方のお連れ様が待っておられます。女性をお待たせするのはよくありませんよ」

 「そ、そうだった……わかりました。お時間をとらせた事をお詫びする」

 「いえ、構いません。貴方に別のいい出会いがある事を祈っています」

 「見た目だけでなく、内面まで美しいのですね。ありがとう、また来ます」


 来なくていいですから……とは流石に言えませんね。

 まぁ、もうこの姿で会う事はないと思いますので探しても無駄ですけどね。

 次に会うとすれば黒髪の僕とです。

 今と僕とのイメージとはかけ離れていると思いますので、きっとバレないですよね?

 

 「ユアンはモテモテだなー」

 「そんな事ないですよ」

 「そうかー? ハーフエルフの娘にも求婚されてるじゃないかー」

 「まぁ、そうですけどね。ですがあれは以前に助けた事で懐かれただけだと思いますので、時間が経って冷静になれば諦めてくれると思いますよ」


 勇者さん達が去り、ようやく平穏を取り戻すと、案の定チヨリさんに茶化される事になりました。

 まぁ、シノさんと違って馬鹿にするような言い方はしないので頭には来ないからいいですけどね。


 「しかし、油断は出来ないなー」

 「やっぱりチヨリさんもそう思いますか?」

 「うむー。特に聖女がなー」

 「ですよね。僕の正体に気付いていそうでしたからね」


 勇者さんとあんなやり取りをしている中、僕はずっと視線を感じていました。

 ただ僕の事を見ているだけならば、僕は大して気にもしませんが、ピリピリと静電気が発生したような感覚がずっとしていたので聖女が何かをしているのがわかりましたね。

 

 「魔眼の一種かもしれないなー」

 「魔眼ですか……」


 それは厄介ですね。

 魔眼というのはそれ自体が魔法効果があると言われています。

 効果は人によって違いますが、あの反応から探知魔法の一種を僕に使っていたのだと思います。

 あれからもう一年ほど経ちますが、タンザの街でイルミナさんと初めてであった時に使われたのと同じような魔法ですね。

 恐らくですが、僕の情報を探ろうとしたのだと思います。


 「ですが、僕はそれを無効化できる事ができますので問題ないですけどね」

 「問題だらけだなー」

 「どうしてですか?」

 「情報を隠すというのは逆に怪しいからなー。探られたくない何かがあると言っているようなものだぞー?」


 あ、確かにそうかもしれません。


 「それになー。魔眼を防げるほどの魔法の使い手でもあるという証明でもあるなー」

 「もしかして、失敗しましたかね?」

 「どうだろうなー。ユアンが魔眼を防ぐ防御魔法を使っていたのはわかっていたから、私も同じようにしたからなー。わっちの事も探ってきたから大丈夫だとは思うぞー」


 チヨリさんに感謝ですね。

 僕だけでなくチヨリさんの情報も探れないとなると、僕だけが異常ではないと思ってくれたかもしれません。

 

 「ですが、どうして僕達の事を探ってきたのでしょうね?」

 「たまたまかもしれないし、勇者がユアンに興味を持ったからかもしれないなー」

 「勇者さんが僕に興味を持つと、僕を探るのですか?」

 「うむー。何処にでも勘が鋭い者はいるからなー。それを宛にしてるかもしれないぞー」


 そういう事ですか。

 確かにそういう人っていますよね。

 スノーさん何かが割とその傾向にありますからね。

 根拠がないのですが、道に困ったりしてスノーさんに任せたりすると割と上手くいったりします。

 確実ではありませんけどね。

 

 「まー、気をつけておいて損はないだろうなー」

 「そうですね」


 となると、この後に会う事になると思うので少し嫌ですね。

 

