第343話 弓月の刻、名前を考える

 「それで、二人の名前はもう考えた?」

 「えっと、まだです」

 「そうかー……決まったら教えてね?」

 「わかりました。といっても、全く思いつかないのでまだ先になると思いますよ」


 シアさんと結婚してから半月ほどたち、今日もスノーさんから僕達の共通する名前が決まったか聞かれてしまいました。

 今日もと言った事からわかるように、アリア様に二人の名前を考える事を勧められた次の日から毎日聞いてくるのですよね。

 

 「でも、どうしてそんなに名前が決まったかどうかばかり聞いてくるのですか?」

 「特に深い意味はないけど、二人がどんな名前にするのかって気になっててさ」

 「私達もいずれは結婚しますので、その参考にさせて貰いたいの」

 「そういう事でしたか」


 まぁ、僕達が逆の立場だったら確かに気になりそうな事ではありますね。


 「スノー。クオーネは捨てるの?」

 「別に捨てる訳じゃないよ。ただ、この際だし独立しようかなとは思ってるよ。この前の父との話で納得はさせたけど最初は猛反対されたからね。女性同士で結婚だなんてクオーネ家の名に傷がつくってさ」


 世間一般では結婚は男女でするのが常識で、女性同士、または男性同士の結婚は非常識と言われているのは僕も知っています。

 それをスノーさんとキアラちゃんもしようとしているのですから、お父さんが反対するのもわかりますね。

 

 「でも、独立するのはいいですが、それで色々と大丈夫なのですか?」

 「スノーはある意味ルード帝国代表。勝手に名前を変えるとエメリアが困る」

 「別に困りはしないと思うよ。あくまでクオーネ家から独立するだけであって、ルード帝国の貴族である事は消えないからさ」

 「ルード帝国ではクオーネと名乗り、アルティカ共和国では別の名前を使えばいいとアリア様にも言って頂けましたからね」

 「それはそれでややこしいですね」

 「そうでもないよ? クオーネ家の名前を使う時はルード帝国の貴族として活動する時に限られるからね」


 しかもその機会は滅多に訪れないとスノーさんは言います。

 基本的にはアルティカ共和国、ナナシキ領主という肩書を名乗るみたいですからね。


 「ま、ユアン達の名前が気になるのはそれが理由だよ」

 「そうなのですね」

 

 といっても、名前は一生のものなので簡単に決める事は中々できないのですよね。

 一応ですが、候補は幾つか浮かびましたけどね。

 ですが、言葉の意味、言葉の響きがいま一つしっくりこなくて決めきれない感じなのです。

 

 「スノー達も手伝う」

 「手伝うって、名前を考えるのを?」

 「うん。気になるなら手伝えばいい。そっちの方が早い」

 「でも、ユアンさんとシアさんの名前ですよ? 私達が決めていいものではないよ」

 「構わない。スノー達も結婚したらそれにすればいい」

 「私達も同じ名前に?」

 「うん。スノーとキアラは一緒に暮らす仲。家族みたいなもの。そこで繋がりを深めるのも悪くない」

 「へぇ、シアからそんな言葉が聞ける日が来るとは思わなかったよ」

 「別に変な事は言っていない」


 確かに変な事は言っていませんよね。

 ですが、僕も驚きました。

 シアさんがスノーとキアラちゃんの事を大事に思っているのは知っていましたが、それは仲間として大事に思っているだけで、家族として見ているとまでは思いませんでしたからね。


 「ユアンさんはどう思う?」

 「僕ですか? 僕はスノーさん達がよければそれでいいと思いますよ。僕もスノーさん達の事は家族同然だと思っていますからね」


 一緒に居るのが当たり前になってしまいましたからね。

 今更、二人とも離れるだなんて考えられません。


 「スノーさんはどう思う? 私はシアさんの案は悪くないと思うけど」

 「私もいいと思うよ。むしろ、それが可能ならそっちの方が嬉しいかな。私にとってもユアンとシアは特別な存在だしね」

 「となると、色々と手続きが必要になりそうだね。ただ、前例があるかわからないし、アリア様に相談が必要かも」

 「そうだね。だけど、手続きは私達が結婚した後でも出来るし、そこはまだ大丈夫かな」

 「そうだね。名乗るのはスノーさんと結婚した後になるだろうし、名前だけは先にみんなで決めてもいいかも」


 どうやらシアさんの案にみんな賛成みたいですね。

 このままいけばシアさんとは夫婦でスノーさん達も家族となりそうです。

 その場合はスノーさんとキアラちゃんがお姉ちゃんになるのですかね?


 「違うよ、ユアンさんが私のお姉ちゃんだよ!」

 「そこは譲れないのですね」

 「当り前だよ。私はみんなの妹ですからね」


 実年齢は未だに不明ですが、一番年上という事はわかります。それでもどうしてもそこは譲れないみたいですね。


 「キアラ」

 「はい?」

 「キアラの誕生日はいつ?」

 「私の誕生日ですか? 日まではわからないですけど、春から夏に切り替わる時期くらいですよ」

 「となると、もうすぐですね」

 「うん。だけど、エルフは人族と違って四年に一度しか誕生日を祝う事はしないから、誕生日は来年ですけどね」

 

 それを聞いた瞬間、シアさんがにやっと笑いました。


 「四年に一度。いい事を聞いた」

 「いい事ですか……あっ! ち、違うの……今のはなしです!」


 キアラちゃんがシアさんの言葉に慌てています。

 一体どういう事なのでしょうか?


