第322話 天狐達、帝王に会う
「この先が陛下の待つ玉座の間だよ」
「凄い場所ですね」
シノさんに案内され、お城を登っていき辿り着いた場所は、堅牢な扉に守られた部屋の前でした。
けど、凄いと思ったのは扉の大きさやパッと見ただけでわかる頑丈そうな素材ではなく。
「扉が
「うん。それだけ、重要な場所だからね」
それだけ王様が大事って事ですね。
当たり前といえば当たり前ですが、それでもフォクシアのお城の玉座の間と比べ物にならない程です。
まぁ、アリア様のお城はどちらかというと外観や内装に拘っているといった感じで、住みやすさを重視したような造りなので目的が違うと思いますけどね。
「それじゃ、中に入るよ」
「え? でも、扉は閉まっていますよ?
勝手に入っていいとそういう問題ではなく、見るからに重そうな扉ですからね。
大人数人がかりでやっと開きそうな扉なので、僕とシノさんが力いっぱい押した所でビクともしないような気がします。
「平気さ。扉は
シノさんの手には魔石が握られています。
それも、高純度の魔力を発している、透き通った綺麗な魔石です。
そして、シノさんがその魔石を扉に向かってかざすと、閉ざされていた扉がゆっくりと僕たちを迎え入れるように開き始めました。
「すごい、ですね」
「この程度で驚いているようじゃ、この先の話にはついていけないよ?」
「そうなのですか?」
「うん。それよりも中に。陛下がお待ちだ」
改めてこの場に立つと僕が場違いな場所にいると思えてきますね。
さっきまでは割と気楽な気持ちだったのが一転して、息苦しいほどの緊張感と重圧が圧し掛かってきている気がします。
「ユアン。手、繋ぐ?」
「はい、お願いします……」
「なー! 逆の手は私が握るー」
「ありがとうございます」
僕の手を二人が握ってくれました。
うん、大丈夫です。
少しだけ、気が楽になった気がします。
「別にそんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
「ですが、王様の前ですよ? 無礼な事をしたら……」
「首でも飛ぶと、思っているのか?」
まるで音の衝撃波のように、低い声が僕の耳に届きました。
「どうした? 近くに寄れ」
開け放たれた扉の先に声の主がいました。
白髪で整えられた白い髭を蓄え、どっしりと玉座に座る人物……。
あれが、ルード帝国の王様、なのですね。
眼光は鋭く、まるで鋭利な刃を喉元に突きつけられているような感覚に後ずさりそうになります。
ですが、シノさんが先に進んでいます。
「ユアン、平気?」
「大丈夫ですよ。行きましょう」
今、足を止めてしまったら動けなくなりそうですからね。
僕もシノさんの後に続きます。
「陛下、お久しぶりです」
シノさんの後を追うように僕たちも部屋の中に入ると、シノさんは緩い階段の上に座る王様の前で片膝をつき、頭を下げました。
「うむ。オルスティアも元気そうで何よりだ」
「陛下もお変わりないよう何よりです。それと、お言葉ですが私は……」
「シノ、だったな。しかし、お主とは親子の縁を切った覚えはないぞ?」
「そのお言葉を頂けただけで、私は十分でございます」
まさかの事態です!
シノさんの事ですから、アリア様と話すときのように気軽に話しかけると思いましたが、全然違いました!
「まぁ、今はその話はいいだろう。それより、そちらの者を紹介せよ」
「わかりました。ユアン、自分で名乗りなさい」
「わ、わかりました……」
えっと?
まずは、シノさんに倣って片膝をついて頭を下げればいいのですかね?
「そのままでいい。楽にして話せ」
「ふぇっ!? あ、えっと……シノさん?」
「陛下がそう仰られている。そのまま自己紹介をするんだ」
え、いいのですか?
後で怒られたりしませんかね?
「どうした? 己の名を忘れたのか?」
「い、いえ、そんな事はないです。あ、あの……ぼ、私はユアンと申します」
「ユアンだな。名前と顔、覚えたぞ」
「あ、ありがとうございます……」
どうしましょう!
王様に覚えたと言われてしましました!
きっと、あれですかね?
失礼な態度をとった事は忘れないぞ? って事ですかね……。
「くくっ……」
そんな中、あたふたしてしまう僕の横でシノさんが声を押し殺して笑い始めました!
「シノさん、笑っている場合じゃないですよ」
「あぁ、そうだね? くくくっ……」
むしろシノさんの方が失礼に当たりますよ!
これじゃ、僕までとばっちりで怒られてしまうかもしれません!
