第310話 補助魔法使い、孤児院へと向かう
「緊張します」
「今まで通りでいいのですよ」
「そうかもしれませんが、また戻ってきやがったなんて思われたらと思うと……」
育った村という事で、やはり愛着はあります。
ですが、それでも僕の存在というのは不安です。
「その辺りは相変わらずですね。旅に出て、様々な経験をしたと言うのに」
「そればかりは仕方ないですよ。魔物相手ならば倒せば済みますが、村の人相手にはそうはいきませんからね」
「ですが、ユアンを受け入れてくれる人は沢山いたでしょう?」
「いましたよ。凄く親切な方も居ましたし、協力してくれる人も居ました」
悪い出会いも沢山ありましたが、それ以上にいい人達に巡り合えたと僕は思います。
「それと同じです。ユアンが心を開かなければ、いつまでも変わりません」
「それはそうですけど……」
嫌われている人達に心を開けといっても難しいです。
「安心してください。そもそも、街の人達はユアンの事を嫌ったり何かしていませんよ」
「そうですか?」
「えぇ、挨拶をすれば挨拶は返してくれたでしょう?」
「そうですけど」
それ以上に何もなかったです。
まぁ、僕から話しかける事もなく、村の人からも話しかけてこない。
そういった関係でしたからね。
「村の様子は、どんな感じですか?」
「大した変化はありません。ただ、少しだけ裕福になったくらいでしょうか」
「僕が居なくなったからですか?」
「そうですね」
やっぱり、僕が居たからあの村は発展しなかったのですかね?
僕の存在を何処からかしって、帝都に近いにも関わらず、人が寄り付かなかったという事かもしれません。
「少し、勘違いしていますね。ユアンが居なくなったから裕福になったのではなく、ユアン達のお陰で裕福になったという事ですよ」
「それって、同じですよね?」
「違いますよ。意味合いが」
どういう違いなのか僕にはわかりません。
「ユアンが去った後、村を納める領主が変わりました」
「そうなのですね」
「変わったのはそれからです」
これはシノさんから聞いて知ったのですが、孤児院にはシノさんから寄付金という形でお金を送られていました。
「そのお金は、私達の元に届かず前の領主が着服していたのです」
そして、国境での戦いの際に、その領主も戦いに参加し、そこで命を落とし新しい領主が村を納める事になったようですね。
「その領主はエメリア様の手の者で、ユアンが住んでいた村という事で援助を惜しみなくしてくれる方で、そのお陰で少しずつですが裕福になっているのですよ」
「そんな事になっているのですね」
これは後で知った事なのですが、前の領主は昔ながらの考えの人で、僕のような存在は忌み子で関りを持ってはいけないという人だったみたいです。
僕は知りませんでしたが、僕と親しくしている事が耳に入ると、兵士を送って圧をかけたりもしていたみたいです。
「そういう経緯があったのですね」
「えぇ、ですから安心して村に入って大丈夫なのですよ」
「わかりました。院長先生を信じます」
それに、僕には帰る場所がもうありますし、嫌ならば逃げてしまえばいいだけですからね。
そんな話をしていると、あっという間に僕の生まれ育った村へと着いてしまいましたが……。
「えっと、何処ですかここ?」
あれ、おかしいですね?
森と村の位置関係的には僕の育った街に間違いないように思えますが、僕の知っている場所とは全然違いますよ?」
「だから言ったでしょう? 少しだけ裕福になったと」
「言いましたけど、村の外観が変わるほどですか?」
村というよりも、小さな町みたいになった場所なんて僕は知りませんよ?
「ユアン、あそこと一緒」
「何処ですか?」
「私とユアンが出会った場所。あそこも開拓に力を入れていた」
「そういえばそうでしたね」
「うん。ここは帝都に一番近い場所。人を集めるにはちょうどいい」
「それはそうですけど」
街から街を移動するのは大変で、休める場所は必要です。
だからといって、ここまで大きく変わるほどでしょうか?
