第333話 弓月の刻、ナナシキへと戻る
「けどさ、本当に良かったの?」
「はい。あれでいいのですよ」
村の安全を確認し終わったスノーさん達と合流し、オルフェさんと子供達を連れ、僕達は転移魔法陣を設置した森へと戻っている最中です。
当然ですが、僕達の後ろにはアリア様達も一緒にいますよ。
ようやく全員でナナシキに戻る事が出来そうです。
まぁ、シノさんはいませんけどね。
それでも帝都の方も落ち着きつつあるらしいと連絡があったのでシノさんの方も問題ないと思います。
あの後にエメリア様が活躍したと聞いた時には少し信じられませんでしたけどね。
シノさん曰く、エメリア様は民衆からの支持が高いからとは言っていましたけどね。
「でもさ、ユアンが育った村なんだし、思入れはあるよね?」
そして、村から出ると、先ほど起きた事に対し、スノーさんが色々と確認するように僕に色々と質問を投げかけてきました。
「まぁ、確かに思入れがないと言うのは嘘になりますね。ですが、村の人からお礼を言われ、今までの事を謝罪されましたし、院長先生が僕達の街に来てくれますので、残る理由がありませんよ」
村の人達が集まって来たときは驚きましたけどね。
もしかして、僕の事を罵りに来たのではないかと思ったくらいです。
魔物を呼び寄せたのは、忌み子である僕が戻ってきたからだ、とか言われるかと思いました。
ですが、実際は違いました。
村の人が集まったのは、先ほど説明した通り、今まで僕に冷たく当たってしまった事に対する謝罪と、僕が危険な状態の人を癒した事に対するお礼でした。
「それに、僕はナナシキの街が大好きですからね。今更、育った村に戻って来いと言われても戻る気なんてなりませんよ」
さっきからスノーさんが僕に確認するように質問をしている理由はここにあります。
驚くことに、昔と今とでは状況が違うから、もう一度村に戻ってこないかと村の人から誘われたのですよね。
「私としては安心したけどね」
「私もだよ。もし、ユアンさんがあの村に残ると言ったらどうしようかと思いました」
「その時はシアも一緒に残っちゃうだろうしね」
「うん。間違いない。けど、ユアンはそんな事しないから平気」
「当然ですよ。今まであまり意識していませんでしたが、僕が思うよりも沢山の繋がりが出来ていますからね」
クジャ様と話した時に実感しました。
ナナシキには色んな種族の人……だけではなく精霊や魔物が住んでいます。
その繋がりは僕もそうですが、僕の大事な仲間との繋がりで出来上がっています。
それをバラバラにする訳にはいきませんよね。
僕がいなくなるという事は、シアさんがいなくなり、影狼族もいなくなる事に繋がるかもしれません。
僕は平和にのんびりと暮らすのが目標で、そういった繋がりが場合によっては自由を失う可能性もあります。
ですが、あの繋がりって不思議な事に重荷ではなく、僕があの街で暮らしていくのに必要不可欠だと思えるのです。
それを失うなんて考えられません。
「だから、僕はナナシキから移住する事は微塵も考えていませんよ」
「ま、ユアンだから心配はしていなかったけどね」
「うん。私達がユアンさんを大事に思うと同じくらいにユアンさんも私達の事を大事にしてくれてるのがわかるからね」
スノーさんもキアラちゃんも同じ気持ちで居てくれるのは純粋に嬉しいですよね。
「まぁ、他にも理由があるのですけどね」
「そうだね。きっと、ユアンを宛にしたんだろうね」
スノーさんも話を聞いただけで察したみたいですね。
まぁ、僕にもわかるくらいですし、領主の仕事をこなしているスノーさんやキアラちゃんなら簡単に意図は読み取れるのは当然かもしれませんね。
「スノーさんのお兄さんには申し訳ないですが、都合よく使われるのは嫌ですよね」
「うん。人を存在を利用して生活を豊かにする考えは腹立つ」
「私の兄はそんな事は考えていないだろうけどね」
「わかっていますよ。あれは村の人達が勝手に言い始めた事ですからね」
これは予測でしかありませんが、村の人達が僕に戻ってくるように言ってきたのは、お礼や謝罪の気持ちが半分とそれ以外の理由が半分だったと思います。
