第314話 補助魔法使い、借りを返す

 「シアさん、あそこです!」

 「うん。任せる」


 僕たちは今、空を飛んでいます。


 「ユアンさん、気をつけてくださいね!」

 「大丈夫です。着地はシアさんがいますから」

 「うん。数歩なら私も空を飛べる」


 飛べるというよりも、駆ける事ができるですけどね。

 それでも、高所から飛び降りる事が出来るのは時間の短縮に繋がります。


 「私達は魔物の発生源を潰してくるよ」

 「はい、スノーさん達も気をつけてくださいね?」

 「なーなー? 私はどうすればいい?」

 「そうですね……その体だと、大騒ぎになっちゃいますし、こっそりと元の姿に戻って貰えますか?」


 僕たちは今、空を飛んでいます。

 龍化したサンドラちゃんの背中に乗って。


 「ユアンさんそれは厳しいよ」

 「そうですか?」

 「上空に魔物がいるのですよ? 住民の人達は空を気にしていると思います」

 

 確かにそうですね。

 魔物を警戒していたら、更にはドラゴンまで現れたとなると大騒ぎになってしまいそうですね。


 「ですが、既に手遅れではないですか?」


 だって、既に僕たちは帝都の上空まで来てしまっていますからね。

 

 「まぁ、そうだけどさ? けど、もしかしたら上空を通過しただけと勘違いしてくれるかもしれないし」

 「私達は魔物の上を飛んでいますし、気づかれていないって可能性も……」

 「なーなー? 私はどうすればいいんだ?」

 「サンドラはスノー達に従う。私達は行く」

 「あ、ちょっとシア!?」


 困ったらスノーさんに任せる!

 これで結構上手くいったりするのですよね。

 スノーさんが生まれ持った運なのかは知りませんが、変な選択をしても結果的には丸く収まるような気がするのです。

 という訳で、スノーさんに後を任せて僕とシアさんは龍化したサンドラちゃんから飛び降りたのですが……。


 「きゃぁぁぁぁぁ!」

 

 し、失敗した!

 空から飛び降りるのがこんなに怖いとは思わなかった!


 「し、シア! だ、大丈夫なの!?」

 「平気。転移魔法と変わらない」

 「全然違うからっ!」


 ふわっとする感覚が転移魔法に似ているとシアは言うけど、それとは比べ物にならない感覚がする。


 「怖い?」

 「逆になんで平気なの!?」

 「平気だから? むしろ楽しい」

 「全然楽しくないから!」

 「むー……。防御魔法でどうにかならない?」

 「その手があったわね……」


 出来る限り冷静になり、防御魔法を展開する。

 ふぅ……。

 これなら大丈夫ですね……。


 「シアさん、着地はお願いしますね?」

 「うん。ユアンは誘導する」

 「そうですね……というか、このまま落下したら魔物の群れに突っ込みますよ」

 

 僕たちは魔物よりも高い位置を飛んでいましたからね。

 そこから飛び降りれば当然、魔物にぶつかることになります。


 「どうしようもない。このままいく」

 「だ、大丈夫ですかね?」


 物が高い所から落ちると、それだけ衝撃が大きくなります。

 

 「ユアンなら平気。信じてる」

 「そこまで言われたら、やるしかないですね」

 「うん。私も出来る限りは調整する」


 僕を抱えたままシアさんが体を捻ると、少しずつですが、落下する場所が変わっていきます。


 「ん……やっぱりあっちに行く」

 「え、折角避けたのにですか!?」

 「うん。一瞬シノが見えた」

 「ど、どこですか?」

 「あっち」


 シアさんが再び、体を捻りました。

 すると、僕たちが落ちる位置が再び魔物の群れの中に向かいました。

 

 「シアさんが見えたならきっと間違いないですね」

 「うん。信じる」

 「信じていますよ」


 なら、僕を信じてくれたシアさんの為にも、防御魔法で護って見せるまでです。


 「ユアン突っ込む」

 「はいっ!」


 気持ち悪いです……。

 近づくとわかりましたが、帝都の上空を黒く染めていた魔物の正体が蜂型の魔物だという事がわかりました。

 蜘蛛に比べればまだマシですが、あれだけの数となると流石に嫌ですね。


 「ユアンはみなくていい」

 「ありがとうございます」


 僕の視線を遮るように、シアさんが僕の頭を抱えてくれました。

 その瞬間、ぐしゃりという魔物が潰れる音が耳に届きました。

 

 「着いた」

 「うー……怖かったです」


 色々と怖かったです。

 空から落ちるのも怖かったですし、蜂型の魔物に近づくのも怖かったです。

 しかし、シアさんのお陰で無事に地上に降り立つ事が出来ました。


 「平気?」

 「はい、大丈夫ですよ……それよりシノさんはどこですか?」

 「あそこ」


 シアさんが指さした方を見ると、シノさんが脱力したように落下しているのが見えました。

 

 「マズいです!」


 このままでは地面にぶつかる……と思った所でシノさんは体勢を整え、どうにか着地に成功しました。

 しかし、状況は見た限り決していいようには見えません。

 

 「シアさん、急いでシノさんの所に!」

 「任せる!」


 シノさんを追いかけるように大量の蜂型の魔物が追いかけているのがわかりました。

 それなのに、シノさんは蜂型の魔物を見つめるばかりで、動こうとしないのです。

 

 「あと少しです!」

 

 蜂型の魔物のお尻が振り子のように引かれ、その反動を使い、シノさんに針を飛ばすのが見えました。

 それなのに、シノさんは動こうとしません。

 けど、この距離なら……!


