第347話 弓月の刻、話合いをする
「アルファード王国? 当然知ってるよ」
「やっぱりスノーさんは知っていましたか」
「そりゃね。何せルード帝国の元になったと言われているくらいだからね」
アリア様からアルファード王国の事を聞いたので、その晩にスノーさんに尋ねてみると、やはりスノーさんも知っていました。
しかも、アリア様よりも詳しくアルファード王国の事を知っていたのです。
「元になったってどういう事ですか?」
「そのまんまだよ。ルード帝国の基盤はアルファード王国を元に作られたって言われているの。ほら、名前をよく見ればわかるでしょ?」
ルードとはアルファードから文字をとってつけられた名前だとスノーさんは言います。
そして、その由来こそがルード帝国の歴史の始まりでもあるらしく、アルファード王国が終わりを迎えると同時にルードが独立し、今に至るらしいですね。
それまでは、ただのアルファード王国所属の街でしかなかったみたいですからね。
「けど、いきなりそんな話をしてどうしたの?」
「それがですね……」
アリア様に教えて頂いた事をそのままスノーさん達にも教えます。
「確かに厄介かもね」
「そうですね。今まで沈黙を貫いていたのにも関わらず、アルファードの名を語るとなると、何かしらの意図があるように感じます」
「やっぱり、厄介だと思うのですね」
「そりゃね。いきなり自分が王族だって言って回っているようなものだよ。普通はそんな事しないよ」
王族の名を語るというのはそれだけで重大な意味があるという事ですね。
「ま、深く考えても無駄かな」
「そうだね。ユアンさんだって王族なのに王様を目指していないし、そういう人だっているだろうからね」
「当然ですよ。僕はそんなものに興味はありませんからね」
「そういう事。もしかしたら、その人も王族の名を語るだけで、王様になろうだなんて考えていないかもしれないしね」
「まぁ……そうかもしれないですけど」
それでも僕を探しているラインハルトさんが実際の所はどうなのかはわかりません。
今は王族の名を語るだけで大人しくしていても、いずれはルード帝国に牙を剥く事だって十分にあり得ます。
「その可能性は低いと思うよ」
「どうしてそう言えるのですか?」
「それは王国と帝国の違いを考えればわかるかな」
「違いですか?」
うーん。
今まで考えてこなかったのでよくわかりませんが、どちらも同じようなものではないのでしょうか?
「全然違うよ。王国というのは王様を中心に一つの国として成り立っているのが王国なの」
「普通ですね」
「そうだね。だけど、帝国というのは帝王を中心に領土を広げ、時には他の国を屈服させ自国へと取り込んでいくのが帝国で、国の中に他の国があるって考えるのがわかりやすいかな?」
「後は、帝国が実力主義って所からわかるように、王様が王族でなくても王になれたりするのが帝国だったりしますね」
あ、クジャ様がそうですね。
世間一般的に広まっていないので知らないかもしれませんがクジャ様は龍人族で、実際の所は人族の王族ではありませんよね。
それでもクジャ様が王様となったのは、実力があったからです。
まぁ、色々と複雑な事情があるので、実力で王様となったとも言い切れませんけどね。
実際の所はルード帝国と龍人族との取引が行われていたらしいので。
「という事は、ルード帝国の中に他の国があるって事になりますか?」
「昔はあったみたいだね。今は普通の街となったみたいだけど」
アルファード王国が終わりを迎えると同時に、ルード帝国のように人族の覇権を握るべく立ち上がった国が出来たみたいです。
「簡単に纏めると、かつてはアルファード王国が人族を纏めていて、アルファード王国が潰れた事により各地で分裂が起きて、それが国となり、覇権を握るべく戦争が起きたって感じかな」
そして、その中で勝ち残ったのがルード帝国だったという事ですかね?
