第295話 弓月の刻、久しぶりの模擬戦をする

 「準備はいいですか?」

 「いつでも」

 「いいにゃっ!」


 シアさんとニーナさんが剣を抜き、その剣を向け合っています。


 「わかりました。では……始めっ!」


 どうしてこんな事になっているのかは、遡る事数時間前になります。




 

 「では、細かい内容は今後の打ち合わせにて決めていくという事でよろしいですね?」

 「はい。どうぞ、宜しくお願い致します」

 「こちらこそ」


 先日に行われた、ナナシキとビャクレンを結ぶ道の開拓の話も二日目となり、その話もスノーさんとニーナさんが握手を交わし無事に決まりました。

 スノーさんが割と無茶な提案をしているように見えましたが、僕とアリア様への発言をチラつかせると、ニーナさんは困ったようにしながら了承していましたね。

 

 「それじゃ、僕たちは戻りますね」

 「うん。ユアンさんお疲れ様です」

 「はい。では、ニーナさん予定通りこの後は街を案内しますね」

 

 話の立会人ではありませんが、ニーナさんをお迎えに上がり、対談も終わったので僕の仕事も終わったので、ニーナさんを街に案内する為に領主の館を出る事にしました。


 「あ、シアはこの後少しいいいかな?」

 「私?」

 「うん。ちょっと、頼みたい事があってね」

 「何?」

 

 そんな時でした、僕とニーナさんではなく、スノーさんはシアさんを呼び止めました。


 「ん……客人がいる時に話す事ではないけど、まあいいか。久しぶりにさ、模擬戦でもしない?」

 「どうして?」

 「最近、動いてないし。体を動かしておこうと思ってね」

 「別に構わない。けど、仕事は?」

 「後でするよ」

 「キアラ」

 「急ぎの仕事もないですし、大丈夫かな?」

 「わかった。外に出る」


 という訳で、スノーさんとシアさんが久しぶりに模擬戦を館の庭でする事になったのですが……。


 「スノー……」

 「わ、わかってる……ちょっと、今は休ませて」


 スノーさんが息を乱し、両手両足を広げる形で芝に転がっています。


 「序盤はいい感じにシアさんの攻撃を防いでいたのですけどね」

 「ものは言い方だね。防戦一方だったとも言えるよね」


 模擬戦の行方は一方的な戦いとなりました。

 シアさんの猛攻にスノーさんは防ぐのが精一杯で、気づけば少しずつ傷を負い、動きが鈍くなり、最後にはシアさんに蹴り飛ばされて終わりました。

 もちろん傷は本物の傷ではありませんよ?

 防御魔法で守ってありますので、ダメージが受けた判定になると麻痺するようになっている、僕たちの模擬戦ルールの傷です。


 「はぁ……シアと此処まで差が開いているとは思わなかったよ」

 「当り前。ユアンとの繋がりで前より強くなってる。負ける訳がない」

 「それでもだよ。もう少しやれると思ったんだけどなぁ」

 「そもそも、体力が前より落ちてませんか?」

 「ずっと、政務漬けでしたからね。私も前みたいに動けないかも……」


 仕方ないと言えば仕方ないですね。

 シアさんの仕事は街の警邏で、毎日動いていますし、時には北の森の調査と魔物退治をしています。

 それに対しスノーさん達は机に座り、体を動かさない仕事をしています。

 仕事の合間に剣を振ったりはしているみたいですが、十分ではなかったみたいですね。


 「どうする?」

 「ちょっと、休んだらもう一回お願い」

 「わかった」


 けど、負けてもなおスノーさんはやる気に満ち溢れ、呼吸を整えながらも、笑みが薄っすらと浮かんでいます。


 「あ、あの……私もリンシア殿と模擬戦をさせて頂けませんか?」


 そんな中、模擬戦の様子を眺めていたニーナさんがシアさんとの模擬戦をしたいと言い始めました。


 「私は構わない。だけど、怪我しても責任はとれない」

 「問題ありません!」

 「では、ニーナ殿の自己責任という事でよろしければ、参加を認めましょう」

 「ありがとうございます!」


 昨日の泣き顔を嘘のように、ニーナさんに笑顔の花がパーッと咲きました。

 

