第306話 弓月の刻、シノの伝言を聞く
「それは本当ですか!?」
「うん……」
ルリちゃんが慌てた様子で帰ってきたと連絡を受け、仕事を中断して領主の館へと戻ってきました。
そして、ルリちゃんに何が起きたのかを聞くためにスノーさんが仕事をする執務室に集まりました。
「魔物の群れが帝都に迫っているだなんて、信じられないね」
「僕もそう思いたいですが、実際にシノさんが見たと言っているので信じるしかないですよね」
そんな嘘をわざわざシノさんが吐くとは思えません。
だって、強制的にルリちゃんをこっちに送り返してきたくらいですからね。
「数は約五千匹。早めに対処しないとマズい」
これが数十匹単位であればここまで慌てる必要もありませんが、数が桁違いです。
軍を動かさざるを得ない状況なのは間違いありません。
ですが、そこで大きな問題が発生しているみたいです。
「困った事に兵士が帝都内にほとんどいないのですよね?」
「うん。戦える兵士は多く見積もっても千人ほどしかいないみたいなんだよ」
理由はわかりませんが、現在帝都に居る兵士が普段の半分ほどしかいないようで、とてもじゃありませんが魔物の群れを倒すどころか抑えるのが難しい状態のようです。
「帝都の動きとしてはどうなの?」
「エレン様が兵を率いて出発したくらいなんだよ」
半分は帝都に残し、残りの半分を従えて魔物と戦いに向かったようです。
「自殺行為としか言えないね」
「そうですね……」
数としては魔物五千に対し、兵士五百。
とてもではありませんが、まともに戦える戦力とはいえません。
「仕方ないんだよ。帝都の北には村があるから、避難させる時間を稼ぐ必要があったんだよ」
エレン様の無謀ともいえる軍の動きはそういった目的もあったようです。
「シノさんはどうしているのですか?」
「シノ様は、引き続き魔法陣の除去に動いているんだよ」
「シノさんが魔物を討伐しにはいけないのですか?」
シノさんの魔法を使えば、例え五千の魔物が来ようと、ある程度被害を与える事は可能だと思います。
「出来る限り壊しておかないと外側だけでなく、内側も魔物に支配される可能性が高くなるみたいなんだよ」
納得しました。
外側の魔物は帝都の城壁があるので、それで時間を稼ぐことは可能かもしれませんが、内側に沸いた魔物はそうはいきませんね。
そうならない為にも、シノさんは魔法陣を壊す事に専念している訳ですね。
「それで、僕たちは何をすればいいのですか?」
「わからないんだよ……」
「わからない、ですか?」
「うん。だって、シノ様に私はこっちに送り返されて、ルードに行けなくなっちゃったから」
「それって……」
「ルリを避難させた」
事になりますよね。
どうやらルリちゃんはシノさんに伝言を頼まれて戻った訳ではなく、単純に危険だからナナシキに戻されたみたいですね。
それで、助けを求めて僕たちに話をしたという事ですか。
「無茶しないって約束したのに、シノさんは本当に……」
馬鹿です。
と言おうとした時でした、執務室の扉が開きました。
「ん、珍しいな。こんなに人が集まって、どうかしたのか?」
重い空気が流れる執務室に入ってきたのはアリア様でした。
「それがですね……」
事の経緯をアリア様に説明すると、アリア様はそれを黙ってうんうんと聞いてくれました。
「それは大変じゃな」
「はい。一刻も早く動かないと大変な事になります」
「そうじゃな」
「何かいい方法はありませんか?」
「いい方法と言っても、帝都までは遠いからのぉ」
「そこは僕の転移魔法で近くまではいけるのでどうにかなります」
「ふむ。じゃが、私の軍を進軍させる訳にもいかん」
「どうしてですか?」
「他国に軍を送り込むという行為は流石に問題となる」
「状況が状況ですよ?」
「それでもじゃ。軍を送るとしても、正式に要請を受けない事にはな」
そんな余裕がルード帝国にはあるとは思えません。
「どうにかなりませんか?」
「私の軍は、どうにもならんな。じゃが、少し待っとれ」
少し考え、アリア様が執務室から出ていきます。
どうやら、宛があるという事でしょうか?
「僕たちはどうしますか?」
「私はユアンと一緒にいる。ユアンが行くというのなら私の居場所はそこにある」
「私は行きたいかな。帝都にいる家族に何かあったら、悲しいし」
「なら、みんなで行くしかないね」
僕たちの仲間ならそう言ってくれると思いました。
「なーなー」
「はい、どうしましたか?」
「私もいくー」
「サンドラちゃんはダメですよ」
「なー! どうしてだー!」
「危険だからですよ。まだ早いと思います」
サンドラちゃんは弱くないのは知っています。
ですが、その体での戦闘経験はないので、いきなりそんな大規模な戦いに巻き込む訳にはいきません。
「ユアン。サンドラも連れてく」
「どうしてですか?」
「本人が行きたいと言ってる。尊重する」
「でも、危険ですよ」
「それでも」
「んー……スノーさんとキアラちゃんはどう思います?」
「私も連れていってあげるべきだと思うよ」
「私もそう思います。それが冒険者ですから」
サンドラちゃんは身分証の発行の為にギルドカードを作りましたが、作ったからには冒険者として活動する事を望みました。
それで、弓月の刻に加入したのですよね。
それなのに、僕たちがいつまでも過保護に接したらサンドラちゃんはいつまでも成長できないと言われてしまいました。
「わかりました。それじゃ、一つだけ約束できますか?」
「できるー」
「はい。絶対に一人では行動しないと誓ってくださいね」
「わかったー。ユアン、ありがとうだぞー」
嬉しそうに僕に抱き着いてくるサンドラちゃんを撫でると、またみんなからずるいと言われてしまいました。
それはさておき、僕たちも帝都に向かうのなら準備が必要ですね。
「私はおかーさんに頼んで影狼族の面倒を見てもらう」
「わかりました」
「私達も着替えてくるよ」
「そうですね。僕も一度お家に戻って支度します」
支度という支度は僕には必要はありませんけどね。
「皆さま……」
「アカネさん、動いて大丈夫なのですか?」
僕たちがお家に戻ろうとすると、あまり顔色の優れないアカネさんが執務室へと入ってきました。
「はい。それよりも、話は伺いました」
アカネさんの手には手紙が握られています。
どうやら、それを読んで今起きている事を知ったみたいですね。
「シノ様を、どうかよろしくお願いします」
「はい。シノさんですからきっと大丈夫ですよ。何も心配はいらないと思います」
シノさんですからね。
何だかんだいって、圧倒してしまいそうな気がするのですよね。
「アカネさん、ルリも頑張るから待っていてくださいね」
「ごめんなさい。ルリにばっかり無理をさせて」
「全然だよっ! まずはシノ様とアカネさんが幸せになって貰わないとだからねっ!」
「ありがとう」
二人も仲良しなのですね。
アカネさんがルリちゃんの頭を撫で、ルリちゃんはアカネさんに抱き着いています。
二人のやり取りを見守っていると、今度は一足先に外に向かったシアさんが戻ってきました。
「ユアン、大変」
「どうしたのですか?」
「外に出ればわかる」
「わかりました?」
わかりませんけど、外に出ればいいのですね?
どちらにしても、支度の為にお家に戻るところだったので、みんな揃ってお家へと戻る事にしました。
そして、領主の館から出ようとすると、予想外の光景が広がっていたのです。
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