第344話 閑話 リコの朝

 「ん……んー? あぁ、朝かぁ」


 すっかり暖かくなり、布団から出るのを拒みたくなる季節が終わり、陽が昇るのも早くなったものだね。


 「っと、ジーアは……もう仕事をしてるか。なら、私もしないとだね」


 全く、ジーアの悪い癖がまた出ている。

 私が起きずに寝ていると私を起こさないようにこっそりと部屋を抜け出し一人で仕事をしようとする悪い癖だね。


 「起きない私も悪いんだけどねぇ」

 

 正直な所、朝は苦手なんだよね。

 休みの日何かは寝れる限り寝たいし、目が覚めても布団の中でゴロゴロする時間というのは本当に幸せだと思う。


 「でも、今日は休みじゃないし働くとしますか」


 布団を抜け出し、まずは身支度を整える。

 私はユアンちゃん達に雇ってもらった使用人で、謂わばユアンちゃん達は私達のご主人様に当たる存在になる。

 そんな方たちにみっともない格好を見せる訳にはいかない。

 身だしなみを整えるのも仕事の一つだと私は考えている。


 「ユアンちゃん達は気にしないだろうけどね。それでもしっかりしないと、逆に注意を促す事もできないよねぇ」


 特にスノーちゃんは家の中だと楽な恰好をしたいのか、下着とも言えなくもない格好で家の中を歩いているのを時々見かける。

 その気持ちは凄くわかるけど、流石にそれを許す訳にはいかないからねぇ。


 「ジーアおはよう。朝から一人でやらせちゃってごめんね?」

 「おはようお姉ちゃん。これくらいなら大丈夫だよ。むしろいつもお姉ちゃんにやって貰っちゃってるからたまにはね」

 

 身だしなみをを整え、いつもの作業服……私の普段着ているのは巫女装束と言って、赤と白色の着物みたいな服にエプロンをつけた格好なんだけど、それを着て朝食の支度をするキッチンへと向かうと、既にジーアが朝食の下ごしらえを終わらせてくれていた。


 「後は作るだけかね?」

 「うん。後はお願いしていいかな?」

 「構わないよ。ジーアはいつものかい?」

 「そうだよ」


 ジーアが嬉しそうに頷いた。

 

 「ユアンちゃん達を起こしにいくだけなのに、本当に楽しだそうだねぇ」

 「うん。毎日の楽しみだからね」

 「そんなにかい?」

 「そんなにだよ。それとも、たまにはお姉ちゃんも一緒に起こしに行ってみる?」

 「私も?」

 「うん。きっと私が楽しみにしている理由がわかるからね」

 

 ユアンちゃん達を起こしに行くのはジーアの仕事になっている。

 本人が進んでやりたがるからいつも任せているけど、たまになら私もその仕事に関わってみてもいいかもしれないね。

 ジーアが楽しみにしている理由もそうだし、ジーアの仕事を把握しておくのも大事な仕事であるから。


 「わかったよ、ジーアがそこまで楽しみにしている理由を確かめにいこうか」

 「うん。それじゃ、まずはスノーさん達を起こしにいくよ」


 どうやら起こす順番は決まっているようで、まずはジーアと共にスノーちゃんの部屋へと向かう。


 「今日はキアラさんが起きていないので、二人ともこっちに居る筈です」

 「一緒に寝ているんだね」


 ま、当然か。

 スノーちゃんとキアラちゃんの関係というのは私も知っている。

 

 「…………おはようございます。二人とも起きていらっしゃいますか?」


 ジーアが扉をコンコンと二度ノックし、声を掛けたが返事はない。

 

 「この場合はもう一度だね」


 同じようにジーアが扉をノックし、同じ言葉を部屋の中に呼び掛けるがやはり返事はない。


 「そしたら、中に入ってスノーさん達を起こすよ」

 「いいのかい?」

 「うん。スノーさん達に許可を貰っているから平気だよ」


 どうやら、ユアンちゃん達を起こすときも同じようで、部屋をノックして声をかけても返事をしなかったら中に入って起こすようになっているみたいだね。

 ジーア曰く、このパターンは珍しいみたいだけどね。

 

 「失礼します」


 静かにドアをあけ、ジーアが先に部屋へと入って行き、私もそれに続く。

 