 「それでも次に会う時は探って来たりしないだろうけどなー」

 「そうですね。会うとしたら領主の館でだと思いますので、勝手な事は出来ないと思いますからね」


 領主の館でそんな事をしたら、スノーさん達が黙っていないと思いますからね。

 人の情報を勝手に盗み見るのは、攻撃魔法を仕掛けるのと同じようなものです。

 聖女もそこまで馬鹿ではないでしょうからね。

 何せ貴族など偉い人はそういった対策が出来る魔法道具マジックアイテムを所持している人は珍しくないと聞きます。

 そこまで危険を冒して情報を盗み取るとは思いませんよね。

 

 「なーなー?」

 「はい、どうしましたか?」

 「もうお外でていいかー?」

 「ちょっと待ってくださいね……はい、もう大丈夫ですよ」

 「なー」


 聖女と勇者は特に問題をこれ以上は起こさずに真っすぐに向かったみたいですね。

 魔鼠さんに尋ねるとそう報告が帰ってきました。

 

 「それで、これからどうするんだー?」

 「どうなるかはわかりませんが、今の所サンドラちゃんは待機ですね」

 「なー。仕方ないなー」


 聞き分けが良くて助かりますね。


 「ユアンはー?」

 「僕は呼ばれたら行きますよ。ですが、場合によってはスノーさん達が突っぱねると言っていましたので今の所は様子見ですね」


 もし、僕の事を強制的連れていこうとするのならば、街の代表として断ると言ってくれました。

 強制的にというのはアレですね。

 アーレン教会にどれだけの権力があるのかはわかりませんが、貴族などの名前を出し、権力を振りかざすような事があったらという場合です。


 「なので、相手が高圧的な態度をとるようなら会う事はありませんよ」

 「それでいいと思うぞー」

 「そうだなー」


 まぁ、それでも諦めないようでしたら、僕たちも権力で対抗するまでですけどね。

 アリア様にアラン様にも事情を話していますし、アンリ様も協力してくれると言ってくれましたからね。

 といっても、それは最終手段になりますけどね。

 出来る事なら穏便に済ましたいものです。

 無駄な争いは避けたいですからね。

 

 「そもそも僕を探していた理由を知らない事にはどうしようもないですけどね」

 「そうだなー。ユアンの力となると、もしかしたら人助けをして貰いたい可能性もあるしなー」

 「そうですね。まぁ、それはそれで面倒ですけどね」


 決して人助けが面倒という訳ではありませんけどね。

 ただ、アーレン教会の聖女というくらいですし、それなりの力があると思います。

 その人が僕に協力を求めるという事は、聖女でも手に負えない何かがあるという事かもしれません。

 そして、僕ならどうにか出来ると考えているという可能性も。

 ですが、遥か昔、アーレン教会は僕たちお母さん達の事を陥れようとしました。

 それと同じことが起きる可能性も否定できないのです。

 聖女が救えなかった人を僕が救い、その結果僕の事を面白くないと感じる人がいるかもしれませんので。


 「まぁ、どうなるかは様子をみないとわかりませんね」

 「そうだなー」

 「なー」

 「なので、そろそろお昼にしませんか?」


 考えても仕方ない事はありますからね。


 「そうだなー。私達は普段通りの生活をするのがいいなー」

 「うんー。ユアンー、今日のお昼はー?」

 「今日もジーアさんが作ってくれましたよ。みんなで食べて午後も頑張りましょうね!」

 

 毎日ではありませんが、ジーアさんがお昼を作って持たせてくれることがあります。

 今日はその日ですね。

 けど、本当に有難いものです。

 勇者と聖女が向かっていると話があってから、僕たちは少しピリピリしていたかもしれません。

 ジーアさんとリコさんはそれを察して、言わないまでもこうやって気遣ってくれているのですよね。

 

 「その気持ちに応える為にも頑張らないとですね」


 いつ呼ばれるのかわかりません。

 もしかしたら呼ばれない可能性もあります。

 出来る事なら僕としてはそれが一番ありがたいですけど、その可能性は限りなく低いと思います。

 幸いにも周りには支えてくれる人達がいっぱいいます。

 僕はその時をチヨリさんとサンドラちゃんと一緒に昼食を食べながら待つのでした。

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