第312話 帝都防衛戦2

 「前線が押されています!」

 「敵軍勢が広範囲に展開開始しました!」


 まずいな。

 一番恐れていた事態に陥りつつある。

 

 「隊長、私達が出ますか?」

 「まだ早い。今出た所で、包囲されて終わりだ」

 「どちらにしても、敵は包囲するように展開していますよ」

 「わかっている……陣形を変えるぞ! 中央に厚みをつくり敵を押し返せ!」


 敵を引き込み挟撃するVの形から、中央を押し返し、Wを連続で繋げたような陣形に組み替える。

 先頭に立つ者の負担はそれだけ大きいが、その分こちらの攻撃の選択肢も広がるだろう。


 「報告! 大盾部隊に被害甚大!」

 「隊長、そろそろ限界ですよ!」

 「さっきの攻撃は出来ないのですか?」

 「まだだ」

 

 私に魔力を集める芸当ができるのならば可能だったであろうが、私にそんな芸当は出来ない。

 これでは、私の課したノルマを達成できる者は少ないだろう。


 「入り込んだ敵を倒せー!」

 「くそっ、中に入るんじゃねぇ!」


 大盾部隊の隙間を抜けられる事が多くなってきた。

 これは本格的にマズいか。


 「仕方ない。敵の前線と後続の間に割って入るぞ!」

 「はいっ!」

 「無茶はするな」

 「隊長、無茶な作戦をしようとしているのに、無茶するなはおかしいですよ」

 「確かにな」


 わかっている。

 だが、誰かがそれをやらなくては前線は崩壊する。


 「すまない。私に付き合わせて」

 「構いません。それが、私達の生きる道ですから」

 「苦しかった時も沢山ありましたけど、エレン様と……いえ、隊長と過ごした日々は充実していましたよ」


 泣かせることを言ってくれる。

 しかし、戦場で涙を見せる訳にはいかない。

 それは、私を信じ、私と共に歩むと誓い、死地にまで来てくれた部下を裏切る行為だ。


 「待たせたな」

 「誰だ!」


 部下との最後の時となるやもしれぬ時間を邪魔をする者に、私は声を荒げてしまった。

 しかし、声の主は臆する事もなく、淡々と邪魔に入った理由だけを述べた。


 「俺だ。シノ様の指示で援軍に来た」

 「お前は兄上の……」

 「槍だ。しかし、今だけは皇女様の盾となろう」

 「盾、だと……?」


 この男の事は私はよく知っている。

 いや、ルード帝国の者であれば誰でも知っている男であろう。


 「俺の部下は来ているか?」

 「前線で耐え忍んでいる」

 「そうか。借りるぞ」


 男が前線へと歩いて行く。

 あれが、男の背中か……。


 「隊長、今の方って……」

 「あぁ、兄上の第一騎士団の団長を務めていた男だ」

 

 名はデイン。

 大柄な体躯から繰り出される、槍を受け止めた者はいないとまで噂された男。


 「ですが、武器は持っていませんでしたよ」

 「大盾だけでしたね」

 「そうか、お前たちはもう一つの噂は知らないのか」

 「噂ですか?」

 「あぁ、デイン殿の代名詞といえば返り血で染まったと云われる深紅の槍だが、もう一つあるのだ」

 「それは?」

 「不死の大盾だ」


 彼の槍から放たれる一撃を受け止められる者は誰も居ない。

 彼の守りを打ち破る者は誰も居ない。

 デインという男は、ルード一の槍の使い手であり、ルード一の大盾の使い手とも言われている。


 「どっちが強いのですか?」

 「できはしないでしょうが、槍を使ったデイン殿と大盾を使ったデイン殿が戦ったらどっちが勝つか気になりますね」


 どちらも最強と呼ばれた男だ。

 当然興味が湧くのは仕方ないだろう。

 かく言う私も興味を持って聞いた事がある。


 「その答えはどうだったのですか?」

 「俺の大盾ならば、槍を使った俺を完封できる、だとさ」

 「という事は、デイン殿の本職は大盾使い?」


 という事になるな。

 しかし、いいタイミングで来てくれたものだ。


 「お前たちは入り込んだ魔物を処理せよ! 態勢を立て直し、デイン殿に合わせ、反撃にでるぞ!」

 「「「はいっ!」」」


 あの男の登場で、僅かながらこの戦場に光が宿ったな。

 感謝するぞ、兄上!






 「ルード帝国で大規模な戦闘が起きるかもしれない。だから、僕がやばそうだったら君の力を貸してくれないかな?」


 シノ様の言葉に俺は耳を疑った。

 ルード帝国、それも帝都とその付近で大規模な戦闘だと?

