第315話 天狐達の共闘

 「さて、シアさん一人に頑張って貰う訳にはいきませんので、まずは魔物を倒してしまいましょう」

 「ま、それもそうだね」


 僕とシノさんは自然と離れ、一人戦うシアさんと魔物の群れを見上げます。


 「では、シノさんには汚名返上のチャンスをあげましょう」

 「別に、汚名を被ったつもりはないけどね」

 「いえ、さっきまでのシノさんは凄くカッコ悪かったですよ」

 「そんな事……ないよ?」

 「ある。シノはカッコ悪かった。ルリとアカネがシノのあんな姿みたら、どう思うか考える」

 「…………僕は、何をすればいい?」


 魔物との戦闘を切り上げ、シュタッとシアさんが帰ってきました。

 そして、僕の後ろからぎゅーっとしてきます。

 それを見ながらシノさんは珍しく僕に指示を仰ぎました。その表情は不安……ではないですね。少し焦ったようにも見える気がします。

 あ、魔物は問題ありませんよ?

 防御魔法に阻まれて中には入って来れませんからね。

 だから、今は少しだけ余裕があったりします。

 

 「まずはこれを飲んでください」

 「何だいそれは?」


 僕は収納魔法でとある物を取り出し、シノさんに渡します。


 「これは僕が作ったマナボトルですよ」

 「僕の知っているマナボトルとは随分と違うようだけど……確か、そんな色じゃなかったよね?」

 「はい、僕が作った特別なマナボトルですからね」


 通常のマナボトルは薄い青色をしていますが、これは僕特製という事で色が違います。


 「随分と身体に悪そうな色をしているけど、本当に大丈夫なのかい?」

 「大丈夫ですよ。僕が作った特別製ですからね! 通常の物よりも効果が高いですよ」


 シノさんが手にしたマナボトルを不安げに見ています。

 ですが、心配はありませんよ?

 チヨリさんお墨付きの効果がありますからね!

 作る過程で色が薄い赤色に変化してしまいましたけど、それ以外は問題ありませんし。


 「ほら、ちゃっちゃと飲んでください」

 「うん……わかったけど……」

 

 マナボトルの栓を抜いた状態でシノさんは固まりました。


 「もぉ! 飲まないのなら強制的にナナシキに帰ってもらいますよ! 今のシノさんだと足手纏いでしかないですからね!」

 「くっ……わかったよ、飲めばいいんだろう?」

 「はい! 一気にぐーっといっちゃってください」


 足手纏いと言われたのが悔しいのか、ようやくシノさんはマナボトルに口をつけました。


 「んぐっ!? ゴホッ、ゴホッ…………な、なんだいこの味は!?」

 

 そして、マナボトルを口にしたシノさんは盛大にむせました。


 「それは企業秘密ですよ?」

 

 そればかりはシノさんといえども教えてあげられません!

 もし真似されたら、チヨリさんの所で販売した時に価値が下がってしまいますからね。


 「そうかい……。ありがとう、ご馳走様」

 「何を言っているのですか? 全部飲まないと、魔力が回復しませんよ?」

 「いや、でも……ね? 今の一口で魔力はかなり回復したから……」

 「してませんよ! 飲まないなら帰って貰いますからね?」

 「リンシア……君の主をどうにかしてくれないか?」


 何故か涙目になりながらシアさんに助けを求めています。

 

 「シノ、贅沢言わない。今のシノは邪魔。飲まないなら帰る。それに、そんなに美味しい飲み物を飲まないなんて勿体ない」

 「冗談だよね?」

 「本当。その飲み物は美味しい」


 シアさんには試作の段階で何度も飲んで頂きましたが、結構気に入ってましたからね。

 

 「妹達がこんなに鬼畜だとは思わなかった」

 「鬼畜ってどういう意味ですか? 僕はシノさんの為に特別製のマナボトルをあげているのですよ?」

 「それは感謝しているけど、通常のマナボトルはないのかい?」

 「ありますけど、シノさん程の最大魔力保有量になると、通常のマナボトルでは全然回復しませんよ? 何本も飲むのは大変ですよね?」

 

 ですが、僕特製のなら一本飲めば全回復とまではいきませんが、通常のマナボトル数本分の効果は見込まれます!


