第342話 補助魔法使い、魔族に報告する

 「こんばんは」

 「あら……珍しいお客さんね。こんばんは」

 「退屈していませんか?」

 「何も感じないからわからないわね」


 相変わらずですね。

 椅子に足を組み座り、ガラス越しに僕達を迎えた魔族の女性……オメガさんがそう答えます。


 「それで、何の用?」

 「別に用って程ではありませんが、一応報告にきました」

 「報告? 別に報告されるような事は何もないと思うけど?」

 「ありますよ。僕達、結婚しました」

 「結婚? あぁ、隣のリンシアだっけ? その子とかしら」

 「はい、シアさんとです」

 「そうなのね。おめでとう」

 「ありがとうございます」


 ぶっきらぼうとですが、オメガさんが僕達を祝福してくれました。

 本心はわかりませんけどね。

 ですが、おめでとうと確かに言ってくれたのです。


 「それで、何のためにわざわざ私に報告しに来たのかしら?」

 「それはオメガさんがナナシキに住んでいるからですよ」

 「住んでいないわよ。拘束されているだけ」


 まぁ、そうですけどね。

 それでもナナシキに居る事は変わりませんからね。


 「だから、一応ですが僕の中ではオメガさんはナナシキの一員なので、ちゃんと報告しておきたいなと思ったのです」

 「そうなのね。それはありがとう」


 んー……。やっぱり、おめでとうやありがとうなどという言葉がすんなりと出てくるのですよね。

 

 「それで、用はそれだけ?」

 「そうですよ」

 「そうなのね。それじゃ、もういいかしら?」

 「良くないですよ。聞いた話ですが、ご飯をちゃんと食べていないみたいじゃないですか」

 「本題はそっち? 用はないって言ったじゃない」

 「これは用事じゃなくて世間話ですからね。また別ですよ」

 

 オメガさんに結婚の報告をして、一応どんな状態かを確認したかっただけなので、用事という用事ではないので間違っていないですよね?


 「そうなのね。けど、何かを聞き出そうと思っているのなら無駄よ。前にも言った通り、私は何も知らないから」

 「別に何かを聞こうとは思っていませんよ。ただ、ご飯をちゃんと食べていないという事が気になっただけですからね」

 「ふぅ~ん? 平気よ、心配されなくても必要最低限は摂取してるから」

 「本当ですか?」

 「本当。この体を見ればわかるでしょ?」


 胸を強調するような仕草をオメガさんはしました。

 オメガさんはあの時の格好のままで、下着とあまり変わらない格好をしていますので、僕と比べ物にならない程の豊満な胸が強調されているのがわかります。


 「確かに痩せたりはしていませんね」

 「そうよ。私達は魔素さえあれば食事はそれほど必要ないからね」

 「それはそれで便利ですね」

 「そうでもないわよ? 魔素がない場所だと生きるのが辛いから」


 魔素は世界中に溢れています。

 それでも、魔素が濃い場所、薄い場所が存在するようで、魔素が薄い場所で活動するのは大変みたいですね。

 

 「もしかして、魔族が北の方に住んでいるのはそれが理由だったりしますか?」

 「それだけとは言えないけど、こっちに比べたら魔素が濃いから暮らしやすいのは一つの理由ね」

 「そうなのですね」


 逆にリアビラなどの街がある南の方は魔素が少ないみたいで活動するのは大変とも教えて貰えました。


 「けど、それって魔族の弱点ですよね? 簡単に教えて良かったのですか」

 「そういえばそうね? だけど、魔族は魔素が必要ではあるけど、無いなら無いでどうとでもなるわよ。こういうのがあるし」


 そう言って、胸の谷間から何かを取り出しました。

 あれは、ペンダントですかね?


 「もしかして、それは魔法道具マジックアイテムですか?」

 「そんな所ね。これがあれば魔素が薄い場所でも溜めこんだ魔素を体内に取り入れる事ができるのよ」


 そんな物が魔族領にはあるのですね。

 しかも、その魔法道具マジックアイテムは特に珍しいものではなく、魔族領に行けば普通に売られている物みたいです。

 

 「けど、僕は初めて見ましたよ? 魔族領で売られているのなら、こっちでも売られていてもおかしくないですよね?」


 ルード帝国もアルティカ共和国も一応は魔族と細いながらも交流というか、物流というか、そういうのは存在しているみたいです。

 それなら、こっちで売られていてもおかしくはないと思いますよね?


