第338話 結婚式2 ユアンスピーチ
「この度は、お忙しい中ー……」
ついにシノさんとアカネさんが集まってくださった方に感謝を伝えるスピーチが始まってしまいました。
いよいよですね。
予定では二人のスピーチが終われば次は僕の出番になっています。
「ユアン大丈夫?」
「え、何がですか?」
「ユアンお姉ちゃんの顔、真っ白なんだよ?」
「そんな事ないと思いますよ?」
シアさんとルリちゃんに心配されましたが、きっと大丈夫です。
ただちょっとだけ手が震えて、心臓がバクバクとしているような気がするだけです。
ですが、この程度の緊張はどうってことないはずです。
だって僕は冒険者ですよ?
命のやり取りをしてきて、もっと緊張し、手に汗を握る戦いをしてきた実績がありますからね!
「続きまして、新郎新婦の親族による……」
「ユアンの出番」
「ついに来てしまいましたか」
「ユアンお姉ちゃん頑張るんだよっ!」
シノさんとアカネさんの挨拶が終わり、結婚式の司会を務める方のアナウンスが流れたのがわかりました。
けど、凄い技術ですよね。
シノさんとアカネさんが話している時もそうでしたが、どうやら声をみんなに届ける為の
「では、行ってきますね!」
「頑張る!」
「行ってらっしゃいなんだよ!」
二人から応援され、僕は準備の為に席を立ちます。
すると、それと同時に立ち上がる人がもう一人いました。
その人は、慣れた様子で壇上の下まで歩いて行くと、シノさんとアカネさんに軽く会釈し、続いて会場の人達に会釈をし、僕よりも早くスピーチを始めてしまいました。
「この度は、兄の為にお集まりいただき誠にありがとうございます。そして、この場をお借りいたしまして、過日に起きたルード帝国での事件にご助力して頂いた事に、感謝の意を伝えさせて頂きます」
あ、あれ……親族の代表は僕じゃなかったのですか?
「ど、どう言う事なんでしょうか?」
心の中で気合を入れ、いざスピーチに挑もうと思ったのですが、何故かエメリア様が僕よりも先にスピーチに入ってしまいました。
なので仕方なく僕は一度立った席に大人しく座りなおします。
「わからない。もしかしたら、エメリアがスピーチを希望したのかもしれない」
「まぁ、僕よりもシノさんと過ごした時期が長いので適任ではありますよね」
ともあれ、スピーチはエメリア様がやってくれそうなので、もしかしたら僕の番は回ってこないかもしれませんね。
それはそれで助かるので、出来る事ならそうなってくれた方が有難いです。
だって……。
「私とお兄様に血の繋がりはありません。ですが、お兄様と共に過ごした時間は確かなものであり、そこには血の繋がり以上に深い繋がりがあり、お兄様がルード帝国に残してくださったものが私達を支え、繁栄をもたらしてくださっているのです」
僕よりも多くの思い出を語ってくれていますからね。
エメリア様も時々ですが鼻をすすり、シノさんへの感謝の気持ちを伝えています。
聞いているだけで、僕まで嬉しくて、涙が零れそうになる感動のスピーチをして下さっているのです。
「これなら、僕のスピーチは必要なさそうですね」
「そんな事ないと思うんだよ?」
「どうしてですか?」
「みんながユアンお姉ちゃんの話を楽しみにしているからなんだよ?」
「多分そんな事ないと思いますよ?」
「そんな事あるんだよ!」
そうは言いますが、エメリア様の話も進み、会場の雰囲気が感動に包まれているような気がします。
今終われば結婚式が上手く進んでいるような気がしますからね。
そんな中でわざわざ僕のスピーチを挟む必要がないと思います。
なので、きっと僕のスピーチは省略される筈ですよね?
「お兄様、アカネさん。末永くお幸せにお過ごしください」
エメリア様の話が終わったみたいです。
その瞬間に、シノさんとアカネさんを祝福するように会場全体から拍手が起こりました。
うん! とてもいい雰囲気で終わりましたね。
「やっぱり、このまま次に進んだ方がー……」
「続きまして、新郎の妹様である、黒天狐ユアン様、ご祝辞をお願い致します」
お、おかしくないですか?
