第293話 狐王と領主の策略

 「ほ、本当に申し訳ございませんでした……」

 「大丈夫ですよ。気にしてませんから」

 「でも……」

 「ユアンがいいと言ったらいい。ユアンはそんな小さい器ではない。体は小っちゃいけど、大きい」

 「むぅ……体は小さいは余計ですよ!」

 「ごめん。だけど、小さくて可愛い」

 「それなら、いいですけどね」

 「ふふっ……あ、ごめんなさい」


 僕とシアさんのやりとりでニーナさんが少しだけ笑ってくれました。

 とりあえずは落ち着きを取り戻した証拠ですね。


 「あやまる必要はありませんよ。アリア様の姪ではありますけど、僕は王族ではありませんからね」

 「だから、今まで通りでいい」

 「本当ですか? 後で、首を差し出せとか言いませんか?」

 「言いませんよ」


 言うはずがありません。

 だって、僕は誰かの命が欲しいとは思いませんからね。

 悪人でも、命をとらずに済むのならそれが一番だと思いますし。


 「それと、リンシア殿、先ほどはありがとうございました」

 「何が?」

 「失礼な口を利いたにも関わらず、庇って頂きました」

 「それとこれは別。ユアンに変な事をしたら怒る。だけど、あれはアリアたちも悪い」

 「以後気をつけます」

 「うん。そうするといい」


 一度は喧嘩になりそうでしたが、無事に和解も済んで良かったです。


 「そういえば、ニーニャ様はニーナ様でいいのですよね?」

 「……はい。ですが、様は不要ですので、ニーナとお呼びください。ユアン殿達の方が立場は上なので」


 僕の質問にニーナさんが恥ずかしそうに答えました。


 「わかりました。それで、ニーナさんはどっちが本性なのですか?」

 「本性と、いいますと?」

 「にゃん語で話すニーナさんと今のニーナさんです」

 「あ、あれは……」


 どうやら初めての土地で、気分が高揚し、現地民の僕たちと仲良くしようとした結果、あのような行動をとったみたいですね。

 そして、にゃん語というものは存在しないみたいです。


 「でも、僕は嫌いじゃありませんよ?」

 

 難しいですが、何か語尾ににゃーとかつけたりすると楽しかったですからね。

 それで、どちらのニーナさんが本来の姿というと……。


 「いやー、案内して貰ってごめんにゃ?」

 「いえいえ、今日の所はゆっくりと休んでくださいね」

 「わかったにゃっ!」


 こっちの方が本性みたいでした。

 僕としても変に畏まれるよりも気軽に接して貰えた方が気楽なので有難いですよね。

 

 「けど、変わった方でしたね」

 「うん。でも、嫌いじゃない」

 「僕もです。仲良くできるといいですね」

 「それはスノー達次第」


 そうですね。

 スノーさん達がちゃんと虎族の人達と連携を図り、ナナシキとビャクレンの道を作ってくれれば交友も広がりますからね。

 そんな感じで、僕たちの一日は終わりました。

 今日から数日ですが、ニーナさんはこの街に滞在するみたいなので、色々と見てもらってビャクレンとの繋がりが強くなってくれるといいですね。





 「スノーご苦労じゃったな」

 「いえ、急にお呼びしたのは私でしたので。ありがとうございました」


 疲れた。

 まさか、ニーナが泣き出すとは思わなかった。

 アリア様の作戦とはいえ、少しだけ心が痛む。


 「でも、あれで本当に良かったのですか?」

 「虎族との関係が悪くなったりしたら大変です」

 「その心配はいらん。トーマはあんなだが、私には頭があがらないからな」


 確かにトーマ様はアリア様に突っかかっているけど、アリア様の言葉に逆らうような真似はしない。

 最後には文句を言いながらも従っている。


 「それなら良いのですが……。それで、ナナシキとビャクレンを繋ぐ道ですが、アリア様はどう思いますか?」

 「悪くはないだろう」


 私もそう思う。

 この街はまだまだ発展途上にある。

 その為には、色々な人が訪れ、お金を落としてもらう必要がある。

 そうでないと、いつまでも街の資金は増えないからね。


 「だけど、道の工事に割ける人はナナシキにはいませんよ?」

 「問題ないじゃろ。工事の方は虎族にやらせればよい」

 「手伝いはするけどね。基本はそのつもりだね」


 元々、道の提案をしてきたのは虎族の方だし、私達は手を貸すくらいでいいだろう。


 「でも、それだと世間体が悪くなりませんか?」

 