 「スノーさん、キアラさん、朝ですよ起きてください」


 部屋に入り、スノーちゃん達が眠るベッドまで真っすぐ向かい、ジーアが寝ている二人に声をかける。


 「ん……あれ、ジーア? …………あっ、やばい寝過ごした!?」


 ジーアの呼びかけにスノーさんが目を覚ましたかと思うと、ガバッと布団を捲り、上半身を起こした。


 「あっ……」

 「へぇ……」


 ジーアの顔がみるみる赤くなっていく。


 「ちょ、朝食の支度が整いました! それでは、し、失礼します! お、お姉ちゃん外にでるよ!」

 「おっと、ジーアは乱暴だねぇ」


 そして、ようやくそこで状況を理解したのか、ジーアがスノーちゃん達に頭を下げ、私の腕を掴み部屋の外へと連れ出された。


 「なるほどねぇ……ジーアが楽しみにしていたのはこれなんだ」

 「ち、違うよ……」

 「そうなのかい? てっきり、スノーちゃんやキアラちゃんの裸を楽しみにしてるのかと思ったよ」

 「うぅ……お姉ちゃんの意地悪」


 っと、冗談のつもりがジーアが泣き出しそうになってしまった。

 まぁ、私も驚いたけどね。

 まさか、二人があんな格好で寝ているとは想像もつかなかったからね。

 どうりでいつも私達と同じくらいに起きるキアラちゃんが起きてこなかった筈だ。

 時々スノーちゃんと一緒に起きてくる日があるけど、その理由も理解できたよ。

 昨日はお楽しみだったって事だねぇ。


 「ま、気を取り直して次はユアンちゃん達だね」

 「う、うん。だけど、ユアンさん達はもう少し後に起きるから先にスノーさん達の朝食の支度だね」

 「おっと、そうだったね」


 という訳で、一度キッチンへと戻り二人でスノーちゃんとキアラちゃんの朝食を作り、二人に提供する。

 

 「えっと、さっきはごめん」

 「いいよいいよ~、私は気にしないからね」

 「そう言って貰えると助かる」

 「だけど、今度から気をつけてね? ジーアにはああいう耐性はないからさ」

 「気をつけるよ」

 「うんうん。それじゃ、ご飯を食べて今日も一日頑張ろうね~」

 

 スノーちゃんはあまり気にしていないようで良かったよ。

 ま、キアラちゃんは終始うつむいたままで、ジーアはキッチンから出てこれない程に気まずそうだけどね。

 

 「それじゃ、行ってくるよ」

 「行ってきますね……」

 「は~い。行ってらっしゃい」


 そのせいで、今日のお見送りは私が担当する事になったけどね。

 ま、時間が経てばお互いに忘れるだろうし大丈夫だろう。

 そもそも気にする事はないしね。

 一緒にお風呂に入った事だってあるし、いちいち気にする事でもないからね。


 「ジーアいくよ?」

 「要領はわかったと思うから、お姉ちゃんが起してきてくれる?」

 「別にいいけど、気にする事でもないよ」

 「そうだけど、今日はお姉ちゃんに任せる」


 全く、ジーアは初心すぎるね。

 まぁ、こればかりは性格的な問題だから仕方ないか。

 そういう事で、ユアンちゃん達は私一人で起こしに行く事になった。


 「おーい、ユアンちゃん、リンシアちゃん起きているかい?」


 ジーアと同じように部屋をノックし、中の反応を伺うが、返事が返ってくる様子はない。


 「二人も寝てるみたいだねぇ」


 ま、何度もノックするのも面倒だし、直接起こしに行っちゃいますか。

 ユアンちゃん達はドア越しに起こそうとしても大体は起きてこないと言っていたしね。

 そして、ジーアの言葉は正しかった。


 「幸せそうに寝ているねぇ」

 

 部屋に入っても二人は起きる様子はない。

 仕方なくベッドへと向かうと、やはり二人は寝ていた。

 お互いの存在を確かめ合うように抱きしめ合いながら、静かな寝息をたてて。


 「この姿をみると、とても冒険者とは思えないねぇ」


 冒険者なら人の気配とかに敏感なのが普通じゃないかな?

