第341話 補助魔法使いと従者、報告に向かう
「名前を考えろ、ですか?」
「うむ! 折角だし、悪くないじゃろ?」
結婚式を終えた翌日の朝、僕達の家を訪れたアリア様から突如そのような事を言われました。
「ですが、僕にはユアン、シアさんにはリンシアという名前が既にありますし、必要はないですよね?」
「そうではない。二人が夫婦という証とも呼べる名前をつけたらどうじゃという話よ」
あぁ、新しい名前を名乗れという訳ではなく、例えばスノーさんみたく、スノー・クオーネのクオーネの部分を考えたらどうだという事みたいですね。
「でもそれって貴族を表す意味になりますよね?」
「そんな事はないぞ? アルティカ共和国ではそのような文化は存在しないからな」
「そういえばそうでしたね。シアさんはどう思いますか?」
「あれば便利。名乗るだけで私とユアンの関係を他人に知らせることができる」
同じ名前があるという事はそういう事に繋がるのですね。
まぁ、人によっては姉妹ですかと勘違いしてきそうですが、その時は左手の指輪を見せれば解決しそうですね。
「わかりました。折角ですので考えてみようと思います」
「うむ! 決まったら必ずスノーに報告するのじゃよ」
「わかりました」
スノーさんに報告すれば、正式な名前として登録してくれるみたいですね。
それだけを伝え、アリア様は帰っていきました。
「それにしても、昨日は大変でしたね」
「大変だった。それでも幸せ」
「えへへっ、僕もです」
アリア様が帰り、二人きりとなった部屋でシアさんと寛ぎながら昨日の事を振り返ります。
今日は二人ともお仕事をお休みさせて頂き、二人だけの時間を暫く楽しもうと決めたのです。
もちろん許可は頂いています。
というよりも、みんなから仕事はいいから新婚を楽しめと言われてしまったのです。
「どうしますか?」
「イチャイチャする」
「それはしますけど、一日中イチャイチャしてたら僕の体が持ちませんよ」
「むぅ……なら、結婚報告に色んな場所に行く?」
「それもいいですね。新婚旅行みたいですので!」
と言っても、報告する人なんて限られていますけどね。
何だかんだ言って、昨日は街の人以外にも色んな所から人が集まってくれました。
ルード帝国からもクジャ様やエメリア様達の王族、トレンティアの領主であるローゼさんやローラちゃんなども来てくれていましたからね。
「でも、時間がなくてあまり話せなかった」
「そうですね。二次会はありましたけど、全員と話す暇はなかったですからね」
先ほど大変だったと言いましたが、大変だった理由がここにあります。
二次会は僕達と集まってくれた人の距離を取り払い、自由にお話をしたりできるようになっていました。
そのせいで、街の人が僕達を直接祝福するために殺到して、とてもではありませんが落ち着いてお話が出来る状況ではなかったのですよね。
「では、まずは約束したのであの場所から行きたいのですがいいですか?」
「うん。私も報告したいからそうする」
「それじゃ着替えましょうか」
「うん!」
二人の意見は一致していました。
結婚したらまず行きたい場所が僕達の間で決まっていたのです。
「シアさん、変じゃないですか?」
「そんな事ない。何度もみたい姿」
「良かったです。シアさんも何度見てもやっぱり素敵ですね」
「ありがとう」
お互いの姿を確認し、変な所がないか確認し合いましたが、どうやら大丈夫そうですね。
何せ、自分一人で着るのは初めてなのでいま一つ着方がわからない服ですからね。
「それにしてもすごい技術でしたね」
「うん。イル姉が頑張ってくれた」
僕とシアさんは再び純白のドレスを身に纏いました。
ですが、この服って元は純白ではなくて、僕のは紫、シアさんは赤色のドレスだったのですよね。
それがシノさんの魔力を切っ掛けに純白のドレスに変化したのです。
僕でも施された
シアさんの話では
「それじゃ、行きましょうか!」
「うん」
シアさんと手を繋ぎ、僕達はある場所に向かいます。といっても、転移魔法で移動できる場所なので着くのは一瞬ですけどね。
「来てくれますかね?」
「平気。約束したから……ほら」
来なかったらどうしようと少し不安になりましたが、その不安は杞憂であったようで、シアさんの言葉通り、二人の人影が目の前に現れました。
「あら、とても素敵な恰好をしているわね」
「娘達のこんな姿を見る事ができるとは、長生きはするもんだな」
僕達と同じように、手を繋ぎお母さん達が現われました。
「えっと、お母さん、お父さん」
「私達、結婚した」
「ふふっ、見ればわかるわよ」
「はい……ですが、ちゃんと口にして報告したかったですので」
僕達の姿をみてお母さん達が笑っています。
「お前は真面目だな、一体誰に似たんだ?」
「少なくともユーリに似た訳ではないわね」
「アンジュでもないよな。アンジュはいつも適当だからな」
「ユーリに言われたくないわよ」