「それが、前の領主と今の領主との違いですよ。今の領主は私財に手をつけてまで村の発展に力を注いでいますので」
「それって大丈夫なのですか?」
「問題ないのでしょう。帝都からの支援もありますし、何よりも村が裕福になるという事はそれだけ税を多く集める事もできます。何せ、帝都に近いですから、訪れる人も自然と多くなりますので」
今は損でもいずれは大きな利益となって返って来るという事らしいです。
「いい領主さんが来てくれたのですね」
「はい、ちょうどあちらで村の様子を見られているようですよ」
村の入り口には兵士が居ましたが、村へはすんなりと入る事が出来ました。
ローブを被っていましたが、ギルドカードを提示するとそれだけで通してくれましたね。
そして、村に入りすっかりと変わってしまった石造りの家に挟まれた道を進んでいると、銀髪に近い青色の髪が特徴の男性が立っていました。
「こんにちは、領主様」
「オルフェ殿でしたか、こんにちは」
男性は院長先生の挨拶に、しっかりと挨拶を返しました。
それだけで、好感度は上がりますね。
領主という事は貴族ですからね。
それなのに、貴族でもない院長先生にしっかりと挨拶をしたのです。中には高慢な態度を示す貴族も少なくないですからね。
「んー……でも、誰かに似ている気がしませんか?」
「うん。私もそう思った」
オルフェさんと会話をする人は初対面なのにも関わらず、そう思えないのですよね。
「おや、そちらの人達はこの街の人ではありませんね?」
「今はそうですね。昨年までは私達と共に暮らしていましたが」
「という事は、孤児院の出身の子でしたか」
「初めましてです。僕はユアンと申します。隣はリンシアさんで、一緒に冒険者をしています」
「ユアン……リンシア?」
僕たちが自己紹介すると、男の人が少し考えこむ仕草をしました。
「あの、どうかしましたか?」
「あ、いえ……失礼しました。私はこの村の領主を任されている、ブルーム・クオーネです」
あっ!
紹介されてようやく誰に似ているのかわかりましたよ!
「もしかして、スノーさんのお兄さんですか?」
「スノーを知って……? あぁ、ユアン殿とリンシア殿の名前に憶えがあると思いましたが、妹と同じパーティーの方でしたか」
「僕たちの事も知っているのですね」
「えぇ、手紙で君たちの事は聞いていましたから」
びっくりしましたね。
まさか僕が育った村の領主様がスノーさんのお兄さんになっているとは思いませんでした!
「凄い偶然があるものですね」
「いや、偶然ではないよ。君たちのお陰さ」
「僕たちのですか?」
「あぁ、君たちはエメリア様と良好な関係を築いていると聞いている。そして、今じゃスノーも街の領主をしているという話ではないか」
僕の育った村という事もあり、エメリア様は気を遣ってくれたかもしれませんね。
僕が戻るときが来たときに、嫌な思いをしないようにスノーさんのお兄さんを領主にして下さったみたいです。
まぁ、シノさんが裏でそうなるように仕組んでいる気が凄くしますけどね!
「まぁ、折角だしゆっくりしていってくれ。本当ならばスノーの様子を聞きたいところだが、それも出来そうになくてな」
「何かあったのですか?」
「帝都から緊急招集があってな、明日にはここを発たなければならない」
「そうなのですね」
それって、もしかすると今帝都で起きている事と関係があるのかもしれませんね。
「えっと、スノーさんに会いたかったりしますか?」
「その様子だと、スノーも近くに来ているという事かな?」
「はい、別件の用事がありまして、それが終われば来れるかもしれません」
「そうか。出来る事ならば、会いたいものだが……」
やっぱり、血の通った兄妹ですからね。
会えるなら会いたいですよね。
「わかりました。後で連絡してみますね」
「連絡ですか?」
「私がスノーに伝えに行く」
「そういう事でしたか。よろしくお願いします」
「うん。任せる」
危なかったです。
普通は簡単に連絡する事なんて出来ませんよね。
伝えると連絡とでは同じような意味でも距離や時間などで意味が変わってきます。
連絡とは離れた相手に伝える意味ですからね。それこそ、高級な
「では、私達はこれで失礼致します」
「はい。私もこの辺で」
ブルームさんに別れを告げ、僕はそのまま孤児院へと向かいました。
「私はユアンとリンシアさんと話がありますので、みんなはいい子にしていてくださいね」
院長先生の言葉に子供達が元気に返事をし、僕たちは院長先生の部屋へと向かいました。
「ここがユアンが育った場所」
「懐かしいですよね」
この孤児院から旅立ってからまだ一年くらいですが、孤児院は少しだけ変わっていました。
雨漏りをしていた、陽の光が差し込んでいた天井も塞がれ、隙間風が吹き込む壁もある程度は塞がれています。
領主が変わった事により、孤児院にちゃんと寄付金が届くようになったのかもしれませんね。
「けど、それもちょっとした思い出でしたので、少しだけ淋しく感じますね」
当時を思い出せば、夏場は雨に悩み、冬場は凍える風に身を震わせていた事も今となっては……別にいい思い出でもないですね。
辛い時は辛かったですからね!