 これを見る限り、とても無防備でしかない。

 まぁ、家の中という安心感はあるのかもしれないけど、それでも無防備過ぎるね。

 

 「おーい、二人とも朝だよ」

 

 けど、ジーアが楽しみにしているという理由が少しだけわかるね。

 人の幸せそうな姿というのはいいものだ。

 しかし、そうは言っていられないので私は二人を起こすために声を掛ける。


 「ん……リコ?」

 「そうだよ、朝ご飯できたから、そろそろ起きてくれるかい?」

 「わかった」


 私が起しに来たのは初めてだけど、リンシアちゃんは特に気にした様子もなく、隣で眠るユアンちゃんの体を揺すり始めた。


 「ユアン、起きる」

 「んー……? もう、朝ですか」

 「うん。ご飯食べる」

 「そうですねー。くわぁ~」


 良かった良かった。

 無事に起きてくれたみたいだね。

 それに服もちゃんと着ているし、昨日はお楽しみじゃなかったのかな?

 っと、そうじゃなかったね。

 ユアンちゃん達を起こすときに気を付ける事があったんだった。

 よっと。

 確か、さりげなく何かをする振りをして、ユアンちゃん達から目を離すだったね。


 「シアさんおはようございます」

 「うん、おはよう」

 

 二人が朝の挨拶をしている。

 もういいかな?


 「もういいかい?」

 「うん。平気」

 「は、はい! もう起きましたよ」


 ユアンちゃんが慌てている。

 おはようのキスをしていたのがバレたくないのかな?

 別に気にしないでいいのにね。

 結婚式の時に私に、しかも目の前で見られているのだからね。


 「それじゃ、いつものやっちゃいますねー」

 「いつもの?」

 「はい、獣人の体操ですよ」


 あぁ、ジーアが言っていたやつか。

 

 「伸びー!」


 ユアンちゃんが両手を精一杯伸ばし、大きく伸びをし、両耳をピコピコ交互に動かした。


 「そして、最後に尻尾をフリフリです」


 確かに可愛い動きだねぇ。

 だけど、ちょっともったいないかな。


 「ユアンちゃんそれ間違ってるよ?」

 「え、そうなのですか?」

 「うんうん。尻尾を振る時はね、お尻を突き出すようにして振った方がいいかな」

 「こ、こうですか?」


 私のアドバイス通り、ユアンちゃんは身を少し屈め、お尻を突き出して尻尾を振り始めた。

 

 「そうそう、そっち方が尻尾を振れるでしょ?」

 「はい? そんな気がします?」

 

 実際は大して変わらないけどね。

 だけど、そっちの方が可愛くていいと思うね。

 その証拠に。


 「リコ、ナイス」

 

 リンシアちゃんが親指を立てて褒めてくれた。

 喜んでもらえたようで何よりだね。

 ジーアもきっと明日喜んでくれるかな?


 「それじゃ、着替えたら朝食を食べに来てね。準備しとくよ~」

 「はい、すぐに行きますね」

 「お腹空いた」


 後はいつも通りだね。

 朝食の片づけを終えたら、部屋の掃除をして、夕飯の支度をして、お風呂に入り浸かり、一日を振り返り眠る。

 あ、でも今日はいい天気だしお布団を干すのもいいかもしれないね~。


 「それにしても、楽しい生活になったものだね~」

 「やっぱりお姉ちゃんもそう思う?」

 「そりゃそうさ~」


 生活の水準が高くなった。

 毎日ちゃんとしたご飯を食べて、お風呂にも入れて、暖かい布団で眠る。

 住んでいた村と大して変わらない生活だけど質が全然違うからね。

 その分、仕事も増えたけど、それを踏まえても充実した生活だと思う。


 「ま、ジーアが居てくれるのが、大きいよ」

 「私もだよ。お姉ちゃん、いつもありがとう」

 「こちらこそ。それじゃ、今日もお仕事頑張ろうか」

 「うん!」


 ずっとこの生活が続けばいいと思うのは贅沢かね?

 ま、そうなるように頑張るし、ユアンちゃん達にも頑張って貰わないとだね。

 近いうちに、またトラブルが舞い込んでくると、夢で見てしまったからね。

 それをいつ伝えるか、正直悩むねぇ。

 ま、ユアンちゃん達ならきっと乗り越えていくだろうし、心配はいらないかな?

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