 「シノさん?」

 「シノ」

 「わかったよ、飲むよ。飲みますよ」


 もぉ、今のシノさんは本当に世話のかかる兄です!

 子供じゃないのですから、手をかけさせないでもらいたいですよね?


 「ゴホッ……」

 「その調子ですよ」

 「羨ましい」

 「シアさんは今は我慢ですからね」

 「うん。ユアン特製のは効果が高い。魔力酔いになるから我慢する」


 そうなのですよね。

 チヨリさんにも一般の人が飲むのは危険だから、店頭に置くことはできないと言われてしまいました。


 「……飲んだよ」

 「はい、体の調子はどうですか?」

 「魔力は戻ったよ」

 「そうみたいですね。他には?」

 「……体が熱い」

 「ちゃんと効果が出ているみたいですね」

 

 良かったです。

 試し飲みしたのは今の所、僕とシアさん、チヨリさんしかいませんからね。

 実際に使った人に効果を聞けるのは大きな収穫です!


 「一体、何が入っていたんだい?」

 「だから、それは秘密ですよ!」


 秘匿の秘匿が重なった技術が詰まっていますからね!

 これを造るのにゴブリンの干肉様を使用しているので、説明するにはゴブリンの干肉様の造り方まで聞かれてしまう可能性があります!

 そのお陰で、栄養たっぷりで溶けた香辛料のお陰で体もポカポカします。

 シノさんが体が熱いと言ったのは、きっとこの効果が表れている証拠ですね。

 教えてはあげれませんけどね。


 「まぁ、いいや。とりあえず、助かったよ」

 

 シノさんが体の調子を確かめるように、手を開いたり閉じたりを繰り返しています。

 見た所、問題はないようですね。


 「それじゃ、魔物の群れをどうにかしましょう」

 「あぁ…………僕をこんな目に遭わせた報いを受けてもらおう!」


 シノさんのあんな目は初めて見ました。

 蜂型の魔物にやられた事が相当悔しいみたいで、いつも何かを企み、こちらの考えを見破るようないやらしい目つきが、今ばかりは怒りに燃えているように見えます。


 「ユアン、助けて貰ったついでだ、君の魔力も借りていいかい?」

 「わかりました。どうすればいいですか?」

 「君の光魔法の素を貸してほしい」

 「こんな感じですかね?」


 光魔法の素。

 謂わば、光魔法を使う前の段階である、光属性の魔力の玉を僕は生み出します。


 「うん。君みたいに純粋で素直な魔力だね」

 「何か、シノさんにそう言われると、褒められている気がしないのが不思議ですね」

 「そんな事ないさ。本当にいい魔力だよ。僕にはこれは生み出せないから。何せ、僕は光魔法が苦手だからね?」


 僕も闇魔法が苦手です。

 使えるには使えますが、加減ができませんし、体が酷く痛みます。

 シノさんも似たような理由で光魔法が苦手なのだと言いました。

 

 「ユアン。この場は二人で大丈夫そうだから、私はスノー達の手伝いをしてくる」

 「わかりました。気をつけてくださいね?」

 「うん。ユアン達も気をつける」


 シアさんと抱擁を交わし、お互いの無事を祈り、軽く口づけを交わし、シアさんがスノーさん達の手伝いに離れました。


 「君の従者は賢明だね」

 「シアさんですからね。本当に頼りになりますよ」

 「そうだね。この場にいたら、邪魔になると察したのは流石だね」

 「邪魔ではないですけどね」


 シアさんが離れた理由は他にもあるだけです。

 