そして、その残りの半分とは恐らくは利益を考えたのでしょうね。
「ま、私も領主の立場だから気持ちはわからなくはないよ」
「そうだね。ユアンさんがいれば国から援助が増えるかもしれないという考えになるのは当然かも」
二人も同じ結論のようでした。
僕はあの村には久しぶりに行きました。
僕が旅立ってからなので、一年以上は経過していますね。
ですが、村を軽く見て回っただけで、昔の面影は残っているもの、僕からすれば全然違う場所と思えるほどに発展している最中だったのです。
そして、その発展した理由が昔僕が住んでいた村だったので、援助金が増している。
そういった事実が裏にあったのです。
まぁ、前の領主がどうしようもなくて、領主が変わったお陰でもありますが、それでも僕関連で援助金があるのは確かで、僕が去っても援助があるのなら、僕がいればもっと援助金が増え、生活がもっと豊かになると考えるのは当然と言えば当然だと思います。
ですが、そんな裏があると思うと、戻りたいとは思いませんよね。
「それよりも、日が暮れる前に帰らないと大変ですよ!」
「そうだね。あー……帰れるのは嬉しいけど、やる事が山積みだなぁ」
「そうだね。オルフェさんや子供達の住む場所の手配は早急に決めなきゃいけないですからね……」
その辺りは本当に申し訳ないですね。
スノーさん達の許可を貰えたとはいえ、僕が誘ったのが始まりですからね。
「心配いらない。それこそイル姉を頼ればいい」
「いきなり話を持ち掛けて迷惑にはなりませんかね?」
正直な所、イルミナさんを宛にしている部分はありました。
ですが、それはあくまで話をしっかりと通してからです。
流石に、いきなりイルミナさんの元を尋ね、今日から援助してくださいというのは虫がよすぎますよね。
「心配いらない。私が影狼族の長としての権限を使う」
「シア……それって職権乱用ってやつだよ」
「違う。これは影狼族の為。影狼族は今、みんなに助けて貰って生活している。影狼族だけが優遇されるのは今後に支障をきたす。影狼族が負担できる場所は負担するべき」
「その気持ちもわかるけど、シアが思っているほど負担にはなっていないからね?」
「みんなしっかりと仕事をしてくれていますので、ちゃんと助けになっていますよ」
現に今も、僕達がいない間の警備は影狼族の人達に任せていますからね。
「警備だけならデインやシエンがいる。影狼族はまだオマケ。ラディがこっちに来ている以上、まともに警備てきていない可能性もある」
「そうかもしれないけど、居るといないとでは大きな違いだからさ、シアがそこまで重く考える必要もないよ」
「ナナシキはみんなで協力して成り立っていますからね」
「だから、イルミナさんに事情を話してからでも十分だから焦らずにやってくれる?」
「わかった。ありがとう」
今後の孤児院の事は調整してどうにかするって事になりますね。
となると、当面の間の食事や寝る場所は決めなければいけませんね。
「院長先生、子供達の寝る場所を分けたらどうなると思いますか?」
「中には泣き出す子もいるかもしれませんが、問題ないでしょう」
やっぱり泣く子はいるかもしれないですよね。
流石に生まれたばかりの子供はいませんが、まだ五歳くらいの子も混ざっているのが現状です。
孤児院の中は多少は綺麗になっていましたが、相変わらず寝る場所は大部屋でみんなで集まってそこで眠っているのは変わっていませんでした。
僕も旅立った頃はそれに慣れていたので、一人で眠るというのが淋しかったのを思い出します。
それを幼い子供に体験させるのは酷ですよね。
「それなら、私達の離れを暫く使うがいい」
「このくらいの数ならば、多少狭く感じるだろうが眠るくらいなら問題ないでしょう」
僕達がどうするか悩んでいると、後方からアリア様とアラン様が進み出て、そんな提案をしてくれました。
「アラン様が休む場所とかは大丈夫なのですか?」
「問題はありません。それに、オルフェとも積もる話がありますから」
「あ、そういえば院長先生とは知り合いでしたね」
ここまで会話をしていなかったので、頭の中から完全に抜けていました!