 「こっちで売る理由がないからじゃない? 何せ、これは魔族専用みたいなものだからね」

 「専用なのですか?」

 「そうよ。貴方たちは魔素を常日頃必要としない。持っていても意味はないでしょ? 別に形もデザインも特別な物って訳ではないし」

 

 ポーションと違って魔力を回復する代物ではなく、あくまで魔素を体に取り入れる為だけの道具らしいので、確かに人族や獣人は必要ではない代物ではありますね。


 「ま、そういう訳で私は食事をあまり必要としないわけよ」

 「それならいいのですけどね。ですが、何か食べたいものはないのですか?」

 「特にはないわね」

 「そうですか」


 こんな窮屈な暮らしをさせてしまっているので、何か気晴らしになるような事はしてあげたいと思いましたが、特にしてあげれるような事はなさそうですね。

 

 「もしですよ? 今この場でオメガさんを解放すると言ったら、どうしますか?」

 「あり得ない事を言われても困るわ。私は想像で動いたりはしないから、その時になってみないとわからない」

 「となると、この街を破壊する為に行動するという可能性も?」

 「十分にあり得るでしょうね」


 んー……気晴らしに外の空気を吸わせてあげたいですけど、それも厳しそうですね。

 あ、でもあの方法ならどうでしょうか?


 「シアさんの血の契約でオメガさんが逃げないようにしたり暴れないようにしたりするのは可能ですかね?」

 「それは厳しい。出来るかもしれないけど、きっとオメガは抵抗する。それはオメガの負担になる」


 それは危険ですね。

 体に負担がかかるのという事は場合によっては死に繋がる可能性だってあります。

 僕の闇魔法なんかがそうですよね。今ならば少しは慣れはしましたが、使えば体が痛みます。

 あれは適性のない体で無理やり闇魔法を使用しているので体に負担が掛かっている証拠です。

 あれと同じ事が起きる可能性だって十分にありえます。

 まぁ、僕の体が特殊なだけかもしれませんけどね。

 ですが、抵抗できるというのなら負担が掛からないにしろどちらにしても危険です。

 仮に、僕の体が操られて仲間を傷つける為の行動をとらされたら僕は全力で抵抗します。

 そして、抵抗できた場所で自分を傷つけ、その傷で自分が動けないようにすると思うのですよね。

 もし舌を噛みきれるのなら、それを選ぶかもしれません。

 まぁ、これは例えですけどね。

 けど、実際にオメガさんがそれをする可能性がありますし、その選択は選べませんね。


 「ねぇ、どうして私にそこまでしようとするの? 私は貴女たちの敵で、貴女たちからしたら悪人なのよ?」

 「そうなのですが、どうしてもオメガさんが本当の悪人だと思えないのですよ」

 「その根拠は?」

 「根拠はありませんよ。ただ、僕が勝手にそう思うだけです」


 理由なら幾らでも浮かびます。

 影狼族を操っていても傷つかないように配慮したり、実際に何をしようとしていたのかはわかりませんが、悪い事は一つもしていなかったりと。

 だけど、根拠は関係なしに何となくですが、この人は本当に悪い人ではないと思うのです。

 

 「それは貴女の勘違い。私は貴女の知らない所で色々とやってきたから」

 「何をしてきたのですか?」

 「いちいち覚えていないわよ。壊してしまえば次の標的にしか興味が沸かないから」

 「それが誰かを護るためだったとかではなくてですか?」

 「ないわね。私は個人主義。私が良ければそれでいいの。誰かの為に生きようだなんて気持ちはとうの昔に壊れてしまったのだから」

 

 とうの昔にという言葉が聞けましたね。

 つまりは、昔はその気持ちがあったという事に繋がりそうです。

 となると、その昔の話が聞くことさえできればもしかしたら……。


 「ねぇ、そろそろいいかしら? あまり人と話すのは得意じゃない。疲れたわ」

 「あ、すみません。ですが、またお話に来てもいいですか?」

 「私に拒否権があるの? 囚われの身なんだけど」

 「ありますよ。別にこれは尋問ではないですからね。ただ、僕がオメガさんと話したくて勝手に来ているだけですので、嫌というのならちゃんと尊重しますよ」

 

 結果的には尋問みたいな形になってしまっていますけどね。

 ですが、オメガさんの話を誰かにするつもりはありません。

 まぁ、スノーさん達には話すとは思いますが話すとしても経過報告くらいですね。

 内容までは話そうとは思いません。


 「そう。それなら……たまにはいいわよ。私も退屈だし」

 「本当ですか?」

 「えぇ。ただし、あまり長い時間は嫌よ」

 「わかりました。その時は今回みたいに言ってもらえればそこで終わりにしますね」

 「ありがとう。それじゃ、またね」

 「はい、また来ますね」


 なんだかんだ色々と話す事が出来たような気がします。

 気になっていた食事の件も聞けましたし、またお話していい許可も頂けました。

 それに、退屈という言葉も引き出せましたね!

