第311話 帝都防衛戦
「エレン様、配置完了致しました!」
「うむ、ご苦労」
それにしても、厳しいな。
目の前の軍勢に流石の私も手に汗が滲む。
魔物数は約五千。
それに比べ、我が軍の数は総勢五百程度。
それも、対人経験は豊富だが、魔物との戦闘は未熟といえる軍勢なのだから苦戦するのは免れないだろう。
いや、苦戦で済めばいいが。
「くそっ……ここで終わりなのかよ」
「仕方ないだろう。せめて家族が逃げる時間だけでも稼ぐんだ」
「そうは言うが、数の暴力には勝てる筈がない。一瞬で押しつぶされて終わりさ」
何よりも心配なのは配置に着いた兵士の士気が異様に低い事だろう。
これでは戦う以前に負けていると言っても過言ではないな。
「隊長、どうなさいますか?」
「我らが先陣をきり、魔物を蹴散らし士気をあげるという手もございますが?」
それに比べ、私の直属の部下は頼もしい。
この状況においても弱音の一つも吐くことはしない。
「それはしない。今回の戦いは守り勝つぞ」
「「「了解!」」」
とは言うものの、横に展開しすぎれば兵士の壁が薄くなり、かといって縦に布陣しても……考えるだけ無駄だな。
どうあがこうが数の不利は覆す事は出来ない。
となると、魔法と弓の遠距離部隊と私達の騎馬隊による遊撃が鍵になるな。
だが、敵はこちらの準備が全て整うまでは待ってはくれないらしい。
「魔物の群れが隊列を整え、前進開始しました!」
その報告に、兵士の間に緊張が走る。
いや、緊張の震えではないな。
あれは恐怖か。
しかし、武器を捨てて逃げださない事は良くやったと褒めてやりたいな。
「しかし、今のはそれは朗報だな」
「隊長? 敵が近づいているのに、何故朗報なのですか?」
「敵は我らの軍勢を前に一度停止した。そして、魔物の足並みが揃うのを待ったのだ」
もしやと思っていたが、確信に変わった。
ただの魔物ならばこうはならないだろう。 つまり、それが意味するのは……。
「敵には指揮官がいるぞ」
「指揮官がですか!」
「あぁ、勝機があるとすれば、そこだ」
隊列を組むほどの知恵はあるかもしれぬが、その程度の事は子供でも出来る。
指揮官は子供に指示を出しているのと変わらないだろう。
そして、指揮官を失った魔物はきっと混乱に陥る筈だ。
その隙に、魔物数を出来る限り減らす。
「隊長、指揮官の位置は……?」
「わからぬ! だが、偉そうにしている魔物が居れば、そいつが指揮官だ」
「どうやって見分けるのですか?」
「そうですよ。魔物の言葉がわからぬ以上、偉そうにしているのかはわかりませんよ?」
「だから何だというのだ。わからぬのなら、それらしき魔物を狙うまでだ!」
「という事は、いつもの通りなのですね」
「あぁ。最後に物を言うのは勘だ!」
私の勘は鋭い。
それで何度も窮地を脱してきた。
「まぁ、最後まで隊長と共にいますよ」
「そうだよね。隊長だし」
「私達らしく終わろうか」
「こらこら、勝手に終わるつもりでいるんじゃない。安心しろ、私達は必ず生き残る。私の勘がそう告げているのだ!」
それに、エメリアと約束したからな。
必ず生きて戻ると。
このような場所で死ぬわけにはいかぬ!
「間もなく前線が戦闘に入ります!」
「うむ!」
「隊長、士気をあげるためにも激を飛ばした方がいいのではないでしょうか?」
「それもそうだな」
戦いにおいて気持ちで負けていては勝てるものも勝てなくなる。
「聞け! 魔物の数は約五千! しかし、恐れる事はない! 各隊長が五十匹を屠り、各副隊長が三十匹、その他の者が五匹ずつ倒せばこの戦いに勝てる!」
隊長は八人おり、そこに副隊長は二人ずつついている。
そして一般の兵士は約五百人もいるのだ。
そこに私の直属の兵が三十人加わる。
この者達も三十匹倒せばいい計算となるだろう。
「隊長……それだと数が足りませんよ」
「そんなことはない!」
「ありますよ。千匹ほど足りないじゃないですか」
「安心しろ。残りの千匹は私がやる」
それで五千となる計算だ。
「隊長、士気が上がるどころか、下がっているというよりも呆れていますよ」
「なんだと?」
部下の言葉に兵士達に目を向けると、口をあんぐりと開けている者ばかりだった。
前線で戦いが始まろうとしているというのに、そのような姿を見せるとは情けない。
「見ているがいい。私の言葉が嘘ではない事を」
兄上より授かった愛剣は魔力を宿す事が出来る。
即ち……魔力を溜めておく事も出来る!
この時の為に、魔力を溜めておいたのだ!
「我が剣の錆となれ!」
剣の魔力を解放し、愛剣の刀身が金色に輝く。
「隊長!? 味方迄巻き込みますって!」
「あぁ、もう! そこの貴方達踏み台になりなさい!」
「はっはい!?」
うむ。良いサポートだ。
兵士が身を屈め、高さを調整し天へと駆け上る階段が出来た。
それを足場にし、私は飛ぶ。
「我が剣の錆となれ!」
「それ、さっきも聞きましたよ!」
うむ? 何か聞こえた気がするが、気のせいだろう。
今は、目前の敵に集中すべきだ。
「消し去れ!」
愛剣が唸りをあげ、激しく震えあがり、剣を振り下ろす。
金色の光が魔物の大群へと降り注ぎ、耳を塞ぎたくなるほどの轟音が当たりに響き渡った。
「うむ。初手にしては悪くはないだろう」
魔物を倒したという事は感覚でわかる。
あれならば、宣言通りの数は減らせたのではないか?
