第335話 補助魔法使い、アラン様のお家に向かう

 「え……それは本当ですか!?」

 「うむ! この際だから私は隠居する事に決めたのじゃ!」


 アリア様に完成したドレスを取りに来るように言われ、アラン様のお家を尋ねたら開口一番にそんな事を言われてしまいました。


 「いきなり過ぎませんか?」

 「これでも前々から準備はしていたからな、何も問題ないじゃろう」

 「アンリは?」

 「そうですよ。アンリ様は納得しているのですか?」

 「うむ。やる気はあるとは思うぞ?」


 うーん……多分ですが、アンリ様に無理やり押し付けてきたような気がしてなりませんね。


 「ですが、どうしていきなり隠居する事にしたのですか?」

 「この前の戦いが楽しかったからのぉ。やっぱり私は王でいるよりもこうやってアランと暮らし、私の目的だったこの村で生きている方が性にあっておる」


 領主の仕事でスノーさん達はひーひー言っているくらいですし、王様の仕事となればもっと大変なのは理解できますけどね。

 それでも、何の前触れもなく王様が交替なんてみんなが困惑しそうですよね。


 「その辺も問題はないぞ。流石に引き継ぎもなしに交代する訳にはいかぬ。隠居といってもアランが独り立ち出来るようになるまでは補佐はするからな」

 「まぁ、それならいいですけど……本当にフォクシアが潰れるような事にはなりませんよね?」

 「ならんよ。基盤は出来ているからな。それとも、アンリの事を疑っているのか?」

 「いえ、そんな事はありません。ありませんけど……」


 アンリ様は立派です。

 アリア様の補佐をし、外交も含め色んなことをしているのを知っています。

 それに、どれくらい強いかはわかりませんが、影狼族の件で一緒に行動し、周りの事も考え、冷静に物事を判断するところも見ています。

 心配する要素はあまりありません。


 「けど、なんじゃ?」

 「いえ、エメリア様の事となると、少しだけ不安だなと思いまして……」


 心配する要素とすればそこですよね。

 アンリ様がエメリア様の事が好きなのは誰から見ても一目でわかります。

 エメリア様の事になるとやたらと行動的ですし、エメリア様に会える機会を棒に振った時なんかは不貞腐れているようにも見えました。


 「まぁ、私もそこを心配していたが、問題ないじゃろう」

 「どうしてですか?」

 「アンリはその為に頑張っているからじゃな」

 

 一応は王の座を譲る事はアンリ様と同意のようで、最初は渋っていたようですが、アリア様が助言をすると、心に火がついたように王の座を引き継ぐとはっきりと口にしたみたいです。


 「その助言が、王の座につけば、エメリア様を嫁に貰おうと好きに出来るですか……」

 「うむ。アンリが王になる訳じゃからな。いずれは跡継ぎが必要になるじゃろう」

 「ですが、獣人と人族ですよ? アリア様もアラン様もそれでいいのですか?」


 僕としては種族の壁なんて無い方がいいとは思います。

 なので、アンリ様とエメリア様の事は応援をしています。

 ですが、二人の間に宿った子供はルード帝国では忌み子とされていた存在にあたります。

 僕のような黒い髪や、シノさんのような白い髪を持つ獣人ではなく、獣人と人族の両方の耳を持って生まれた存在ですね。


 「俺は自分の子が選んだ道だから応援しますよ」

 「私もじゃな。それに、もうすぐ前例が出来るじゃろ?」

 

 実際の所は前例ならば沢山あったようですが、今はその子達がどうなったのかはわかりません。

 ルード帝国の前の王様が何かをしたのか、それともただ隠れて暮らしているのか、気づいたら忌み子と呼ばれる子供達は居なくなっていた。そんな話を聞いた事があります。

 アリア様のいう前例とは、その歴史を変える為の前例という意味になりそうですね。

 そして、その前例となるのが。


 「シノさんとアカネさんの子供ですか」

 「うむ。シノの影響は未だに大きい。つい最近の事件を解決したのも影響してな」

 「それに、俺達が帝都の救援に駆け付けた事も印象に残っている事でしょう」

 「ユアンも頑張った」

 「そうじゃな。じゃから、ルード帝国の者が獣人はともかく、狐族に対する印象は悪くはないじゃろう」


 そんな中で、シノさんとルード帝国の元宰相の結婚。

 二人の結婚は政治的な面でも大きな意味を持つとアリア様は考えているようです。

 そして、それが前例となる今が、アンリ様とエメリア様が結ばれるチャンスでもあるようですね。

 

 「ですが……それを言ったら、エレン様も関わってくると思いますよ?」

 「エレンがか?」

 

 アリア様が首を傾げました。

どうやら、あの時の事を知らないみたいですね。


 「はい。あの日、僕達はルード帝国の王様に呼ばれお城に行ったのですが……」


 その時に起きた事をアリア様に報告をします。

 エレン様がシノさんに求婚した事、第二皇子が現われ、シノさんと一緒に生活をする事を望んでいる事をです。

 もちろん、ルード帝国の王様であるクジャ様の事は言いませんよ?