「そういう事かな? ま、歴史なんて良いように改善されていたりするし、必ずしも真実とは言えないけどね」
「それでも参考にはなりますね。ですが、どうしてアルファード王国の子孫がまだ残っていたのですか?」
戦争というのは残酷なもので、当時のルード帝国に負けた国の王族は全員処刑されたようなのです。
「別にそれはおかしくないと思うよ。最初から全面降伏した国だってあるだろからね」
降伏するということは命乞いするという事でもあるので、王族の座を捨てる事により、命まではとられなかったようです。
「それに、アルファード王国は潰れただけで、ルード帝国とは争っていなかったし、ルード帝国がアルファード王国を元にしたって事はアルファード王国に対して敬意があったとも考えられるんじゃないかな?」
「その時に生き残ったアルファード王国の王族をルード帝国が保護し、血は途絶えなかった、という可能性もあり得ますね」
「そうそう。だから、ラインハルトだっけ? その人が自分は王族だって嘘でなければ名乗るだけならそこまで問題はないだろうし、実際にルード帝国で公国というのが生まれようとしているからね。帝王以外に王様が存在してもおかしくはないかな」
えっと、公国というのは、帝王に認められた貴族が治める国で、帝国の中にありながら国として認められた場所でしたっけ?
「そんな感じかな」
驚きましたね。
今のルード帝国にそんな場所が出来ようとしているとは思いませんでした。
「ま、私も驚いたけどね。まさか、ローゼ様が王様になるだなんて誰も予想できないよね」
「えっ、ローゼさんがですか!?」
予想以上の驚きです!
「というか、ユアンが知らなかった事の方が私としてはびっくりなんだけどね」
「ユアンさんとローゼさんは仕事でも取引しているから知っていると思ったよ」
「いえ、そんな話は全くされていないので知りませんでした。ですが、どうしてそんな事になっているのですか?」
「ま、功績だろうね。ローゼ様はエメリア様の派閥の中心人物だし、ハーフエルフという存在が広がった今、人族として一括りにする訳にはいかなかったのだと思う。もちろん、差別的な意味ではなくてね」
色んな情報が舞い込んできて、聞いているだけなのに頭が混乱してきました!
「難しく考えなければいい。ルード帝国の中にアルファード王国の子孫が残っていた。今はただそれだけわかっていればいい」
「そう言われると単純ですけどね」
それでも、勇者の事やローゼ様が公国として独立する事など、知っておかなければいけない事が沢山あるので困ります。
「あ、今の話でピンときたんだけどさ」
「今後は何なのですか?」
もうこれ以上は無理な気がします。
何を言われても整理が色々と追い付きません!
「いや、そこまでの事じゃないよ。ただ、気になっていたもう一人の存在だよ」
「えっと、聖女ですか?」
「うん。これは私の予想でしかないんだけど、公国に関係するんじゃないかなって思って」
「公国って事は、ローゼさん関係って事ですか?」
「違う違う。流石にだけど、アーレン教会って聞いた事はあるよね?」
「はい、それは聞いた事があります」
色々と有名ですからね。
僕のお母さん達を陥れようとした教会である事も忘れはしません。
「それがどうしたのですか?」
「もしかしたらさ、アーレン教会も独立を目論んでいるんじゃないかなって思ってさ」
「あ、確かにそれなら勇者と聖女の繋がりが見えてきますね」
「確かに」
「そうですね?」
「ユアン、本当にわかってる?」
「わ、わかっていますよ!」
僕だってそこまで馬鹿ではありませんからね!
わからない事だらけですけど、今までの話を纏めていけば流石にわかる事はわかります!
「えっとですよ? トレンティアが公国として認められるという事は、他にも公国が生まれてもいいという事になりますよね?」
「そうだね」
「なので、それに乗じてアーレン教会も公国として認められ、一つの国として独立を目論んでいる可能性があるという事です」
「それで?」
「むぅ……独立するという事は王様となる人物が必要になる訳ですので、その王様となるのが勇者……という事になるのではないでしょうか?」
「ユアン偉い」
「えへへっ、ありがとうございます!」
シアさんが頭を撫でて褒めてくれました!
