第340話 補助魔法使いと従者、永遠を誓う
「ユアン、私と結婚して欲しい」
純白のドレスを身に纏ったシアさんが、真っすぐに僕を見つめ、そう口にしました。
その目は冗談を言っているようには見えず、戦いに挑む時のようにとても真剣です。
「はいっ! よろしくお願いします!」
「え?」
これって結婚の申し込み、いわゆるプロポーズってやつですよね?
なので、僕はシアさんの気持ちに応えるべく、そう返したのですが、何故かシアさんがキョトンとした顔で驚いています。
「どうしたのですか?」
「いいの?」
「はい。僕はシアさんの事が大好きですなので、シアさんとなら結婚したいと思っていますよ?」
「う、うん。私もユアンの事、大好き」
シアさんの気持ちは知っていましたが、改めて言葉にされると嬉しいですね。
ですが、珍しくシアさんが照れていますね。
まるで僕の反応が予想外だったかのように狼狽えてもいます。
「シアさん?」
「な、なに?」
「大丈夫ですか? 何かいつもと様子が違いますけど」
「そんな事、ない」
「むー……そんな事ありますよ。もしかして、冗談、だったとかですか?」
「違う! ただ、ユアンならびっくりして、あわあわすると思ってたのに普通に受け入れて貰って逆にびっくりしただけ」
あー……そういう事だったのですね。
どうやら、シノさん達と一緒になって僕を驚かせようとしていたのかもしれませんね。
ですが、僕が普通に受け入れてしまったので、予想外の反応にシアさんが驚いてしまったと。
「くくっ、君も成長しているって事だね。兄として喜んでいいのか、悲しむべきなのかわからないけどね」
「まぁ、シノさんやアリア様のお陰ですね」
それだけ、何度も驚かされてきたので耐性が出来たのかもしれません。
「どうやらユアンさんへのサプライズは失敗してしまったみたいですね」
「そうだね。ま、結果的にはいい方向へと向かったのだし、いいんじゃないかな?」
「そうですね。ユアンさん、リンシアさんおめでとうございます」
アカネさんとシノさんが僕達に向かって拍手をし始めました。
すると、それに合わせて会場からも拍手が起こり始め、次第にその拍手が会場中に広がっていきます。
「ユアン、シアおめでとー!」
「二人とも幸せになってくださいね!」
「あ、ありがとうございます」
会場の灯りが消えていたので、街の人達や他にも色んな人が沢山訪れていたのを完全に忘れていました。
そんな中で、改めてスノーさんとキアラちゃんからお祝いされると急に恥ずかしさが込み上げてきました。
全部、見られてしまっていたのです!
「ユアン?」
「ふぇっ!? な、なんですか?」
「むぅ……私が告白した時よりも、慌ててる」
「だ、だって……みんなの前で告白されて、恥ずかし過ぎますよ」
うー……拍手が中々鳴りやみません!
それだけ街の人達も祝福してくれているというのがわかりますが、あまり注目されても困ります!
「堂々としていればいい」
「そうかもしれませんけど、もうプロポーズは終わったので、席に戻っちゃダメなのですか?」
これだけ拍手が起きているのです。
シアさんが僕にしたプロポーズは成功といえますよね?
それなら、もう僕達の結婚式の余興は終わりだと思います。
早くしないと折角の料理も冷めてしまいますからね。
「いや、まだだよ」
「むしろこれからが本番ですので」
「えっ、どういう事ですか?」
これからが本番とアカネさんとシノさんがいいますが、僕は何の事がさっぱりわかりません。
ですが、それも直ぐにわかる事になりました。
「ただいまより、結婚式第二幕を行います。お集りの皆さまは今一度ご静粛願います」
そんなアナウンスが流れたのです。
「結婚式第二幕……?」
「うん。私達の結婚式」
「え……えぇっ!? 僕達のですか!?」
「うん。今からユアンと結婚する」
「で、でも……この格好だと、あれ?」
気づいたら、僕も純白のドレスを身に纏っていました。
「ユアンのウェンディングドレス姿、とても素敵」
「い、いつの間にですか……?」
「気付いてなかったの?」
「はい……」
もしかして、シノさんが魔力を流した時にですかね?