 「では、預かっていた武器を一度お返ししますね」

 

 実は僕が呼ばれた理由の一つがここにあったりもします。

 領主の館には基本的に武器の持ち込みは禁止されています。

 なので、誰かが武器を預かる必要があるのですが、僕の収納にしまっておけば間違いないという事で僕が武器を預かる役目を担っていた訳ですね。

 そして、ニーナさんが軽く体をほぐす様に屈伸したり、剣を振ったりし、模擬戦の準備が整いました。

 そして、今に至るという訳ですね。


 「では……始めっ!」


 僕が振り上げた手を下ろすと同時に、模擬戦は始まりました。


 「どうした? 来ないの?」

 「まずは様子見にゃっ」


 ニーナさんとシアさんの戦いなのでいきなり激しい打ち合いが始まるかと思いましたが、意外な事にシアさんは待ちの構え、ニーナさんはシアさんの動きを探るという、静かな出だしになりました。

 ニーナさんは意外と冷静なタイプなのかもしれませんね。


 「退屈」

 「にゃにをー!」

 「戦ったら容赦しない。あれは、嘘?」

 「ふんにゃっ! その余裕がいつまで続くか試してやるにゃっ!」


 前言撤回です。

 シアさんの挑発にニーナさんは動きだしました。


 「くらうにゃっ!」

 「攻撃は静かに」


 ニーナさんの武器はレイピアと呼ばれる細身の剣で、突きを主に戦う事を目的にした武器です。

 地を軽くけったニーナさんは音もなく、しなやかにシアさんへと詰め寄りましたが、簡単にシアさんに躱されてしまいました。

 まぁ、声を出しながら攻撃しているのですから、今から攻撃しますよと宣言しているのと同じですからね。

 

 「にゃっ!」

 「うるさい」

 「にゃーって!」

 「静かにする」

 「隙だらけにゃっ!」

 「そんな訳ない」


 何か、勿体ないですね。

 ニーナさんは身軽のようで、ぴょんぴょんと飛び回りながらシアさんに攻撃を仕掛けているのですが、静かな着地から素早い方向転換で自由自在な攻撃をしているのですが、攻撃の度に声をあげるので、いつ攻撃をするのかがまるわかりです。


 「ど、どうして当たらないにゃ!?」

 「うるさいから」

 「か、関係ないにゃっ!」


 十分にあると思いますよ?


 「うにゃーっ!」


 その後もニーナさんの怒涛の攻めは続きます。

 

 「見た感じ、持久力もあって悪くはないですよね」

 「うん。冒険者ランクならCランクくらいはありそうだね」

 「そうですね。あの速さは中々のものです」


 攻撃力という点においては物足りなさを感じますが、それを補う速さというのは魅力的です。

 

 「だけど、狙いが曖昧。剣に迷いがある」

 「迷いですか?」

 「うん。私はわざと何カ所か隙を作っている」

 「どの隙を狙うかで迷っているという事ですね」

 「うん。キアラならわかる」

 「そうですね。隙だらけだと、狙う場所は迷ったりするかも。だけど、私なら一番効果的な場所を狙います。その時は迷いはないですよ」


 自分の腕に自信がなければできないと思いますけどね。

 もしかしたら、避けられるかも、当たらないかもと考えるのはダメのようで、私なら当てられる、当てて当然と、自分の腕に自信と信頼するのが弓の極意のようです。

 勿論、過信はダメです。

 当たると信じながらも、外れた場合の事も当然考え、その時の切り替えが出来るかどうかも大事のようです。

 

 「というか、シアさん戻らなくていいのですか?」

 「うん。分身アバターで十分。退屈」

 「でも、シアさんの方が少し押されていますよ?」


 本体と分身の差は大きいです。

 何よりも分身は剣を使わずに格闘で戦いますからね。

 リーチの差は大きいです。

 相手に攻撃を当てるためには懐に潜り込まなければいけませんからね。


 「なら、もう一体追加する」

 「頑張る」

 「行ってくる」

 「行ってくる」


 分身のシアさんがテクテクと歩いて行きました。

 僕たちは慣れているのでわかりますが、今の会話は、行ってらっしゃいと行ってきますというやり取りですね。


 「こっち」

 「にゃにっ!? リンシアが二人もいるにゃっ!」


 いえ、三人目がというよりも、本体が横にいますよ?

