第317話 援軍

 「もう持ちこたえられません!」

 「堪えろ! もう少しだ、もう少しで援軍が来る!」


 兵士の悲痛な叫びが響いている。

 大盾部隊が輪となり、敵に囲まれながらもどうにか耐え凌いでいるものの限界は近い。


 「エレン様、どうやらここまでのようです」

 「エレン様だけでもお逃げください」

 「馬鹿を言うな! 生きて恥を晒すくらいならば潔く戦場で散る。それが武人としての最後だ」


 部下たちが逃げろと促してくるが、それは出来ない。

 そもそも、魔物に囲まれた時点で逃げ場など既にないのだ。


 「道なら私達が命掛けで切り開きます」

 「デイン殿の力を借りればきっと……」


 きっと?

 私だけ助かるというのか?

 

 「私だけ逃げた所で何の意味がある? お前たちを失い、私だけのこのこと生きる事に何の意味があるというのだ!」

 「あります! エメリア様を一人にする訳にはいきません!」

 「くっ……」


 確かに、私がここで最後を迎えればエメリアは一人になる。

 兄上が去り、ようやく派閥を纏め歩み始めたばかりで一人になるというのは、今後の展開に弊害が生まれるだろう。

 しかし……。


 「私達はエメリアの親衛隊だ。一人も欠けてはならない!」


 親衛隊とは普通の兵士とは違う。

 時には命を賭してエメリアを護り、時にはエメリアの世話をする。

 戦う事が全てではない。


 「お前たちが死んだら、誰がエメリアの身の回りの世話をするのだ!」


 エメリアの世話はメイド達に頼む事は出来ない。

 王族というのはいつ命を狙われるのかはわからない。

 近くに必ず腕のたつ者がいなければならぬのだ。


 「わかったか。絶望的な状況でも、必ず光の導きがある。最後まで諦めるな!」

 

 諦めない限りは終わりではない。

 諦めない限りは……。

 そんな中、帝都の方から鐘を鳴らす甲高い音が届いた。


 「くっ、こんな時に……」


 鐘の音には幾つかの種類があり、叩き方によっても意味が異なる。

 例えばだが、低い銅鑼どらを一呼吸あけて鳴らせば進軍をしめし、連続で叩けば攻撃の合図となる。

 そして、今回なった音は……。


 「敵軍の増援が来たのか」

 

 甲高い鐘を鳴らすのは、軍に危機が迫っている時を示す。

 謂わば緊急事態だ。

 

 「帝都の方から迫っているようです!」

 「となると、帝都も落ちたか……」


 帝都の上空を飛んでいた魔物の群れが見えなくなっている。

 つまりはあの魔物の群れが地上を制圧し、降り立ったと考えるのが妥当だろう。


 「しかし、あの光は何だったのだ?」


 戦いの最中に照らされた大きな光。

 兄上のものだと思ったが違ったのだろうか?

 しかし、あの光を境に帝都の上空に滞在していた魔物の群れの姿は消えた。

 だが、帝都の方角から魔物が迫っている。

 一体、どうなっている?


 「隊長! 敵がもの凄い速度で迫ってきています!」

 「それほどの速度か!?」


 私の場所からは魔物が邪魔で見えないが、部下の一人が接近する敵の姿を確認したらしい。


 「はい! あの速度で突撃されたら大盾部隊でも防げません!」

 「マズいな。 仕方ない、もう少し溜めたかったが、此処で使うぞ!」


 愛剣の魔力は序盤に放った時の半分ほどしか溜めれていないが、敵の進軍を緩めるくらいはできるかもしれない。


 「エレン様が跳ぶぞ!」

 「段をつくれ!」


 密集した狭い空間の中に、僅かなスペースと私が跳ぶための階段が出来上がる。


 「いくぞ!」


 狙うは接近する敵の先頭。

 そこを崩せば後続の足が鈍る筈だ!

 私は兵士の背を駆け飛び上がる。

 そして、迫りくる敵の姿を捉えた……いや、違う!


 「あれは……味方だ!」


 接近する集団には見覚えがあった。

 いや、初めてみる集団だが私は見た事がある。

 あれは、狐族の獣人が獣化した姿だ!






 「アリア、おせーぞ!」

 「ついてこれないのなら置いてくよ!」

 「わ、わかってる! わかってるから、話しかけないで!」


 くそ~!