「どうぞ、お掛けになってください」
院長先生の部屋に案内された僕たちは最低限の、それこそ小さな机とボロボロのベッドが置かれた狭い部屋に椅子を用意し、それに座りました。
「院長先生の部屋には初めて入りましたが、こんな部屋だったのですね」
「私が一人贅沢をする訳にはいきませんので……それで、何から話しましょうか? ユアン達も時間はあまりないのでしょう?」
「はい。院長先生は知らないと思いますが、今現在……」
「帝都に魔族が迫っている、ですね」
「知っていたのですね」
まさか、院長先生がそんな事を知っているとは思わず驚きました。
「えぇ。この村にも魔族の手が及んでいましたからね」
「だ、大丈夫だったのですか!?」
「はい。全て潰させて頂きましたから」
「院長先生がですか?」
「はい、私が」
驚きの連続です!
院長先生が魔族の事を知っていた事も意外でしたし、院長先生が魔族を撃退していた事にも驚きです!
「オルフェは強いの?」
「ユーリとアンジュに比べれば私なんて取るに足らない小物ですよ」
シアさんの質問に院長先生はそう答えますが、魔族を撃退している時点で弱い訳がありませんよね?
だって、悪さをしているという事は魔力至上主義に所属している魔族なので、それなりに強くてもおかしくはないですからね。
「もしかして、あの森にいたコボルトも院長先生が何かをしたのですか?」
「えぇ、私が邪気を払いました」
「邪気ですか?」
「はい。魔物の中に溜まる悪意の事です」
院長先生の話では、魔物の中には邪気というものがあり、それが人を襲う原動力みたいなものになるようです。
「それを取り払うと、魔物は良い魔物になるって事ですか?」
「魔物によります。それこそ、高ランクに指定される魔物や邪気から生まれたとされる魔物には効果はありません」
邪気から生まれた魔物はゴブリンやオーガなどを指すようで、角が生えた魔物の大半は邪気から生まれた魔物と言われているそうです。
といっても、今現在ではなく、遥か昔、ゴブリンが初めて生まれた時の事のようですけどね。
「オルフェ、何者?」
「私はただの孤児院の先生ですよ」
「ただの孤児院の先生がそんな事できる訳ないですよね?」
「できるからやっているだけですよ」
それが普通じゃないと思います!
「むー……院長先生はいつも秘密ばかりです」
「子供が知らなくてもいい事は沢山ありますから」
「もう子供じゃないです。ちゃんと自立してやっていますよ」
「それもそうですね」
「それに、僕はお母さん達と会う事が出来ました」
「龍人族の子が居たのでまさかとは思いましたが、ちゃんと会えたのですね」
サンドラちゃんの事も一目で見破ったのですね。
やっぱり院長先生はただ者ではないですね。
まぁ、お母さんたちと行動を共にしていたくらいですから、当然といえば当然でしょうか?
「ならば、今更隠す必要もありませんね」
ふっと、笑みを浮かべたオルフェさんの体にヒビが入り、ボロボロと表面が崩れていきます。
この光景には覚えがあります。
ローゼさんが若返った時と同じ……。
「この姿も久しぶりね」
「院長先生は……エルフ、だったのですね」
特徴的な尖った耳はエルフと同じです。
ただし、相変わらず髪の色は紫色ですけどね。
「ユアン、違う。オルフェは、ハイエルフ」
「ハイエルフですか?」
「うん。エルフよりも更に高貴な存在」
「え、えぇ!?」
ハイエルフなんて初めて聞きました!