 ですが、それに気づいた様子もなく、連携をとったシアさん達と戦いを再開しました。


 「互角ですね」

 「うん。筋は悪くない。鍛えればもっと強くなる」

 

 ただ、あの掛け声さえなければとダメだしがありますけどね。

 そして、暫くシアさん達とニーナさんの一進一退の戦いは続き……。


 「にゃーっ! 勝ったにゃー!」


 両手を掲げ、ニーナさんが玉の汗を浮かべ、息を切らしながらも喜びの雄たけびをあげています。


 「おみごと」

 「にゃっ! まだもう一人いたのにゃっ!?」


 いえ、それが本体ですよ?


 「覚悟するにゃ!」

 「しない。もっと周りを見る」

 「うにゃっ!? な、なんでにゃ、離すにゃ!」


 本物のシアさんに気を取られましたね。

 シアさんの分身は魔力で出来ています。

 なので、分身が倒されたところで、魔力が続く限り何度も復活します。

 そして、倒したと思ったシアさん達が起き上がり、ニーナさんの手足を抑えました。


 「ユアン、見てみて」

 「あ、三人目も生み出せるようになったのですね」

 「うん。頑張ればもっと増やせる」

 

 最大何人まで増やせるのか気になりますが、操るのは大変だと思いますので、実用できるのは三人くらいが限界そうですけどね。

 

 「降参する?」


 テクテクと歩いて行った三人目の分身シアさんがニーナさんに尋ねました。

 

 「しないにゃっ! まだやれるにゃっ!」

 「わかった。痛いのと苦しいの、どっちがいい?」

 「痛いのは嫌にゃっ!」

 「わかった」


 シアさんがニーナさんの首に手を伸ばします。

 それで、勝負は決しました。


 「シアさん、あれは酷いと思いますよ」

 「ニーナは苦しいのがいいって言った」

 「だけど、あれは拷問だよ……」


 キアラちゃんの言う通りですね。

 目の前で繰り広げられる光景は悲惨な光景です。


 「にゃははははっ! や、やめるにゃぁぁ」

 

 首元に手を伸ばした三人目のシアさんはニーナさん首をこちょこちょとし始めました。


 「私も手伝う」

 「私も」


 そして、拘束していた二人のシアさんもニーナさんをくすぐり始めました。

 んー……でも、あれって屈辱ですよね。


 「ニーナは自信家。そういう奴は一度心を折った方がいい」

 「それにしても、ちょっとやり過ぎじゃないですか?」

 「そんな事ない。喜んでる」


 確かに笑っていますけど、あれは違う笑いだと思いますよ?

 そんな感じでシアさんとニーナさんの模擬戦は終了しました。

 ニーナさんが降参してです。

 その後、ニーナさんは納得いかなかったようで再戦をシアさんに申し込みました。

 シアさんはそれを快諾し、今度は真っ向勝負でニーナさんを叩きつぶしましたね。一瞬で。

 流石にニーナさんはそれにはへこんでいましたね。

 シアさんに手も足も出なかったのですから。

 そうすると、次の目的はスノーさんに移り、そこでもスノーさんに負け、キアラちゃんとも戦い、それに負け、最後は僕とも戦いました。

 連戦での疲れもあると思いますが、僕も無事に勝てましたよ。

 いつもの方法で、魔力酔いにさせてです。

 あぁ、でも少し失敗したかもしれません。

 もしかしたら、トーマ様のように魔力酔いと搾取ドレインにはまってしまうかもしれません。

 そんな心配をしながら模擬戦は終わりました。

 ぐったりと芝生に寝転がるニーナさんを眺めながら。

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