第298話 白天狐と皇女

 「……にいさま、…………お兄様?」


 僕の朝は早い。

 それ故に眠る時間も必然的に早くなる。

 いつも通り、アカネとルリに挟まれ、ベッドに入っていると、僕を呼ぶ声で目を覚ました。


 「この声は、エメリアか……」


 エメリアに渡した通信の魔法道具マジックアイテムが機能して僕を呼んでいるようなので、アカネとルリを起こさないように静かにベッドを抜けだし、通信の魔法道具を手に静かな場所へと移動する。


 「どうしたんだい? こんな時間に」

 「良かった。通じたのですね」

 「その為の魔法道具だからね」

 

 通じないのなら渡したりなんかしないよ。


 「そうですね……」

 「それで、どうしたんだい? 用がないのなら、僕は寝るよ?」

 「用ならあります」


 だろうね。

 じゃなければ、連絡したりなんかしないだろう。


 「僕たちの結婚式の事かい?」

 「え、結婚式ですか!?」

 「その様子だと、まだ手紙は届いていないようだね」


 しかし、それも変だな。

 結婚式をする事を決め、一応エメリアに連絡する為に手紙を送ったのは割と早い段階だったはず。

 とっくに届いていてもおかしくはないと思うけど?

 まぁ、何かしらトラブルがあったと考えるべきだろう。手紙が届かない事は珍しくもない事だし。

 

 「私の方にはまだ……とりあえず、おめでとうございます」

 「ありがとう。手紙が届かないようなら改めて招待状を直接持っていくよ。それで、結婚式の話でないとなると、他に何の用だい?」


 エメリアが僕に用があるなんて珍しい。

 エメリアの性格するからすると、僕に迷惑がかからないよう、心配させないようにと、出来る限り自分で解決する道を選ぶはずだ。


 「あぁ……もしかして、アンリの事?」

 「ち、違います!」

 「そうなんだ。アンリはエメリアにこの間、エメリアに会えなくて拗ねていたみたいだよ」

 「本当ですか!?」

 「聞いた話によるけどね」

 「嬉しい…………では、ありません! 用件は別です」


 ふ~ん。二人ともかなり想いあっているみたいだね。

 けど、大丈夫なのかな?