 サンドラちゃんが龍人族である事をアリア様は知っていますが、流石にクジャ様まで龍人族であることを伝えるのは余計な混乱が生まれそうですからね。


 「馬鹿だと思っていたが、そこまで馬鹿だとは思わなかったな。じゃが、それはそれで面白い事になりそうじゃの!」

 「もぉ、笑い事じゃないですよ! このままですと、アンリ様とエメリア様が結婚できなくなっちゃいますからね」

 「そうか? いっその事、王族全てを連れて来てしまったらどうじゃ?」

 「ダメに決まってるじゃないですか! それこそクジャ様の怒りに触れて、また戦争になっちゃうかもです! ただでさえ、アンリ様の事を詳しく聞かれたのですから」


 あの時のクジャ様の笑顔は凄く怖かったです。

 シノさんがアカネさんと結婚する事は祝福していたので、獣人と人族が結婚をする事に対しては何とも思ってはいないようですが、自分の娘が結婚するという事に関してはやっぱり気になるみたいです。

 まぁ、種族の事ではなく自分の娘を嫁に行くという事が気になる感じでしたけどね。


 「アンリの事はどう説明したのじゃ?」

 「次期の王様になる方で、かっこよくて頭の切れる優しい人だと説明しましたよ」

 「他には?」

 「えっと、特には何も?」


 正直な所、クジャ様が怖くて何を言ったのかは詳しくは覚えていません!


 「シア?」

 「うん。エメリアの事が大好きで、エメリアの事になると暴走気味って言ってた」

 「え、僕そんな事言ったのですか?」

 「うん。他にもお金の羽振りがいいとも」

 

 まぁ、両方とも思い当たる節があるので、もしかしたら言ったかもしれませんね。


 「あ、だけど仕事は真面目ってちゃんと伝えましたよ!」

 

 それってかなり重要ですよね?

 国を動かす立場の人が不真面目だったら国は傾くに決まっていますからね。

 きっと評価があがるポイントの筈です!


 「のぉ……ユアンはアンリの事を本当に応援しているのか?」

 「はい! アンリ様とエメリア様には幸せになって欲しいですからね!」

 「その割には、アンリの印象が悪くなるような事を言っている気がするがのぉ」

 「そんな事ないですよ?」


 シアさんの話を含めて纏めるとアンリ様は……。


 「だって、仕事は真面目で優しくてかっこよくて、エメリア様の事が大好きで時々暴走しますが、お金の羽振りが良くて、頭もいい……悪い事ではないですよね?」

 

 そう考えると、緊張していたにも関わらず、いい説明ができたのではないでしょうか?


 「シアはどう思うのじゃ?」

 「ダメだと思う」

 「え、どうしてですか?」

 「中身がない」

 「優しい人って伝えましたよ?」

 「何が優しいのかわからない。全て上辺だけに聞こえる」

 「そうですかね? けど、クジャ様は笑顔で聞いてくれていたのできっと大丈夫だと思いますよ」


 それに、こういうのって他人の印象ではなく、実際に自分の目で確かめなければ本質を見極める事が出来ない事だと思いますからね。

 僕が何かを言った所で変わりませんよね?


 「まぁ、それも試練の一つじゃな」

 「きっといい経験になるだろう」

 「そうですね。僕も色々経験して恋愛というものを少しずつ知る事が出来ましたし、アンリ様にも頑張って貰いたいですよね!」

 「うむ…………本当に無自覚って恐ろしいのぉ」

 「何か言いましたか?」

 「いや、何も。それよりもユアン達を呼んだのは別の件じゃったな」


 そういえばそうでした!

 今日は完成したドレスを受け取りに来たのでした!

 アリア様が隠居すると聞いて驚いて忘れてしまっていましたね。


 「ほれ、ドレスはその包みに入っておる」

 「ありがとうございます」

 「私のも?」

 「うむ、ちゃんとシアの分も用意してあるぞ」

 「助かる。ありがとう」

 「構わぬぞ。そういう約束じゃったからな」

 

 そう言って、アリア様は三つの包みを僕とシアさんに渡してくれました。

 三つ?


 「うむ。もう一つはサンドラ用じゃ。必要じゃろう?」

 「いいのかー?」

 「うむ。サイズは自分で調整できるな? わからなかったユアンに聞くとよい」

 「ありがとうなー」


 サンドラちゃんの服について相談するつもりでしたが、予め用意してくれたみたいですね。

 僕達としてはすごく助かりますけど、申し訳ない気持ちでいっぱいになります。


 「ユアンの言いたい事はわかっておる。じゃが、私も今後はナナシキの一員となるのじゃ、これは世話になるお礼と思ってくれればよい」

 「そう思いたい所ですけど、これからも助けて貰う場面の方が多くなるような気がします」

 「それはそれじゃよ。そういった関係は築きたくとも中々築けないものじゃ。それに、私が隠居できるのはユアン達のお陰が大きい。私はこれでも感謝しているのじゃよ」

 「わかりました。何か困ったことがありましたら、相談してくださいね? 出来る限りの事は協力しますので」

 「うむ! ユアン達も遠慮せずに言うのじゃよ!」


 改めてアリア様とアラン様にお礼を告げ、僕達はアラン様のお家を後にしました。

 帰り際に、ドレスは当日に着る事をお勧めされましたけどね。

 楽しみは後にとっておけという事で。

 もちろん着てもいいですけど、好きな人に、シアさんにお披露目するのなら当日の方が新鮮な気分になれるだろうと言われたのです。

 確かに、その方が楽しみに出来ますよね!

 シアさんも当日まで我慢すると言っていましたし、僕も我慢ですね!

 流石に中身は確認し、サイズ等が問題ないかは予め確かめはしましたけどね。

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