第328話 弓月の刻、援軍に向かう

 「あー、モフモフしてる……アランさんの背中最高なんだけど……」

 「こらー! スノー! 私のアランに変な事をするでないっ!」


 チヨリさんの背中に乗せて貰い、僕達は襲撃にあっている村へと向かっているのですが……スノーさんのせいで緊張感が全くありません。


 「そうだよ、スノーさんのお兄さんも戦っているだろうし、もっと緊張感を持たないといざって時に戦えないですよ! あっ、でもアリア様の毛並みもさらさらして気持ちいいですね」

 「やめぬかっ! えぇい、ユアン! お主の仲間じゃろ!? どうにかせぬかっ!」


 もぉ……キアラちゃんまでそんな事をしているせいで僕まで怒られてしまったではないですか。


 「大丈夫ですよ。村へと近づけばスノーさん達はちゃんとしますからね」


 やる時はやるのが僕達のパーティーの特徴でもありますからね。

 普段は抜けていても、いざ戦いになれば……きっと大丈夫なはずです。多分。


 「けど、スノーさん達の気持ちもわかりますよね」

 「うん。獣化したユアンの毛並みもこんな感じだった。ユアンはもっと気持ちよかったけど」

 「そうなのですね」


 チヨリさんの背中を撫でると、指の間をさらさらっと毛が通り抜け、少しくすぐったいような気持ちよさがあります。


 「気に入ったのかー?」

 「はい、チヨリさんの背中に乗っていたらお昼寝したら気持ちよさそうです」

 「そうかー、ユアン様がしたいのなら、今度してやるなー」

 「私もいい?」

 「うんー。一緒にお昼寝しようなー」


 片方の顔だけこちらに向けて話すチヨリさんは少し怖いですが、背中でお昼寝させて頂ける約束をして貰えました。

 ですが、気になる事が一つありますね。


 「あの、チヨリさん?」

 「なんだー?」

 「その、ユアン様っていうのやめませんか?」


 普段はユアンって呼ばれるのに、何故か今日は様がつくのですよね。

 凄く変な感じがして調子が狂うような気がします。


 「それはできないなー」

 「どうしてですか?」

 「わっちらはユアン様の為に戦う親衛隊でユアン様の部隊だからだなー」

 「いや、違いますからね?」


 あくまで手伝って貰っただけで、僕を守り、僕の為に戦う親衛隊ではありませんよね。


 「違くないなー。アンジュ様の血を引くユアン様の為に戦うのが私達の使命だからなー。ユアン様が冒険者活動をする時は我慢するけどなー」

 「流石に何処に行ってもついて来られたら困りますので、それは助かりますけどね」


 僕が何処かに行くたびに、親衛隊を名乗る街の人がゾロゾロと一緒になって来たら、行った先で何事だってなりますからね。


 「だから、軍として戦う時くらいは許してくれなー? それが、わっちらの一番の喜びだからなー」

 「そういう事なら、わかりました」

 「ありがとなー」

 「ユアン軍が出来た」

 「もぉ、笑い事じゃないですからね?」


 シアさんは笑っていますけど、本当に笑い事ではないですよね。

 チヨリさん達の強さは見ていたからわかりますし、かつて国盗りとか国落としなんて呼ばれていたくらいです。

 きっと、僕が戦いを起こそうとしたら大変な事になるに決まっています!

 