「ま、私の予想はそんな感じだね。あくまで予想だけどさ」
それが聖女と勇者が共に行動をしている理由に繋がるという事ですね。
王族として再び返り咲きたい勇者と公国として認められたいアーレン教会の利害が一致したという事です。
「問題はその意図なんだけどね」
そうなのですよね。
公国として認められた所で何が変わるのか、何を求めているのか、それがわからない事には手の施しようがありません。
といっても、僕達がその意図を知った所で決めるのはクジャ様やエメリア様なのでどうしようもありませんけどね。
「それ以上にユアンを探している理由の方が大事」
「それは聖女関係じゃない?」
「そうですね。僕を探すとなるとそっちの理由が強そうですね」
「ユアンさんの回復魔法が目的なのかな?」
「うん。ユアンの回復魔法の事をアーレン教会が知りたいのかもしれない」
僕の得意とする回復魔法は聖魔法であり、選ばれた人のみが使える特殊な魔法です。
簡単にいえば固有魔法ですね。
「その秘密を知りたいのかもね」
「教えてと言われても教える事は出来ませんけどね」
教えたくても教えられませんし、教えたくもないですからね。
教えた所で使えないと思いますし。
まぁ、勝手に解析するくらいならいいですけどね。
それくらいなら僕も鬼ではないので許してあげます。
「よし、勇者と聖女の事は考えても考えきれないし、これくらいにしない? もっと別の事を話しあいたいからね」
「そうでしたね。それで、みんなは何かいい名前を思いつきましたか?」
色んな情報で頭がいっぱいになった時は切り替えるのが大事です!
そもそも時間を合わせて集まったのは僕達の名前を考える為でしたからね!
「全然」
「私もです」
「私もだね」
「な~」
「ですよね」
まぁ最初から一日二日で考えつくとは思っていないので、これも想定済みです。
「なので、アリア様からいい案を頂いてきましたよ!」
「それは有難いね」
「どんな案なのですか?」
「それはですね……ワメイという線で考えてみたらどうだ、だそうです!」
「ワメイ? ワメイってあのワメイの事?」
「倭の国での名前って事ですか?」
「はい、フォクシアは倭の国の文化を取り入れているので、悪くないと思うのですがどうでしょうか?」
例えばですが、僕が好きなチェリーという果物がありますが、倭の国ではさくらんぼと呼ぶらしく、こっちの呼び名と違うみたいです。
倭の国とは大陸で繋がっていませんが、文化や言葉はこっちの大陸にも広がっていますし、意外と広く広がりつつある馴染みの深い文化でもあるのですよね。
「いい案かもね」
「意味と響きを持たせているみたいなので、悪くない案ですね」
「うん。それも含めて考えれば幅が広がるかも」
「な~」
サンドラちゃんも眠いながらも賛同してくれましたね。
「では、それを踏まえて今後考えていきませんか?」
僕の言葉にみんなが頷いてくれました。
といっても、馴染みがあると言っても知らない事は沢山ありますけどね。
ですが、三人寄れば文殊の知恵という言葉があります。
これも倭の国言葉で、コトワザいうらしいのですが、少ない知識でもみんなで考えればいい案が浮かぶという意味があるらしいのです。
「それもアリア様の受け売り?」
「まぁ、そうですけど……いい言葉だと思いますよ」
「うん。協力するのは大事」
「そうだね。ユアンともシアとも家族になるためには大事だよね。もちろんサンドラともだよ?」
「なー。私も仲間で家族だからなー」
「ふふっ、私達の可愛い子供ですからね」
当然です。
サンドラちゃん含め、弓月の刻ですからね。
そして、本当の意味で家族になりたいです。
「ではまずは僕の案なのですが……」
「それなら、これを足してみたらどう?」
「悪くない。だけど、こっちにはこんな意味がある」
「自然に関わる名前もいいと思うの」
「なー? 自然なら花言葉というのがあるみたいだなー」
実はアリア様から倭の国の言葉を訳した本を借りてきました。
僕達はそれを囲みながら色々と案を出し合います。
そして、気づけばあっという間に日付が変わろうとする時刻になり、リコさんとジーアさんに怒られてしまいました。
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
まさにそんな感じでしたね。
結局のところ、名前は決まりませんでしたが、大きな前進だったと思います。
これなら近いうちに名前が決まるかもしれませんね。
きっと、みんなが納得し、誇れる名前が生まれるかもしれません。
僕達はその日が来るのを楽しみにまた明日を迎えるのでした。
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