 確かにキアラの言う事は正しい。

 虎族に道を作らせ、それを私達も使うとなると、世間的には私達が虎族を働かせたと思われるだろう。


 「だから、ちゃんと手伝いはするよ」

 「となると、やっぱりそっちに人を割かないといけないね……」


 だけど、それだけの人材がナナシキに余っているとは言えない。

 

 「あまり世間体は気にしなくてもよいぞ?」

 「どうしてですか?」

 「トーマには貸しができたからな」

 「貸しですか?」


 今回の作戦はキアラに伝えていなかったから、首を傾げるのは仕方ないか。


 「うむ。先ほどの使者が私とユアンに無礼な振舞いをしたな?」

 「はい、驚きましたけど……」

 「それを利用させて貰おうって訳ね」


 あれでもニーナは虎族の中でも立場は高いようで、今回も外交官としてナナシキに訪れた。

 そんな中で、フォクシアの王であるアリア様とその姪のユアンに無礼な態度をとった。

 当然、裁かれても文句は言えないし、それが世間に広まれば虎族の威厳は落ちる。

 虎族の外交官は他国の王に敬意を払わないってね。

 だから、その件を盾に虎族の人達に頑張って貰おうって話になっている。

 私達は手伝うだけでね。


 「スノーさん、悪くなったね」

 「街を守るためならね」


 まぁ、悪い事はしていないけどね。

 そもそも、使者という立場でありながら、羽目を外しすぎたニーナが原因だからね。

 私達はその隙に付け入っただけの話。


 「けど、トーマ様が納得しない可能性もありますよ?」

 「その可能性もあるが、まぁ、低いじゃろ」

 「どうして、そう思われるのですか?」

 「そんな些末な問題に時間を割くよりも、道の開拓に時間を割く方が有意義じゃからな」


 あの件は不問にするから、ちょっとだけ開拓を頑張って貰えばいいよって事だね。

 賠償責任を問われるよりも、それで済むならトーマ様達も納得するだろうというのがアリア様の考え。

 その上で、虎族がごねるようなら、正式に賠償金を支払わせ、そのお金で人を雇ってこちらからも開拓すればいいとまで言っている。


 「まぁ、その場合はお互いの関係が険悪になるだけだから避けたいけどね」

 「向こうも同じように考えるじゃろうな」


 よっぽど馬鹿じゃなければと、アリア様が笑っている。


 「そんな簡単に上手くいくのかなぁ……」

 「それをどうにかするのが、私達の仕事だからね」

 「うむ。失敗しても大した損はない。勉強だと思って頑張るがよい!」

 「わかりました」


 だけど、お飾りといいつつも、私達の仕事も増えてきたよね。

 アリア様はそこまでやらなくていいとは言ってくれるけど、アカネさんが許してくれないからね。

 まぁ、街が私達の手で変わっていくのを実感できるからやりがいはあるけどね。


 「では、その件は少しずつ進めるとして……アリア様、リアビラの件なのですが……」

 「うむ。あまり著しくはないな」

 「そうですか」

 