いえ、聞いた事はありますよ? ですが、それは物語や伝承で存在したと言われる種族だという認識です!
「院長先生、シアさんの話は本当ですか?」
「確かにそう呼ばれていた事はあったかもしれませんね。ですが、それも遥か昔の事です。今でもそう言っていいのかわかりませんね。何せ、私の一族は私が末裔ですから」
末裔という事は、他には存在しないという事でしょうか?
「納得した」
「何がですか?」
「コボルトがいた森。ユアンは浄化作用があると言った。あれはオルフェがやったから」
「そうなのですか?」
「はい。村の近くにあるという事もあり、魔物が出現したら困りますからね」
更に補足すると、あの場所には魔物は入れないようにしていて、万が一、今回のように召喚で魔物が入ったとしても先ほど説明してくれたように邪気を浄化できるように造られているようです。
「邪気で出来た魔物が召喚されたらどうなるのですか?」
「そのまま、全てを浄化させて頂きますよ」
邪気だけを抜くことができないので、ゴブリン等は消滅するという事ですね。
「院長先生はやっぱりすごいです」
「ユーリやアンジュに比べれば大したことありませんよ。何せ、私も二人に助けられた立場ですから」
「そうなのですか?」
「一族が私一人になった時、私もひっそりとその地で最後を迎える覚悟をしていました。その時に私を外に連れ出してくれたのです」
助け出したとは違うとは思いますが、お母さん達と出会っていなかったら院長先生もそこで最後を迎えていたと言います。
それ以来、僕たちお母さんと行動を共にし、その恩に報いる為にフォクシアで宰相をやったり、僕を育てるために孤児院の先生をやっていたみたいです。
「そんな経緯があったのですね」
「私は知ってた」
「え、シアさんがですか?」
「うん。私はお義母さん達から聞いていた」
「いつですか?」
「ユアンが寝ちゃった日」
あの時ですか!
うー……。僕もちゃんと起きていれば良かったです!
「大丈夫。今度教えるから」
「絶対ですよ?」
僕とシアさんのやりとりを優しい笑みを浮かべ眺めて院長先生が見てきます。
もしかしたら、僕たちの関係に薄々と気づいているのかもしれませんね。
だとしたら、ちゃんと報告もしないとダメですよね?
今までで一番お世話になった人ですから。
「あの、院長先生……」
僕とシアさんはお付き合いをしています。
と伝えようとした時でした。
「せんせーい! 雨が降りそうです! 干してある洗濯物が届かないので、お願いします!」
と、子供の元気な声で掻き消されてしまいました。
「わかりました。直ぐに行きます」
「はーい!」
「お話の途中でごめんなさいね。少しだけ、子供達のお手伝いをして参ります」
「それなら僕も手伝いますよ」
「私も手伝う」
「ありがとうございます」
院長先生が再び、元の姿に戻りました。
それにしても、急に雨ですか?
さっきまで凄く晴れていていい天気だったのにびっくりです。
そう思いながらも外にでると、僕たちは更に驚く事になりました。
「ほら、向こうのお空が真っ暗だよ!」
子供達が指さす方をみると、確かに空が黒に覆われていました。
「シアさん!」
「うん。帝都の方向」
一目見てわかりました。
あれは雲ではないと。
「院長先生、僕たちはこの辺で失礼します!」
「何やら大変な事になっているようですね」
「ちょっと色々ありまして……」
「わかっていますよ。この村の事は気にせず、自分たちのやるべきことをやってきてください」
「ありがとうございます」
本当なら、スノーさんとお兄さんを合わせたあげたかったですし、院長先生とももっとお話をしたかったです。
ですが、そんな事は言っていられません。
「ヂュッ!」
「わかりました……シアさん、キアラちゃん達も様子に気付いたみたいです。一度、合流をしましょう」
「わかった」
院長先生に別れを告げ、一目のつかない場所へと移動し、転移魔法で僕たちは再び森に戻りました。
森に戻ると、既にみんなが揃っていて、準備は万全のようですね。
シノさん、直ぐに行きますので待っていてくださいね?
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