もう、手遅れかもしれませんけど……。
「かっかっかっ! シノよ、お前の言っていた通りの人物だな」
「でしょ? 全く、君は本当に笑わせてくれるね」
シノさんをまずはどうにかしないと思いあたふたしていると、突如、王様が大声で笑いだし、それに合わせてシノさんが立ちあがると、シノさんも笑う事を隠すそぶりも見せずにくすくすと笑い始めました。
「え、えぇ……どういう事ですか?」
「どうもしないよ? ただ、君の事を紹介しただけさ陛下にね」
今のが僕の紹介、ですか?
いえ、王様は言いましたよ?
僕がシノさんの言っていた通りの人物だって!
「シノさん! 王様に僕の事を何て説明しているのですか!?」
「そうだね……可愛い妹、って伝えてあるよ?」
「嘘ですよ! もっと変な説明をしたに決まっています!」
「そうだね、後は今みたいに感情的になると周りが見えなくなるとは言ってあるかな?」
「あ……」
やってしまいました!
王様の前なのに、大きな声を出してしまいました。
「構わない。そのまま楽に話せ」
良かったです。王様は寛大な人とのようで、僕が王様の前で無礼な行動をとったのにも関わらず許して貰えたみたいです。
それに、シノさんが畏まった話し方をやめたのも普通に受け入れています。
もしかして、二人にからかわれていたのでしょうか? そんな気がしてなりませんよ?
でも、楽にしていいと言って頂けたので、気持ち的には楽になりましたね。
「ありがとうございます。改めて、紹介させて頂きます。僕はユアン、シノさんとは一応兄妹で、今は同じ街に住んでいます」
「そうか、シノ今の生活はどうだ?」
「楽しく暮らしていますよ」
「ならいい。だが、辛かったら戻って来い。いつでも再び息子として迎え入れよう」
「その時はお願いするよ。ま、今回の事で僕も街の人に愛されていると実感できたから、それはないと思うけどね」
シノさんの笑顔がいつもと違うように見えますね。
僕の知っているシノさんの笑い方って、くすくすと意地悪い笑い方をしている事が多いのですが、今はにっこりと幸せが溢れ出ているって感じがします。
正直、今のシノさんの方が僕は好きです。
好きといってもシアさんと同じ好きって意味ではありませんが、今のシノさんとなら仲良くしたいなって思えます。
「それで、その二人は誰だ? 俺は呼んだ覚えがないが?」
「あ、すみません。二人は僕の仲間です」
僕の紹介が終わると、今度はシアさんとサンドラちゃんへと視線が移りました。
「影狼族族長のリンシア」
短い挨拶と共に、シアさんは意外な事に王様へと片膝をつき、深く頭を下げました。
「そうか、お前が影狼族の長となった娘か。カミネロから話は聞いている」
「おとーさんからですか?」
「あぁ、カミネロは俺の従者だった。今も色々と協力をして貰っている」
驚きの事実です!
まさか、シアさんのお父さんがルード帝国の王様と契約をしていたとは知りませんでした!
けど、これで一つ謎が解けたような気がします。
カミネロさんがリアビラに探りに行くと言っていましたが、誰の指示で向かうのかは教えてはくれませんでした。
ですが、きっと王様の指示があってカミネロさんは動いていたのかもしれませんね。
「それで、そっちのローブを被った娘は? 俺の知っている情報にはいないな?」
「こちらは…………えっと、最近、僕たちの仲間に加わったサンドラちゃんといいます」
「サンドラだぞー」
サンドラちゃんは真っすぐに王様をみつめ、名前だけ伝えました。
こういった時にサンドラちゃんの説明は少し大変ですね。
龍人族と紹介する訳にもいきませんし、サンドラちゃんにはまだ王様に対する礼儀作法とかも教えていません。
まぁ、僕もその辺はよくわかっていないので、教えたくても教えてあげれないのが現状ですね。
なので、サンドラちゃんは頭を下げる事無く、王様へと自己紹介をしました。
「サンドラか。初めて見る顔だが、どこか懐かしい気もするな」
「そうだなー。いい意味でも悪い意味でも、クジャは変わらないなー」
「何? どうして、俺の名前を知っている!?」
正直、僕は失礼ではありますが、王様の名前は知りませんでした。
ですが、サンドラちゃんは知っていたみたいですね。
「違うよ。陛下は表向きの名前は別にある。サンドラが言った名前は、陛下の本来の名前なのさ」
「本来の名前、ですか?」
どういう事でしょうか?
まるでそれではシノさんみたいですよね?
