第294話 皇女と皇女
「どうしたエメリア、そんな難しい顔をして?」
「あ、エレンお姉さま!それが……」
スノーに頼まれ、リアビラの歴史を調べれば調べるほど嫌な事実を知ってしまいました。
「ふむ。話には聞いていたが、それほど腐っていたとはな」
「どうにか、ならないのでしょうか?」
リアビラとルード帝国の繋がりは薄い。
過去を振り返れば争った歴史も残っている。
「現状では、どうにもならないだろう。戦争以外ではな」
「その方法は出来ればとりたくありません」
「私もだ。自国を守るためならば仕方ないが、自ら攻め込むなど愚の骨頂だ」
「はい。民が苦しみますから」
戦争は真に愚かです。
侵略し、土地を奪いとった所で得られる利益よりも失った代償の方が大きすぎます。
長い目で見れば得られる利益は大きくなるかもしれませんが、それは遠い未来の話。
「ですが、私の目の届かない場所で今もルード帝国の民が攫われ、奴隷にされているのを止めなければなりません」
昨年、叔父上がしてきた事を思い出すと、今でも心が痛みます。
救出できたのはあくまでほんの一握りの人達。
その影ではあれの数十倍の人が奴隷とされてきた筈です。
「こればかりは、地道に潰していくしかないだろう」
「はい。お父様にも手伝って頂くしかありませんね」
お父様に話した所、良い返事を頂くことはできました。
民を攫い、奴隷へと落とす行為への罰則の強化を約束して頂けたのです。
「しかし、法の改定には時間がかかります。直ぐにとは行きません」
例えお父様が帝王であられるとはいえ、全てが自由になる訳ではありません。
勿論、お父様が本気になれば可能ではありますが、お父様は独裁者ではありませんので、強引な手は使わないでしょう。
「そして、もう一つ気になる事があるのですが……」
「ヴェルの事か?」
「はい。最近、様子がおかしい時があるのです」
いずれはお父様の跡継ぎとなる予定の弟で第二皇子であるクラヴィエルの様子がおかしくなりました。
「先日も学舎で問題を起こしたと聞いたな」
「はい。以前はそのような問題を起こす事がなかったのですが、ここ最近では頻繁に聞くようになりました」
友人との喧嘩で一方的に痛めつけたり、学舎の備品の破壊、花壇を荒らすなど、まるで人が変わったような残虐な行動をしていると、学舎の方から連絡が入っています。
「普段の様子を見る限り、そのような様子は見られないのですが……」
ヴェルは花や動物を愛でる事の出来る、とても優しい子だという認識は今でも消えていません。
なので、最初はそのような話をしても信じる事が出来ませんでした。
「やはり、あの者たちが原因か?」
「その可能性は十分にありえます」
ヴェルが変わったのは周りの状況の変化が原因の可能性があります。
「よりによって、ヴェルにすり寄るとは思わなかったな」
お兄様に従っていた、強硬派の一部がヴェルにすり寄り、新たな派閥を立ち上げようとしているのは知っています。
「ですが、ヴェルにはまだ早いと思いませんか?」
「どうだろうな。兄上がヴェルの年の時には既に派閥は出来始めていたと聞いたが」
「お兄様は特別ですから」
お兄様が本物の兄ではなく、まさか白天狐という存在だとは思いませんでした。
ですが、人を惹きつける力、達観した考え、ずば抜けた行動力を思い返せば納得のいく事実でもあります。
それ故にお兄様は特別であると言えます。
「ヴェル自身はその辺りをどう考えているのだ?」
「わかりません。しかし、見た限りでは満更でもない様子だとは思います」
お兄様を見て育ったからかもしれませんが、お兄様が派閥の者を引き連れて行動するのを見てきましたから。
「ヴェルにとって、お兄様は憧れの的でしたからね」
「そうだな」
私とエレン姉さまが仲が良いように、お兄様とヴェルの仲も悪くはありませんでした。
というよりも、ヴェルがお兄様に甘えている様子ばかり目に映りましたからね。
「となると、兄上がルード帝国を去ったのも一つの原因ではありそうだな」
「そうですね。お兄様はこっそりとルード帝国に遊びに来ているようですけどね」
行きつけのお店に度々顔を出しているのは私の耳に届いています。
つい先日なんて、突然私の前に現れ、アルティカ共和国に連れていかれた事もありました。
「けど、兄上も変わられたな」
「そうですね」
ですが、今のお兄様の方が私は好ましく思います。
対立する事でしか、関りが持てなかったのが、今ならお互いの手を取り合う事が出来るような気がします。
「それだけに、兄上がルード帝国を去った事は惜しいな」
「お兄様がいれば、ヴェルも真っ当に育ったかもしれません」
こればかりは私達の力不足なのでしょうか?
「仕方ない。ヴェルの身の回りの環境を少しずつ変えていくか」
「そうですね。外部から信頼できる者をお付きにつけましょう」
監視と教育を兼ねて人をつけ、人として道を踏み外さないように導くのは私達の役目であります。
「そうでないと、国を預ける事が出来ません」
「そうだな」
「でないと私とアンリが……」
「ん? 何か言ったか?」
「い、いえ……何も」
「ふむ? エメリア、何か悩みがあるのならちゃんと言うのだぞ? 最近、エメリアの様子も少しだけ変だからな」
「そ、そうですか?」
「あぁ。以前より、私に甘えなくなったな」
「そ、そんな事ありませんよ。お姉さまも大事な方ですから」
それ以上に、大きくなる存在があるだけで……。
「それならいいが、何かあった時はしっかりと相談をしてくれ。一人で抱え込むな」
「はい。いつも一番近くに居てくださりありがとうございます」
ですが、お姉さまにはまだ伝えていられません。
その事は少し心が痛みますが、伝えたらきっとお姉さまはアンリに嫉妬しそうな気がするのです。
「それよりもヴェルの事で、もう一つ嫌な話があったのを思い出した」
「嫌な話ですか?」
「あぁ。どうやら、オーグとやらに紋章を渡したのは事実らしい」
「それは本当ですか?」
「事実だ。本人から聞いたから間違いない。他にも紋章を渡した人物がいるみたいだ」
それが誰なのかまでは聞けなかった……というよりも、その人物の名前を聞いてもわからなかったようです。
「貴族ならまだ調べようがありますが、そうでないとなると調べるのは難しいですね」
「そうだな。一応は探ってはいるが、今の所は手掛かりすら掴めていない」
「もしかしたら、最近ヴェルの元に訪れている人達が手引きしているのかもしれませんね」
「十分にありえるだろう」
ヴェルの客人と名乗る人達が頻繁に城を出入りしているのを私も知っています。
「その件も確認しなければいけませんね」
「そうだな。外ばかりに目を向けていはいられない。もっと内部に目を向けなければ足元を掬われかねない。近々、ヴェルと話をする場を設けよう」
「そうですね」
お兄様と兄妹としての時間を設けていれば、もっと違う未来があったかもしれません。
それは教訓となりました。
同じ失敗を繰り返さないためにも、ヴェルとは出来る限り時間を作り、姉弟として今後のルード帝国を変えて行く必要があります。
しかし、全ては順調とはいかないようです。
ルード帝国はまだまだ試練に晒されている。
それを知る事になるのはもう少し先の事でした。
ルード帝国の歴史に新たな歴史が刻まれる事件が起こるなど、この時は知らなかったのです。
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