第345話 補助魔法使い、シノを捕まえる

 「今日も平和ですねー」

 「そうだなー」

 「なー」


 チヨリさんのお店の前で三人で並び、今日もポーションの販売をしているのですが、陽気もすっかりと暖かくなった事もあり、穏やかな時間を過ごしています。

 

 「こんな日は木陰でのんびりとお昼寝したくなりますねー」

 「そうだなー」

 「なー」


 そうじゃなくても、ぽかぽかして眠いのに、訪れる人が少ないので凄く暇で眠くなります。

 んー……このままじゃ、椅子に座ったまま眠っちゃいそうですね。

 サンドラちゃんも座りながら、頭を時々前後に揺らしているので、眠りに落ちる寸前となってますね。


 「仕方ないなー。今日はこの辺でお開きにするかー」

 「いいのですか?」

 「うむー。最近はポーションの売れ行きも安定しているからなー」

 「そうですね。まぁ、ルード帝国であんな事件があったからですけどね」


 ルード帝国でつい最近、帝都が狙われるといった大きな事件があってから、ポーションの注文が増えましたからね。

 まぁ、注文と言っても、ローゼさんに卸すポーションの数が多くなっただけですけどね。

 どうやら、ルード帝国での事件をきっかけに、各街での危機感というのが高まり、トレンティアで販売されているポーションが人気を集め、売れ行きが龍昇りらしいのです。

 あ、龍昇りというのは商人が良く使う言葉のようで、龍が天へと昇って行く姿を見られると縁起がいいとされ、商品の売れ行きがいい時に使われる言葉みたいですね。


 「それじゃ、今日は終わりなー」

 「はい、お疲れ様でした」

 「なー。また明日なー」


 陳列した商品を元に戻し、今日の営業は終わりとなり、僕とサンドラちゃんはチヨリさんに別れを告げ、いと先ずお家へと帰る事にしました。


 「なーなー」

 「はい、どうしましたか?」

 「この後はどうするんだー?」

 「そうですね。特に予定はありませんけど、何かしたい事はありますか?」

 「お昼寝したいぞー」

 「それはいいですね」


 寝る子は育つといいますし、寝たいときに寝るのは大事だと思います。

 それだけ体が眠りを要求しているという事ですからね。


 「けど、あんまり寝すぎたら夜に寝れなくなりますよ?」

 「平気ー。私はいつでも寝れるからなー」

 「そうなのですね」


 僕もそうです。

 人によってはお昼寝すると夜寝れなくなるという人がいるみたいですが、僕もサンドラちゃんも大丈夫だったりします。

 まぁ、これも冒険者のスキルの一つかもしれませんね。

 パーティーを組んで冒険をしていると、見張りを立てて順番に休みますからね。

 寝れる時に眠らないと後に響くので自然とそういう体になったのかもしれません。


 「それじゃ、今日はこのまま帰ってお庭でお昼寝でも……あれ?」

 「なー?」


 サンドラちゃんとお昼寝でもしようと提案し、お家の方に向かっていると、慌てた様子で僕達の方に走ってくる人がいました。

 

 「どうかしたのですか?」

 「ん? あ、あぁ……君か。いや、ちょっとね?」


 走ってきたのはシノさんでした。

 僕に用事があって走ってきたのかと思いましたが、どうやら違うようで、何かから逃げるように後ろを気にしているのがわかります。


 「それじゃ、僕は忙しいから失礼するよ?」

 「わかりましたけど……何があったのですか?」

 「いや、別に何も……ちっ、来たか」


 シノさんが珍しく舌打ちをしましたね。

 んー……こんなシノさんを見るのは初めてです。

 いつも余裕を見せているのに、それが全く感じられないのです。

 

 「本当に大丈夫ですか? 良かったら手伝いますよ」

 「いや、その必要はない。だけど、一つだけお願いがある」

 「何ですか?」

 「ルリが来たら、僕があっちに逃げたと伝えてくれるかい?」

 「ルリちゃんにですか?」

 「うん。頼むよ」


 どうやらルリちゃんから逃げているみたいですね。

 けど、ルリちゃんから逃げる意味って何でしょうか?

 いずれはルリちゃんとも結婚をすると言っていたくらいですし、仲はいい筈です。

 もしかして喧嘩ですかね?