 「シアさん、なんでキアラちゃんが慌てているのですか?」

 「ユアン、キアラの年は幾つ?」

 「それは教えて貰っていないからわかりませんよ」

 「違う。キアラのエルフ年の話」


 あ、そっちでしたか。

 えっと、確か前に聞きましたね……。

 

 「確か、十五歳と言っていましたっけ? それがどうしたのですか?」

 「エルフは四年に一度誕生日を祝うと言った」

 「四年に一度……」

 「うん。それで、キアラの年は十五……つまり」

 「わぁー! なしです! 今はそんな話題じゃないですからねっ!」


 キアラちゃんが僕とシアさんの間に入り込み、無理やりに会話を遮ってきました。


 「それよりも、名前を考えるのですよねっ!」

 「あ、そうでしたね」


 まぁ、キアラちゃんは何歳であろうがエルフとはそういう種族ですので気にしませんけどね。

 それに、僕もシアさんも長命の種族みたいなので年を重ねれば誤差みたいなものだと思います。

 流石にエルフ族みたく五百年、千年までは生きないと思いますけどね。


 「なーなー?」

 「はい、どうしましたか?」

 「みんな名前を考えてるけど、私は別かー?」

 「そんな事ない。サンドラも家族」

 「そうですよ。スノーさん達が同じ名前になるのなら、当然サンドラちゃんも同じ名前にします。サンドラちゃんが良ければですけどね」

 「するぞー」

 「なら、サンドラちゃんもちゃんと僕達の家族ですよ」

 「嬉しいなー」


 となると、本格的に話し合って名前を考える必要がありそうですね。


 「ですが、ナナシキの名前を考えるのにあれだけ時間がかかったのに、僕達の名前が簡単に決まると思いますか?」

 「無理」

 「まぁ、無理だろうね」

 「妥協したくはないよね」

 「私はみんなと一緒なら何でもいいぞー」


 僕もです。

 まぁ、街の名前を決める時みたいに、僕に関連する名前になりそうだったら流石に嫌ですけどね。

 最初の案としてテンコムラとかそんな名前も案にあがったくらいです。

 そういった名前でないのなら僕としては何でも構わないと思います。


 「パーティー名を入れる訳にもいかないしね」

 「そうですね。流石に、弓月の刻リーダーのユアン・キュウゲツです、なんて名乗るのは変ですからね」

 

 結局、悩む事になりそうですね。


 「まぁ、急ぐ事でもありませんし、またそれぞれ案を持ちよって後日って事にしませんか?」

 「ま、そうなるよね」

 「私達としては早い方が助かりますけどね」

 「けど、適当な名前は嫌。一生使う名前」

 「なー。考えるぞー」


 んー……。

 けど、本当に難しいですよね。

 サンドラちゃんの名前は僕がつけましたが、サンドラちゃんは一目見た時に、これだ! って感じに咄嗟に出てきたのですが、今回はそんな感じがしません。

 そもそも僕にそういったセンスはありませんので、困るのですよね。

 サンドラちゃんは気に入ってくれたみたいですけどね。


 「あ、そうそう。あんまり気にしないでいいんだけど、フォクシアの領土に変な二人組が出没したみたいだから一応気をつけておいて貰える?」

 「変な二人組ですか?」

 「うん。なんか、勇者と聖女を名乗る人族の二人組なんだけど、どうやらこの街に向かっているみたいなんだよね」

 「この街にですか? えっと、誰からの情報です?」

 「アンリ様ですよ。何か、フォクシアの都でこの街の事を聞きまわっているって話があったの」

 

 アリア様から王様がアンリ様に変わると聞きましたが、どうやら本当みたいですね。

 ほんとについ最近からですが、フォクシアの都で何かあるとアンリ様が直接出向いてくれたり、手紙を魔鼠さんに預けてくれたりとアンリ様が色々と情報を送り、ナナシキと情報を共有するようになったみたいです。

 

 「そうなると信憑性は高いですね」

 「そうだね。だから、一応は気にしておいてほしいかな」

 「わかった。影狼族にも伝えておく」

 「助かるよ」

 「ちなみにですが、目的とかはわかっているのですか?」

 「それが、ユアンさんが目的……みたいなんだよね」

 「え、僕がですか?」

 「うん。回復魔法を使う黒い狐の獣人を探しているみたいですからね。明らかにユアンさんの事だと思うの」


 確かに、それだけを聞くと僕の可能性は高いですね。


 「んー……なんか面倒な事にまた巻き込まれそうな気がします

 「ま、いつもの事だしね」

 「うん。ユアンと一緒だから仕方ない」

 「そうだね」

 

 まるで僕がトラブルを呼び寄せるような言い方ですね。

 否定は出来ませんけど、意図してやっているわけではないので釈然としませんね。


 「気にする事はない。みんな、ユアンの為に動く」

 「うん。何が目的かはわからないけど、ちゃんと協力するよ」

 「だから、安心してくださいね!」

 「ありがとうございます」


 それにしても、勇者と聖女ですか。

 その存在って本当にいるのは驚きですね。

 まぁ、聖女というのは割とよく聞くので存在しているとは思いましたが、勇者となると……流石におとぎ話のような存在です。

 定義はわかりませんが、物語に登場する勇者の話はどれも、神様に認められ、力を与えられ、正義の心で悪を砕く。

 そんな話ばかりですからね。

 ですが、僕はその話を聞いても何も心が動きません。

 だって、どれも自分の都合のいい解釈で悪を悪と決めつけ、それを力づくで解決している話ばかりです。

 確かに物語に登場する悪人は悪い事をやっていますが、必ずしもそれが全てではないと思います。

 悪人には悪人の言い分があって、見方を変えればそれが正しい可能性だってゼロではありませんからね。

 っと、そんな事を考えても無駄ですね。

 その勇者と聖女という人に会ってみない事には何も判断できないですし、最初から偏見をもってしまうと間違った対応で、最初から険悪な関係になってしまうかもしれませんからね。

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