喧嘩ではないですが、二人が言い争いをしています。
ですが、お互いの事を攻め合っている訳ではなく、やりとりを楽しんでいるようにも見えますね。
仲が良いからこそ出来る。
そんな感じがします。
ですが、二人の会話で気になる事がありました。
「えっと、僕は二人と似ていないという事ですか?」
「そんな事はないぞ。直ぐに不安になる心配性な所なんてアンジュそっくりだ」
「あら、それを言ったら切り替えの早さなんてユーリそっくりよ?」
良かったです。
お母さん達から、ではないですがお母さん達の子供なのに親と似ていないと言われたらショックでしたからね。
「だけど、僕の……僕自身はそう思いませんが、真面目といった部分は似ていないのですよね?」
「まぁ、そうだな」
「私達はなるようになるだろうって生きてきたからね」
「となると、この性格ってどこから生まれたのでしょうか?」
「そりゃ簡単だ。オルフェだろうよ」
「オルフェさんですか?」
「そうよ。ユアンはオルフェを見て育ったのだから自然と似たのでしょうね」
「それなら良かったです」
育った環境でも人は変わると言いますからね。
そう言われると納得できる部分はあります。
それに、そう言われると嬉しいですよね。何せ、僕の中ではオルフェさんはもう一人のお母さんでもありますからね。
「ユアン、私のお母さんも忘れないでほしい」
「大丈夫ですよ。シアさんのお母さんもお母さんですからね!」
となると、僕には5人もお母さんがいることになりますね。
「という割にはイリアルの事はこの場に呼んであげなかったのね」
「「あっ……」」
わ、忘れていました。
シアさんの方を見ると、シアさんも忘れていたようで露骨に目を逸らされてしまいました。
「あ、後でちゃんと報告しましょうね」
「うん。だけど、お母さんは昨日の結婚式に参加してた。一応は見てたから平気。たぶん」
それでも会話する機会はありませんでした。
遠くで僕達の事を見守っていてくれるだけでしたからね。
「ったく、しょうがないな……」
「今呼んであげるわ」
「何かすみません」
「いいのよ。普段からユーリはこんな感じだから」
「いや、大事な場面でしょうもないミスをするのはアンジュそっくりだからな」
お母さん達もミスをしたりするのですね。
今までに聞いて来た話だととても凄い人達としか聞いていたので意外でした。
「当り前よ。ミスのない人間なんてこの世に存在しないわ」
「失敗を積み重ねたからこそ今があるってもんだ。衰退と発展を繰り返し、今の世界があるのだからな」
「それが人の歴史ってものよ」
色んな事を自分たちの目で見てきたからこそわかる事があるのですね。
「っと、来たな」
ユーリお父さんの言葉通り、転移魔法を使いイリアルさんが来てくれました。
しかし、どこか様子が変ですよ?
何故かその手には剣が握られています。
「アンジュ、ユーリ大丈夫!?」
そして、二人の姿を目にした瞬間、慌てたように叫びました。
「おぅ、大丈夫だ」
「て、敵は何処!?」
「敵? そんなものは居ないわよ」
「居ないの? 良かったぁ……」
気の抜けたような声と共に、イリアルさんは構えていた剣を下ろしました。
「あの、どうしてそんなに慌てていたのですか?」
「え? あ……ユアンちゃん? それに、シアちゃんも……どうして? それにその格好……?」
ここでようやくイリアルさんは僕達が居る事に気付いたようで、訳がわからないといった様子で僕達とお母さん達を交互に見ています。
「ユアンの報告にきた」
「そうなの? でも、ユーリが敵が来たって……」
「そんな事言っていないぞ。ただ、俺は大変な事が起きた。直ぐに来てくれって言っただけだ」
「イリアルの勘違いって事ね」
「そ、そんなぁ……」
いや、勘違いではないと思いますよ?
誰だって大変な事が起きたから来てくれなんて言われたら、敵に襲われていると思っても仕方ないと思いますからね。
「お母さん、恥ずかしいからしっかりする」
「あ、ごめん……じゃないよ! もぉ、シアちゃんもユアンちゃんも酷いじゃない、ここに結婚の報告に来るのなら私の事も誘ってくれてもいいよね?」
「そこはごめん。だけど、お母さんの事忘れてた」
「忘れてたって……もしかしてユアンちゃんも?」
「すみません。完全に忘れてました」
「みんなして酷い……」
何か凄く申し訳ないです。
申し訳ないですけど、僕のお母さん達がイリアルさんを見て大笑いしているので、僕もシュンとするイリアルを見て笑いそうになってしまいます。
「ふふっ、まぁ結果的に呼んで貰えたのだからいいじゃない」
「そうだぞ? ユアン達も悪気があった訳じゃないだろうからな」
「まぁ、それはそうかもしれないけど」
「そうですよ。忘れていただけで、ちゃんとイリアルさんにも改めて報告するつもりで居ましたからね。ただ、本当に忘れていただけなので安心してください」
「うっ……ユアンちゃんが酷い」
あ、あれ?