なんで僕ばかり指名してくるのでしょうか?
エメリア様は呼ばれなかったのに、僕は名指しで祝辞するようにするなんてズルいですよね!
「ユアン呼ばれてる」
「わかってますよ……」
「今度こそ行ってらっしゃいだよ!」
うー……。
エメリア様の後に僕が話すなんて気が重すぎます!
こんな事になるのなら、エメリア様よりも先にスピーチをしておくべきでした!
そもそも、エメリア様が話す事が決まっていたのなら、僕にも教えて欲しかったです。
それなら、僕も心構えが多少出来たと思いますからね。
ですが、そうも言っていられません。
集まった人からも、シノさん達からも僕に視線が注がれているのがわかります。
こうなったら、直ぐに終わらせて席に戻るまでですよね。
けど、ある意味助かりました。
エメリア様が先にやってくれましたので、流れだけはわかりましたからね。
とりあえず、エメリア様がスピーチをした場所に移動して、そこで話せばいいはずです。
っと、その前にシノさん達に軽く頭を下げ、集まってくれた人達にも頭をさげる、でしたね?
よし、後は話すだけですね。
一応は準備をしてきたので、大丈夫なはずです。
エメリア様も紙を見ながら話していましたし、僕も同じように話せばいい筈ですからね。
「えっと、ただいま紹介に預かりましたー……」
まずは、自己紹介からですよね。
そう思い、みんな知っていると思いますが、一応自己紹介をしようとしたのですが、何かおかしい事に気付きました。
「ユアン、話すときは魔法道具に向かって話してくれるかい?」
「えっ、どれですか?」
「それだよ。君の前にある丸い形をしたやつ」
「あ、これですね。すみません……」
会場でくすくすと笑う声が聞こえる気がします。
そういえばエメリア様もこれに向かって話していましたね。
どうやら、声が響かなかったのは、それが原因のようでした。
ですが、エメリア様の背に合わせてあるのか、
うー……これじゃ、話にくいです!
「ユアン、背伸びして話さなくても平気だよ。棒の部分を調整するんだ」
「ど、どれですか!?」
「繋ぎ目部分を下に下げれば平気だよ」
「これですかね?」
あ、良かったです。
ちゃんと調整できたみたいです!
「ユアンちゃん頑張れー」
「ユアンちゃんなら上手くできるぞ!」
「あ、ありがとうございます」
そんな事をしていると、街の人から何故か応援されてしまいました。
応援してくれるのは嬉しいですけど、逆に恥ずかしいです……。
ですが、これでようやくスピーチが出来そうですね……あれ?
「シノさん、スピーチ用の紙がないのですが、知りませんか?」
「さっきまで手に持っていたじゃないか」
「え、ないですよ?」
棒の高さを調整する前まで持っていた気がしますが、気づけば手からなくなっていました。
ま、まずいです……。
あれがないと、何を話していいのかわかりませんよ!
「どうしましょう……」
「まぁ、そのまま思った事を話してくれればいいよ」
「でも……」
「みんなを見ればわかるけど、もうそんな雰囲気じゃないからね?」
シノさんの言葉に集まった人見ると、エメリア様の時と大違いでした。
もう、僕をみて笑っている人ばかりなのですよね。
もちろん馬鹿にして笑っている訳ではないですよ?
何か、ユアンちゃんだから仕方ないなーって感じで笑っている感じがします。
「えっと、何かすみません」
「いいよ。何となくこうなるような気がしていたからね?」
それはそれで心外ですけどね!
僕だってちゃんとしようとは思っていましたよ?