 エメリアはともかく、エレンはエメリアにぞっこん状態だ。そんな中でアンリとエメリアの仲を知ったら……まぁ、それもそれで面白そうだよね。

 っと、話もこれではなかったね。

 しかし、他の用となると、僕に思い当たる節はないけど、一番高い可能性とすれば。


 「もしかして、帝都で何かあったのかな?」

 「はい。少し気になる事がありまして……」


 やはりか。


 「何があったんだい? 悪いけど、僕は今のルード帝国の内情は全然知らなくてね」


 帝国には馴染みの店に買い物に行ったりはしているけどね。

 それでも、政治に関しては一切触れていない。

 何か変わったとしても、僕は知らない訳だ。


 「ヴェルの様子が最近少しおかしなような気がするのです」

 「ヴェルがかい?」


 クラヴィエル。通称ヴェル。

 ルード帝国の第二皇子で僕の弟だった存在だ。


 「お兄様からみて、ヴェルの特徴は覚えていますか?」

 「特徴かい? 僕はあまり関りがなかったから覚えていないな」


 僕とは十以上も年が離れているし、顔を合わせる機会も少なかった。

 今思えば兄らしいことはしてあげられなかったかな。

 今更兄面するつもりもないけどね。

 実際に兄ではないし。


 「そうですか……ヴェルはお兄様をお慕いし、よく甘えていた記憶があったので、よく知っていると思っていましたが」


 確かに会えば甘えてくるのは多かったかな。

 それでも、会話よりも撫でて欲しいとか抱っこして欲しいとかが多かったからね。


 「ただ、花を愛でたり、人当たりも良く、誰からも好かれるような子だったとは覚えているよ」


 それも聞いた話だけどね。


 「それで、ヴェルがどうしたんだい?」


 ヴェルの特徴を伝えるとエメリアが考えるように黙ってしまった。

 そして、しばらく沈黙が続いた後に、エメリアが話し出す。


 「お兄様があげられた特徴は私も正しいと思います。ですが、最近のヴェルは人が変わったように……それこそ真逆の人間になってしまったようなのです」


 ヴェルの起こした行動はエメリアの耳に届くようで、エメリアはヴェルの行動に悩んでいるようだね。


 「反抗期ってやつかもね」

 「反抗期ですか?」

 「うん。人には何事にも反発したい時期があるみたいだね。ほら、エメリアとエレンが僕に対抗した時期があったよね。最近まで」

 「か、からかわないでください! 私は、真面目な話をしているのです!」

 「ごめんごめん。つい、ね?」

 「まぁ、お兄様が変わられていない証拠なので逆に安心できますけど……」

 

 エメリアも変わっていないよと言いたいところだけど、あんまりからかうと泣き出しそうだし、今はやめた方がいいかな。

 僕の眠る時間もそれだけ短くなるだろうし。


 「ちなみに、具体的にヴェルの変化はどんな感じなんだい?」

 

 元々のヴェルがどんな人柄なのかは知らないけど、変化を聞かない事には何もわからない。

 もしかしたら、エメリアの勘違いという可能性もあるからね。


 「ふ~ん。それは妙だね」

 「はい。まるで、表と裏が存在しているような気がします」


 エメリアの話を聞くと、僕の知っているヴェルとは本当に別人のようだった。

 いや、半分は僕の知っているヴェルだけどね。

 それが、妙だった。


 「エメリアや陛下とかと一緒にいる時は普通で、身内が誰もいなくなると、残虐性が増す……か」


 城のガーデンを荒らしたり、メイドに暴力を振るっていたり、城下街に出かけては物をくすねたりしているみたいだね。


 「そして、派閥か……少し面倒だね。ちなみにどんな貴族がヴェルの元に集まっているんだい?」

 「辺境の貴族が多いようですね」

 「辺境の?」

 「はい。それも没落寸前の貴族や貴族であっても三男であったりと、あまりにも印象が薄い貴族ばかりで、調べてみても特徴という特徴があまりにもなさすぎるのです」


 また変な連中が集まったね。

 

 「どうするべきでしょうか?」

 「そうだね。引き続き、派閥の貴族を調べる事と、ヴェルの監視の目を強くする事が第一かな」

 「それは既に進めています」

 

 まぁ、それは当然か。

 となると、だ。


 「ヴェルの行動で、おかしな点があると言っていたよね? その場所は探ったのかい?」

 「それは、まだです」


 昼夜問わず、ヴェルは一人でフラフラと出かける事が多くなったようだ。

 時には学舎を抜け出し、帝都の中でも治安があまり良くない場所に行ってみたり、夜は城の中を徘徊しているみたいだね。

 

 「そこを探ってみるといい。だけど、一つ注意する事がある」

 「注意ですか?」

 「うん。エメリアやエレンが探らないようにする事。メイドなどを使って、あくまで掃除や整理を装って自然に探った方がいいかな。もちろん、メイド達には何も伝えず、ただ掃除を頼む事」

 

 何をしているのかはわからないけど、エメリア達が探っていたら感づかれるだろう。

 だったら、何も知らない者に調べさせ、その結果、偶然何かを見つけた方がより自然に近づける。

 

 「城の方はわかりましたが、街の方はどうすればいいのでしょうか?」

 「それは僕の方が手配をしよう」

 「いいのですか?」

 「それくらいならね」

 「申し訳ありません。私が未熟なせいで……」

 「いいよ。ほんの気まぐれだから、ね?」


 そう、これは気まぐれ。

 ちょっと、僕の方も気になったからね。

 そこにかつて覚えた違和感が繋がるような気がしてね。


 「そういえば、この件に関して陛下は何て言っているんだい?」

 「お父様には話していません」

 「そうなんだね。その理由は?」

 「伝えた所で、任されて終わりだと思いますので」

 「まぁ、そうだろうね」


 基本的には陛下は何もしない。

 それは僕が居た頃と変わらないらしい。

 まぁ、それにも理由があるんだけどね?