 正直信じられない。

 しかし、俺の答えは決まっていた。


 「お任せください」

 「頼りにしてるよ」


 シノ様が俺の力を頼ったのだ。

 友を助けるのは友の役目だ。迷う事はない。


 「で、俺はどうすればいいのですか?」

 「状況はわからない。君の判断に任せる」

 「わかりました」

 「無理はしないでくれ」

 「そんな今更な事を言われても困りますよ」

 「それもそうだったね。それじゃ、また頑張って貰うよ」

 

 シノ様の無茶には散々付き合わされた。

 改まって言われてもその方が無理ってものだ。

 そう決心してから数日後だった。

 シノ様からの伝言が俺の耳にも届いた。どうやら帝都の傍に魔物の大群が発生したらしいと。

 そして、弓月の刻。

 ユアン様達が帝都に向かうという事も。

 そこに俺も同行させて頂く事にした。


 「一足先に俺だけでも帝都に向かいたい」

 「はい。キティに転移魔法陣を持たせ先行させていますのでそれで向かってください」

 「助かる」

 「私達も準備が整い次第すぐに向かう。デイン殿はそれまで耐えてくれ」

 「任せてください。それが俺の得意分野ですから」


 こうして、俺は転移魔法陣を使い、帝都の傍まで辿り着く事が出来た。


 「戦闘は既に始まっているか」


 俺が到着すると同時に戦闘が始まったようで、大袈裟な攻撃が魔物に降り注いだのがわかる。

 しかし、兵士側が先制攻撃をかます事に成功した一方で、多少の混乱はみられるものの、魔物たちはすぐに態勢を整え、兵士達へと殺到している。

 囲まれるのは時間の問題だ。

 遠目から見てもわかる。

 あの、大盾部隊には指揮官がいないようだ。

 

 「大盾の本質を忘れているな」


 大盾が機能していない。

 あれでは直ぐに前線が崩壊するだろう。

 その前に俺が立て直すしかないようだ。


 「俺の部下は来ているか?」

 「前線で耐え忍んでいる」

 「そうか。借りるぞ」


 総大将はエレン様であったか。

 どうりで、守りが拙い訳だ。

 本人は護りの陣形も得意としていると豪語しているが、それは形を真似しただけのままごとのようなものだ。

 本質を理解していない。


 「もう、抑えきれません!」

 「前線が突破されるぞー!」


 兵士達が慌てふためいている。

 かつての部下がじりじりと下がり始めている。

 

 

 「馬鹿野郎! それでも、ルード帝国兵士か! そんな及び腰で大盾が使える訳がないだろうが! 各員、隣同士と腕を組め! 盾と盾を重ねるようにし、隙間を開けるな!」

 「た、隊長!」

 「隊長が来たぞー!」


 俺の声に反応した兵士が高らかに声をあげると、それに合わせ、歓声があがった。


 「もう少し耐えれば援軍が到着する! それまで耐えろ! それが出来れば、俺達の勝利だ!」

 「それは、本当ですか!?」

 「本当だ! 俺を信じろ! ここは死地ではない、直ぐに狩場となるぞ!」

 「「「おぉぉぉぉぉぉ!」」」


 あの話が本当ならば、な。

 しかし、俺のやる事は変わらない。


 「俺が暫くの間、敵を引きつける。その間に、少しずつ陣形を変えるぞ!」


 今の陣形では更なる援軍が到着するまでは持たないだろう。

 

 「た、隊長! それでは敵に……」

 「囲まれるのではなく、囲ませるのだ! 急げ!」


 俺が加わった所で数の差は覆る事は出来ない。

 それならば、いっその事、敵に囲ませ、一度に相手をする数を減らした方が得策だ。

 俺達が小さくなればなるほど、大盾の密度はあがり、大盾を柵にみたて、敵の足止めを図る事が可能となる。

 

 「隊長が敵を引きつける間に陣形を変えるぞ!」

 「隊長、どうかご無事で!」

 「俺を心配する暇があるならさっさと動け! 敵は待ってくれないぞ!」

 「わかりました!」


 遅い。

 俺が指示を出してから動き出すまでに時間がかかった。

 その間にも敵の密度もあがっている。


 「だがな」


 俺を無視しできるとは思うな。

 


 「うぉぉぉぉぉぉ!」




 大盾を前方に構え、一人の男が魔物の群れに飛び込んでいく。

 魔物たちに感情というものが多彩にあるのならば、彼の事を嘲笑うだろう。

 しかし、彼らに感情がなかったのが幸いした。

 魔物たちは本当の恐怖を知る事なく、この世から命を落としていくのだから。

 一人の男と、遅れてくる援軍によって。

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