「うむ。私もオルフェには世話になったからな、少しでもその恩を返せるのなら返しておきたいしな」
二人がそう言ってくれるのなら、お言葉に甘えた方が良さそうですね。
ここで断ったとしても、アリア様の事ですから、色々と理由をつけて丸め込まれるオチになるのはわかりきっていますしね。
「そういう事ですが、院長先生は大丈夫ですか?」
「えぇ。久しぶりの再会ですが、暫くの間よろしくお願いします」
「うん! その代わり、子供達が寝たら暫く付き合ってもらうからね」
「そういう所は相変わらずですね」
「そんな事ないよ。これでも、アンジュ姉さまとオルフェが居なくなったから、フォクシアを纏めてたんだから」
「ふふっ、アリアの事は風のうわさで聞いていますよ」
アリア様も院長先生も楽しそうで良かったです。
アラン様も笑みを浮かべていますし、やっぱり昔なじみの人と再会できるというのは嬉しい事ですね。
そして、それは街の人も同じのようで。
「えー! アリアばっかりずるい!」
「俺だってオルフェ様と久しぶりに話がしたいぞ!」
と、騒ぎだしてしまいました。
「うるさい! 今日は私とアランと三人で語り合うんだから今度にして!」
ですが、アリア様が怒った様子で一蹴しました。
「アリアとアランがオルフェを独占するのかー。面白い話だなー?」
「えっ、いや、別にそういうつもりじゃないけど……」
「ふむー? ならわっちも混ざってもいいなー?」
「うん、チョリ婆なら、いいと思う……」
けど、チヨリさんには強くでれないみたいですね。
「その辺りの力関係も相変わらずなのですね」
アリア様はナナシキに来て、ナナシキの人と話すと人が変わりますが、それは昔からみたいで、そこには力関係があるみたいですね。
一応は気づいていましたが、詳しくは聞いていないのでそれについても聞いてみたいものですね。
「院長先生」
「わかっていますよ。ユアンが知りたい事を今度話してあげますから。まだ、色々と話は途中でしたからね」
「はい!」
お母さんたちの事も途中でしたし、今だから聞けることも沢山あります。
それに、僕がやってきた事も報告したいと思っていましたので、改めて院長先生とお話できる時間が出来たのは嬉しいです!
「その前に一つだけ」
「何ですか?」
「もう院長先生と呼ぶのは禁止です」
「えっ? ど、どうしてですか?」
「貴女が孤児院を旅立ち一人前になったからです」
「僕なんかまだまだですよ」
「いえ、貴方はもう十分に一人前です。だから、いつか旅立つ子供達の手本とならなければいけません」
「でも……」
院長先生は院長先生です。
僕が成長したとしても、それは変わりませんよね?
「えぇ、その事実は変わりません。ですが、私は貴女が一人前の人になると信じ送り出しました。私に子供はいませんが、子供のような存在はいます」
「それが、僕達って事ですか?」
「はい。貴女の成長した姿を見れるのは私の喜びです」
だけど、いつまでも僕が院長先生と呼んでいる間は親離れ出来ない子供のようで、その成長を実感する事が出来ないと言われました。
「だから、私と貴女はこれからは別の関係を築く必要があります」
「わかりました……だけど、僕が院長先生の事を母親みたいな存在と思うのはいいですか?」
「えぇ、私もあなたの事は可愛い娘だと思っていますよ」
僕とシアさんが主と従者という関係から恋人に変わったように、院長先生とは本質は変わりませんが、別の関係を生み出す必要があるって事ですね。
「わかりました。えっと、オルフェさん……これからもよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
院長先生……じゃないですね。
オルフェさんが右手を差し出しました。
僕は差し出しされた手を握り返し、がっちりと握手を交わします。
「逞しくなりましたね」
「そうですかね?」
「あの頃と背丈は変わっていませんが、貴女の手から力を感じます」
むー……一応褒められているのはわかりますが、そこで背の話を引き合いにだすのは納得できませんよね!
「いいですよ。あと数年もすればきっと大きくなりますからね!」
「ふふっ、それは無理ですけどね」
「ど、どうしてですか?」
「それは……おっと、アリア達が待っていますから行きましょう」
「あっ、ちょっと! もぉー! 大事な話なのにずるいです!」
オルフェさんが逃げるようにアリア様の元へと行ってしまいました。
なんか、釈然としませんよね。
違う関係を築くといいつつも、子供扱いされたみたいな気がします。
「ほら、ユアンがこれ以上大きくなれないのと、私達が街に戻る事は別だからさ、元気出してよ」
「それって慰めてないですよね?」
「けど、ユアンさんは今くらいが丁度いいと思うよ?」
「うん。ユアンは今のままが一番。私とちょうどいい」
「シアさんが良いって言ってくれるならいいですけどね」
それでも、色々と大きく成長するのに憧れるくらいはいいですよね?
オルフェさんの言い方ですと、無理みたいですけど、夢見るのは自由だと思います!
そんな事を考えながら僕達は新たな仲間を迎えナナシキへと戻りました。
どうやらシノさんは僕達が戦っている間に先にナナシキに戻っていたようで、アカネさんとルリちゃんと無事に戻って来れた事を喜びあっていました。
その姿を見てようやく一件落着したのだと実感できましたね。
これで暫くはナナシキは落ち着くと思います。
束の間の休憩かもしれませんが、本当に暫くはゆっくりしたいものですね。
許されるならば、ですけど。
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