「ほ、報告致します! 敵軍の損傷約五百!」
「なに? それは本当か!?」
「は、はい! エレン様の攻撃はゴブリンなどの小型の群れに当たった模様です!」
「なるほど。体が小さいお陰で数を減らせなかったという事か」
「隊長逆ですよ! 体が小さいお陰で密集し、そこまで数を減らせたのです!」
「む? そうか?」
「そうですよ。オークみたく無駄に体が大きかったら密集していない分、倒せた数は減りますから」
「確かにそうだな。しかし、数は減らせたな」
「まぁ、そうですけど。どうせならもっと危険度の高い魔物を狙って欲しかったです」
「そう言うな。私の狙いはそこではない」
魔物の数が減るのは当然いい事だろう。
しかし、今必要なのは兵の士気をあげる事だ。
「私が後ろにいる。頃合いを見て再び今の一撃を放つ! それまで耐えるのだ!」
「「「お……おぉぉぉぉぉぉ!!!」」」
耐えればそれだけ希望があると兵士に伝える事。
それが、兵士の支えとなるだろう。
「エレン様、前線が魔物と接触しました! しかし、魔物は少し動揺している模様です!」
「わかった! 今が好機! 大盾部隊を盾に遠距離攻撃で数を減らすぞ!」
「はっ! 遠距離部隊攻撃開始!」
「攻撃開始!」
「攻撃開始します!」
私の指示が伝達されていき、空に魔法と矢が一斉に放たれた。
初手は悪くない。
問題は、どれほど持ちこたえられるかだ。
「隊長、楽しそうですね」
「そんな事はない」
「そうですか?」
「そうだ。私が絶望した姿など見せられる訳がないだろう」
その姿を見せた時、兵士も絶望に染まるだろう。
だからこそ、私が辛い姿を見せる訳にはいかない。
第一皇女としての責務を果たせるのは私しかいないのだから。
さて、どうしたものかな?
目の前に広がる漆黒の魔物の群れを前に悩まずにはいられないね。
「うるさいな」
僕の周囲を飛び交う、耳障りな羽音にうんざりする。
「数が多いだけの羽虫が邪魔をするな」
目の前に無数に、いや? 無限とも思えるほどの羽虫にアビスホールを撃ちこむ。
「本当にキリがないね」
アビスホールに羽虫が次々と呑み込まれていくが、その数は一向に減るどころか増える一方だ。
こんなことなら場所を選ばずに数を潰す事に専念すれば良かったかな?
だけど、それはそれでどうなのだろう。
僕の予想通り、羽虫の群れ……蜂型の魔物であるワスプは四方から湧いているのがわかる。
もし、中央から湧いていたらこれよりも早い速度で湧いていただろう。
結果、四方八方から囲まれる事になったのだけどね。
「ま、僕のやる事は変わらないけどね」
僕はひたすらこの羽虫を倒す事以外にやれる事はない。
魔法陣を壊そうと地上に降りれば、僕を追ってワスプも地上へと降りていくだろう。
そうなると、地上の被害も大きくなる。
「僕をここに釘付けにする事が目的って事かな」
敵も馬鹿ではないらしい。
国境での戦いでの事を学んだようだ。
「質より量で僕を攻め、魔力が枯渇するのを狙っているみたいだね」
正攻法だね。
正直、この攻め方は辛い。
範囲攻撃であるアビスホールは設置型の魔法で持続的に魔力を消費するし、設置できる数も限られている。
ワスプの湧き場所に設置するにも数が足りないし、何よりも上空のアビスホールを減らす訳にはいかない。
「根比べ……か」
状況としては最悪かな。
こうなると自分の身を護るだけで精いっぱいになってしまう。
何せ、ワスプの攻撃方法と言ったら。
「おっと」
鋭い針が僕を串刺しにしようと振りかかる。
「防御魔法がなかったら、即終了何だよね」
しかも、このワスプはどうやら普通のワスプではないようで、放たれた針に微弱ながら
そうなると、防御魔法を展開した所で防御魔法の耐久地はすぐに下がり、その分魔力の消費も激しくなる。
「とことん魔力を奪いにきているって訳だ」
このままだとジリ貧だね。
となると、打つ手を考えないといけないかな。
「いっその事、転移魔法で態勢を立て直すべきかな?」
とも考えるが、僕が消えた事によりワスプの標的は代わり、その分被害が増えるだろう。
少しの犠牲は仕方ないのかもしれないが、どれほどの被害が出るのかは想像できない。
「もどかしいね」
この状況を打開する方法はある。
しかし、それを実行するには時間が掛かるのが問題だ。
「困ったね……」
この間にも僕の魔力が少しずつ減っているのがわかる。
まだ、余裕はある。
しかし、決断する時は迫っている。
「もう少し……もう少しだけ様子をみよう」
この判断が正解なのか不正解なのかはわからない。
ま、そもそもこうなった時点で正解などはないのだろうけど。
本当の正解は、僕が見誤った時点で失われているのだから。
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