第349話 勇者と聖女

 「ナナシキが公国? また、そんな冗談はやめてよ」

 「いえ、ローゼさんがそう言っていましたよ。あの様子ですと冗談でもなさそうでしたし」

 

 昼間にローゼさんと話したことをスノーさん達に伝えるもスノーさんに冗談だと笑われてしまいました。


 「スノー、現実逃避しない」

 「そうだけどさ、やっと領主の仕事に慣れてきたばかりなんだよ? それなのに公国として独立して、更に仕事が増えるだなんて信じたくないじゃん」

 「やっとこの時間に帰ってこれる日が増えたのにあんまりだよ……」


 あー……認めたくても認めたくないって感じなのですね。


 「ですが、公国として独立しても何も変わらないだろうってローゼさんは言っていましたよ?」

 「そうだといいんだけどね。絶対にそうはならないと思うよ。というか、アンリ様がそれを認めるかが問題だろうし」


 確かにそうですね。

 このナナシキはルード帝国の領地なのですが、フォクシア領にあり、ルード帝国に土地を貸しているだけにすぎません。

 それなのに、勝手に公国にするだなんてアンリ様が認めない可能性もありますよね。


 「でも、アンリ様ですよ? エメリア様と話合って決めた可能性も少なからずありますよね?」

 「十分にありえるから怖いよね」

 「うん。あり得る」

 「その場合は断る事は出来ないのかな?」

 

 スノーさんとキアラちゃんに悲壮感が漂っています。


 「まぁ、これでスノーさんも王族という事で良かったじゃないですか」

 「良くないよ! 私は王様なんて絶対にやらないからね?」

 「むしろユアンさんがなるのが一番なんじゃないかな?」

 「どうして僕ですか? 僕には荷が重すぎますよ」

 「だって、フォクシア領だし、ユアンは王族の血を引いているでしょ?」

 「まぁ、そうですけど……僕だっていきなりそんな事を言われても無理ですからね」

 「言い争っても無駄。嫌なら断ればいい。それに、王族の血ならシノも引いている。シノにやらせればいい」


 まぁ、シノさんが簡単にやってくれるとは思いませんけどね。

 どちらにしても、アリア様とアンリ様に詳しく話を聞いて、どうなっているのかを聞く必要がありそうです。


 「まぁ、その話は置いといて私からも報告なんだけどさ。例の二人組明日にはナナシキに到着するみたいだよ」

 「ついに来るのですか」

 「うん。キティの配下からの連絡だと明日のお昼くらいには到着するだろうって言ってましたね」


 今はフォクシアとナナシキとを結ぶ街道で野営をとっているみたいですね。

 

 「んー……どうするべきですか? 迎えるべきですかね」

 「その必要はないんじゃない? 事前に連絡を受けている訳でもないし、私達が気を遣う必要はないと思うよ」

 「でも、勇者と聖女ですよ? 失礼にあたりませんかね?」

 

 それに勇者に関しては元王族ですからね。

 

 「それを言ったらユアンさんもだよ。ユアンさんだって名乗っていないだけで王族なんだし、ユアンさんに会おうと思ったら本来なら手続きが必要だし、事前に連絡するのが礼儀だと思うの」

 「それに、ユアンは爵位を授かったんだし、立派な貴族の一員でもあるからね」

 「その事はスノーさんも知っていたのですね」

 「うん。アリア様から今日教えて貰ったよ。おめでとう」

 「全然嬉しくないですけどね」

 

 授かった爵位は伯爵で、スノーさんと同じですね。

 ちなみにですが、スノーさんの爵位が上がったのはオーグの一件のお陰でもあります。

 割と伯爵家というのは多いみたいで、エメリア様も全ての伯爵家を把握しきれていないのが現状らしく、そこで爵位の優位をとってナナシキに悪さをするような輩を出させないというのが目的らしく、それであがりました。

 本当は侯爵まであげようとしていたみたいですが、流石にそれは断ったみたいですね。


 「ま、ユアンもこれで貴族何だし、この際だから政治に関わってみる?」

 「ユアンさんも今後を見据えて領主のお仕事からでも学んでみるといいと思うの」

 「それは嫌ですよ! もしそうなったらシアさんと一緒に逃げますからね!」

 「私はユアンが一緒なら何処でもいい。だけど、影狼族が困る……」

 「むー……シアさんが困るのは僕も困りますよ……」

 

 シアさんと二人きりだったらどうとでもなりましたが、影狼族もそうですし、下手すればナナシキの人達もついてくるとか言いそうで怖いです。


 「冗談だよ。ユアンとシアと離れるのは嫌だし、二人が嫌なら無理は言わないから安心して」

 「本当ですか?」

 「うん。ユアンさんはそのままでいいと思うよ。その代わり、私達では手に負えないような人が来たら手伝ってほしいかな?」

 「わかりました。僕が出来る事は限られていますけど、その時は手伝いますね」


 僕に何が出来るかはわかりませんけどね。

 まぁ、アリア様もアラン様もいますし、偉い人が来てもどうにでもなると思いますからね。

 

