第297話 弓月の刻、朝の時間を過ごす

 「どうして服を選ぶってこんなに大変なのでしょうね」

 「どうしたの、朝から?」


 昨日の事を思い出し、思わず零してしまった愚痴を聞かれてしまい、スノーさんに心配されてしまいました。


 「いえ、昨日なのですが、シノさんの結婚式の時に着るドレスを選んでいたのですよ。その時に、色んなドレスを用意して頂いて片っ端から着せられたのですよね」


 一体何着着たのかわからないくらい着ましたからね。

 シアさんと選ぶのを交代し、暫く休めると思ったらシアさんはすぐに決まってしまい、休む間もなく僕の番に戻りました。

 そしたら、気づいたら夕方になってましたよ。


 「それで、昨日は死んだ魚のような目をしていたのですね」

 「そんな目をしていたのかはわかりませんが、疲れましたね」


 後半はなるようになれと全て任せてしまいましたけどね。正直、どんなドレスを着たのかすら思えていませんけど。


 「そういえば、スノーさん達は結婚式の時に着る服は大丈夫なのですか?」

 「私達は平気だよ」

 「私はお姉ちゃんに用意して貰うから大丈夫かな」

 「それなら良かったです」


 結婚式の目前でバタバタするのは大変ですからね。


 「ちなみに、スノーさん達はどんなドレスを着るのですか?」

 「私達? そうだなぁ……」

 「うふふっ、当日までの内緒って事で」

 「えー……教えてくださいよ」

 「ユアン達が教えてくれたらいいよ?」

 「む、僕たちもまだ内緒です」


 というよりも、昨日のドレスはあくまで試着なので、僕のドレスはまだ完成していないのですよね。

 なんでも一からオーダーメイドで作るみたいなので、どんなドレスになるのかは僕もわかりません。


 「私はタキシード着る」

 「へぇ、シアなら似合いそうだね」

 「シアさんみたいに背丈もあると、見栄えが良さそうだよね」


 僕もそう思います。

 けど、ちょっとドレス姿も見てみたい気持ちもありますけどね。

 きっとひらひらした服も可愛いと思いますからね!


 「そういえば昨日、サンドラの事でアリアから話があった」

 「サンドラの事? もしかして……」

 「うん。バレてる」

 「まぁ、バレない訳がないか」

 「アリア様は何かその事について何か言っていたりしたの?」

 「特に何も」


 いつかはサンドラちゃんの事は気付かれるとは思っていましたけどね。

 アリア様がナナシキを訪れる時は一度僕たちのお家を経由しますし、何度もサンドラちゃんと顔を合わせていますからね。


 「それと、今度の事をもう一度話す必要があると思う」

 「今度の事?」

 「うん。そろそろサンドラの事、ダンジョンの管理者の事を考える」

 「まだ、早くないかな? 私達の仕事もまだまだ先が見えないですし」

 

 むしろ終わりがない仕事とも言えますよね。

 街というのは日々変わっています。

 ほんの些細な変化であっても、街は変わっています。

 具体的には……人が増えたりとか?

 とにかく、キアラちゃんの言う通り、仕事を放棄する訳にはいきませんよね。

 仕事の合間にという訳にもいきませんし。


 「そう言ってる間に、スノーはおばあちゃんになる」

 「うっ……」

 「まぁ、その時は手遅れですよね」

 「若いままで居られるのは今だけ」

 「わかってるけどさー……。こればかりはどうしようもなくない?」


 まぁ、どうしようもないですよね。


 「そんな事ない。アリアが言ってた。別にスノーが領主で離れている間は代理を立てればいいって」

 「代理? でも、そんな人はいないよ。キアラはいる?」

 「私の方にも適任の人はいないかな……」

 「ユアンは……いないよね」

 「ど、どうして決めつけるのですか!」

 「それじゃ、いるの?」

 「まぁ、居ないですけどね」


 けど、聞き方ってあると思いますよ!

 まるで僕に友達や知り合いがいないみたいな言い方は良くないと思います!

 実際にいないですけどね。


 「アカネは?」

 「アカネさんは……ちょっと無理かな?」

 「どうしてですか?」


 アカネさんなら適任だと思うのですが、キアラちゃんが首を振ってダメだと言っています。


 「結婚を控えているのに、そんな大役を任せられないよ」

 「それに、子供の世話とかで忙しいでしょうからね」

 「え、子供のお世話ですか? 影狼族の?」

 「ユアンさん、何を言ってるの?」

 「えっと、何って子供のお世話ですよね?」

 結婚を控えていて、その準備が忙しいのはわかります。

 それに結婚したら幸せの絶頂期ですし、頼むのは酷だというのはわかります。

 ですが、子供お世話と聞いても、ピンときませんよね?


 「もしかして、アカネさんが妊娠している事、知らないの?」

 「え、妊娠……ですか?」


 妊娠というと、あれですよね?

 お腹に子供がいる状態で、お腹が大きくなっていく……。


 「ユアン、そのまんますぎる」

 「だって、それ以外に妊娠と言われても思い浮かびませんよ!」


 シアさんに心を読まれるのは慣れました。

 ですが、それ以外に伝えようがないですよね?


 「まぁ、ユアンが良くわかっていない事はわかったよ」

 「妊娠くらいわかりますよ! もぉー!」

 「それじゃ、妊娠ってどうすれば妊娠するのか知ってる?」

 「まぁ……知っていますけど、言いたくはないです」

 「ユアンさんが知ってるなんて……」

 「もぉ! 僕を何だと思っているのですか!」

 

 僕は色んな事に対して無知な事くらい知っています。

 ですが、全てを知らない訳ではありませんからね!