 つい最近だけど、解放者レジスタンスがまだ活動をしている事を知った。

 又聞きで詳しい事を聞いた訳ではないけど、リアビラに連れていかれた人達を解放する為に戦っているらしい。


 「スノーさん、心配なの?」

 「まぁね。私も一応は所属していた身だから」


 所属していた期間は短いとはいえ、少しだけ仲良くなった人もいる。


 「エメリアは何て言っておるのじゃ?」

 「今は内部調査の段階のようで、リアビラとの繋がりはまだ掴めていないようです」


 タンザの元領主が主犯だったとはいえ、その他にも繋がりはどこかしらにあるのは間違いない。

 ただし、その人達も違法だとわかっていてやっているので中々尻尾を掴めないのが現状みたい。


 「リアビラは何処の国にも所属しない、謂わば独立国家じゃから仕方ないのぉ」

 「なので余計に間者を送るのも厳しいみたいですね」


 送った間者は一人も戻ってこないほど、リアビラの守備は固い。


 「裏の世界の住人が蔓延る場所じゃ、表の人間が潜り込んだところで無理じゃろうな」

 「よく、解放者レジスタンスが潜入出来ましたね」

 「解放者レジスタンスの人達は裏の人間に近いからかな」

 「泳がされているだけじゃろうがな」


 まぁ、そうだろうね。

 国の後ろ盾があるならともかく、解放者レジスタンスは個の集まりに過ぎない。

 彼らが何かをしたところで、簡単に潰せると踏んでいると思う。

 

 「それで、スノーはどうしたいのじゃ?」

 「出来る事なら、手助けはしたいですね」

 「そうか。そこは好きにしろ。私が後ろ盾になってやるからな」

 「ありがとうございます」


 だけど、表だって動くとなると、リアビラと戦争になる可能性だって十分にありえる。

 当然、お金もかかるし、リアビラに勝ったところで、いつかは残党からの報復もあるだろう。


 「それが嫌なら、大人しく奴隷となった者を買い取るのじゃな」

 「ですが、奴隷の売買何て……」


 人をお金で買う事は間違っている。

 人は人。物ではない。


 「その気持ちはわかる。じゃがな、慰めものにされ、嬲られ、死ぬまで働かされる人生と働くことを条件に人として生きられる生活、どちらが幸せじゃ?」

 「後者です」

 「じゃろうな。別に奴隷だからといって、無理にこき使う必要もない。何なら、買い取ったお金を返し終わったら解放すればいいじゃろう」


 その方法もあり、なのかな。

 

 「それなら、働く人材も確保できて、もしかしたらこの街にそのまま移住してくれる人も増えるかもしれませんね」

 「そうじゃな。まぁ、全てが良いとは一概には言えないがな」

 「そうですね」


 奴隷を大量に買い、その人たちを働かせている。

 世間的にはそう見られてもおかしくない。

 

 「まぁ、考えよ。お主が決めた方針がどうあれ、私が後ろ盾になってやる」

 「ありがとうございます」


 直ぐには決められない。

 これは私個人の問題ではない。

 ナナシキ全ての人が左右される。


 「それじゃ、私はユアンとシアに用があるから行くぞ」

 「わかりました。また、相談させて頂きます」

 「うむ。困ったらいつでも相談せい」


 アリア様にお礼を告げ、アリア様は気にするなと部屋を後にした。


 「キアラ、お疲れさま。今日は帰ろうか」

 「そうだね」


 それにしても、領主の仕事というのは終わりがないね。


 「アカネさんが結婚式に集中できるように頑張らないといけないけどね」

 「うん。普段助けられている分、私達が頑張らないとだね」

 「だけど、たまには思い切り体を動かしたいな」

 

 頭を使うよりも体を動かしている方が楽しいしね。

 たまにはシアと模擬戦でもして貰おうかな。

 シアとは差が開いちゃってると思うけどね。


 「明日もニーナさんと打ち合わせがあるからね?」

 「うぅ……わかってるよ」


 だけど、その思いも儚く散った。

 だけど、少しくらいの時間なら、あるかもしれない。

 そんな希望を胸に私達は家に戻り、お風呂や夕食を済ませ、キアラと二人ベッドに潜り、キアラの温もりを感じつつ、眠りに落ちていった。

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