 そんな事を考えていると、シノさんは家の影に身を潜めました。

 どうやらそこでルリちゃんをやり過ごすつもりのようですね。

 そして、シノさんの言葉通り、ルリちゃんも家の方から走ってきました。

 胸に何かを抱えて。


 「あ、ユアンお姉ちゃん!」

 「こんにちは。そんなに慌ててどうしたのですか?」

 「こんにちはなんだよっ! えっとね、シノ様を見なかったですか?」

 「シノさんですか? シノさんならあっちに走っていきましたよ?」

 「そうなんだね!」

 「はい。何があったのですか?」

 

 別に怒っているとかそういう様子ではなさそうですね。

 喧嘩したとかそういう訳ではなさそうなので先ずは一安心ですね。


 「シノ様にこれを着て貰おうと思ったら逃げられたんだよ!」

 

 そういって胸に抱えた物を広げると、何と女性もののひらひらとした可愛い服でした。


 「シノさんにですか?」

 「うん! この前、ユアンお姉ちゃんが言ってたよね? シノ様の女装が凄く可愛かったって」

 「あ、結婚式の時のスピーチですね」


 そういえば、そんな事もありましたね。

 

 「だから、アカネさんと話して私達も見てみたいってなったんだよ!」

 

 そしたら、それを嫌がったシノさんが逃げ出したという訳ですか。


 「そういう事でしたか……」


 となると、僕のやる事は一つですね。

 

 「ルリちゃん、嘘をついてすみません。シノさんならそこに居ますよ」

 

 僕はシノさんが潜んだ場所を指さし、シノさんの居場所をルリちゃんに伝えます。


 「…………君、裏切ったね」

 「裏切ってませんよ? だって、僕もシノさんの可愛い姿またみたいですからね!」


 ただ、ルリちゃんとアカネさんとの思惑が一致しただけでです。


 「それに、逃げるなら転移魔法で逃げればいいのにそれを使って逃げないという事は満更でもないって事ですよね?」

 「転移魔法で逃げてもルリは僕の元に移動できるから意味ないだけさ」

 「そんな事出来るのですか?」

 「帝都でもリンシアが使っていたよね? あれと同じだよ」


 あ、そういえばそんな事がありましたね。

 あの時はあまり気にしていませんでしたが、空を飛んでいたらシアさんがいきなり現れて落ちそうになっていた事を思い出しました。


 「あれは主様の元へ飛べる影狼族特有の魔法なんだよ!」

 「そうなのですね。ですが、どうしてルリちゃんはそれを使わなかったのですか?」


 それを使えばルリちゃんも簡単にシノさんを捕まえられた筈ですよね。


 「使っても、シノ様に逃げられるからだよ! 使って到着しても一瞬の誤差があるからその間に逃げられちゃうの!」


 転移魔法と同じような仕組みらしく、シノさんの場所を特定し、その場所を指定して飛ぶらしいのですが、その時にシノさんが歩いて移動してしまうと飛ぶ場所はシノさんが居た場所になるのでその分離されてしまうみたいですね。


 「だから走って追いかけた方が確実なんだよ! ルリの方が足が速いからねっ!」

 「そういうことですね。なら、シノさんは諦めた方がいいですね」

 

 ルリちゃんの方が速いのなら、捕まるのは時間の問題となる筈です。


 「そうは言ってもね……僕は男だよ?」

 「そうですね。でも、シノさんならいいと思いますよ」

 「いや、僕だからいいとかそういう問題ではないからね?」

 「別にいいじゃないですか。むしろ、どうしてそんなに嫌がるのですか?」

 「逆に嫌がらない理由を教えて貰いたいかな? 君だって、男の服を着て勘違いされるのは嫌だよね?」

 「そうでもないですよ。ローブを深く被っていると勘違いされる事もありましたので」


 初めて火龍の翼の皆さんに出会った時もそうでしたが、ユージンさんは僕が男なのか女なのかわかっていなかったみたいですし、孤児院の子供も僕の事をお兄ちゃんと呼ぶ子もいますからね。

 まぁ、僕がぺったんこなのが原因の一つですけど、そういう事もあって案外勘違いされる事には慣れていたりします。

 

 「それに、シアさんがちゃんと女の子の扱いをしてくれますので、僕はそれで十分です。シノさんも同じですよね?」

 「君の言い分はわかるよ? だけど、今僕は女の子の格好をさせられそうになって、君の言っている事と逆の事をされそうになっている」


 あ、確かにそうですね。

 僕がシアさんに男の子の扱いをされそうになっているのと同じですかね?