 「それじゃ、目先の問題だね」

 「勇者と聖女ですね。訪れたらどうするのですか?」

 「一応デインさんには話をしておきます。その後、勇者と聖女が訪れた理由を聞き、臨機応変に対応するって感じになりますね」

 「僕はどうしたらいいですか?」

 「ユアンはいつも通りでいいんじゃない?」

 「でも、僕を目的としていたら僕を見つけた勇者達が何か行動を起こすかもしれないですよね?」

 「それなら、髪の色を変えて様子でも見ていたらどうでしょうか?」


 それもいいかもしれませんね。

 僕の特徴がどこまで伝わっているのかはわかりませんが、一番の特徴である黒髪が変わっていたら気付かれない可能性は高そうです。


 「明日は万が一の為に影狼族を配置しとく」

 「そこまでするの?」

 「うん。勇者を名乗るくらいだから、警戒しておくべき」

 「確かにそうですね。一応ですがユージンさん達にも話をしておくね」

 「助かる」

 「なら、街の人にも伝えておくべきですね」

 「いざとなったら動いて貰えるようにしておこうか」


 万全の態勢で勇者と聖女を迎える事が決まりましたね。

 まぁ、明らかに過剰戦力だと思いますけどね。



 そして、次の日。

 予想通り、お昼過ぎに聖女と勇者がナナシキに到着したと魔鼠さんから連絡を受けました。


 「チヨリさん、例の二人が現れたみたいです」

 「わかったぞー」

 「なー」


 チヨリさんがお店の前を通った街の人に目くばせすると、街の人は静かに頷き走り出しました。

 街の人達に動き出したわけですね。


 「なんか、ワクワクしますね」

 「なー。何か、諜報部隊になった気分だなー」

 「うむー。街の者全員が諜報部員で戦闘部員だなー」


 部隊長はチヨリさんで、チヨリさんが指示を出すと、みんなが配置につくように作戦が組まれています。


 「これで万全ですね!」

 「うむー。ユアン様の安全はわっちらが守るからなー」

 「私も頑張るなー」

 「ありがとうございます。ですが、勝手に攻撃しちゃダメですからね?」

 「うむー。ユアン様が攻撃されるまでは我慢するぞー」

 

 まぁ、そうはならないとは思いますけどね。

 勇者と聖女の目的が何かはわかりませんが、流石に争いに来た訳ではないと思います。


 「ヂュッ!」

 「わかりました……勇者と聖女は領主の館へと案内される事になったみたいですよ」

 「そうかー。つまらないなー」

 「でも、領主の館に向かうのなら一目みるくらいは出来ると思いますよ」


 何せ領主の館に向かうにはチヨリさんのお店を通る必要がありますからね。

 それでも領主の館へと入ってしまったら折角の配置も無駄になります。

 流石に領主の館に街の人を配置する訳にはいきませんからね。


 「と言っていたら来ましたね」

 「なー。綺麗な人だなー」

 「うむー。美人さんだなー」


 あの人が聖女なのだと一目見てわかりました。

 青色を基調としたローブのような服を着た人が歩いてくるのがわかりました。

 ローブと違うのはローブは前の部分が開くので羽織るようにして着る事が出来るのに対し、あの服……修道服というのですか? あれはシャツなどを着るように頭から被らないと着れないタイプですね。

 丈が足首あたりまであるので、着るだけで面倒そうに見えます。

 ですが、露出が少ない服なのにも関わらず、フードから覗かせるピンク色の髪は鮮やかで、顔も整っていて、美人でもあり可愛らしく、背もスノーさんほどあり、スタイルも抜群ですね。

 歩くだけで目を奪われ、領主の館へと案内をする兵士のシエンさんの歩みがぎこちないように見えます。

 まぁ、聖女というくらいですしきっと立場的にも偉い人でしょうからそういった緊張もあるのでしょうけどね。


 「それで、聖女の後ろを歩く人が勇者なのですね」


 こっちは僕のイメージする勇者とはちょっと違いましたね。

 僕のイメージですと、勇者は屈強で、まるでロイさんみたく筋肉隆々のでっかいイメージがありましたが、何というか線が細く、華奢に見えます。

 背もシアさん程しかないように見えますし、あまり強くは見えませんね。

 ただし、腰につけられた剣だけは勇者を象徴するように派手で凄く立派ですね。

 

 「あの剣は凄いなー」

 「サンドラちゃんもわかるのですね」

 「うんー。ユアンの剣と同じくらいの切れ味がありそうだなー」

 「切れ味だけじゃないなー。あの剣は魔法も使えるぞー」


 勇者のおとぎ話では剣術もそうですが、魔法もすごい腕前だと表現されている事が多いですが、どうやら本当のようですね。

 まぁ、それを使いこなせるかが問題ですけどね。

 僕だって凄い剣を持っていますが、僕の腕が未熟なせいで使いこなせていないのが現状です。

 もし、この剣をシアさんかスノーさんが使えれば鬼に金棒と言った所ですね。

 あ、これも倭の国の言葉で強いとされる鬼が武器を持てば更に強くなるといった表現です。

 面白い言葉を思いつきますよね!

 そんな事を考えていると、僕たちの視線を感じたのか、勇者が僕たちの方を見て、目が合いました。

 そして僕は驚きました。


 「赤と青の瞳……」

 「宝石みたいだなー」

 

 サンドラちゃんの言う通りですね。

 まるで宝石みたいな瞳が僕たちをとらえ、立ち止まったのです。

 

 「サンドラちゃんは家の中に入ってください」

 「わかったぞー」


 もしかしたらサンドラちゃんの事に気付いたのかもしれません。

 まだ距離があるのでわからないとは思いますが、万が一の為にサンドラちゃんを家の中に避難させます。龍人族とバレたらそれはそれで面倒ですからね。

 そして、それは正解だったようで。

 立ち止まった勇者が再び歩き出しました。

 僕たちに向かって。

 そして、驚きの一言を放ったのです。


 「君、私と結婚してくれないか!?」

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