第321話 白天狐、頭を抱える
「お父様に伝えて参りますので、暫くこちらでお待ちください」
「わ、わかりました!」
皇女様に案内して貰うなんてその時点で失礼だと思いつつも、僕たちは凄く豪華な待合室みたいな場所に連れてこられました。
「大した時は経っていないけど、こうして戻ってくると懐かしいね」
辺りを見渡しながら、シノさんがフッと笑ったのがわかりました。
「お兄様が去ってから、変わっていませんからね」
「そうだね……ってどうしたんだい? いきなり?」
「何が、ですか?」
「いや、君が僕の事をそう呼ぶのは初めてじゃないかい?」
「そうでしたか? それよりも、隣に座ってもよろしいですか?」
「まぁ、構わないけど?」
「では、失礼致します」
僕はエレン様の事はあまり知らないですが、何か変な雰囲気ですね?
いや、変というのは失礼ですけど。
何というか、エレン様は男勝りってイメージが強かったですけど、今は何か女性っぽいしおらしさがあるように見えます。
「…………何か、近くないかい?」
「そ、そうでしょうか?」
「うん、明らかに近いよね?」
確かに、近いですね。
シノさんと肩が当たりそうなくらいの距離でエレン様は座っていますからね。
「そ、そういえばお兄様は結婚なさるのですよね?」
「うん。まずはアカネとね」
「まずは、ですか?」
「うん。その後にもう一人を嫁に貰うつもりでいるよ」
「そ、そうなのですか……いや、それなら……?」
むむむ?
エレン様の様子がいよいよおかしいように見えてきましたよ。
シノさんがもう一人と結婚すると言った途端に悲しい顔をしましたが、すぐに明るい表情になりました。
「本当にどうしたんだい?」
「ど、どうもしません! そ、それでお兄様は……」
「後ね、僕はもう君の兄ではないからね?」
「そ、そうでしたね。兄ではない……つまりは他人って事になりますか?」
「まぁ、他人と言えば他人だね」
「そうですか……ふふっ」
えっと、普通兄妹の仲を否定されたら悲しむと思いますよ?
あ、僕とシノさんは別としてですよ?
何というか、僕とシノさんはまた違った関係だと思いますし。
っと僕達の事は置いておいて、シノさんに兄ではないと言い切られたにも関わらず、エレン様は何故か顔を緩めました。
「ということ、私と結ばれても問題ないって事ですよね?」
「は?」
二人の表情は対極と言っていいほどに分かれました。
「君、頭は大丈夫かい?」
驚きと呆れの表情をしたシノさんが本気で心配した様子でエレン様に問いかけると。
「正気です。今のお兄様……いえ、シノ様はとても素敵で魅力的です。一目惚れを致しました!」
と、シノさんの心配を余所にエレンさんがはっきりと真剣な顔で返します。
「いや、一目惚れっておかしいからね?」
確かに一緒に暮らしていた仲でもありますし、一目惚れはおかしいですね。
「おかしくはありません。シノ様がそのような姿を私に見せた事がございますか!?」
「ないけど?」
「つまりは今のシノ様は初めてお目にかかる姿、一目惚れと称してもおかしくはないでしょう!」
何でしょうか。
ここまで自信を持って言われると、確かにそうかもしれないと思えてしまいますね。
「そもそも、今日は色々訳があってこの格好をしているだけであって、今後はこんな格好はしないからね? 僕だって好きでこんな格好をしている訳ではないし」
「いえ、シノ様には素質があります」
「いや、そういう問題じゃないから」
「そうですね。では、私がシノ様の服を見繕うというのはどうでしょうか? きっとドレス姿も似合います」
「君、話を聞いているかい?」
「えぇ、式の調整はいつになさいましょうか?」
だめですね。
全然聞いていませんよ。
「悪いけど、僕は君と結婚するつもりはないからね?」
「どうしてですか? 私と結婚してください!!!」
ある意味かっこいいですね!
ここまでハッキリと結婚の申し込みをするのは初めて見ました!
ですが、どうやらエレン様の告白は間が悪かったようで、告白をすると同時に、扉が開き、そちらを見ると、エメリア様が固まった状態で立ち尽くしていました。
「お、お姉さま?」
「え、エメリア……聞かれてしまったか……」
「はい……一体、どういう事でしょうか?」
気まずい沈黙が流れます。
なんか、ドキドキしますしワクワクしますよ!
こういう時って第三者でいられるのは安心できますね。
逆にあの三人の内の誰かの立場でしたら、生きた心地はしなかったでしょうけどね。
そんな中、沈黙を破ったのはエレン様でした。
「エメリア、すまない。聞いてくれ」
「…………はい」
「私は、お兄様。いや、シノ様に惚れてしまった」
「はい」
「だから、このままシノ様について行こうと思う」
「いや、それは困るし、ダメだからね?」
エレン様の言葉をシノさんが否定をしていますが、二人の耳には届いていないようで、まるで無視されていますね。
「お姉さまは、考え直して頂けませんか?」
「すまない……こればかりは、譲れないのだ」
「いや、だからね? おーい、君たち僕の話は聞こえているかい?」
ず、ずるいです……このタイミングでシノさんが話に入っても完全に無視されてます。
こんなの笑いそうになるに決まっているじゃないですか!
いや、笑ってはいけないとは思うのですよ?
ですが、隣でシアさんが笑いを堪えているのを見るとついつられてしまうのです!
「お姉さまは本気なのですね?」
「あぁ、本気だ……だから」
「お姉さま、聞いてください」
エレン様が何かを伝えようとしましたが、今度はエメリア様がエレン様の話を遮りました。
「この際ですので、伝えておきます」
「…………あぁ、言ってくれ」
「私もルード帝国を離れようと考えておりました」
「なに? どういう事だ?」
「それは…………アルティカ共和国に想い人が出来てしまったのです」
「そんな……」
もしかして、アンリ様ですかね?
二人が想いあっているのは知っていましたが、本気でそこまで考えているとは思いませんでした。
「なので、私も譲る訳にはいかないのです」
「そうか……」
もはやシノさんまで何も言えなくなって、目を瞑り何も聞こえていない振りをしていますね。
「シアさん、ルード帝国は大丈夫なのでしょうか?」
「無理。馬鹿ばっかり」
「でも、どうにかしないといけませんよね?」
「うん。けど、第二皇子が元に戻っていればどうにかなる」
「「それです(だ)!!!」」
「わっ!」
び、びっくりしました。
シアさんと小声で話していたのですが、どうやら聞かれていたようで、エレン様とエメリア様がいきなり大きな声を出しました。
「そうでしたね。最初からそうすれば良かったのです」
「あぁ、当初の予定とは違うがヴェルに任せれば問題ないだろう」
「そうすれば、お姉さまとも離れずにすみますね」
「あぁ、そうだな!」
重い空気が一変、皇女様達が微笑あっています。
ですが、現実はそう甘くはないみたいですね。
「お兄様! 本当に帰ってこられたのですね!?」
「今度は君かい…………」
再び扉が開いたと思ったら、今度は金髪の可愛らしい男の子が入ってきました。
それを見て、シノさんは天を仰ぎました。
「ヴェル! ダメじゃないか、まだ休んでいないと」
「はい。ですが、お兄様が帰ってこられたと聞いて居ても立っても居られず」
どうやら、この子が第二皇子のクラヴェル皇子様のようですね。
今は可愛らしいですが、成長したらカッコよくなりそうな雰囲気が今からありますね。
「ヴェル、よく聞いてくれ」
「はい?」
「私達は近い将来、貴方が立派な王として跡を継げる年になりましたら、ルード帝国を離れようと思っています」
「え? どういう事ですか?」
クラヴェル様が困惑した様子で皇女様達を見ています。
当然ですよね?
いきなり、皇女様達が国を離れる何て言われたら、驚くに決まっています。
「それは、大人の事情だ」
「今はわからなくとも、ヴェルもいずれわかる日が来ます」
ずるいですよ!
子供相手にその説明は流石にズルいと思います!
「それは認めませんよ? お姉さまたちは王族の責務を何だと思っているのですか?」
「「…………」」
皇女様達が言い返せずに黙り込みました。
子供相手に正論言われて黙ってしまったのです。
「今回の件、僕が原因の一端である事は、薄っすらとですが記憶にあります。ですが、未然に防げた可能性はあります。僕が言えた事ではありませんが、お姉さまたちは何をしていたのですか?」
「それは……」
「ですね……」
「いえ、ここで言い争っても仕方ありません。今は今後のルード帝国の在り方を見直す時期ではないのでしょうか?」
「その通りです」
「返す言葉もない」
これだけ見ると、クラヴェル様は皇女様達よりもしっかりしているように見えますね。
ですが、やはり血の通った姉弟だと直ぐにわかる事になりました。
「なので、お姉さま達は王族の義務をまずは果たしてください。でないと、僕がお兄様と一緒になれませんからね?」
「は?」
「ヴェル?」
「お前は何を言っているんだ?」
「僕はいずれお兄様の住む街へと移住するつもりです。お兄様と過ごせなかった時間を取り戻すために!」
最早ここまでくると頭が痛くなってきますね。
第三者の僕ですらこうですから、シノさんは……あー、本当に頭を抱えていますね。
「シノ、どうする?」
「どうもこうもないよ……どうして、こんな事になっているんだい? これも魔族の仕業かい?」
そうだとしたら、魔族の人は本当に策士ですね!
今までの事が全て布石で、内部的に崩壊させるように仕組んだことになりますからね。
「ヴェル、シノ様が去ったいま、次期帝王の継承権はヴェルにあるんだ。それをまずは理解するんだ」
「ルード帝国の歴史は長く、女性が帝王の座に就いた事例も存在します」
「そうなると、エレン姉さまが……」
「いや、帝国への貢献度でいえばエメリアが……」
「やはりヴェルが……」
終いには押し付け合いに発展にまでしてしまいましたね。
「ユアン、リンシア……行こうか」
「何処にですか?」
「陛下の所にだよ。エメリアが来たという事は、陛下の準備も整ったと思うからね」
「わかりましたけど……いいのですか?」
「いいよ。好きにさせておいて」
まぁ、僕たちが何か言った所で収集はつかないと思いますけどね。
「それじゃ、行こうか。悪いけど、着替えたいから僕の前の部屋に寄ってくれるかい?」
「わかりました」
似合っていますけど、王様に会うのならその格好はダメですよね。
まぁ、僕もローブ姿で失礼かもしれませんが、シノさんの女の子の格好しているよりは失礼にあたりませんよね。
似合っていますけどね!
「「お兄様!」」
「シノ様!」
「「「「まだ話は終わってません!」」」
しかし、部屋をこっそり出ようとしたのですが、気づかれてしまいました。
「ユアン、悪いけどこの三人を閉じ込めておいて貰えるかい?」
「いいのですか?」
「いいよ。陛下にはちゃんと説明するからね」
「わかりました」
シノさんが良いって言うので仕方ないですよね?
それに、王様をお待たせする方がよっぽど失礼だと思いますので、シノさんのお願い通り、暫くの間ですが、防御魔法の中で閉じこもって貰う事にしました。
「けど、これからのルード帝国は本当に大丈夫なのですかね?」
「大丈夫だよ」
「でも、あの三人ですよ?」
「まぁね。だけど、陛下が健在の内は問題ないよ」
「そうなんですか?」
僕のイメージですと、王様は何もしないで子供に任せきっているというイメージが強いです。
国境ではシノさんに任せていましたし、今回もエメリア様達が軍を動かしていたりしましたからね。
「それには理由があるんだよ」
「理由ですか?」
「うん。まぁ、もしかしたら話してくれるかもね?」
色々と大変な事はありましたが、ようやく王様とご対面ですね。
ですが、何故かあまり緊張していません。
お城に入る前はあんなに緊張していたのが嘘みたいです。
まぁ、理由は…………言わないで置いた方がいいですね。
という訳で、僕たちは王様の元へと向かったのでした。
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