皇子時代はオルスティアと名乗っていましたが、本当の名前はシノでしたし。
「僕とは違うよ。僕は自分で名付けたからね」
「そういえばそうでしたね。では、どうして王様には別の名前があるのでしょうか?」
「それはだね……」
シノさんがその理由を僕に教えてくれようとした時、サンドラちゃんを探るように見ていた王様がハッとした顔になり、座っていた椅子から勢いよく立ち上がりました。
「お前、もしかして五龍神教の巫女か!」
「やっと気づいたかー。相変わらず鈍いなー」
「誰がわかるか!」
「そういうとこだぞー? 外見ばかり見て本質を見極められないお前の悪い癖だなー」
えっと、どういう事でしょうか?
まるで、王様の事を昔から知っているかのようにサンドラちゃんは王様と話しています。
それに、王様もです。
サンドラちゃんの事を巫女と言いました。
仮にサンドラちゃんが龍人族と気付いたとしても、巫女だったという事を知っているのは本当に限られた人しかいないはずです。
サンドラちゃんの昔を知らなければそんな事を言えませんよね?
「だが、五龍神教の巫女は確か死んだはずだ……一体どうなっている?」
「死んだぞー? 一回な」
「本当か? 嘘ではないよな?」
「本当だぞー? というか、私と気づいたのに今更疑う方がおかしいぞー?」
「それもそうだが、にわかには信じられん……」
むむむ?
王様はサンドラちゃんが一度死んだことまで知っているのですね。
どこでそんな情報を手に入れたのでしょうか?
「どうしたんだい? そんな難しい顔をして」
「難しい顔なんてしていませんよ。ただ単純にサンドラちゃんの事を王様はどうやって調べたのか気になっただけです」
「…………君こそ、まだ気づかないのかい?」
「何がですか?」
「陛下の正体にだよ」
「王様のですか? 王様は王様ですよね?」
「まぁ、そうだね?」
それ以外にないですよね?
「それで、陛下はサンドラの事を知っていた。どうしてだと思う?」
「それは調べたからですよね?」
「サンドラが名乗った時にはサンドラの事を知らなかったのにかい?」
「それは……」
知っていても名乗られないとわからない時だってあると思います。
自己紹介をされて、あなた〇〇さんでしたかーってありますよね?
「はぁ……君はまったく」
「まったく、なんですか?」
「いや、何でもない。リンシア?」
「うん。ユアン、ちゃんとよく見る、あの人も……龍人族」
「え、王様がですか!?」
「そういう事だよ。サンドラを古くから知っているとなると、それしか考えられないよね?」
「そんな、わかる訳がないじゃないですか!」
いまだって信じられませんよ。
王様が龍人族といいますが、龍人族の特徴は一つもみられず、人族にしか見えません!
「姿を変える魔法を常に使っているからね。昔の僕みたいに」
「そ、そうなのですね……でも、どうして龍人族の人がルード帝国の王様をしているのですか?」
だって、普通に考えたらおかしいですよね?
だって、王様という事はその前の王様の息子という事になります。
ですが、それはありえませんよね?
人族と龍人族の寿命は全然違いますので、サンドラちゃんを知っている時から生きているのであれば、最初から前の王様よりも年が上になるのですからね。
「ここは帝国だよ?」
「そうですね。今更何を言っているのですか?」
「それはこっちの台詞かな。ルード帝国はどういう国か覚えていないのかい?」
「えっと、実力主義の……あっ!」
「そうだよ。陛下は前王の子供ではないのさ。前王の子供は娘が一人いるだけだからね」
それでようやく理解できました。
目の前の王様は実力で王の座を勝ち取り、今に至るという事に。
「ではその娘さんはどうしているのですか?」
「どうもしないよ? 陛下の奥さんだからね。今も健やかに暮らしているよ。表舞台に立つ事はしないけどね」
「そうなんですね。お妃様の噂は全く聞かなかったので知りませんでした」
それにしても、びっくりですよね。
目の前に龍人族の人が二人もいるなんて、普通に考えたらあり得ない光景だと思います。
「ですが、どうして龍人族の人が王様をしているのですか?」
「それは、今後の事も踏まえ俺から説明しよう」
シノさんに質問をしたのですが、反応があったのは王様からでした。
「まずは、俺と巫女……今はサンドラとの関係から話すぞ」
王様から語られる話はとても壮大で、僕たちが如何に小さな世界で、何も知らずに生きているのかを知る事になり、同時に僕たちと敵対する勢力がどんな人達なのかが明かされる事になりました。
ただ、帝都で起こっていた事の報告をするつもりが、こんな話に発展するとは思いもしませんでしたけどね。
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