たまたまこうなってしまっただけです。
ですが、もう恥をかいてしまいましたし、会場の雰囲気も厳粛な雰囲気ではなくなってしまったので、緊張感は薄れてしまいました。
なら、思った事を話すまでです。
「えっと、色々とすみません。先ほど紹介に預かりましたが、シノさんの妹のユアンです」
何故か、自己紹介をしただけで拍手が起こりました。
そして、その中で頑張れという声も聞こえます。
「あ、ありがとうございます。えっと? シノさんとの思い出は正直な所、あまりなかったりします。初めての出会いはあまり良いものではなかったですからね」
敵なのか味方なのか、正直わかりませんでした。
むしろ、シノさんが正体を明かすまで、オルスティア皇子は悪い人で僕達の敵だと思っていたくらいです。
「なので、正直シノさんの事は良く思っていませんでした」
「君、そういう事は言わないものだよ?」
「いいじゃないですか。本音なので」
そうやっていつも横やりを入れて来たりもしますからね。
「だけど、今は違いますよ」
「そうなのかい?」
「はい。これでも、一応は…………その、お兄ちゃんだとは思えるように、なりましたからね」
我ながら変なスピーチだと思います。
シノさんと会話をしながら進んでいるようになっちゃっています。
けど、これってシノさんなりの優しさだったりするって今ならわかりますよ。
「今もそうですが、僕が困ったりすると、僕をからかいならがら手を差し伸べてくれるのがシノさんだったりします。それなのに、自分の事となると僕にあまり心配をかけないように無茶をしたりするのが悪い所だったりします」
ついこの間のルード帝国で起きた事なんかがそうですよね。
あの時だって、僕に相談こそしてきましたが、アカネさんの事を気にかけて欲しいと言っただけで、一緒に戦って欲しいとは言ってきませんでした。
「確かに、僕は頼りないかもしれません。ですが、シノさんは一人ではないです。僕がみんなに支えられているように、シノさんだって同じなんですよ? なので、僕や街の人をもっと頼っていいと思います」
僕の言葉に街の人が頷いて同意を示しています。
「なので、一度だけしかいいませんから、ちゃんと聞いてください。僕はシノさんの妹のユアンです。シノさんの事は兄妹だと思っています。お兄ちゃんだと思っています。だから、困った時はちゃんと相談して頼ってください。僕だってそうします。一人で抱え込まないでください。お兄ちゃんに何かあったら、僕だって悲しいです。アカネさんだって、ルリちゃんだって、街の人だって悲しみます。たった一人の、血の繋がった兄妹はお兄ちゃんしかいません。だから、自分とアカネさん、これから生まれてくる子供の事を大事にして、誰よりも幸せになってくださいね。これが、僕からお兄ちゃんに伝えたい気持ちです」
スピーチをする事になって考えた言葉とはかなり違くなってしまいました。
紙に書いた言葉は毎日野菜をくれたり、色々と面倒をみてくれる感謝の気持ちなど無難な事ばかり綴られていましたからね。
「ありがとう」
シノさんのそんな声が聞こえた気がします。
実際にはそう言ったのかはわかりません。
だって、少し俯き手で目頭を押さえてしまっていますからね。
これで、僕の話は終わりで良さそうですね。
あ、もう一つだけ言いたい事が残っていましたね。
「そういえば、女の子の服を着たシノさんは凄く似合っていましたので、今度また着てくださいね」
「は?」
「では、これで僕の話は終わりです。ありがとうございました」
途中からわかりましたよ。
この流れはシノさんが仕組んだ流れだって事に。
でなければ、事前には親族代表の祝辞は僕がやる事になっていたのに、まるで決まっていたかのようにエメリア様が祝辞をする筈がありませんからね。
なので、最後にちょっとだけ仕返しです。
こんな雰囲気にしたシノさんが悪いですからね!
僕の挨拶が終わると、拍手が起こりました。
どうにか無事に終わる事が出来たようです。
「ユアンお疲れ様」
「ありがとうございます」
「感動した」
「そうですかね?」
「うん! とっても良かったんだよ! だけど、あの話って何なのかな?」
「どの話ですか?」
「シノ様が女の子の服を着たって話なんだよ!」
「あれはですね……」
どうやらシノさんはルリちゃんにあの時の話をしていなかったみたいですね。
うん、アカネさんにもみたいです。
アカネさんがシノさんに何かを聞いているようにして、シノさんが少し焦っているようにしているのがここから見えます。
「へぇ! ルリもシノ様が女装した姿見てみたいんだよ!」
帝都で起きた事をルリちゃんに教えてあげると、ルリちゃんは目を輝かせました。
もちろん、傷だらけになっていた事は伏せますけどね。
きっと心配してしまいますからね。
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