 なんで、まだまだ現役の私が農業ばかりしていたこの人達に負けているの?


 「アリア、大丈夫かー?」

 「大丈夫!」

 「うむー。無理するなよー」


 しかも、私よりも遥かに年上のチョリ婆にまで心配され、悠々と追い抜かれた。

 本当にこの人達はどうなっているの!?

 

 「アリア、きつかったら俺の背に乗れ」

 「まだ、大丈夫!」

 「わかった。それならば、俺を風よけに使え、少しは負担は軽くなる」

 「ありがとう、だけど私はアランの横を走る!」

 「無理はするな」


 今度は私を心配してアランが寄ってきてくれた。

 ふふっ、風よけに使えって本当に優しい。

 本当はその優しさに甘えたいけどそれは出来ない。

 だって、アランと戦場を駆ける事が出来る何て初めてだもん。

 ずっと、憧れていた事がようやく現実になったのだから、きつくても辛くても頑張れる!


 「チョリ婆、そろそろ陣形を」

 「うむー。別れるぞー? 覚えているなー?」

 「もちろん! 婆さんこそ忘れてないよな?」

 「もう年だもんねー」

 

 だけど、みんなも戦闘をするのは久しぶり過ぎて大事な事を忘れているみたい。

 

 「おい、その無駄口を発する喉を食いちぎられたいのか?」

 

 チョリ婆の事をからかった二人がチョリ婆に喉元を噛みつかれ、引きずられている。

 

 「じょ、冗談ですって!」

 「すみません! もう二度と言いませんのでお許しください!」

 

 チョリ婆は既に戦闘態勢に入っているのにからかうからそうなるのよね。

 一目見ればわかるのに。だって、首と顔が二つずつあるんだよ?

 あの状態のチョリ婆がどれだけ恐ろしい事か……。


 「チョリ婆、この速度ではすぐに接敵する。離してやってくれ」

 「うむー。仕方ないなー」


 チョリ婆が二人を離すと、二人はゴロゴロと後方に転がっていった。


 「お前たちもああなりたくなかったら、陣形を整えるぞ。忘れたのなら今すぐに思い出せ」

 「わっちとアランの部隊に分かれるからなー? 出来ないなら今すぐ外れろー 邪魔者はいらないからなー」


 チョリ婆とアランが距離を開け始める。

 それに合わせ、みんなも二手に分かれ始めた。

 私は勿論アランの方ね。


 「ユアン様の防御魔法が残っているうちに終わらせるぞ」

 「今日は気にせずぶっ放してもいいからなー」


 アランと私を先頭に三角形に広がる部隊とチョリ婆を中心に円形に進む部隊の二つが出来上がった。

 この陣形は知っている。

 アランが率いる戦闘部隊とチョリ婆が率いる魔術部隊。

 これで、数々の敵を葬り去ってきた、私の知る限り尤も恐ろしい部隊。

 そこに私も加われるなんて、なんて幸せなんだろう。


 「アンジュ様はいないが、やる事は変わらない」


 魔物の群れが目前に迫り、アランが率いる部隊が速度をあげ、ついて行くだけで精いっぱい。


 「ただ敵を殲滅するだけだぞー」


 だけど、それに従軍するチョリ婆の部隊の魔力は膨れ上がり、熱気となった魔力が気力を湧きあがらせる。


 「風となり、敵を裂く」

 「炎となり、燃やし尽くす」

 「準備はいいな?」

 「…………」


 アランの問いに、声をだし答える者はいない。

 しかし、無言の応えが存在している。


 「いくぞ」

 「いくぞー」

 

 私がまだ王の座に着く前、アンジュ姉さまが王の座についている時代はアルティカ共和国は一つの国として纏まっていなかった。

 その時代は戦乱の時代と呼ばれ、今では想像もつかないほどの戦争が日々至る所で行われていた。

 そんな時代の中、恐れられる部隊が存在していた。

 その名を聞くだけで、敵国の兵は震えあがり、彼らが近づくだけで敵軍は拠点を放棄し、抵抗しようものなら、その地に残るのはかつては難攻不落の砦と呼ばれた残骸のみとなった。

 そんな事を繰り返し、彼らが呼ばれた名前は……。

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