 つまりは、全てを壊したいと言っていますが、他にもちゃんと感情があるという事もわかりましたよ。

 まぁ、それが何かを壊す事ができないからそれで退屈しているとも捉えられますけどね。

 それでも僕との会話が退屈しのぎになって考えが少しずつ変わってくれる可能性もあります。

 今は無理でもいつの日かわかり合える日が来るかもしれません。


 「ユアン」

 「はい?」


 オメガさんを拘束している部屋から離れ、外に出るとシアさんが立ち止まり僕の名前を呼びました。

 その顔は真剣で、少し拗ねているようにも見えます。

 

 「オメガの事、そんなに心配?」

 「心配とは違うと思いますが、気になりますね」

 「どうして?」

 「だって、淋しいじゃないですか。何かを壊す事でしか楽しめないだなんて」


 世界には楽しい事が沢山ある事を僕は知りました。

 如何に自分が小さな世界でしか生きていなかったのかを冒険者になって知る事が出来たのです。


 「シアさんもそうですよね? 僕と出会う前は自由に生きて、楽しみを探していたのですよね?」

 「うん。私は影狼族の掟に縛られたくなかった」

 「それと同じですよ。オメガさんにもそうなって貰いたいだけです」

 「そう。だけど、ユアンがそこまでする必要はある?」

 「まぁ、ないですけどね……でも」


 謂わば自己満足なのかもしれません。

 だけど、一つだけ確かな事があります。


 「ある意味、僕の復讐でもありますよ」

 「復讐?」

 「はい、オメガさんは僕のシアさんを苦しめました。だから、オメガさんが望んでいない未来。それを実現させようと思っているのです」


 結果的には復讐になるのかはわかりません。

 だけど、オメガさんは破壊を望んでいる。

 それを変えてしまえば僕の、僕なりの仕返しに繋がると思うのです。


 「納得した」

 「えへへっ、もしかして嫉妬してました?」

 「してた。オメガの事ばかり気にかけてたから凄くしてた」

 「大丈夫ですよ。僕が一番大好きなのはシアさんですからね」

 「大好きなだけ?」

 「えっと、愛してもいますよ?」

 「うん。私も……ね、帰ろ? イチャイチャしたくなった」


 シアさんが僕の腕をとり、身を寄せてきます。

 

 「そうですね。でも、お風呂に入ってご飯を食べてからですよ?」

 「むー……その前にイチャイチャするの」

 「そ、そんなにですか?」

 「うん。新婚だから仕方ない……ダメ?」

 「ダメ……じゃないです」


 うー……ずるいです!

 そのダメは本当にずるいです!

 

 「嬉しい。早く帰る」

 「わっ! もぉ、そんなにぐいぐい引っ張らないでくださいよー」


 こうなったらもう諦めるしかないですね。

 まぁ、確かに新婚なので仕方ないですよね。

 結婚する前からイチャイチャはしていましたが、結婚したら増えるのは仕方ないとは思います。

 

 「ユアン」

 「はい、何ですか?」

 「影狼族の技、今日使ってみる」

 「影狼族の技、ですか?」

 「うん。おとーさんから教わったの」

 「え、もしかして……」

 「うん。ユアンの想像通り。私、頑張る」

 

 にたーっとシアさんが笑いました。

 最近、シアさんの笑い方に新たな笑い方が増えたのに気づきました。

 この、にたーっと笑う笑い方です。

 そして、その笑い方をする時はどういう時か僕は気付いてしまいました。

 

 「えっと、優しくしてくださいね?」

 「うん……ユアンも頑張る」


 うー……怖いです。

 この笑い方をするシアさんって凄く意地悪になるのですよね。

 イチャイチャするとき限定で……。

 そして、その予想は当たりました。

 また僕は一つ大人の階段というのを登ったような気がします。

 また忘れられない日が増えてしまいましたね。

 それもまた幸せなのだと思いますけどね。

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