 「しかし、リンシアが残っていたら、これだけの不純物の混ざっていない光魔法の素を作り出すのは難しいだろ?」

 「そうですけどね」


 防御魔法の中の魔素を取り除き、魔素が存在しない空間を作り上げ、僕の光魔法だけが存在する空間を造り上げました。

 もし、シアさんが残っていたら、そこにシアさんが自然と垂れ流してしまう闇魔法が混ざってしまう可能性が高かったのです。

 シアさんはまだ魔力は高くなったものの、その扱いを完璧にできてはいません。

 自身の魔力を抑える事が出来ていないのです。


 「まぁ、それはかなり高度な技術なので出来ない人がほとんどですけどね」

 「そうだな。それを自然に出来るユアンと俺が特別なだけだ」

 「特別ではないですよ。シアさんは凄いですから、練習すれば直ぐにできます」

 「そうかもな。よし、いいぜ」


 僕の練り上げた魔力をシノさんが体に取り込んでいきました。

 

 「痛みはないですか?」

 「あぁ、ユアンの魔力のお陰だな」


 それは良かったです。

 光魔法を使うと体が痛むと言っていましたが、何故か僕の魔力を使うと平気みたいですね。

 となると、もしかしたらシノさんの闇魔法の素を使えば、僕も痛まなかったりするのでしょうか?

 純粋な光属性に染まったシノさんの状態を崩してしまうので今は試せませんが、今度試してみるのも良さそうですね。


 「それじゃ、終わらせてくるわ」

 「はい、頑張ってくださいね」


 呼吸を整えるようにシノさんが小さく息を吐き、一人防御魔法から飛び出していきます。

 速い。

 防御魔法から飛び出したシノさんはあっという間に上空へと飛び出していきました。

 自ら、魔物の群れの中へと飛び込んだのです。





 全く。妹の手を借りるとは我ながら情けないな。


 「しかし、悪くはない」


 ユアンの魔力は本当に質がいい。

 俺の力を最大限に引き出している。

 そんな気がするな。


 「さっきはやってくれたな。今から倍にして返すから覚悟しろよ?」


 俺の事を認識したワスプが群がってくる。

 

 「お前ら如きが、妹の防御魔法を破れる訳がないだろ?」


 凄いよな。俺の妹は。

 本人に自覚はないようだが、日に日に魔法の腕が上達している。

 俺には敵わないと思っているみたいだが、それは勘違いだ。

 確かに、攻撃魔法だけをみれば俺の方がまだ上だ。

 しかし、それ以外をみればとっくに俺の事なんか越えている。

 実際に攻撃魔法もやろうと思えば俺を越える事も容易いだろう。

 その辺は苦手という意識のせいで壁を越えられていないみたいで甘いけどな。

 

 「だがな、俺は兄として譲れないものがあるんだよ」


 俺は、妹と比べ天才ではない。

 俺がここまで辿り着けたのは、努力と工夫の賜物だ。

 努力は裏切らない。

 それを証明する。


 「今なら、お前らに遅れはとらねえよ」


 所詮は虫は虫だ。

 魔物だろうと、今の俺にとっては取るに足らない。

 終わらせてやるよ。


 「光に焼かれな」


 溜めこんだ光を拡散させる。

 しかし、それは狙いを定めて。

 狙いは俺を取り囲むワスプの群れ。

 妹から授かった魔力を無駄にはしない。

 拡散させつつも、一本一本が光の矢となり、確実にワスプを貫く。

 外しはしない。

 そんな無駄な事はしない。

 さぁ、これで終わりだ。

 

 「終わってみれば儚く、あっけないね」


 僕の周囲を飛んでいたワスプは、言葉通り跡形もなく消え去った。

 今なら何でも出来ると思って試してみたけど、魔法の中に誘導効果のある矢をイメージして放ってみたけど、狙い通りワスプを次々と貫きながら、残っていた魔法陣へとたどり着き、破壊に成功したみたいだ。

 その証拠に、ワスプが再び現れる様子はない。

 かなり苦戦したが、どうやら僕たちは勝てたみたいだ。

 しかし、まだ終わってはいない。

 帝都の外では戦いは続いている。

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