 「それにしても、ナナシキの軍勢って凄い事になりつつありますね」

 「うん。街の兵士のレベルはとっくに越えている。やろうと思えば、虎国とも対等に渡り合えそう」

 「実際に落せと言われれば落とせるだろうなー」

 「しませんからね?」


 けど、本当にそれくらいの戦力はあるような気がしますね。

 チヨリさん達の親衛隊に、シアさんの影狼族、スノーさんが動かせるデインさんを筆頭とするナナシキの兵士達……人こそ少ないですが、少数精鋭といえますよね。

 更に、そこにキアラちゃんの魔物軍団も加われば、数の不利も覆せそうな気がします。

 魔鼠さんも魔鳥さんも毒や麻痺に耐性を持たない人にとって天敵とも言える存在ですからね。

 何よりも数が数え切れないほどの数を揃えていますからね。ナナシキだけではなく各地に。


 「私達のコボルトも忘れちゃダメ」

 「そうでしたね。ですが、まだどれだけの力を秘めているかはわかりませんね」

 「うん。だから鍛えがいがある」


 主な契約はシアさんですが、僕とシアさんが繋がっているお陰で、僕の力もコボルトさん達に伝わっているとシアさんは言いました。

 少しだけ自意識過剰ですが、僕の力も混ざっているのですから、秘めている能力は高くなる可能性は十分にありますね。


 「っと、その話は後にして村が見えてきましたよ」

 「うん。スノー、キアラ、サンドラ。しゃっきとする」

 「んにゃっ? 私はしてたぞー?」

 「知ってる。ついで。油断はダメ」


 サンドラちゃんはうつらうつらと眠たそうにしていたので、静かになっていたのは内緒ですね。

 それだけ今日は一緒に頑張ってくれた証拠です。だから、シアさんもそこを追求しませんでした。

 ですが、油断だけはダメです。後少しだけ、起きて頑張って貰わないとですね。

 今後一緒に弓月の刻として活動する自覚を持ってもらうためにも。


 「うし……ユアン、敵の数は?」

 「敵の数はまだ不明です」

 「だけど、村の外にオーガとかが集まっているのは見えますね」

 「ゴブリンなら良かったのですけどね」


 ゴブリンとオーガの差は歴然としています。

 油断さえしなければ、僕達ならば問題ありませんが、村の人達が襲われれば一たまりもありません。


 「ですが、村の外にいるって変ですね」

 「兄上が抑えているのかな?」

 

 今はわかりませんが、僕達と出会った頃のスノーさんよりもお兄さんは強いらしいので、もしかしたらその可能性はありますね。

 

 「けど、飛んでいる魔物も旋回するばかりで村を襲う気配はないように見えますね」

 「本当ですね」


 地上から攻撃している様子でもありませんね。

 もし、地上から魔法や弓矢で攻撃していれば魔物の動きは旋回するような動きではなく、避ける為の動きになっている筈です。


 「行けばわかる」

 「そうですね。むしろ、村の外にいるのならば好都合です。このまま兵士の人達と魔物を挟み撃ちにしましょう!」


 挟撃ってやつですね。

 僕だってこれくらい知っていますよ?

 その効果がどれだけ高いって事も!


 「チヨリさん! 魔物の姿がはっきりと見えてきましたよ!」

 「うんー。わっちも見えてるから安心しろー」

 「はい、その心配はしていませんけど……このまま突っ込むのですか?」

 「うんー。まずはアランが動くから安心しろー」


 よ、良かったです。

 チヨリさんの言葉通り、僕達と並走していたアラン様とアリア様が速度をあげました。


 「スノー様、このまま敵の流れを断ち切るため中へと入りますが、準備のほどは?」

 「大丈夫。このままお願い。馬と比べるのは大変失礼だとは思うけど、そういった戦いの訓練も詰んでいる」

 「わかりました……では、このまま進みます」


 流石元騎士なだけありますね。

 騎乗での戦いは難しいと聞いていますが、スノーさんはそういった戦いも出来るみたいです。

 馬に乗れるのは知っていましたけどね。


 「ユアン、私は兄上と共に戦うから、街の中をお願い!」

 「私もスノーさんと一緒にいきますので、こっちは気にしないでください」

 「なら私もこっちで戦うぞー。見た所、お空の魔物は手付かずみたいだなからなー」

 「わかりました。僕はシアさんと中を見て回りますね!」

 「任せる」

 

 中々一緒に戦う機会がないのは少し残念ですが、そう贅沢は言ってられませんね。

 本当に協力しないと倒せないような魔物なら一緒に戦いますが、今回も僕以外なら一人で相手できるくらいの魔物しか今の所は見当たりませんからね。


 「わっちらはどうすればいいー?」

 「チヨリさん達は魔法部隊ですよね? それなら、サンドラちゃんとキアラちゃんと一緒にそらの敵をお願いします!」

 「わかったー。アラン、道を作れー」

 「任せろ……俺の部隊は出来る限り広がり、がら空きの魔物の群れを蹴散らし分断させ、その後各個撃破を狙え!」


 やっぱり、僕が指揮するよりも立派ですよね。

 これが経験の差なのだとよくわかります。


 「わっちらはアラン達が作った道を通り、一度村に入るぞー。その後、上空の敵を排除しつつ、アラン達の援護、回復魔法が使える者は、傷ついた物を優先して回れ」


 チヨリさんも凄いですね。

 当たり前な事かもしれませんが、率いている人達に役割をそれぞれ与えています。


 「大丈夫。ユアンもやれば出来る」

 「やろうと思わないですけどね。僕はあくまで冒険者ですので」

 「たまには頼っていいからなー?」

 「はい。なので、今は本当に頼りにしていますよ」

 「任せてくれなー……道ができるぞ」


 チヨリさんの声が低くなりました。

 わかっています。

 魔物の姿がはっきりと見えています。

 それと同時にもう一つわかった事がありました。


 「魔物が進軍できていない……あれは、僕と同じ防御魔法です!」


 アラン様が先に魔物の群れの中へと入ると、虚を突かれた魔物たちが左右に別れ、道が出来ました。

 そして、魔物が分かれた事により村を守ろうとしているスノーさんのお兄さん、ブルーム様の姿が見えたのですが、魔物達が殺到しているにも関わらず、魔物たちとの距離が不自然なほど離れていたのです。

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