 「バリアー!」


 シノさんに向かって放たれた針が地面に落ちる。

 ギリギリでしたが、どうやら間に合ったみたいですね。

 それなのに、シノさんはいま一つ状況がわかっていないようで、地面に落ちた針を見つめ、少しだけ首を傾げています。

 

 「全く、世話のかかる兄ですね」

 「え……?」


 僕の声に少し抜けた声をシノさんは出し、ゆっくりと僕たちの方に振り向きました。

 酷い姿ですね。

 体の至る所に針が刺さり、ボロボロの姿になっています。


 「幾ら何でも、焦り過ぎです。一人で戦える相手ではないですよ?」


 一度に戦える数なんて限られていますからね。


 「ユアンに……リンシアか」

 「わっ! ちょっと、大丈夫ですか?」


 僕達と認識した安心感からか、シノさんはその場でパタンと横になりました。


 「大丈夫さ。迷惑をかけたね」

 「本当ですよ。これでも……その、心配したんですからね?」

 「すまなかったね。それにしても……くくっ」

 「本当に大丈夫ですか?」

 「大丈夫さ……あははっ!」


 倒れた状態でシノさんが大声で笑いだしました。

 もしかして、頭が変になってしまったのでしょうか?


 「くくくっ、心配はいらないよ。僕は正常だよ。ただ、ちょっとおかしくてね」

 「何が面白いのですか?」

 「君の言葉がだよ。まさか、君にあんなことを言われる日がくるとは思わなくてね」

 

 どうやら僕が言った言葉が面白くて笑っていたみたいですね。


 「あれかい? あの時のお返しって事かな?」

 「そうですよ。悔しかったですからね!」


 別に笑わせる為に言ったわけではないですけどね。

 国境の時にクラゲの魔物からシノさんに言われた言葉をいつか言い返してやろうと思っていたのです。

 世話のかかる妹。

 そう言われたのは凄く悔しかったのです!

 

 「あー、面白い。でも、助かったよ。ありがとう」

 「お礼はいりませんよ。シノさんには普段助けて貰ってますからね」

 「そこはお兄ちゃんじゃないのかい?」

 「む……。それは恥ずかしいから嫌です」

 「ってことは、恥ずかしいから言わないだけで、僕の事を兄と認めてくれたという事かい?」

 「知りませんよ! それよりも、立てますか」

 「あぁ、大丈夫さ。ユアンが回復してくれたからね。それにしても、相変わらず君の回復魔法は凄いね」

 「まぁ、それが僕の取り柄ですからね」

 「そうだね。まさか、針まで取り除いてしまうとは思わなかったよ」

 「ヒールではなく、リカバリーですからね」


 リカバリーという回復魔法は癒すのではなく、元に戻すという意味があるようです。

 ヒールやケアといった魔法は傷を癒す事を目的に使われる魔法に対し、リカバリーは異物を取り除いたりする事が出来ますからね。

 例えばですが、矢が刺さり、矢じりが体内に残っていたら大変ですよね?

 

 「簡単に言うけど、それって凄い事だからね?」

 「そうですか? やれるからやっているだけですよ」

 「そうかもしれないけど、それが原因でユーリは……今はそれどころじゃないか……と、あれ?」


 ユーリお父さんの事で何かを言いかけたシノさんが立ちあがろうとしましたが、バランスを崩し、尻もちをついてしまいました。


 「もぉ、何やっているのですか? ほら、しっかりと立ってください」

 「すまないね」


 どうやら一人で立てない程に疲弊しているみたいなので、僕は手を差し出しシノさんを立ち上がらせます。


 「わっ! もぉー!」

 「すまないね。まだバランスが保てなくて」


 立ち上がったシノさんは再び、バランスを崩したと見せかけて、僕を抱きしめてきました。


 「今だけですからね」

 「わかってるよ。ありがとう……」

 「お礼はいらないですよ。ただ無事でいてくれた。それだけで十分ですからね。だから、あんまり無理をしないでください…………お兄ちゃん」

 「あぁ、今度から気をつけるよ」


 今ばかりはシアさんも文句を言わずに見守ってくれています。

 というよりも、僕たちを気遣ってか一人で集まってきた魔物を倒してくれています。

 だからといって、それに甘える訳にはいきませんよね。

 シノさんの無事は確認できましたし、僕たちはやる事がありますから。

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