 

 「それじゃ、何かわかった事があったら、随時報告してね。この時間なら、家に居るとは思うから」

 「ありがとうございます。おやすみなさい、お兄様」

 「あぁ、おやすみ。エメリア」


 通信の魔法道具が切れ、静寂が部屋に訪れる。


 「全く。兄じゃないと何度も言っているんだけどね」

 「ですが、満更でもないですよね?」

 「そんな事はないさ」

 「本当ですか?」

 「あぁ、本当さ。ただ、手のかかる子供の面倒を見るのは大人の務めだからね。ルリみたいなね?」

 「ルリは手のかかる子供ではないよ!」

 「そうかい? なら、一つ頼み事をされてくれるかね?」

 「はいっ! 帝都を探ってくればいいのですよね?」

 「うん。よろしくね?」


 帝都を探るのならルリに任せるのが一番早い。

 ルリなら僕でも知らない場所を探れるだろうからね。


 「それじゃ、早速行ってきます!」

 「そんなに焦らなくてもいいよ?」

 「うーん。でも、こういうのって早い方がいいですよね?」

 「まぁね。だけど、朝起きてルリが居ない事を知ったらアカネが心配するよ」

 「そこは上手くお願いします!」


 張り切るのはいいけど、無茶しそうで怖いね。

 

 「大丈夫です! ちょっと、調べてくるだけですから」

 「わかってるよ。だけど、何かあったらすぐに連絡をするんだよ?」

 「もぉ、シノ様らしくないですよ。シノ様はどっしりと構えて、意地悪な顔で頑張れって言ってくればいいんです!」

 「言ってくれるね。それじゃ、ルリが無事に戻ってきたら、ルリの要望通り、意地悪な顔で、可愛がってあげるね?」

 「はいっ! 楽しみにして……はにゃっ!? し、しの様ぁ……」

 「これは前払いだよ……頼んだよ」

 「はいっ!」


 帝都の幾つかの場所にも転移魔法陣を設置してある。ルリはその場所から帝都へと向かっていった。


 「シノ様、何か問題があったのですか?」

 「アカネ、起きていたんだね」

 「当然です」

 「話は?」

 「話までは聞いていません。ですが、ルリさんの姿が見えませんので」

 

 察したという事だね。


 「心配かけてごめんね?」

 「平気です。シノ様と一緒になると決めた時に覚悟は出来ていますから」

 「覚悟するような事でもないんだけどね」

 「本当にそうお思いですか?」

 「…………全く、君って人は」

 「それなりにシノ様とのお付き合いも長いですから」

 「女の勘って奴じゃなくて?」

 「それもあります」

 「それじゃ、女の勘は何と言っているんだい?」

 「大きなトラブルが起こると言っています」


 うんうん。

 やっぱりアカネもそう思うか。

 アカネの女の勘は鋭い。

 まぁ、アカネの場合は女の勘というよりも先見の目ってやつだけどね。


 「シノ様……」

 「大丈夫。きっと上手くいく。僕たちはそうやって乗り越えてきたよね?」

 「はい」

 「まずは探ってみてからだ。話はそれからだよ」

 「無茶はなさらないでくださいね?」

 「わかってる。大事な物を残してはいけないからね」

 「約束ですからね」

 「うん。約束するよ」


 大事な物が出来ると腰が重くなるというけど、どうやら本当らしい。

 前だったら、僕一人で乗り込んで勝手に解決していただろうけど、今は中々そうは出来なくなったね。

 大人になったのか、それとも臆病になったのか。

 どうなんだろう。

 ともあれ、近いうちに何かが起きるのは間違いないだろう。

 エメリアにも忠告しておくべきかな?

 したところで、って感じはするけどね。

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