 「まぁ、そういう事でアカネさんは無理かな」

 「うん。最近は仕事を休んで貰ってるくらいですしね」


 時々、体調を崩している事を知っていましたが、妊娠の影響もあったのですね。


 「という訳で、代理を探すにも他をあたる必要がある」

 「現状、代理を頼めそうな信用できる人はいないですけどね」

 

 アリア様の旦那様のアラン様もと考えましたが、僕たちが来る前に領主をやっていなかったくらいですし、断られそうですしね。

 頼みこめばやってくれそうな気もしますけどね。


 「とりあえず、私達は仕事に行ってくるよ」

 「わかりました。僕たちはもう少ししたら仕事に向かいますね」

 「頑張る」

 「はい。ユアンさん達も頑張ってくださいね」


 改めて考えると、朝は僕たちよりも早く出発し、夜も僕たちよりも遅いとなると大変なお仕事ですよね。


 「少しでもスノーさん達の負担が減ればいいのですけどね」

 「うん。だけど、二人ともやりがいがあるって言ってる。だから、平気」

 「それでもですよ。どうにかなりませんかね?」

 「どうにかしたいなら代理を見つける」

 「それが出来れば苦労はしませんけどね」


 アリア様、ローゼさん、イルミナさん、スノーさん関係でエメリア様と色んな人と繋がりが持てましたが、身近な存在という点では繋がりは薄いですね。

 

 「これが、土台を固めるという事」

 「土台ですか?」

 「うん。昨日アリアとそんな話した」

 

 シアさん達はそんな話をしていたのですね。

 けど、土台って大事ですよね。

 足元が固まっていないと、何でも崩れてしまいますからね。


 「ん? まだゆっくりしてたんだい?」

 「あ、リコさん。すみません」

 「いいよいいよ~。ゆっくりできる時はゆっくりした方がいいからね~。だけど、食器は片付けさせて貰うよ?」

 「はい、いつもありがとうございます」

 「こちらこそ、いつもありがとうね」

 

 スノーさん達と話し込んでいるうちに、いつもより長い時間を費やしてしまったみたいですね。

 いつも、僕たちが出かけた後に食器などを片付けてくれるリコさんが来てしまったくらいですからね。

 そんなリコさんは鼻歌を奏でながら、お片づけをし始めました。

 

 「ユアン、そろそろ行く」

 「そうですね……それじゃ、僕たちもお仕事に行ってきますね」

 「は~い。頑張ってね!」


 元気にお見送りしてくれると、僕たちも元気が貰える気がしますね。

 リコさんとジーアさんには感謝ですね。

 僕たちが居ない間の事も全てお任せする事が出来ますし、本当に信用……。

 

 「そういえば、リコさん」

 「ん? どうしたんだい?」

 「リコさんって一応、向こうの村では代表みたいな感じだったのですよね?」

 「一応ね。ま、お飾りみたいなものだよ」

 「そうですか……」


 それでも、人を纏める事や動かす事は人よりは慣れていそうですよね?

 

 「リコさん、僕たちが出かけている間ですけど、領主の代理をやりませんか?」

 「あはははっ! ユアンちゃんも面白い冗談を言うねぇ」

 「いえ、冗談ではないですよ?」

 「冗談でも冗談じゃなくても、私には無理だよ」

 「それじゃ、ジーアさんはどうですか?」


 ジーアさんの真面目さなら、任せられた仕事を確実にこなしてくれそうですしね。


 「んー……そんな話をされた時点で倒れちゃうんじゃないかな?」

 「え、どうしてですか?」

 「ジーアは気が弱いし心配性だからね。重圧に耐えられないよ」

 

 年越しのお祭りの時に、ジーアさんが泣きそうになっているのを思い出しました。

 そういえばあの時も準備が間に合わないかもと凄く不安になっていましたね。


 「それじゃ、二人でならどうです?」

 「んー……私達はユアンちゃん達のお家で働くことを気に入っているからね~。出来る事なら、今のまま働きたいけど、ユアンちゃんが私達をクビにするというのなら、この街で暮らしていくためにも仕事を探すけどさ」

 「あ、いえ……リコさん達には居てもらわないと困りますよ!」

 「それは良かったよ!」


 リコさん達に出ていかられた本当に困ります!

 となると、どちらにしても領主の代理を任せる事も出来ませんね。


 「難しいですね……」

 「うん。そう簡単に見つかる訳がない」

 「わかっていますけどね」


 片っ端から声をかける訳にもいきませんしね。

 一番はシノさんが代理をしてくれるのがいいのですが、シノさんは農業にどっぷりはまってしまっていますし、絶対にやってくれなさそうですしね。


 「ユアン、仕事頑張る」

 「はい、シアさんも頑張ってくださいね!」


 シアさんと離れるのは少し淋しいですが、お仕事の場所が僕と反対なので仕方ないですね。

 それに、いつも会いに来てくれますので、それまでの我慢です!

 まぁ、領主の代理はゆっくりと慎重に探すしかありませんね。

 それに、僕達の事ですから、もしかしたら都合よくそんな人が来てくれるかもしれません!

 そんな期待をして僕はお仕事に向かいました。

 ですが、その都合は現実となります。

 しかも、悪い方の形としてついてくる事になって。

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