 「それでも、好きな人がみたいと言っているのなら叶えてあげるのがシノさんの役目じゃないですか?」

 「そうかもしれないけど、流石にね?」

 「どうしてそんなに嫌がるのですか?」

 

 誰でも嫌な事はあると思いますけど、別にシノさんが本気で嫌がっているようにも見えないのですよね。

 本当に嫌だったらシノさんだったら違うやり方をすると思います。

 怒りはしないでしょうが、相手を諦めさせる方法をシノさんなら考えつくと思うのですよね。


 「簡単。シノは自分が予想以上に似合っていると自覚があるから。女装に目覚めそうで怖いだけ」

 「あ、そういう事でしたか。って、シアさんも来たのですね」

 「うん。シノとルリが走ってれば何かあったと思うのは当然」

 

 ちゃんとお仕事をしていた証拠ですね。

 けど、シアさんが興味深い発言をしていましたね。


 「実際の所はどうなのですか? シアさんはそう言っていますけど」

 「それは否定させてもらうよ。確かに自分で見ても変ではないと思ったけどね。だけど、それを普段から着たいかと言われると、そうは思わないかな」

 「普段からは着たくはないという事は、たまにならいいって事ですよね?」

 「……君、人の揚げ足をとるのが上手くなったね」

 「シノさんのお陰ですよ。って事で、着替えちゃいましょうか?」

 

 流石に四対一の状況ではシノさんも諦めざるをえないといった感じでしょうか、小さくため息を零し逃げるのを諦めました。

 まぁ、四対一といってもサンドラちゃんは僕達のやりとりを欠伸しながら聞いているだけですけどね。

 

 「リンシア、勝手に警邏を抜け出すのは困るんだけど?」

 「抜け出してない。これは仕事」

 「そうかもしれないけど、勝手な行動をされると、部下に示しがつかないよ」

 「臨機応変。それを覚えるのも大事。むしろ、街の異変をもっと感じとるようにするべき」

 「まぁ、そうかもしれないけどね」


 シノさんの腕を僕とルリちゃんが捕まえ、シノさんをシノさんのお家まで連行していると、影狼族を引き連れたラディくんが現われました。

 そして、僕はある事をふと思ったのです。


 「ラディくんも女の子の格好をしたら似合いそうですね」

 「ん? ユアンさん、何の話?」

 「いえ、今からシノさんを着替えさせようと思ったのですが、ラディくんも白髪なので、シノさんと並んだら可愛いかなと思いまして」


 僕と背丈が同じくらいで、髪こそ長くはありませんが、十分に女の子に見えるような気がするのですよね。


 「確かに。ラディ、一緒にくる」

 「僕はまだ仕事中なんだけど?」

 「平気。後はみんなに任せる……サンドラ」

 「なー? こうでいいのかー?」


 シアさんがラディくんが逃げないように腕を掴むとサンドラちゃんがシアさんの真似をしてラディくんの腕を掴みました。

 うん。あれは逃げられませんね。

 シアさんだけでも無理なのに、サンドラちゃんにも捕まったのです。

 ああ見えてサンドラちゃんの腕力も小さいながら結構ありますので、振りほどくのは難しいですからね。


 「サイラス、後は任せた」

 「わかりました! 後で日報を纏めておきますので、確認だけお願いします」

 「うん。後でコボルト達の訓練も頼む」

 「了解です! では、失礼致します!」


 サイラスさんは影狼族の人ですが、虚ろ人だった人ではない方で、シアさんやラディくんが不在の時に警邏隊のまとめ役をやっている方ですね。

 虚ろ人の人達に対しても差別することなく、面倒見のいい方なのでシアさんからの信頼も厚いのですよね。


 「これで安心」

 「安心じゃないよ。後で僕の仕事が溜まって大変なんだけど」

 「ラディなら平気。信頼してる」

 「そんな信頼いらないよ」


 シアさんとラディくんも大分打ち解けているのがわかりますね。

 前はもっと険悪だったと思いますが、一緒に仕事をするうちにいい関係が築けていそうで何よりですね。

 まぁ、前よりもラディくんは大変そうに見えますけどね。


 「君、諦めた方がいいよ」

 「そうなんだよっ! ラディも可愛い格好させてあげるんだよ!」

 

 シノさんはいい道づれが出来たと笑っていそうですね。

 まぁ、目は憐れみと諦めで死んだようになっていますけどね。

 それにしても平和ですね。

 今日も楽しい一日となりました。

 結局の所、スノーさんもキアラちゃんも仕事を切り上げて合流してきましたし、どこから話が伝わったのかわかりませんが、アリア様も来たり、たまたまやってきたデインさんまで来たりと賑やかな一日になりましたね。

 シノさんとラディくんは疲れ切っていましたが、それでもみんなで楽しく過ごせた気がします。

 お昼寝が出来なかったのは少し残念ですが、明日もきっと平和でしょうし、明日に持ち越しですね。

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