イリアルさんを慰めるつもりが逆に胸を押さえて更に落ち込んでしまいました!
「流石ユアン。追い打ちをかけるのが上手い」
「えぇ!? そんなつもりはないですよ!」
本当に僕はただ慰めるつもりだっただけですからね?
「でも、ユアンは忘れていたのでしょう?」
「はい。でも、本当にイリアルさんの事を忘れていただけで、ちゃんと報告して、これからもよろしくお願いしますと伝えるつもりでしたからね。悪意があって呼ばなかった訳ではないですよ」
「う、うぅ……悪意がないのが余計に辛い……」
「ユアン、お母さんが立ち直れなくなる。その辺で許してあげて欲しい」
「え? でも、僕は……」
「ごめん……ユアンちゃんに悪意がない事はわかったから……その辺で終わろ? これ以上は耐えられない気がする」
良かったです。
イリアルさんにようやくわざとやった訳ではない事が伝わったみたいですね。
これから義理のお母さんになる方なので、誤解されたままだと嫌でしたが、誤解は解けたようです。
「自分の娘が恐ろしいわね」
「本当にな。けど、言葉だけで相手を追い込むのはアンジュ譲りだな」
「いえ、悪意のない言葉で人を刺す所はユーリを見ているようだったわよ?」
「となると、俺達の悪い部分を受け継いじまったという事だな」
「そうなるわね。まぁ、いつか役に立つ日が来るでしょう」
「そうだな」
「えっと、私としてはそれが怖いんだけど?」
お母さん達は悪い部分を僕が受け継いだと言っていますが、それでもお母さん達の繋がりがあるようで嬉しいですね。
ですが、イリアルさんとしてはそれが怖い……何が怖いのかは良くわかりませんが、僕の言動が怖い時があるみたいなので、気をつけないといけませんね。
それに、どうやら傷つけてしまったみたいなので、ちゃんと謝っておかないと今後に支障をきたす可能性もありますね。
「イリアルさん、僕はイリアルさんの事が大事ですよ。なので、これからもよろしくお願いします」
「本当?」
「本当ですよ。イリアルさんは僕のお母さんになる方ですからね! なので、元気出してくださいね!」
「うん! これからよろしくね」
「わっ!」
イリアルさんはやっぱりシアさんのお母さんでした。
嬉しそうに返事するところとか、抱き着き方がシアさんにそっくりです!
「むぅ……ユアンは私のユアンなのに」
「なら、シアちゃんも……えいっ」
イリアルさんが片方の腕で僕を抱きしめ、もう片方の腕でシアさんを抱き寄せました。
「ふふっ、こんな可愛い娘が増えて、私は幸せだね。生きててよかったと思えるよ」
「はい。これからも元気で長生きしてくださいね」
「いつかユアンとの子供抱っこさせてあげる」
「楽しみにしてるわね!」
子供は流石にまだ早いですけどね。
それでも、そのいつかが来るまで元気でいて貰いたいですね。
イリアルさんだけでなく、僕のお母さんにもです。
「へぇ……私達ができないのに、イリアルだけユアンとシアを可愛がるのね」
「俺達の前でいい度胸をしてるよな」
「え? あ、でもこれは私の特権というか……」
「特権ね? なら、イリアルの昔話をするのは私達の特権でもあるわね?」
「え、それは別じゃない!?」
「そうか? ユアンもシアもイリアルの昔話をもっと聞きたいよな?」
「聞きたい」
「聞きたいです!」
この間、僕は途中で寝てしまいましたからね。
聞けなかった事を聞けるのは凄く嬉しいです!
「だそうよ? この前はイリアルの事を配慮して言わなかった事もあるけど、いいわよね?」
「そうだな。俺達の前でそんな事をしたんだ、もう遠慮はいらないよな」
「だ、ダメに決まってるでしょ! 一体、何を言うつもりなの!」
「それは話してからのお楽しみよ」
「今日は時間があるからな。ゆっくりしていってくれ」
「うん。楽しみ」
「えへへっ、楽しみですね!」
今日は時間があると言ったのは嘘ではないみたいで、夕方までじっくりと昔の話を聞かせて貰いました。
終始イリアルさんは顔を赤くして、その度に否定をしたりしていましたけど、凄く楽しい時間を過ごす事が出来ました。
ちなみにですが、今日は最後までお母さん達のお話を聞くことができました。
そんな感じでお母さん達への報告は終わりました。
また会う約束を交わし、今日の所はお開きになったのです。
そして、その夜。
僕達はとある人へと報告に向かいました。
この街に住んでいる……といっていいのかはわかりませんが、今この街に居る人でまだ報告をしていない人がいたからです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます