第318話 補助魔法使い、ナナシキの住民を語る

 「国落としだって?」

 「はい、国獲りとも呼ばれていたみたいですよ」


 あの時はびっくりしましたね。

 僕たちがシノさんの助けに向かおうと領主の館を出た時、領主の館の前にはアラン様とアリア様を筆頭に街の人が集まっていたのですから。


 「信じられないね……」

 「僕もそう思いましたが、目の前の光景をみると納得は出来ますね」


 帝都の上空を飛んでいる僕たちが目にした光景は凄まじい光景でした。

 ルード兵と思われる集団を取り囲む魔物の群れの中に突如火柱があがり、ナナシキの街の人が魔物の群れに割って入れば、それが道となっているのです。


 「一体、あの人達は何者なんだい?」

 「アラン様はアンジュお母さんの親衛隊だったと言っていましたね」


 その当時は狐族は魔力が少し高いだけの種族という認識で、他の種族から虐げられ、立場が凄く低い種族のようでした。


 「ですが、アンジュお母さんが生まれ、成長するに伴い徐々に力をつけ、兵を鍛えた結果ああなったみたいですよ?」

 

 どこまでが本当の話なのかはわかりません。

 ただ、僕たちの目に映る光景が嘘ではないとわかります。


 「まぁ、それは信じるしかないとして、どうして街の人が協力をしてくれたんだい?」

 「え、わからないのですか?」

 「そりゃね。これは謂わば他国の戦争だ。ルード帝国が援軍を要請した訳でないからね」


 援軍を求められていないのに勝手に参戦するのは本来ならばあり得ない行為らしいです。

 見方によっては、漁夫の利を狙いに参戦したと思われ、三つ巴の戦いになる可能性だってありえるとシノさんは言います。

 それに、街の人はフォクシア領に住んでいますが、兵士ではなくナナシキに住んでいるただの街の人ですので参戦する理由がないとシノさんは思っているみたいですね。


 「シノさんって意外と鈍いですよね」

 「僕がかい?」

 「そうですよ。理由なんて簡単じゃないですか。みんなはシノさんを助けたくて、来てくれたのですよ?」

 「僕をかい? どうしてまた?」


 本当に鈍いですね!

 そんな事は僕にだってわかりますよ?


 「シノさんは、街の人から愛されているのですよ」


 愛の形というのは色んな形があると教わりました。

 街の人がシノさんを手伝いたい、護りたい、救いたいと思うのは、シノさんが大事だから。ただそれだけです。


 「そうなんだね……」

 「自覚はなかったのですか?」

 「まぁ、かなり打ち解けられてきたとは思っていたけどね。だけど、ここまで思ってくれているとは思わなかったよ」

 

 自嘲気味にシノさんは笑いました。

 これが、皇子として生きてきた弊害かって呟きながら。


 「まぁ、生きてきた過去でそうなるのは仕方ないですね」

 「そうだね。僕に近づいてくる人は僕を利用しようとして近づいてきたからね。逆に利用させて貰ったけどさ」


 僕は僕、シノさんはシノさんで苦労した事は沢山あったみたいですね。


 「大きな借りが出来てしまったようだね」

 「そうですね。ですが、みんなは言っていましたよ、シノちゃんの為だから当然だって」


 だから、これは貸し借りではないって最初から言っていましたよ。


 「ふっ、そうなんだね……」


 シノさんが少し俯き、手で顔を隠しました。

 

 「もしかして、泣いているのですか?」

 「そうかもね」


 まぁ、僕だってそんな事を言われたら同じように嬉しくて泣いちゃうかもしれません。


 「さて、エレン達の方も大丈夫そうだし、事後処理をしてしまわないとね」

 「そうですねと言いたい所ですが、まだ終わっていませんよね?」

 「終わったよ」

 「終わってませんよ? この事態を引き起こした魔族を捕まえていません」


 この事態の原因は魔族にあります。

 その魔族を捕まえないと再び同じようにルード帝国や他の国が狙われる可能性だってあります。


 「残念ながら魔族はいないよ」

 「えっ? ですが、魔族の仕業なのですよね」

 「そうだね。だけど、その張本人はルード帝国にはいない可能性が高い」

 「どうしてですか?」

 「ヴェルを使った事を考えればわかるだろう?」


 むむむ?

 そう言われてもわかりませんよ?


 「君なら敵陣のど真ん中でいつまでもうろうろするかい?」

 「危険だからしませんよ。ですが、その必要性があるのならやむを得ず残るかもしれません」

 

 そうしないといけない理由があるのなら、危険でもやるしかないですよね。


 「今回の目的は、散りばめられて配置された魔法陣を起動する事が主な目的だった」

 「そうですね」

 「しかし、魔法陣を起動するのはヴェルを使えば出来る。それなのに、魔族が無理をするなんてあり得るかな?」

 「普通ならあり得ませんね。ですが、他にも魔法陣があって、それが陽動だとしたらどうですか?」

 

 中には巧妙に隠された魔法陣だって存在する可能性だってありますよね。


 「それはないかな。ラディの配下が見落としていなければだけどね」

 「それはなさそうですね」


 逆に魔鼠さん達が入り込めないような場所があったとしても、逆にそれが怪しく思えますし、そのような場所があったとは報告にはなかったみたいです。


 「という事は、今回は魔族にしてやられたって感じですか?」

 「そうだね。だけど、魔族の目的は阻止できたともいえるだろうね」


 魔族は用意した魔物を失い、計画が破綻。

 ルード帝国は兵士を失った。

 お互いが痛み分けって感じかもですね。


 「いや、勝ち負けを決めるのならば僕たちの負けだよ」

 「どうしてですか?」

 「魔族に色々と情報を与えてしまったからね」


 緊急時の対応や帝都にいる兵士の強さなどが魔族に知られてしまったみたいです。


 「何よりも、ナナシキの人達の強さを見せてしまったのは痛手と言っていいだろう」

 「確かにそうですね」


 今後はナナシキの人達の事も計算にいれ、魔族は動いてくる事になりそうですね。


 「けど、逆にいい牽制になるんじゃないですか?」

 「ま、そうだろうね」


 ナナシキに下手に手を出すと、手痛い反撃を受ける事になると思ってくれるのならば、僕たちの街にちょっかいを出されずに済むことにも繋がりますよね。


 「しかし、それを踏まえてナナシキを攻撃をしてくる時は危険だね」

 「ナナシキの戦力を上回り、僕たちに勝てる見込みがあって挑んでくるって事ですよね」


 そうならないように、日ごろから魔族の動きは警戒していないといけなさそうですね。


 「ま、それはスノー達に任せよう」

 「そうですね。スノーさん達に伝えておけば、対策を考えてくれると思います」


 スノーさん達の仕事がまた増えそうですね。


 「っと、魔族がいないとなると、僕たちはどうしますか?」

 

 シノさんと話をしているうちに、エレン様達の方も終わったみたいですね。

 でも、魔物って確か五千ほどいたのですよね?

 幾ら何でも早すぎませんか?

 まぁ、それだけの力があるって事ですけど……。


 「帰ろうか……と言いたいところだけど、流石にそうはいかないよね」

 「ダメなのですか?」

 「これだけの騒ぎが起きたんだ、関係者が帰ってしまったら収集が収まるところに収まらなくなるよ」

 「それって、僕も含まれますか?」

 「当然だね」


 何を言っているんだい?

 と言わんばかりの顔で見られてしまいました。

 

 「でも……魔物を倒したのはシノさんですし、僕が居なくても大丈夫じゃないですか?」

 「魔物はね。だけど、街の癒した人の事はどう説明するつもりだい?」

 「それは適当にシノさんが……」

 「無理だよ。回復魔法が得意ではない事を陛下は知っている。それに、僕たちの姿は街の人にも目撃されているだろうね」

 「という事は、僕に逃げ場は……」

 「ないね」


 きっぱりと言い切られてしまいました!


 「えっと、僕は何をすればいいのですか?」

 「そうだね……まずはエレンと合流しよう。傷ついた人達がいるだろうしね」

 「そうですね。街の人達も心配ですからね」


 防御魔法はまだ切れる時間ではないものの、防御魔法を突破してくる魔物が居た可能性はゼロではありませんからね。

 何よりも、最初はエレン様達だけで魔物と戦っていましたし、被害は大きいです。

 今からでも急げば助かる命はあるかもしれません。


 「それじゃ、行くよ?」


 シノさんが僕の手を引き、上空からエレン様達の場所へと降りようとしました。


 「あ、ちょっと待ってもらえますか?」


 ですが、僕は一つ大きな問題を見つけてしまいました。


 「どうしたんだい?」

 「いえ……僕は大丈夫なのですが、流石にシノさんはマズいと思いますよ?」

 「何がだい?」


 何って……シノさんは自分の状態がわかっていないのでしょうか?


 「何って、その格好で行くのですか?」

 「格好?」


 シノさんは自分の体に視線を落としました。


 「確かに、これじゃマズいね」

 「そうですよね」


 僕の言いたい事をシノさんは理解したようですね。

 シノさんは魔物の群れと一人で戦い、苦戦を強いられ、沢山の傷を負いました。

 今は、僕の回復魔法で傷は塞がり、元気そうにしていますが、流石に僕にだって治せないものはあります。


 「困ったね。替えの服は用意していないな」


 自身の血が付着し、穴だらけの服をみながらシノさんは困った顔をしています。

 血の方は浄化魔法クリーンウォッシュで綺麗に出来ても、穴ばかりは隠しようがないですね。

 一つだけではなく、体中に大小の穴が開き、シノさんの素肌が見えているくらいですし。


 「この状況ではお店もやっていませんよね」

 

 逆にこの状況でも営業していたら尊敬出来ますよね。


 「かといって、ナナシキにとりに行くわけにもいかないな」

 「アカネさんにバレたら大変な事になりますね」


 血だらけのシノさんが帰ってきたと知ったらアカネさんがショックで倒れてしまうかもしれません。

 そうなると、お腹の子供にも影響が出ないとも言い切れませんよね。


 「どうしたものか……」

 「そうですね……」

 「まぁ、最悪はこの状態で行くしかないかな」

 「そうですね…………あっ!」


 僕に名案が浮かびました!


 「シノさん、ちょっと人目につかない場所に移動しましょう」

 「構わないけど、何をする気だい?」

 「ついてくればわかりますよ! 僕がシノさんを助けてあげます!」


 我ながら冴えていると思いました!

 それを実行する為に、僕とシノさんは移動をします。

 流石に人目がある場所で着替えるのは男性とはいえ嫌だと思いますからね。

 ですが、僕の案をシノさんが受け入れた結果、あんな事になるとは思いもしませんでした。

 ある意味、ルード帝国が襲撃された時よりも酷い結果になってしまうとは、この時は誰も予想できなかったと思います。

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