僕の着ていたドレスは
「ユアン、いこ? リコが待ってる」
「え、あの……でも、これじゃ、僕達が主役みたいで、シノさんやアカネさんに申し訳ないというか……」
何というか、シノさん達の時よりも会場が盛り上がっているような気がします。
今は静かですけど、熱気というのが籠っているというか、そんな感じがするのです。
「いいんだよ。これは僕とアカネからのお礼でもあるんだから」
「ユアンさん達には本当に感謝しています。シノ様を救って頂いたお礼です」
「だから君たちも幸せを掴みに行っておいで」
「わかりました……ありがとうございます」
こうなったら腹をくくるしかないようですね。
「シアさん、行きましょう」
「うん!」
といっても、僕達が上がった壇上からリコさんが待ってくれている祭壇みたいな場所までは僅か数メートル。
一瞬でついてしまう距離です。
ですが、その距離が凄く遠くて、シアさんと出会ってからの事を色々と思い出し、色んな思いが込み上げてきます。
「シアさん」
「なに?」
「僕、今すごく幸せです」
「私も。だけど、まだこれから」
「はい、もっと沢山の思い出を一緒に作りましょうね」
「うん。これから大変な事は沢山ある。だけど、それを一緒に乗り越えるのが夫婦」
「はいっ!」
僕達がこうやって幸せを感じている間も、魔力至上主義の人達が裏で何かを画策しているかもしれません。
また大変な事件が起こる可能性も十分にあり得ます。
ですが、それが僕達の幸せを邪魔するというのならまた戦わせて頂きますし、護ってみせると宣言させて貰いますよ。
「いやー、今日は本当にめでたいね~」
「何度もすみません」
「いいんだよ~。それじゃ、二人の幸せを祝っちゃおうか……たまには、本気出しちゃうからね~?」
祭壇まであがるとリコさんが笑顔で迎えてくれました。
しかし、直ぐに真剣な表情となりまるでリコさんが会場の雰囲気を操っているかのように、厳かな張りつめた空気が会場を支配していきます。
そして、リコさんが本気を出すと言った意味が直ぐにわかることになりました。
「リコさん?」
リコさんの目の色が金色から生気の抜けた僕と同じような灰色へと変わっていったのです。
そして……。
「ほほぉ? 我を呼び出したのはお主か?」
リコさんの声で、僕達の知らない誰かが喋りました。
いえ、リコさんの口は動いていないので、まるで念話のように頭に声が語り掛けてくるのです。
「え……誰ですか、あなたは?」
明らかにリコさんではないとわかりました。
リコさんであって、リコさんではない誰かがリコさんの体を使って喋っているような感じがするのです。
「ふむ。お主らが小娘の言っていたユアンか、なるほど。確かにお主になら任せる事はできよう」
しかし僕の質問に答える気がないのか、リコさんの姿をした誰かは一方的に喋ってきます。
「ならば、我がお主らに祝福を授けよう。受け取るがよい」
「わっ!」
今までに体験した事のない魔力が僕を包みました。
感覚としては
無理やり力を押し付けられるように僕を包み込んだ暖かい魔力が僕の中へと流れ込みます。
「いつか直接会える事を楽しみにしているぞ。我が子よ」
まるで鏡が割れるような甲高い音が響きわたりました。
「ふぅー……」
リコさんが深く長い息を吐きだしました。
「リコさん?」
「ん? あ、そうそう祝福だったねぇ~」
「あ、いや……今のは?」
「ん~? 何かあったのかい?」
「何かって……シアさん?」
「何?」
シアさんは何事もなかったように首を傾げました。
もしかして、今の事に気付いていないのでしょうか?
「いえ、何でもないです」
僕の気のせいでしょうか?
でも、確かに声ははっきりと聞こえました。
「ま、細かい事は気にしても仕方ないよ。それじゃ、始めるよ~」
僕の戸惑いとは裏腹にリコさんが僕達の結婚を進めていきます。
「ユアン、大丈夫?」
「はい、大丈夫です。ですが、後で聞いて欲しい事があります」
「わかった。必ず聞く。だから、今は結婚に集中しよ?」
「はい! 一生に一度ですからね」
戸惑う事が起きました。
ですが、シアさんとこうして結婚式をあげられるのは最初で最後です。
それを無駄にはしたくありませんからね。
今起きた事を頭の片隅へと追いやり、今は、大好きなシアさんの事だけを考えます。
「新婦ユアン」
「はいっ!」
「新婦リンシア」
「うん」
「龍神様に誓い、永遠の愛を捧げ、いついかなる時も互いを支え合い、共に生きる事を誓いますか?」
「「誓います」」
「よろしい。では龍神様の代理である私の前で契りの接吻を交わし、この儀は終わりとします」
うー……いよいよですね。
「シアさん……改めて、これからよろしくお願いします」
「うん。こちらこそ。一緒に幸せになる」
「はいっ!」
恥ずかしいです。
ですが、それ以上に嬉しいです。
シアさんの首に腕を回し、シアさんが僕の頭を抱えます。
「ずっと、一緒ですよ」
「うん、ずっと」
シアさんの透き通るような金色の目がそっと閉じられました。
僕もそれに合わせ目を閉じ、互いの顔が近づくのがわかります。
シアさんとは何度もキスを交わしてきました。
だから、どうすればいいのかが感覚でわかるのです。
シアさんと僕の唇が吸い寄せられるように重なりあいました。
ですが、これは愛を確かめるためのキスではありません。
最初で最後の、一生を添い遂げるという誓いの儀式。
気付けば恥ずかしいという気持ちはなくなっていました。
それだけこの時間が大事で、愛おしいという気持ちが込み上げてきたのです。
「んー……ぷはっー。えへへっ」
「ふふっ」
息継ぎを忘れるほど長いキスでした。
どちらからではなく、自然と顔が離れ目を開くとシアさんが優しく笑いました。
それと同時に会場から割れんばかりの拍手が巻き起こります。
「これで、僕達も夫婦なのですね」
「うん。ユアンは私のお嫁さん」
「シアさんも僕のお嫁さんですよ」
「そうだった」
人によっては僕達の結婚は変だというかもしれません。
ですが、僕達は気にしません。
愛の形というのは色んな形があると教わりましたからね。
誰に何を言われようが、譲れない愛が僕達の間に存在しているのです。
この日、僕とシアさんは沢山の人に祝福され夫婦になりました。
「シアさん、愛していますよ」
「私も愛している」
これからシアさんと暮らし、辛い事や大変な事が起きるかもしれません。
ですが、きっとそれもシアさんとなら乗り越えていけると思います。
いえ、乗り越えていくのです。
「ユアン、今日は結婚初夜」
「そうですね。わかっていますよ」
「うん」
今日の月は僕達が出会った時と同じ弓月。
結婚式も終わり、二人きりとなった部屋で永遠をもう一度誓い、肌を重ね合いました。
左手に嵌められた指輪の光は一生忘れる事はないと思いながら。
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